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九話 『五人の、季節』
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夏が、始まった。
そして、忙しい民宿の夏は、光のように過ぎ去っていった。
全国的に夏休みがスタートし、南桑村の小学校、中学校の運動部には、広いグラウンドと体育館を求めて都会の学校が対外試合や強化合宿に押し寄せる時期。
そして、必然的にその小中学生達は宿泊先を探し、その白羽の矢がたつのがここ、民宿ヤマガミである。
引率の教師、保護者や運転手を含めて連日の宿泊客は30人を超える。
民宿ヤマガミのキャパシティは50人程あるが、それはあくまで最大値であり、連日の大人数の宿泊となると忙しさは半端ではない。
他の宿泊先となると、隣町に案内するしかない。広い南桑村の村民グラウンドへはこの民宿から徒歩で20分ほどでつき、スポーツ学生達のベストな宿泊先は南桑村唯一の宿泊施設であるヤマガミとなるのであった。
30人分の朝食、30人分の部屋掃除、30人分の夕食……。
お盆までは絶え間なくこの準備と片付けが続くのが毎年恒例。その日々を、父・母・私・夏・悠・清海ちゃん・蜜柑、の7人で乗り切っていく。
朝食と夕食の準備自体は、実はそこまで大変な事ではない。
民宿の調理場にあるのは、業務用の大鍋ばかりで大人数の料理を作るのには適している。
また、学生の大人数の宿泊に関しては割引をしている分、料理も大人数+未成年専用の若干簡素ではあるものにしている事も予約の際に説明しているのだ。
すなわち…… メインは、カレー。まず嫌いな小学生は少ないし、食べ盛りの中学生用のお代わり用に多く準備する事も容易だ。
民宿の大鍋は一度に数十人分のカレーを作る事が可能だし、炊飯器は大型、家庭用含めて5台も準備してある。たくさん食べろよ、スポーツ少年・少女達。
連泊をするお客さんも多いので、カレーだけではなく、他には唐揚げ、肉じゃが、とんカツ、筑前煮……などなど、揚げ物、煮物の大人数対応料理も多数存在している。
この料理を、ローテーションのようにして父、母、私、清海ちゃんで30人分用意。
毎日16時に調理を開始すれば、18時には食堂に並べられる。
悠と蜜柑は主に配膳担当。作った料理を皿に盛りつけていき、お盆にのせて運ぶ。これだけの作業でも、30人以上となれば大変な作業だ。
例えばカレーの時であれば、当然メニューはカレーだけではない。サラダに、漬物に、ちょっとした揚げ料理や煮物も必ずつける。料理を30人分運んで、綺麗に配膳すだけでも大変な作業となるのだ。
夏は、部活動の夏季練習があるのでなかなか手伝いにはこれないが、忙しい合間をぬってヘルプにきてくれる。このうえなく有難いことだった。そんな時は料理にも、配膳にも、どちらにも助っ人として参加してくれる。
学生さん達の食事に関しては、嬉しい事が二つある。
一つ。残さず綺麗に食べてくれる事。
米粒一つ残さず食べきってくれる事は作った側としてはなにより嬉しいし、洗い物もかなり楽になる。
二つ。食べ終わった食器を調理場まで運んできてくれる。
こちらから何も言わなくても、小学生や中学生は自分達で食べたものを調理場まで運んできてくれ、そのまま受け取って洗い物にいけるのだ。
配膳と同様、食器の後片付けも大変な作業となる大人数の夕食では、この気遣いはかなり助かる。現代っ子であれど、こういう礼儀はしっかりと先輩から受け継がれているのだと感心するばかりだ。
夕食が終われば、夏と悠と蜜柑で、食堂の清掃。テーブル拭きや、畳の掃除。囲炉裏周りの清掃など……やる事は沢山ある。
私と清海ちゃん、父と母は、主に食器洗い。シンクが二つある特殊な民宿のキッチンは、洗い物→水で流す→食器を拭くという作業を流れで行う事が可能で、200枚を超えるお皿荒いをスムーズに行う事ができるのだ。
そして最後に、明日の朝食の支度。
お米を研いで、炊飯器にセット。具材を確認し、冷蔵庫に用意できるものを用意しておく。醤油や調味料の補充……などなど。
それが終われば、本日の仕事はおしまい。大体、毎日が21時前後の終わりとなる。夕食の時間が早いので私達5人の仕事もそのくらいに終える事ができるのだ。
その後は自由時間。就寝まで私達は遊んで……とはいかず、すでにその時はクタクタ&明日の朝食の準備もあるので、お風呂に入り、早々に自分たちの寝床についてしまう。
翌日の朝も、早いのだ……。
――
朝の仕事。
父、母、私、清海ちゃんで、朝食の支度を行う。朝は、5時から準備開始だ。
流石に小学生の悠と蜜柑にはこの作業は辛いので寝かせておく。
その分朝食は比較的作りやすいものになり、目玉焼きや納豆、味のりに卵、キャベツ・レタス・トマトのサラダ、ウインナー、鮭の塩焼き……あたりが基本。
夕食よりは作りやすく、時間も短縮できるため4人でこの仕事は行える。早い時間の朝食にも対応できるのだ。
学生さん達と同時に私達も調理場で朝食を済ませ、ここで悠と蜜柑も起きてきて合流する。7時半か8時には朝食終了。
悠と蜜柑にも手伝ってもらい、夕食と同様に後片付け。
その後は、少し休憩をとって部屋の清掃。
主には本館2階の大部屋。新館の大部屋。そして保護者、先生用の新館の鍵つき個室の清掃を私、清海ちゃん、悠、蜜柑で手分けして開始する。
父は大浴場の清掃を行い、母は調理場の清掃だ。
9時にスタートした掃除作業は、分担する事で11時前にはいつも終える事ができる。
ようやく、自由時間。
宿題に手をつけたり、ゲームをしたり、昼食後は昼寝をしたり、ボーッとテレビを見たり、ポンと遊んだり……。
14時頃には母がスーパーに買い物に行くので、手伝いに行ける人が同行して夕食と翌日の朝食の買い出しを行う。
そして…… また、前述した夕食の準備に戻るのだ。
これが、三週間。夏休み開始から、お盆の8月中旬まで続く。
辛いかと言われれば辛いのだが、それ以上に嬉しさが多い。
小さい頃から遊んでいて清海ちゃんと蜜柑と毎日会えて、一緒に民宿の仕事が出来る。
友達……いや、友達以上に仲良くしていた、昔。
そのころからずっと成長して大人っぽく、かっこよくなった清海ちゃん。彼女と一緒に過ごして、一緒に仕事をするのは楽しくて、なんだか励まされる。
……あ。蜜柑も勿論、嬉しい。元気なおとう……妹が出来た感じで。
そして……高校生の私から見ると、宿泊にくる元気な小中学生の姿は、眩しくて、輝いて見える。
「おはようございます!」「おせわになります!」「ごちそうさまでした!」「ありがとうございました!」。
少年も、少女も、元気いっぱいに私達に声をかけてくれた。
少し前まで、私もその立場だった。……いや、こんなにも私の小さい頃は輝いていただろうか?
こちらが『泊まっていただく』とお客さんに思うのと一緒にあちらも『泊まらせてもらう』と思っていてくれるのが、分かるのだ。
それは金銭のやり取りを度外視し、お互いに助け合い『お世話になる』という気持ちをお互いに交換できる、とても気持ちの良い時間だった。
きっとそれは……現代で、少なくなっている感情なのではないだろうか。
そして、それを自然とやり取りできるこの民宿の空気が、私は好きだった。
暑い季節。
うんざりするほど忙しい、夏。
しかし、それ以上に、私は素敵な時間を過ごせていたのだ。
仕事を一緒にする仲間。
泊まりにきてもらうお客さん。
忙しくて、早く終わってほしい。
母はよくそうぼやいていて、私もそれに賛同していた。
でも……。
心の何処かでは、まだ終わってほしくない。
そんな感情も、毎年のように抱いているのだった。
そして――
――
「…… ほいっ!おつかれさーん!今年の夏、最後の掃除が終わりましたー!」
「「「「「 おつかれさまでしたー!! 」」」」」
母は、バンザイをしながら開放感の溢れる歓喜の声でそう言った。
私達も、バンザイをしながら言う。
調理場で、お盆前の今年の夏、最後の朝掃除が終わった。
8月13日。
今日泊まっていた中学生女子テニス部計37名をお見送りし、宿泊していた部屋の掃除を私達5人で無事に終了。
ただいまの時刻、10時半。
無事に、お盆前最後のお客さんをお見送りできたのだ。
私は調理場のスチール製の冷たく大きなテーブルに額を乗せて、安堵の溜息をついた。
「あー、今年も終わったー。大きな事件とかなくて本当に良かったよー」
「蜜柑がサラダ乗せたお盆ひっくり返して責任感じて大泣きしたくらいだよな、事件って」
「うっさい、夏!」
夏が意地悪っぽく言って、蜜柑が怒った。
「今年もお盆中はお客さん、とってないんですよね?」
清海ちゃんの質問にお母さんが頷いた。
「うん。学生さん達も全員地元に戻る時期だしね。うちも集客見込めないし、今日から数日は休業期間だよ」
「今年もお疲れ様でした、愛純さん。康人叔父さんも」
「あはは。お疲れ様はこっちの台詞だよ。清海ちゃんも蜜柑も、本当にありがとうね。二人が手伝いに来なかったらやばかったよ」
お母さんの労いの言葉に、私も便乗した。
「うんうん。今年は特にお客さん、毎日のように多かったからねー。清海ちゃんは勿論大助かりだったけれど、蜜柑も大きくなってかなり戦力になってくれたのが助かったなー」
「うむうむ。バイト代はボクの働き具合に見合ったものを渡すようにな、山賀美の諸君」
腕組みをして偉そうにする蜜柑の頭を、清海ちゃんがグーで叩いた。
「さ、いよいよ私達も夏休みだねー。遊ぶぞー」
「今夜は、例年通りアレがあるんだよね?」
清海ちゃんの疑問に、悠が頷いた。
「うん。昨日、お母さんとわたしで、みんなの浴衣出しておいたよ」
「わあ、ありがとう、悠ちゃん!」
「あはは、大きくなってもアレはやっぱり楽しみだよねえ。私も今からワクワクしてるよ」
私達が、お盆時期に民宿で一番に楽しみにしている事がある。
子どもの頃から大好きだった、行事。
私達5人の、夏の思い出。
それは。
私はその場の全員に、確認した。
「今夜は、お寺のお祭りだね」
――
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