みんなシネばいい 〜転生したら魔王でした〜

大きな鯨

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北の大陸蹂躙

北の大陸 クザン・ヘレ・フローテside ー クザンの苦悩3

 フロントから鍵を受け取り一般室へと入った。
 一人部屋にしては広く、清掃も行き届いている。
 これなら十分満足だと沈んでいた心も幾分か軽くなった。
 特にすることもないので、その日はベッドに入るとすぐに眠ってしまった。

 そして、次の日の朝。
 早くに寝てしまったせいか、日が顔を出し始めたころには目が覚めてしまった。
 まだ起こすには早いので、施設を出て周辺を散歩することにした。

 初めて訪れた北の大陸の雰囲気を堪能する。
 こんな朝早くなのに、街の人たちをチラホラ見かける。
 自分と同じように散歩を楽しむ老人、ガチャガチャと装備を鳴らして歩く冒険者、店の開店作業をしている店主など、その時間帯に出会うことのできる人たちを眺めながらの散歩は、地味ながら心にくるものがあった。

 魔王様に呪いを解いてもらわなければ、死ぬまでエルフの里で同族殺しをしていただろう。
 クソみたいなプライドを胸に、俺が守っていると勘違いしていただろう。

 それが今では、無敵を誇った強さは廃れ、抱いていたプライドはクソだったと悟り、知らない世界を身をもって堪能している。

 これが幸せというやつなのだろうか?

「こんにちは」

 道行く老婆に声をかけられた。
 足が悪いようで杖を突いて歩いている。

「こんにちは」

 自分が挨拶を返せば、老婆はニコニコと頭を下げてすれ違っていった。
 胸の中に暖かいなにかが入り込むような感覚が訪れたと思えば、キュッと締め付けるような痛みを感じた。

 人間は皆殺しだ。

 魔王様の配下として、老婆に慈悲はかけられない。
 殺せと言われれば殺さなくてはならないだろう。

「はぁ……」

 昨日から吐きっぱなしの溜息が止まらない。
 それもこれも、幸せを感じてしまっているからなのだろうか?

 せめて目の前で死んでくれるなよ。

 なんの解決にもならない逃げ腰の願いが過った。

「ひゃぁ!」

「いってぇー!! おい! ババア! どこ見て歩いてんだ! ああーいてぇ! オメェの杖が当たって足が動かなくなったじゃねぇか! どうしてくれんだよ!」

 老婆が向かった先で、なにやら物騒な声が聞こえた。
 怒鳴り散らしているのは若い男の声だ。
 路地を曲がったようでここからではどちらの姿も見えない。
 一瞬、そのまま立ち去ろうかとも思ったが、野次馬根性に負けてそちらへと状況を見に行くことにした。
 いそいそと顔だけ出して路地を除けば、老婆と若者が倒れ込んでいる。
 若者は足を押さえて悶え、老婆は倒れた衝撃でなかなか立てないのか若者の方を見て慌てた顔をしていた。

「おい! どうしてくれんだよ! 足が動かねぇよ!」

 男はなおも老婆を怒鳴り散らす。
 どうしたものかと悩んでいたら、向こうの路地から変な格好をした仮面野郎が走って来る。
 俺はなぜだか少しわくわくしていた。

「ちょっと待ったー! 弱い者イジメはよくないぞ! 青年! おばあちゃん、大丈夫ですか?」

「え? ええ……」

 颯爽と現れて老婆に手を差し伸べる姿は、さながらヒーローのそれだ。
 全身を伸縮性のいい真っ赤な布で覆い、仮面を被って煌びやかな黄色いマントを羽織っている。
 正直、手を差し出されても取りにくい。
 完全な不審者だ。
 俺の心はその珍妙な光景に魅入られてしまっていた。

「おい! 被害者はこっちだ! そのババアの杖のせいで足が動かなくなったんだよ! 聞いてたんだろ、手を差し伸べるなら俺だろ!」

 仮面のヒーローが老婆を立たせると、男を指差して言い放った。

「嘘をつくな! 杖が当たったくらいでそんなことになるか! この老婆を脅して金でもせびろうって魂胆なのはわかっているんだぞ!」

「ふざけんな! 見ろこの足!」

 起き上がれないでいる男はズボンを捲り右足首を見せた。
 少し膨らんでいるようにも見えるが、それより、杖に当たった部分が赤黒く痣を作っていた。

「それくらいなんだ! 左足が動けばいいじゃないか! 若者がか弱いおばあさん相手に喚き散らして恥かしくないのか!」

「ふざけんな! 俺にはもう家で守らなきゃいけない家族がいるんだよ! こんな足じゃ誰も雇ってくれねぇよ! ようやく見つけた御者の仕事だったってのに! 初日から遅刻なんてシャレになんねぇってんだよ! クソ……ふざけんなよ……」

 がっくりと肩を落として男が項垂れる。
 最初は仮面のヒーローが言ったとおりだと思ったが、男の言い分の方が正しいのかもしれない。
 ますます気になって、目が離せない。

「まあ、なんだ、君はまだ若い。いくらでもやり直せるさ! さ、おばあさん、行きましょう」

 仮面のヒーローがおばあさんを立たせると、背中に手を回して男から遠ざかろうとした。

「おい! 待てよ!」

「君にも落ち度があったはずだ! おばあさんだけを責めることはできない! その程度の怪我、別に死ぬわけじゃないだろう? 君はもっと年配者を敬うことを覚えた方がいい。じゃ!」

「おい! 待てよ! おい!!」

 仮面のヒーローはおばあさんを連れて奥の路地を曲がると見えなくなってしまった。
 とんだヒーローもいたものだ。
 なんとも不平等で手前勝手な正義を振りかざして去って行ってしまった。
 路地では起き上がれない男が虚しく叫び続けていた。

「よお。災難だったな」

 全てを見てしまったせいで、肩くらいなら貸せるかと声をかけてしまった。

「おまえ誰だよ」

「誰だっていいだろう。肩くらいなら貸せるが、どうするよ?」

「見てたのか?」

「途中からな。あの仮面の野郎は何者だ?」

「あいつは最近この街に現れるようになった変人だよ。弱者を守るヒーロー気取りのクソ野郎だ」

 男は悔しそうに顔を歪めた。

「そうみたいだな。で、どうするよ?」

「……悪い。起き上がらせてくれないか?」

「ああ」

 男の腕を取り、グイっと持ち上げる。
 男は痛そうに顔を歪めると、左足でバランスよく立った。

「すまない……助かった」

「ああ、それより、そんなんじゃどこも行けねぇだろ? どうすんだ?」

「どうするもこうするも、こんな状態じゃ仕事もままならない……あのババアのせいで……」

「はぁ……」

 数えるのも億劫な溜息が出てしまう。
 声をかけてしまった手前、このまま男を置いて行くのは気が引ける。
 せめて片足でも歩けるような杖があればいいのだが、そんな都合よくはいかない。

「仕方ねぇな。家まで送るよ。どこだ?」

「いや、これから仕事が……って、この足じゃ、もう無理か。俺の家はすぐ近くなんだ。そこまでお願いしてもいいのか?」

「ああ。それくらいならな」

「……助かる」

 俺は男の腕を肩に回してゆっくりと歩いた。
 慣れない片足歩きで鈍足ではあったが、男の言うとおり家はすぐ近くにあった。

「ここか?」

「ああ、ありがとう。こんな面倒事を頼んでをおいて申し訳ないが、今は手持ちがなくてお礼はできないんだ」

「俺はなんにもしてねぇよ」

「そうか……すまない。ありがとう」

「じゃあな」

 男と別れてホテルまで戻る。
 なんだかんだで遅くなってしまった。
 二人を呼び出そうとフロントに向かっていると……

「クザンさん! おかえりなさい」

 笑顔で俺のことを呼んだのはタタンだ。
 ロビーのソファーで待っていたのだろうか?

「おお、早いな」

「ありがとうございます。馬車は外にご用意しております」

「そうか、じゃあ、これ……残りの金だ」

 俺はタタンに馬車の代金を払った。
 タタンはその金を受け取ると、馬車を止めてある場所まで案内してくれた。
 タタンが用意してくれたのは二頭引きの大きな馬車だった。

「やけにデカイな」

「ええ、10日分の食料を積みながらも、御婦人方が寝ることが可能なよう工夫を凝らしてございます。そのため、馬は二頭とさせていただきました」

「そうか……いや、助かる。あの二人が快適に過ごせるならそれでいい」

 快適な旅であればあるほど面倒なことを言われなくて済むだろう。
 また、食料調達もタタンに用立ててもらったので、すぐに出発できる。

「では、私はこれで。他にもなにかありましたら、ぜひまたご用命ください」

「ああ、よろしく頼む」

 タタンと別れてフロントへと戻り、二人を起こしてもらうように頼む。
 結構な時間待たされたが、ロビーで出されたおいしいお茶を飲みながらの時間も悪くはなかった。

「お待たせしました。おはようございます、クザン様」

「おはようございます、クザンさん」

「おう、じゃあ行くぞ」

 待たされたことをとやかく言うつもりはない。
 無駄であるだけならいいが、その後の不利益の方がはるかに大きい。
 俺が我慢すればいいだけのことであり、器量を試される場でもある。
 そして、俺は朗らかな笑顔で二人を馬車まで連れて行って気づいた。

「あ……おまえたち、どっちか馬車を操舵できるか?」

「「できません」」

 同時に発せられた答えは案の定旅慣れしていない者たちのそれだった。
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