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北の大陸蹂躙

果実の力

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「魔王! 私と勝負しろ!」

 神聖な空間に木霊する族っぽい男の声。
 聞き覚えのあるその声は、どこか安心感を持ち合わせた懐かしい響だった。

「ライト! その声、ライトでしょ!? どこにいるのよ!」

 リッカが声の主の正体に気づき語りかけるように叫ぶ。
 どうにも締まらない場の空気を取りなすように、再度ライトは声を張り上げた。

「私はもう誰かに縋ることはやめた! 私の命をかけてあなたを倒す! それが、我が鬼族の生き方であり、誇りだと証明してみせる!」

 初めて聞いた異種族の名前だった。
 どうやらライトは人間ではなかったらしい。
 思い返してみれば、ライトのステータスを確認した覚えはない。
 勝手に人間だと思い込んでいただけだ。

「鬼族? 知ってるか?」

「いえ……」

「知らない」

「わかりません」

「知りませんわ」

「知らねぇなぁ」

 誰もが知らないと首を振った。
 じつは厨二病的なライトのハッタリなのかもしれない。
 僕が人間以外は殺さないということを知っているとは思うので、あわよくば的発想で、でまかせを口にしているとも考えられる。

「鬼族なんて、誰も知らないってよ! どういうことだライト!」

「知っているわけがない! 鬼族は人間と交わり、親の口伝によってその血統を知らされる憐れな種族となってしまったのだからな!」

 あのライトがこんな設定を思いついたとは思えない。
 そこまで悪知恵が浮かぶタイプではなく、どちらかと言えば引っ込み思案な優等生といったイメージだ。

「そっかー! わかったー! 僕はおまえを信じるぞ!」

「あなたがいくら私のことを信じなくても関係ない! 私は——」

「——話をちゃんと聞けー! 信じるって言ってるだろー! あと、大声出すの面倒だからこっちに来い!」

「おわ!」

 どうも自分の世界に浸ってしまっているようで、僕の声が届かないらしい。
 果てしなく面倒なので聞き違えることのない距離まで来てもらおう。
 僕は空間の覇者スキルで位置を特定したライトを拘束してこちらに引き寄せた。

「あ、ライト! 久し振り!」

「リッカ……魔王……様」

 大見栄を切った手前、バツが悪そうに萎縮してしまったライト。
 あまりにあっさり拘束されてしまったため、ぐうの音も出ないようだ。
 僕は早速ライトに触れてステータスを確認した。

 //
 職業 鬼の血を継ぐ忍者 lv999+
 名前 ライト・ウォルガー 
 生命力 9999+
 攻撃力 999+
 防御力 999+
 魔力  999+
 魔攻  999+
 魔防  999+
 素早さ 999+
 幸運  999+

 グッドステータス
 神化(50)

 スキル
 罠解除(極大) 索敵(極大) 隠密(極大) 投擲(極大) 剣技(極大) 薬師 エレメンタル術者 闇に潜む者 影を操る者 忍術使い 仙術使い 鬼人化 狂人化 反魔術師 不老不死 神技 
 //


 なんだこのイカれたステータスは。
 鬼の血族とかどうでもよくなるくらいに異常なまでのステータス値を叩き出している。
 スキルも聞いたことのないようなものばかりが並び、さらに言えば、幸運の値までもが限界突破してしまっている。

「おい、ライト、おまえ何をしたんだ? なんでこんなに強くなってるんだよ」

「……私はもう逃げないと誓ったのです」

 やはり幾分か患っているようだ。
 こんな返しをされるとは思ってもいなかった。

「そんな気の持ちようでどうにかなる強さを軽く超えているんだよ! いいから吐け! いったいなにをしたんだ!」

「黄金の果実を食べただけです。この実を食した者は望んだ力を得ることができるのです」

「なんだその馬鹿げた設定は! こんな実を食っただけでそこまで変化したっていうのか? そんなことあるか!」

「そう申されましても……そんなに強くなっているのですか?」

 実感はあるのだろうが、その強さを計る術を持っていないようだ。
 ここまで取り乱してしまったので、意地悪して伝えないというのもなんか悔しい。

「……この世界で僕の次に強い存在がおまえだ」

「言い伝えは本当だったということですか……」

 先ほどからライトの言動が勘に触る。
 なんでこんなに含みを持たせた話し方をしているのだろうか?

「なんだ? この実のことを知っていたのか?」

「ええ……鬼族の言い伝えでは、この実を食べれば食べるほど、際限なく力を得ることができると親より伝え聞きました」

「おまえは孤児だったんだろう? 嘘をつくな!」

「いっ……いや、孤児になったのは物心ついた後でして……」

 なんとなくそうだろうとわかっていたのに、気づけばくだらない追い込みをかけてしまっていた。
 この真面目系厨二病患者にはキツイお灸を据えてやらねば気が済まない。
 いつもならなんとも思わないことなのに、荒ぶる感情を抑えることができなくなってしまった僕は、なにも得るもののない無駄な戦いをライトに挑んでしまっていた。

「うっせ! おまえ、僕と勝負したいと言っていたな。命をかけて僕を倒すなんて言っていたが、本気か? おまえのその力、試してみたくなった。この実を食った者がどれほど強くなるものなのか……ライト……決着をつけようじゃないか。僕とおまえの因縁を断ち切る最後の決着をな」

「……死んでも知りませんよ」

 本人は挑発しているつもりはないのだろう。
 しかし、そのスカしたライトの姿は僕の逆鱗に触れてしまったようだ。

「誰に言っているんだ? まさか僕に言っているのか? ふざけたことを抜かしやがって……おまえのその伸びきった鼻を明かしてやるよ。クックック……その前にこの拘束を解けるのか? おまえのような小物にこの僕の——」

「——ふん!!」

「なっ……」

 僕の言葉を遮り、ライトが力を込めて動こうとすれば、いとも簡単に拘束が解かれてしまった。
 拘束の解かれたライトはそのまま地上へと落ち、難なく着地した。
 測定不能な力を持った最強のスキルなはずだったのだが、それを解いたということは、僕と同じか、それ以上の力を秘めているということになる。
 僕も後を追うように地上へと降り立った。
 他の皆は言葉を失って見入っていたので、安全な距離まで移動して空中に待機させた。
 しかし、せっかくのこの戦いを見るには少し遠いので、水晶を起動して仲間の下へと向かわせることにした。

「解けます。そういう力が欲しいと願いながらこの実を食べていました。そして、魔王を……あなたを倒す力が欲しいと願ってたくさんの実を食べたのです。そう簡単にはいきませんよ」

 たかが木の実を食べただけで威勢のいいことだ。

「クックック……あはははははは!!! ライト! 嬉しいぞ! もうずいぶん前から人間を殺すのも飽きていたところだったんだ。今地上にいる人間どもの処理は僕の可愛い魔物たちに任せてしまおう。おまえとの決着がつくころには人間どもは絶滅しているだろう。どうだ? 鬼族は助けてやってもいいぞ? おまえが決めろ。そして、意地汚く僕に懇願しろ!!」

「……私が死ななければ救ってやってください」

 勘に触る話し方をやめないライトに手加減は無用だ。
 ステータスに不老不死があったからといって安心するのは早い。

「不老不死になったからといって、死なないわけじゃないんだぞ? リバース!」

 時の魔法をライトに施し、ざっと百年ほど時を戻す。
 しかし、僕の放った時の魔法は何事もなくライトには変化をもたらさなかった。

「……なにかしましたか?」

 もうなにも言うまい。ライトはこの憎たらしいスタンスで行くと決めたようだ。

「……反魔術師か。クックック……面白い……ようやくまともな相手と戦える。威勢よく僕に悪意を向けてくる強敵……いいぞ……それでこそ殺し甲斐があるというものだ」

「安心していられるのも今の内ですよ。今度はこちらから行きます! 捕縛糸!」

 目の前にいる僕へと目掛けて、ライトが細い糸を網のようにして繰り出した。
 しかしながら、バラバラにされても問題ない僕は、糸が体を通り抜けようと痛くも痒くもない。

「ふふふ……なにをやっているんだ? 僕になにかしたのか?」

「は? なんで……」

 今の攻撃は確実に僕の身を縛るはずだった。
 狙いが外れたわけではない。
 驚くライトには少しだけ種明かしをしてやろうと思った。
 ただ、これではベラベラ手の内を曝け出すアホな悪役のそれと一緒なので、あまり核心を語ることはしないでおく。

「おまえが知っているころの僕とは大きく違うんだよ。僕はおまえが思っている以上の異次元の存在なんだ。こんなくだらない糸に捕まるなんて、僕のことを甘く見ないことだな。ふふふふふ……ヒヒヒヒヒ……どうやったらおまえは死ぬんだろうなぁ……楽しみだよ……おまえの顔が苦痛に歪み、僕に許しを請う姿を見るのが楽しみで仕方がない! 死ね!!」

「クッ! 影分身! 封魔手裏剣!」

 ライトの連続技は、真っ黒な影にライトが覆われたかと思えば数十体の影が出現していた。影たちは僕の周囲を囲むように散開すると、封魔手裏剣などという技を全ての影から繰り出した。打ち出されたそれは、大きな手裏剣を模した飛び道具だった。

「どんな小賢しい技かと思えば……こんな小手先の術を使ってくるとは……おまえの技、そっくりそのまま返してやる! 無限封魔手裏剣!」

 僕は相手の技をザックリとコピーしてライトが放った以上の封魔手裏剣を周囲に打ち出した。
 ライトが放った手裏剣を全て相殺し、無限に放たれる手裏剣はライトの影分身を貫いていく。

「影移動!」

 本体は影へと潜んで僕の攻撃をやり過ごすつもりらしい。
 移動系のスキルはとても厄介であり、見失えば戦いは面倒なものとなる。
 まさかこのまま逃げることはないとは思うが、ライトには逃げ場なんてないことを教えてやらなければならない。
 だから、あえて僕が影の世界に行ってあげることにした。
 ちょこまか逃げられるより、相手の土俵に立って有利な状況を提示してあげれば気が大きくなり戦ってくれるだろう。

「クックック……影に潜んでやり過ごしたのか。なかなか死んでくれないじゃないか。さて……なら僕もそっちの世界に行こうか。影移動!」

 僕はライトの技を模倣して影の世界に飛び込んでいった。

「わざわざこちらに来てくれるとは思いませんでしたよ。これで終わりです。影縛り!」

 真っ暗な世界に中でも、僕の空間の覇者スキルでライトの位置は手に取るようにわかる。
 あいつも索敵スキル持ちだから、僕の位置を把握していることだろう。
 そして、僕を確認するやいなや、先制攻撃を仕掛けてきた。

「あは……あはははははは!!! 僕の影を縛ったのか? いったいなにを縛ったっていうんだ? 僕に影なんて存在しない。おまえの力なんてこんなものか? あはははははは! どこまでも! どこまでも追い詰めてやる! おまえは僕に勝てない! そんな当たり前の事実をおまえの足りない頭に叩き込んでやる! ひょうたん将軍! あの馬鹿の魔力を吸い付くせ!」

 こいつを使うまでに成長したライトの強さに賞賛を与えたい。
 魔力が全てのこの世界で、ひょうたん将軍の能力は完全にチートだ。

「うっ……これは……いったいなにを……」

 急激な魔力減少に耐えられず、ライトは顔に手を当てて虚脱する。
 体の動きは弱々しくなり、吸い尽くされればいとも簡単に勝敗は決まるだろう。

「僕の最高傑作が一つ、魔力を吸う存在だ。おまえに流れる莫大な魔力を吸い尽くすまで止まらないぞ? 魔力がなくなればどうなるか知っているか?」

「クッ……反魔!」

 反魔術師のスキルが解かれたとでも思ったのだろうか?
 その技だって魔力を使った技に過ぎないのだから、吸われてしまえば終わりの代物だ。

「あーっはっはっは! 反魔だって魔力によって構築されたスキルに過ぎないんだよ! このひょうたん将軍は魔力を使った攻撃なんかしちゃいない。ただただおまえの魔力を吸っているだけなんだ。苦しめ……もっとだ……僕に勝負を挑んだこと、必ず後悔させてやる」

「クソ……このままじゃ……」

「あ? なにをしている」

 暗い影の中で、ライトの右手が輝きだした。
 攻撃でも繰り出すのかと思えば、ライトはその光を自分の顔に向けていた。

「そいつの力に勝ちたいと願って実を食べたんだよ! 魔力吸引!」

「なん……だと!」

 右手が光った正体は黄金の果実だったようだ。
 この土壇場で食えばなんでも与えてくれる実を隠し持っていたのはさすが優等生である。
 そして、かなりまずいことに、ライトは魔力吸引などというスキルを獲得してしまったようだ。
 僕の体は肉体を持たず、魔の理と同じになっている。
 図らずも僕を倒す唯一の方法を自ら教えてしまったらしい。

「そのひょうたんが私の魔力を吸い尽くすのが先か、私があなたの魔力を吸い尽くすのが先か! 勝負だ!」

 ライトがかざした手の平に僕の存在自体が吸い込まれていく。
 顕現していた手や足、体が粒子のようにハラハラとこぼれ落ち、僕の実体を薄くしていった。

「ふざ……けるな……こんな……こんなことで……クソが! おまえに私は倒せないのだ!! そんなことがあっていいわけがない! 魔王を超える存在など……あってはいけないんだ! おまえな……ど…………………………」

 魔力吸引勝負の末、ライトの前から魔王は呆気なく消えた。
 ライトは魔王を手の平の中に吸い尽くしたのだ。
 しかし、ひょうたん将軍といわれていた物は未だライトの魔力を吸い続けている。

「はぁ……はぁ……はぁ……鬱陶しい!」

 ライトはひょうたん将軍を影から追い出し、向こうの世界へと放り出した。
 さすがに世界をまたいで魔力を吸われるということもないらしい。

「やった……のか?」

 ライトは真っ暗な世界を懸命に索敵する。
 しかし、自分以外の存在を示すものは皆無だった。

「私は……魔王を倒したのか?」

 あれほど恐怖した魔王の存在に打ち勝つことができた。
 この静かな世界がその証明だと告げている。

 魔王を消し去ったのだと。

「はは……やった……ついに……ついにやったぞ! 私の勝ちだ!!!」

 ライトはたった一人しかいない空間で歓喜の声をあげた。
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