みんなシネばいい 〜転生したら魔王でした〜

大きな鯨

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北の大陸蹂躙

ムファム見聞録 国落としと試される人類

***

 魔王という存在を甘く見ていた。
 生まれてからずっと商人としてしかこの世界を見ていなかったが、それでも、誰よりもいろいろなことを体験してきたつもりだった。
 三国に囲まれた厳しい中立地帯の代表的な商人として、誰よりも幅広い見聞を持っている自負があった。
 しかし、今日は私が生きてきた中で、一番衝撃的な一夜だった。
 今後の人生においても、今日のできごとを超える体験なんてありえないだろう。

 魔王は砕けた雰囲気の中、気だるそうに「よーし、人間は皆殺しだー」なんて発言をしていた。
 私は冗談でも言ったのかと苦笑いをした。
 そして、魔王は約束どおり私たちに国落としを披露すると言った。
 またあの不思議な水晶を使って、映像を見せてくれるのかと思っていたのだが、なんと、私たちを一瞬にして隣国の上空へと飛ばし、空高く浮かび上がらせたのだ。
 突然のことに職員たちも慌てふためいていた。
 そんな私たちの態度が面白かったのか、魔王は気を良くしてみんなを急降下させた。
 地面スレスレで急停止して城下町に降り立つ。
 私たちはあまりの恐怖にへたり込んでしまった。
 魔王はしばらく過呼吸気味な私たちを見ていた。そして、少し落ち着いてきた私たちに向けて、笑顔で語りかける。

「さあ、では始めようか」

 その言葉のすぐ後、周囲にとてつもない数の魔物が出現した。
 ゴブリン、コボルト、ガーゴイル、オーガ、スケルトン、グール、リッチ、デュラハン、デーモン、ワイバーン……知っている魔物もいれば、よくわからない魔物も多かった。
 いったいどこにいたのだろうか?

「よしよし、みんないい子にしてたか? じゃあ今日のオーダーを発表する。まず、人間以外はしっかり保護するように。そして、この国は使い回すから傷つけないように!」

 魔王は魔物たちにざっくりな指示を告げると、ニコニコと爽やかな笑顔を作って続きを告げる。

「特に悪そうな奴はおまえたちの気がすむまで痛ぶってよし! では、蹂躙を開始する。行け! そして、僕らを楽しませてくれ!」

 魔物たちは魔王の言葉を理解しているのだろう。
 おぞましい雄叫びが国中に響いた。
 夜も遅く、外を歩いている人なんていなかったが、魔物の声がした途端に大勢の国民が明かりを手に外へ出て来た。

「なんかこれじゃあ暗いよね。ちょっと明るくしようか」

 そう言って手を掲げた遥か上空に、太陽のように明るい光の玉たちが城下町を昼のように照らし出した。
 ちょっとどころではない明るさは、今が夜だということを忘れさせるくらい常軌を逸していた。
 そのおかげで、魔物と人間の戦いが目の前で鮮明に繰り広げられる。
 逃げようにも、人間より多くの魔物の群れから逃れる術はない。
 生々しい悲鳴を上げて殺されていく人たち。
 勇敢にも武器を取って戦いを挑む者たち。
 目の前で繰り広げられているのは現実であり、国落としの系譜だ。

 焼かれ
 切り裂かれ
 貫かれ
 縛られ
 落とされ
 潰され
 振り回され
 叩きつけられ

 大勢の人間たちが死んでいく。
 今ここで、自分たちが安全に見届けていられていることが信じられなかった。
 悪い夢のような現実を受け入れられなかったとでも言った方がいいだろうか?
 映像ではない目の前で起こる猟奇的な現実を理解できなかった。

 悲鳴を聞くたびに、恐怖が麻痺していった。
 動かなくなる人間を見るたびに、思考が鈍くなっていった。
 魔物が近くを通るたびに、驚きを感じなくなっていった。
 ここは安全で、一歩外に出れば死の戦場。
 浮世離れした見世物を披露され、恐怖を感じることすら恐怖に思えた。
 みんなも固まったまま視線を動かせないでいた。

 ほんの少し運命がすれ違っていれば、私たちもああなっていただろう。
 一見しただけで絶望させられるほどの、おびただしい強力な魔物たち。

 逃げられない。
 到底勝てるはずもない。

 突然の抗えない死を理解する暇も与えてはもらえないだろう。
 死んだ人間、奴隷にされていた異種族は、コボルトたちがせっせと移動させていた。
 どこに持っていくのかと思えば、異種族は魔法陣の上に立たせて転移させている。
 死んだ人間はというと、広場に山積みにして火を放たれていた。
 メラメラと山火事のように燃えていく人間を燃料にしたキャンプファイア。
 焼け焦げた匂いは美味そうでもあり、焦げ臭くもあった。

「そろそろ城下町の殲滅も終わりだね。お城まで行こうか」

 魔王がそう言うと、また、ふわりと体が浮いた。
 浮いたかと思えば、猛スピードで城門までたどり着き、慌てふためく門兵たちの前に降り立った。
 門兵の前ではリッチが魔法を唱えている。
 やがて、リッチの目の前に魔法陣が浮かび上がり、門兵に向けてドス黒い火の粉が撒かれた。
 とても小さな火の粉の弾幕が放物線を描いて門兵を襲う。
 広範囲に撒き散らされたそれは、どう頑張っても避けることはできない。
 門兵たちは各々腕で顔を覆い、小さな火の粉に備えた。

「ヒヒヒ……馬鹿どもが……黒き炎に触れてはいけないなんて初歩だろうが」

 魔王は楽しそうにそんなことを呟いたが、未だかつてそんな話は聞いたことがない。そもそも、黒き炎なんて存在すら知らなかった。
 しかし、その真意はすぐに現実としてこの目に刻まれることとなる。
 兵士たちの装備に燃え移った黒い炎は、振り払っても消えることなく、そして、燃え広がることなくじわじわと兵士たちの肌まで達する。

「なんだよこれ! 熱い! 消えない! 消えない! 熱い! いやだ! 死にたくない! おい! 消えろよ!!」

 腕を振っても、体を地面に擦りつけても、黒い炎は兵士を炙り、やがてはのたうち回るように地面を転がりながら兵士たちは痛みを訴える。
 その間リッチが追撃に移ることはなかった。カタカタと顎を動かしてその様子を見ているだけ。その姿はまるで、のたうち回る兵士たちを見て笑っているかのようだった。

「さあ、悪の巣窟へと向かおうか」

 おどけた物言いで歩みを進める魔王。
 しかし、ついていこうにも足が言うことを聞かない。
 城の中に入るのを拒むように、私以外の者もその場から動けないでいた。

「あれ、来ないの? 僕から離れると効果範囲から抜けて殺されちゃうよ?」

 さらっと告げられた死の宣告。
 理解する必要もないほどすぐ側にある明確な死。
 思考する前に本能が答える。
 動かなかった足はしっかりと地を蹴り、魔王へと向かって走り出していた。
 みんなも竦んでいたのが嘘のように走り出していた。

「そうだろう? 僕の催し物を見ないなんてもったいないと思うよ。それに、ただついてくるだけなのに、そんなこともできない奴を転生させる気はないからね」

 惚けた口調で言ってはいるが、心臓が止まりそうなほど深く戒めを刻まれることとなった。
 魔王にとって、人間なんてその程度の存在でしかない。
 冗談だと軽視していれば、たちまち殺されてしまう。
 煩わしい虫を殺すように、いとも容易く人間の命は消えてゆく。

 魔王にとって、人間なんて虫以下の存在なのだ。
 なら、その程度の存在である我々はどうしたらいいのか?
 答えは、我々にとって利益を生み出す虫と同じことをすればいい。

 美味しい蜜を作り出す虫
 農作物の害虫を食う虫
 作物の成長に役立つ虫

 人間が、こういった虫を安易に殺すことはない。
 煩わしくとも、共存することを考えるはずだ。
 だから、結論として、我々は魔王に利益をもたらす虫となればいい。
 魔王は異種族を救うことを使命としている。
 しかし、我々人間によって、異種族は自立する術を奪われてしまった。
 だから、その術を私たちが手ほどきすればいいのではないだろうか?
 それこそが、魔王にとっての益虫となり得る最適解ではないかと思う。
 きっとそれを望んでいるからこそ、善人を選りすぐって転生させるなどと言っているのだ。
 ただただ恨みを抱き、無益な争いを選んでしまう愚か者か、それとも、罪を認め、前に進める者なのかを見極めようとしているのだろう。
 もし、魔王の悲願が達成されれば、この先の人類、異種族たちの未来は凄まじく発展を遂げることだろう。
 この状況を、そう結論付けたとき、とても不謹慎なのだろうが、ある思いが強く己の好奇心を主張していた。


 魔王が作り出す世界を、この目で見てみたいと思った。


 ただただ純粋に、好奇心からそう思ってしまった。
 そのためには、この地獄のような光景を目に焼き付けることが必要なのだ。
 きっと、この光景を間近で見届けたなら……

 ある者は平和を強く渇望することだろう。
 そして、ある者は魔王を強く恨むことだろう。

 前者は生かされ、後者は殺される。

 異種族を奴隷にしてなにが悪い、こんなことをする魔王は許せないと憤慨する者が、この先の未来に必要なわけがない。


 そうだ、我々は今、試されている最中なのだ。
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