みんなシネばいい 〜転生したら魔王でした〜

大きな鯨

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北の大陸蹂躙

ザンジのダンジョン攻略 魔王の失敗

 とはいっても、あまりこういうことはしたくはない。
 なぜなら、騙しているようで気が乗らないからだ。
 脅すようにザンジにノコギリを渡したはいいが、本当にこいつはそんなことをできるのだろうか?
 無防備な者への処刑ほど後味の悪いものはない。これではザンジへの罰となってしまうのではないかと感じたが……まあ、なんとかなるだろう。

 僕は盗賊を娘から引き剥がし、膝をつかせて止まった時を解除した。

「へへ……へ? うわ! なんだ……なんだおまえ! あれ、体が動かねぇ。おい、どういうことだよ! おい!」

 コントのように慌てふためく盗賊。
 せっかくのお楽しみタイムだったのだろうが、今から行われるのは処刑タイムだ。
 僕はザンジに目配せをして盗賊を切るように指示する。

「……」

 ザンジは小さく頷き、なにも話さず盗賊の下まで歩き、首元にそっとノコギリの刃を添えた。

「おい! どうなってんだよ! ふざけんな! てめぇはなんで動けんだよ! 足を潰したはずだろ!?」

 喚き立てる盗賊を無視して処刑は行われる。
 ザンジが僕へと顔を向けたので、小さく頷いてやった。
 ザンジも小さく頷いて手を動かした。

「いぃ痛い! やめろ! おい! 痛い! 痛い! 痛いぃぃいいい!!!」

 目を逸らしたくなるような痛々しい盗賊の姿をじっと見つめながら、ザンジはその手を止めることなく首を切り続ける。

「えっ? あれ? ま……魔王様! こ、これ……止まりません!」

 盗賊の悲鳴と、ザンジの困惑した声が木霊する。
 じつは、そのノコギリは対象を切り落とすまで止まらない呪いの武器だ。
 さらに言えば、その呪いは切り口に自動回復を付与するバッドステータス付き。
 ザンジの攻撃力が自動回復に追いつかなければ一生終わらない斬首刑となる。
 まあ、わかるとは思うが、僕のレベルの壁を超えた呪いのバッドステータスにザンジが勝てるはずもなく、盗賊が他の要因で死ぬまで回復は続く。
 さすがに死んだ人間を生き返らせるほどの呪いにはしないよう調整はしたつもりだ。

「痛い! 痛い! もうやめてくれ! 痛い! 痛い! 痛いいい!!!」

 という盗賊の元気な叫び声は終わることなく、延々と続く。
 そんな悲痛な叫び声も、ずっと聞いていると飽きて来るもので、なんでこいつはずっと叫んでるいられるんだろうか? なんて意味のない考察とか考え始める始末。
 切られているところが首のせいで、声帯も自動回復の範囲に入っているのかもしれない。盗賊の声は枯れることなく休むことができないザンジに罵声を浴びせて続けて止めさせようとしている。

「なんでだよ! 痛ぇのに! なんで! なんで俺は!! いってぇ!!!」

「……なんか思ったほどでもないな」

「なにがだよ! おまえ誰だよ! どうなってんだよ!」

 淡々と続く作業は面白みがなく、たしかに痛そうなのだが慣れてしまったとでも言った方がいいのだろうか? ありていに言えば、もう僕は飽きていた。
 痛みを与える系の処刑はこれが最大の欠点であり、正直人間にとって痛みなんてものは罰として緩いのだと思う。
 やはり、未来を奪う行為の方がよっぽど絶望してくれるだろう。
 僕はクッ殺的心境で死んで欲しくはない。
 強烈な後悔を胸に死んで欲しいのだ。
 痛みは死を受け入れるための前戯であり、死にたいと思わせるための生理現象だと思う。
 だから、やっぱりこれは失敗だ。
 やってみなければわからないこともある。
 誰だって失敗しなきゃわからないものであり、それを糧に次はどうするかを考えるのが知的生物としての高貴な生き方だろう。

「僕は魔王です。おまえは切られても死なない呪いにかかっていて、そして、こいつは切り落とすまで止まらない呪いがかかってる。だから、ずっと切られる痛みを受け続けるって感じなんだけど、思ったほど面白くないんだよなぁ」

「ふざけんな! こっちは痛ぇんだよ! マジでシャレんなんねぇ痛みなんだよ! どうにかしろよ!」

 苦痛に歪む顔がコミカルで、なんか罵倒されているはずなのに面白い。
 こんな酷い状況にも関わらず、思わず吹き出してしまいそうなのは盗賊がゴミクズだからだろうか?
 僕は求めていた面白さとは違う面白さを発見してしまい、失敗から学べることは多いな、なんてことをしみじみ感じていた。

 で、これからどうするかなぁ……なんて考えていたら、思わぬところで決着がついた。
 なんと、ザンジが力尽きたのだ。
 ノコギリを動かす筋肉が使い物にならなくなったらしい。
 だらりと腕は垂れ下がり、ノコギリがザンジの手から離れた。

「え? 嘘でしょ?」

「ま……魔王様。もう……腕が上がりません」

「いやいや、早すぎるだろ」

「あの……そんな呪いがかかってるとは知らず、早く切り落とそうと力を込めたらどんどん戻せなくなってしまって……もう声も出せないほどの腕の痛みに耐えるのがとても辛かったです」

「ああ……そう」

 だらだらと作業が続いてしまうなーなんて失敗は、呪いの効果を適当につけ過ぎた失敗のおかげで思いのほか早く終わった。
 乗り気じゃない時の考えは、こんなにもガバガバになってしまうのかと気を引き締める思いだ。

「おい! てめぇら! ふざけんのも大概にしろ! 早く拘束を解け!」

 ようやく痛みから解放されたというのに、ほっとするわけでもなく元気いっぱいな盗賊。ちょっと回復の呪いが効き過ぎだったみたいだ。

「……ザンジ。切り落とせなかったのは僕のミスだ。おまえには違うことをしてもらう」

「え? でも、私はまた失敗して……」

「もういい。僕が失敗したんだ。だから、おまえにはヘレのご機嫌取りをしてもらう。おまえは僕の言うとおりしっかり茶番を演じろ」

「どうすればいいのでしょうか?」

「そうだな、じゃあ……」

 僕はザンジに剣を持たせると盗賊の横に立たせて、剣を振り抜いた後の残心っぽい構えを取らせた。

「僕がこいつの首を切るから、いかにもおまえが切ったって風にして、この娘にも信じ込ませろ」

「え!? でも、いきなり盗賊の位置が変わってたらおかしくないですか?」

 ザンジの指摘はもっともだが、人間はそう簡単な生物じゃない。

「あー、大丈夫、大丈夫。そんなこと気にするような心境じゃないと思うし、人の記憶なんて都合のいいように改変されるから問題ない」

「いや……でも……」

 落ち着いて状況判断できる人間と、そうじゃない人間とがいるが、窮地から脱した者がその状況を肯定的に捉えないなんてことはない。
 おかしいと考えるのはもっと落ち着いてからだ。ただ、この娘は強姦の危機を救ってくれた思い人を疑うだろうか? なんて言わなくても結果は見えている。

「うるさい。できなきゃヘレには転生させたって言って二人とも消してやるから覚悟しておけよ」

「わ……わかりました!」

 このザンジという男は抜けているようで冷静なところがある。
 面倒なタイプなので、ちゃっちゃと感動の再会を演出して殺してしまおう。

「おまえら、なに呑気なこと言ってやがんだ! 俺を殺すだ? ふざけんのも大概に——」

 うるさいゴミが会話を遮ってきたのでお仕置きをしておいた。
 右の眼球を潰して視力を奪っただけだが、二つあるうちの一つがなくなるというのは存外絶望するに値する。
 きっと彼は有名なあのセリフを吐くことだろう。

「——ぎぃやぁぁぁ!!! 目が!! 目が!!」

「うるさい。それ以上叫べばもう片方も潰すぞ!」

 僕の脅しが効いたのか、盗賊は息を飲むように必死に声を殺した。

「いぃい、ひっ……ふざ……ふざけてんじゃねぇぞ! こんなことし——」

「——痛いか?」

 軽く盗賊の左目に圧をかけて手を伸ばす。
 失明の未来を提示したのだが、この程度で理解できるだろうか。
 盗賊は残った左目に手をやり、うるさかった叫び声は鳴りを潜めた。

「おい……おい……やめてくれ……お願いだ……頼むから……」

 横暴だった盗賊はようやく大人しくなった。
 やはり最初から僕がやればよかったんだ。
 そもそも誰かに殺させるのは趣味じゃない。
 ましてや、人間に人間を殺させるのはとてもシラケる。

「ふん、大人しくしていれば楽に殺してやるから感謝しろよ」

「なんでだよ。どうすりゃ許してくれんだよ?」

「そうだな……おまえがザンジを許し、女を解放すれば許してやらないこともなかったな」

「さ、さっきのは本気じゃなかったんだ! あの後解放するつもりだった! だから、頼む! 殺さないでくれ!」

「クックック……僕好みに鳴くようになったじゃないか……おまえは根っからのゴミクズだとわかって僕は嬉しいよ」

「嘘じゃねぇ! 本当だ! 殺すつもりもなかったし、犯すのも演技だったんだ!」

「あはは、そんな嘘は通用しないし、僕は一部始終を見ていた。だからこんなにも都合よく現れたんだ。おまえのチンケな嘘じゃ僕には響かないよ」

「本当だ! 嘘じゃねぇって言ってんだろ!」

 こいつは何もわかっていない。これでは命乞いをする人間の態度ではないし、正当性を主張したところで僕には何の意味もない。
 そんな脅しめいた話し方をしたところで僕を喜ばせるだけだ。

「はっはっは、なーんてね。嘘、嘘、僕のもぜーんぶ演技さ! 殺すわけないじゃないか」

「へっ……へへ。そっ……そうだろ。俺も演技だったんだ。殺すつもりもなんかねぇさ。って……おい、おいおいおい! やめろ! やめろ!」

「なにを?」

「左目が痛ぇんだよ! やめろ! 潰すんじゃねぇ! やめろ!」

「ああ。大丈夫、大丈夫。演技さ」

「おい! なら早くやめろ! おい! おい! ぎっ……がぁあああ!! てめぇ! ふざけんな! ああああああぁぁぁあ!」

 なかなかないい反応をしてくれる盗賊に、思わず力が入ってしまった。

「あははははは! なーんにもしてないのに勝手に目が潰れちゃった! あははははは、おまえどんな体してんだよ、超ウケるわー」

「嘘つくんじゃねぇ! どうしてくれんだよ! なんも見えねぇじゃねぇか! これからどう生きていけばいいんだよ!!」

「どう生きていくかわからないなら、殺してあげるけど?」

「そんなこと言ってんじゃねぇ! テメェのせいでなんも見えなくなったんだ! どう責任取ってくれるんだよ! おい!」

 何も見えなくなってしまった盗賊は、喚き散らすことしかできないただの肉塊となった。視力を失った世界で盗賊なんて稼業は務まることはない。目が見えなくても戦うことができるといった萎えるバトル漫画のようにはいかないのが現実なのだ。

「そんなこと言われても……僕、忙しいから君の相手はできないなぁ」

「ふざけんな……俺はこれからどうすれば……頼むよ……そいつを治したのもおまえなんだろ? 俺も助けてくれよ」

「嫌だ。自分の行いを悔いて死ね。僕に嘘までついたんだから、それくらい当然だろ?」

「悪かったよ……俺が全部悪かった。女も犯そうとしたし、そいつを助ける気なんてなかった。どうせすぐ死ぬと思ってたからな……嘘ついて悪かった……なあ……だからよ……頼むよ。助けてくれよ……」

 しおらしくなった盗賊がようやく真実を語り、自分の行いを悔いるように懺悔を始めた。
 しかし、僕にそんなことをしても無駄なのはわからないらしい。

「そうなの? じゃあ、ますます助けられないじゃん。僕もおまえを助ける気なんてないよ。自分の弱さでも悔いれば? どうせ弱いものを食い物にしてきた悪党だろ。僕は魔王だからおまえよりももっと悪さは上なんだよね」

「なんで! じゃあ、なんでそいつを助けようとしてるんだよ! おかしいじゃねぇか!」

「バカだなぁ。こいつは助けた後殺すんだよ。小物の語る悪で推し量ってもらっちゃ困るねぇ」

「は? なんでそんなこと……」

「ちなみにこの女も殺す予定だよ」

「わけがわかんねぇよ……なんなんだよおまえ……」

「さっきから魔王だって言ってるだろ。人間は皆殺しなんだよ」

「魔王……クソっ! もういい! 殺せよ! おまえに縋った俺が馬鹿だった! 一思いに殺せ!」

 でた、クッ殺さん。男に言われたところで萎えるだけだ。これでは面白くないので、もう一度絶望を味わっていただかねばならない。

「なーんちゃって。リバース!」

 僕は盗賊の目に時の魔法をかけて潰れる前に戻してあげた。

「あ……み……見える……」

「どう? びっくりした?」

「あ……あり……ありがとうござい……がっ!! あぁああああ!!」

 僕はまた、盗賊の右目を潰してあげた。

「あはははははは!!」

「あ……あ……見え……る。片目……」

「どう? 片目は残してあげたんだけど、気に入らなかったかなぁ?」

「いえ……これで十分です! お願いします……もう、見えないのは……お願いします……」

「しょうがないなぁ、でも、人間は皆殺しなんだ。君は助からないよ。聞いてなかった?」

「あ……やめ……やめて……もう……」

「ダメダメ! この娘がどんなに叫ぼうともやめなかった君には同情の余地なんかないよ? さっきも言ったけど、自分の行いを悔いて死ね。ふふ、さよなら」

 もうすぐ夜も明けるころであり、あまりこの盗賊に時間をかけてもいられないので、僕は野太刀を抜いて綺麗に盗賊の首を切った。
 驚きの表情を浮かべた盗賊の頭は地に落ち、首からは勢いよく血が噴き出した。
 首切りの現場を見てしまったザンジは驚いているかとも思ったが、いたって冷静な表情を浮かべている。
 いままでの惨劇に比べれば、この程度他愛もないということだろうか?
 まあ、これから茶番を演じてもらわなければならないので、好都合ではある。

「さて、ザンジ。心の準備はできているか? おまえが演技を嫌がるなら、おまえも、娘も、この盗賊以上の苦しみが待っているから死ぬ気でやれよ」

「はい」

 そう一言僕に告げて、ザンジは僕の言ったっとおりの体制を取る。
 その姿を見届けて、僕はヘレの下へと戻り、止めていた時を解除した。
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