妖怪たちの夜

江木 三十四

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第二章

天狗騒動

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 ままが「亀の置物」が、まがい物であることを見抜いてから半年あまりたちました。
 その間、黒船がこの国の鎖国というとびらを突き破りました。
 当然、幕府の中では蜂の巣をつついたような騒ぎになりました。
 江戸っ子もこの話でもちきりになりましたが、それより生活に追われる毎日の方が大事だったのです。
 ままは、利発さに磨きがかかり、寺子屋の倉吉源久も舌を巻くほどの知識を身に着けました。
 さらに、誰もが認める性格の良さと色白の可愛い娘に育っていました。
 番頭の佐之吉をはじめ、店の者一同とも仲良く楽しい毎日を送っていました。
 女中たちにも寺子屋で学んだことを懇切丁寧に教え、初などは番頭を言いくるめることもしばしばでした。
 
 ある時、主人の藤八郎が番頭に大事な仕事を頼んでいます。
 「番頭さん、くれぐれも間違いがないようにお願いしますよ」
 「お任せください。この心で精一杯がんばります。はい」
 そう言うと番頭は胸をたたいて、主人に安請け合いをしています。
 それを見たお初がこう言いました。
 「心は胸にはないのにね」
 すると、さとも相槌を打ちます。
 「ほんとよね。心はここにあるのよ」
 そう言いながら、自分の頭を指さしました。
 番頭は何のことやら分からず、お初たちをにらみつけます。
 「わー、番頭さんが怒った。怒った」
 「心も考えるのもみんな頭なのよ。お嬢さんが言ってたわ」
 「ねえ」
 それを聞いても、番頭は訳が分からない顔をしています。

 その頃、江戸市中に奇妙な噂が出回っておりました。夜になると天狗が現れて、人びとを驚かすというものでした。天狗たちは頻繁に現れ、神社や寺の境内に集まっているというのです。
 瓦版屋が辻に立って、こんな口上で集まった江戸っ子の好奇心を挑発しています。
 「天狗が現れたゾ。徒党を組んで真夜中の八百八町を闊歩している。周りの住民は、赤子は泣くし、年寄りは腰を抜かすで恐ろしくておちおち外出できなくなった。
 その上に赤、黒、白の野犬が毎夜、毎夜群れをなして我が物顔で走りまわっている。やかましいうえに、このままでは誰かが噛みつかれるんじゃないか。この世は終わりではないかと皆が恐れおののいいているぞ。
 『お上は何をやってるんだ』と非難の声があがっているよ。どうする、どうする」
 大袈裟に面白おかしく触れ回ります。集まった人々から「そうだ、そうだ」と一斉に声が上がりました。
 おかげで、瓦版は飛ぶように売れました。

 この噂話は、当然ままの耳にも入りました。好奇心旺盛な性格ですから、それを聞いて天狗にぜひ会いたいと思いました。
 しかし、親に言えば言下に禁じられるのは、火を見るより明らかです。
 そこで、一計を案じました。父の藤八郎と母のおよしの前に神妙に座るとこう切り出しました。
 「おとっさん、おかっさん。聞くところによりますと、なんでも川向こうの山本さんの隠居さまが床に臥せっておられるそうです。一人暮らしで心配なので、あたし観音さまに本復の願かけをしたいと思います。夜遅いのですがお許しいただけますか?」
 殊勝な顔をしてお願いいたします。すると藤八郎はこう返事をしました。
 「あの寝たきりのお婆さんだね。わが子ながら殊勝な心がけだ。いいでしょう」
 「ありがとうございます。善は急げと申します。早速、今晩から行かせて・・」
 「まあ、話は最後まで聞きなさい。夜分、可愛い娘を一人でやるわけにはいかないね」
 藤八郎の言葉におよしもこう続けます。
 「そうですよ。嫁入り前ですから何かあったら、申し訳が立ちませんよ」
 藤八郎は手を叩いて店の者を呼びました。
 「おーい、番頭さん。佐之吉や」
 「はい、なんでございましょう?」
 藤八郎が番頭に一部始終を話して聞かせます。それをままは微笑みながら聞いています。
 「・・とまあ、こういうわけです。分かりましたか?」
 「はあ、それで・・」
 番頭は、笑っているままを見て浮かない顔になりました。
 「話は簡単です。あなた、ままに付き添ってやってください」
 浮かない顔が憂鬱な表情になりました。ままはそんな番頭に片目をつむって見せました。
 「お百度参りですか」
 「そうです。早速、今晩からお願いしますよ。いいですね」

つづく
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