声を聞いた

江木 三十四

文字の大きさ
5 / 8

転がる事態

しおりを挟む
 翌日、東署で捜査会議が開かれた。
 その時、福田君からもたらされたみさととのやり取りについては、全員から大きな関心が寄せられた。
 そして、状況的に犯行に関係する重要な証言と判断された。
 これが、犯人の手掛かりになるとしたら、捜査陣にもたらされた初めての手ごたえだった。
 改めて、防犯カメラを詳細に分析することになった。その収穫はすぐに得られた。
 犯行当日の防犯カメラの解析に当たっていた刑事が重要な発見をした。
 それは、コンビニに設置されたカメラの記録で、被害者とその後を歩いていく男の映像だった。
 その男こそ、詐欺事件で現在取り調べ中の容疑者だった。
 そのことに気がついたのは、詐欺の取り調べにあたっている担当刑事だった。
 二人が歩いていったのは第一倉橋方向だったため、当然殺人事件との関係がクローズアップされ、殺しの容疑者かもしれないと、捜査陣はいろめきたった。

 防犯カメラに写っていたその容疑者は、刑事の取り調べに対して、一貫して詐欺行為について否認を続けていた。
 そこで、カメラの映像を見せながら担当刑事が男を追求した。
 「この男性知ってるな。お前達のグループのメンバーだろう」
 「誰だよ、こいつ」
 「後ろを歩いているのはお前だろう。仲間割れをして後をつけ、この男性を殺したろ!おおかた、金の分け前でもめたんだろ」
 「ちげえよ。第一、俺はこんなやつ知らねえし、殺ってもいねえよ」
 「じゃ、なんでこんなところにこんな時間にいたんだ」
 「たまたまだよ。あー、ダチと待ち合わせしてたんだよ」 
 「適当なこと言うな。お前が殺しの犯人だろ。素直に罪を認めろ」
 「うるせえな。関係ねえって言ってんだろ」
 そこに若手の刑事が入ってきて、担当の刑事に何やら耳打ちする。
 その刑事は頷くと若手刑事にこう命じた。
 「そうか、分かった。お前、ちょっとこいつの相手をしてやってくれ」
 そう指示すると取り調べ室から出ていく。
 しばらくすると再び取調室に入ってくる。顔には笑みが浮かんでいる。
 容疑者を見ると肩をたたいてこう言った。
 「良かったな、お前の殺人容疑は晴れたぞ。お前のアリバイを証明してくれる人が現れた」
 「ほら見ろ。ざまぁ見ろ。俺は帰らせてもらうぜ」 
 立ち上がろうとした男を刑事が押しとどめる。

 「待て、待て、俺の話はこれからだよ」
 「何だよ。俺の無実が分かったんだろ。他に何の用事があるってんだよ」
 「お前を逮捕する。理由は詐欺罪だ」
 「ふざけんな、そんなのやってねえって言ってんだろが。何回も言わせんじゃねえよ」
 それに対して、担当刑事は満面の笑みを浮かべる。
 「じつはな、お前の殺人に対するアリバイを証明してくれたのは、お前らが犯した詐欺の被害者だ。さっきのカメラの画像覚えているな」
 「だから、何だよ」
 「ふふん。あの後、被害者の家に行ったろう。お前の顔と時間をその人が覚えていたんだよ。それで、証言してくれたんだ。詐欺にあったことをな」
 聞いた途端、今まで虚勢を張っていた容疑者は真っ青になる。
 「悪いことはできないな。まあ、これでやっとお前たちと腹を割って話ができるな」
 
 かくして、この男の自白から他の容疑者も犯行を認めはじめた。          
 これにより、刑事たちは詐欺の全貌が明らかになると考えていたが、見込みとは違う自供が出てきた。
 「この4つは俺らがやったけど、これとこれは俺らは知らない」
 一人の容疑者が答える。他のメンバーの供述も同様だった。
 「これは、別の詐欺グループがあるようだな」
 捜査員たちはそう考えざるをえなかった。

 警察は、引き続き詐欺と殺人事件の捜査を継続することになった。
  みさとにも警察に来てもらったが、福田君が聞いた証言以上のものは得られなかった。

 詐欺犯たちの逮捕に関して重要な情報をくれた沢渡はこう笑った。
 「いやー、あの時のコント(寸劇だが・・)が面白くてよく覚えていました。だから、犯人から電話をもらった時、すぐにピンときました」
 益子刑事と福田刑事は捜査でその場にいなかったが、それを聞いたらさぞ喜んだことだろう。
 しかし、残念なことに殺人事件には進展はなかった。

 それから、2日たったお昼時、みさとがラーメン屋で激辛タンタン麺を食べていると福田君たちが入って来た。
 目ざとくみさとを見つけた福田君が声をかける。
 「あれっ、みさとちゃん。何してるの?」
 「お昼を食べてるのよ」              
 「へえ、奇遇だね。僕たちもラーメン食べに来たんだ」
 「私はね、占いに従ってここに来てるのよ」    
 「何のこと?」
 さっそく、益子君が面白そうに尋ねる。           
 それには、福田君が答える。
 「彼女の占いは指向性があって、そのことについてはよく当たるんだよ。・・・ということは、ここが良いと出たんだね。でも何について?まさか・・」 
 「その通りよ」
 落ち着き払って、コップの水を一口飲む。             
 「ここで犯人の手掛かりが得られるのよ。だって、私だけが犯人の声を聞いているんだから」
 「それでお昼を食べに来てるんだ」
 福田君、ラーメンをすするみさとをまじまじと見る。       
 「そうよ。えらいでしょ」
 「なんだかな。二人だけで納得しあっちゃって」
 ニヤニヤしながら二人を交互に見る。       
 「しかし、あなたもひまだね。そんなこと警察に任せておけばいいんだよ」
 さらに一言多いセリフ。
 「さすが売れないじゃなくて、うらないし・・」
 みさと、益子君のくちびるを箸でつまむ。      
 「いてててて」             
 「私の占いをばかにする気」       
 福田君、割って入る。
 「まあ、まあ。二人ともムキにならないで」
 「みさとちゃん、本当に犯人はこの店に来るの?」          
 「それがね、私がこの店に来るといいことがあると出てるの。だから、犯人のことだと思うんだけど」          
 「なんだ、犯人が来るわけではないのか」
 みさとのこの言葉で益子君は興味を失ったのか、メニューを選んでいる。
 「すいません、白みそ激辛ラーメン、ひとつ。福田、おめえも同じでいいか?じゃ、二つください」     
 みさとは益子君と関係なく説明する。
 「でも占いでは、一昨日はイタリア料理、昨日は牛丼屋、それで今日はここって出てるのよ。何にもないはずないわ」
 「それはね、自分が食べたいだけなんじゃ・・。ひてててて!!」
 みさと、今度は箸で益子君の唇をねじり上げる。                 
 「へえ、それでもう何日通ってるの?」                
 「かれこれ、一週間近いかな」           
 益子君、すかさず茶々を入れる。
 「でっ、探偵さん成果は?」     
 「それが、まだなの。だって昼食時はこの混雑だもの。誰が誰やら・・外食ばっかりで私のほうが少し太っちゃったわ」       
 「えらい、あと90日も通えば感謝状がもらえるよ。その前にお太りあそばすけどさ」
 みさとは、もう益子君の皮肉にも慣れた様子。   
 「でも、協力はその程度にしてよ。犯人と鉢合わせしたら危険だよ」        
 「声を聞いてるのは私だし、占いにも出てるんだもの」         
 「おい、福田、おれたちは飯食って次の捜査にかかろうぜ。おう、来た来た。先に食うぜ」                
 「一つだけいいかい。みさとちゃん、決して無茶はしないって約束してよ」          
 「わかった。占いには従うけど無理はしない。何か分かったら連絡するわ」
 「まあ、捜査の邪魔だけはしないでくれよ」
 益子君、ラーメンをすすりながら釘をさす。さらに、笑いながらこう付け足す。
 「お前たちのおかげで、腹いっぱいになっちゃうよ」                  
                                   
 その夜、二人の刑事は行きつけの居酒屋で飲んでいた。       
 「可愛かったな」
 福田君、ため息をつく。                   
 「福田、お前ああいうのが好みだもんな」
 「うん」                       
 居酒屋の主人、高村が話に入ってくる。
 「何の話?」         
 「こいつの恋バナさ」               
 「ヒヒヒ」              
 「やーね、福田君いやらしい笑い方しちゃって。でも、素敵な話ね。この人とあたしの結婚は失敗したけど、福田君にはうまくいって欲しいな。応援するからね」
 そう言いながら、益子君を軽くにらみつける。                       
 「その通りだ。俺たちの轍は踏むなよ」
 「ありがとう。二人の分までがんばるよ」
 「良いほうでな」                   
 高村が別の話題をふる。
 「ところで、捜査は進んでるの?」          
 「そっちはだめだ。目下、継続中としか言えないな。福田の恋の捜査は進んでるみたいだけどさ」             
 「そうか・・。じゃあさ、景気づけに今日はじゃんじゃん飲みなさいよ」                   
 「おいおい、大丈夫かよ」        
 「平気よ、あなたのつけよ。元妻の権限よ」
 益子君、大きく手を広げる。
 「やれやれ」

つづく
 この物語はフィクションです。人物や場所等が実在したとしても一切関係ありません。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする

夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】 主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。 そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。 「え?私たち、付き合ってますよね?」 なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。 「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

処理中です...