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一章『ゆめの はじまり』

七話『まちの そと』

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――― …

ムークラウドの街は塀に囲われていた。

おそらく魔物の侵攻を防ぐためであろう。東西南北に4箇所ある外への出入り口は強固な門で閉ざされ、兵士がそれぞれ数人で見張りをしている。

外へ出る事は容易ではない… と、思っていたが話しかけたらすんなりと重い鉄製のドアを兵士二人がかりで開けてくれた。

「え?そ、そんな簡単に開けちゃっていいんですか?ここ」

俺の疑問に20代くらいの青年兵士は笑顔で答える。

「ええ。最近は魔物も少ないですからね。今このムークラウドの街の周りにいるのは最も弱い魔物のスライミーくらいです。我々でも倒せますよ」

「スライミー…」

「外に薬草や山菜を採りに出かける人や、他の街への流通もありますからね。危険も少ないので外へ出る事は全く問題ないですよ」

「… … …」

なんだか拍子抜けしてしまうが、手間が省けるのはいい事ではあるな。よくあるパターンだと外に出るために王様の許可がいるとか、兵士のいない夜の間に脱出するとか…。
そういう事をしなくていいのならそれに越した事はないか。

外に出ようとする俺に兵士が聞いてきた。

「僧侶さん。スライミーは基本的に人間を襲ってきたりしませんが、こちらから攻撃するのなら話は別ですからね。十分気をつけてください」

「え、そうなんですか?」

「ええ。魔物の中には積極的に人間を襲うタイプも勿論いますが、スライミーは最も弱い種族です。なのでわざわざ人間にやられるような真似はしません。ですが…」
「魔物は魔物。戦闘能力がないわけではありません。気をつけてください」

「… わ、わかりました…」

なんだか脅されたような気分を受けながら、俺は門の外へと一歩踏み出た。

――― …

街の外は、広大な草原が広がっていた。
地平線の先には青空が広がるのみ。足首まで伸びた芝生のような薄緑の草が延々と伸び、続いている。
生い茂る木々はどれも観たことのないような巨大なものや歪なもので、ここが現実世界でない事を物語っている。
しかし、夢の中でも太陽は眩しく俺を、そして世界を照らしていた。

「… 夢なんだよな。これ」

頬をつねってみたが… 痛い。しかしこれが夢だという事は分かっている。痛覚のある夢。果たしてそんな事があり得るのだろうか…?

…痛覚がある。

つまりそれは、戦いにおいてものすごい痛みも感じてしまうのではないだろうか?
ふとその考えが頭によぎる。

「… いた」

草むらの中。
大きな枕くらい…いや、人間の上半身くらいはあるであろうサイズ。そこに『スライミー』は居た。
水色のゼリーの身体をプルプルさせゆっくりと進んでいる。それはまさに、スライミーという名前と一致した姿だった。

「こいつと、戦うのか…」

モンスターと戦うのが今回のクエストの内容。相手にはこちらに向ける敵意はない。後ろから襲えば勝ち目もあるであろう。

… … …。

どうやって?

僧侶の俺の初期装備は、服のみ。武器の類は持っていなかった。
つまりは…こいつを素手で殴れというのか。

… … …。

絶対嫌だ。
殴ったら絶対腕に絡みついてくるようなデザインのモンスター。そこから血とか吸われはじめたら…とか嫌な想像が頭をよぎる。

痛覚はある。人間として、出来れば痛い思いはしたくない。

「… 武器だ」

俺は近くにあった大きい木に目をつけ、その下に落ちていた木の枝をとる。
角材、とまではいかないがずっしりと重く、太い枝だ。…素手で殴るよりはこいつを使ったほうがマシだろう。
念のため、ステータスを開いて武器を確認してみる。

【武器:木の枝(攻撃+1) その辺りで幾らでも拾える木の枝。すぐ壊れる】

… 分かっていた情報を確認したところで俺は満足して、ステータスを閉じる。


さあ、いよいよ戦闘開始だ。
俺は木の枝を頭上に振りかぶり、スライミーの後ろに位置をとる。相手は俺に気付かず、何かに向かってゆっくりと這っている様子だ。

…敵意がない相手を殴るのは少し嫌な気分だが、自分の夢の中にいる相手だ。俺は自分を納得させて、木の枝を握る手に力を入れる。

「…! おりゃああッ!!」

ブォン!と風を切る音がして、振り下ろした木の枝がスライミーに直撃する。

バチン! おそらくダメージが入った音なのだろう。通常では聞こえないような音が聞こえたと同時に、スライミーの柔らかさの中に固さのある感触が木の枝越しに俺に伝わってきた。
た、倒した…? そう思った瞬間。

スライミーが、こちらを向いた。

「…グルルルルルル…」

犬かなにかの警戒の唸りに似た声が聞こえてきた。どこから出しているのかは分からないが、スライミーは明らかにこちらに敵意を向けているらしい。
水色だった身体はオレンジ色に変わってきて、先ほどのプヨプヨしていた身体はグネグネと怒りに身を震わせている…ように感じる。

「や、やばい…!?」

俺に飛びかかってこようとしている…?スライミーは態勢を低くして、ジャンプをしようとしているように見えた。

「グガァァァッ!!」

「どわぁぁぁーーーーッ!!」

案の定ジャンプをして俺に飛びかかってきたスライミーを俺は横から木の枝で殴り、飛ばす。
フルスイングした木は偶然、見事にスライミーを捉えた。草原の向こう2mほどの距離にスライミーを飛ばし、距離がとる事に成功する。

「はぁ、はぁ… よ、よしッ…。 って、ええぇ…!」

安心したのも束の間。
折角距離をとったスライミーは態勢を整えて素早くこちらににじり寄ってきている。

「ま、まだ倒せてないのかよ…!」

「グルルルルルルルルゥ」

俺は木の枝を再び構えてスライミーの突進に備える。
幸いな事にスライミーの動きは単調だ。攻撃方法は先ほどの、低く構えて、ジャンプをするという動作しかないらしい。
再びスライミーが止まりジャンプの態勢をとったところで俺はその事に気づき、木の枝をもう一度上に構える。

「さっきは偶然だったけど… もう動きは読めた…!」

「ガァァーーッ!!」

「せいやぁぁぁッ!!」

ジャンプをしてきたスライミーに、思いきり、俺の振り下ろした木の枝がヒットする!
そのままの勢いで地面にスライミーを叩き落とし、完璧に衝撃のダメージを入れられた。…と、思う。

「はぁ…ッ、ど、どうだ…!?」

「… … …。 キュゥゥゥ…」

木の枝の先で地面にたたき落とされ、そのまま押さえつけられていたスライミーは光に包まれ… そのまま身体が消えていく。
どうやら、倒したという事らしい。

「…。ごめんな」

なんとなく謝ってしまう。

木の枝を地面から離したところで、俺の目の前にウインドウと文字が出てきた。

【スライミーを倒した!経験値:1 を入手】

「…1、って…」

俺はステータス画面を開いて自分のレベルを確認する。

【レベル:2(次のレベルまで経験値14)】

… つまりは、あのスライミーを14体倒さないと次のレベルにいけないって事か…?

俺は草原を見渡す。
見れば見るほど…そこにスライミーが存在している事が見て取れた。
何かに向けて歩くモノ。岩陰に生えた藻を食べるモノ。集団でウネウネしているモノ… … …。

さっきの苦戦を、14回…。

「… … …。帰ろう」

俺はこれから始まるであろう戦いの日々に少しうんざりしながら、足早に元来た道を戻りムークラウドの街へ帰る事にした。

帰りながら、俺はふと考えた。

(もしあの時、スライミーの攻撃を受けていたら… どうなっていたんだ?)

その恐怖を頭を振って忘れようとしながら、俺は街へと急ぐ。
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