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二章『まおうぐんとの たたかい』

二十一話『えいえい おー』

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――― …

「よっ、と」

長谷川悠希は大木から飛び降りる。
普通なら骨でも折れるであろう高い位置から、一飛びで…軽く地面に着地してみせた。
その様子を…いや、そもそもこの場にいる事に驚いている俺と敬一郎は、ただただその姿を唖然として見つめていた。

そうこうしている間に、悠希は俺達のところへ近づいてきた。

「やー、夢のようっスねー…ってコレ、夢の中か。私達三人、文芸同好会がこんなリアルなVRゲーム一緒にやってるなんて!」
「まさに私達のためにあるゲームっスよね!ゲームを愛する者たちがやる、究極のゲーム!センパイたちとなら攻略できる気がするっス!」
「…って、アレ?」

心底嬉しそうな悠希と、真顔でそれを見つめるセンパイ二人。そのテンションの差を悠希は不審に思ったようで笑顔のまま首を傾げた。

俺は、悠希に疑問を投げかけることにした。

「お前…いつからこのゲームやってた?」

「え?いつからって、たしか二日前でしたっけ。センパイ達も同じっスよね?」

「なんで言わなかったんだ…?」

「だってセンパイたちがムゲンセカイにいるなんて知らなかったし」

まあ、それはお互い様だ。…でも、だったらもう一つ疑問が残る。
俺がそれを口にする前に、敬一郎が悠希に俺が思っていたのと同じ質問を投げかけた。

「えーと…少し前に、この広場でイシエルがイベントの説明会やってたんだけど…その時に悠希ちゃん、いた?」

「へ?なんスかそれ?イベント?そんなのやるんスか?」

… … …。

やっぱり、あの場にいなかったのか。見つからなかったワケだ。

俺は半分呆れながら悠希に聞いた。

「お前、今まで何してたんだ…?」

「えー、だってこういうゲームってとにかくレベル上げが大事じゃないっスか!とにかく外に出てスライミー狩りしてたっス!」

「最初の夜にイシエルからクエストが出されてただろ?最後の…『情報』のクエスト、やらなかったのか?」

「あー。なんか大切な情報を知ってほしい、とか言われてたヤツっスよね?でも私、ムークラウドから大分離れたところでスライミー狩りしちゃってて…戻るに戻れなくなっちゃって」
「それならもういっそソコは捨てて、スライミー狩りに専念しようって決めたっス。時は金なりっスからね」

… … …。

俺も敬一郎も、呆れて頭を抱える。その様子に悠希も流石に何か自分がいけない事をしているのかと気付いたらしく…。

「あのー…センパイたち?私なにか…良くない感じ、っスかね?」

俺と敬一郎は口を揃えた。

「「 すごく良くない 」」

――― …

悠希には今ある情報をすべて伝えた。
驚くべきことに…悠希はプレイヤーのHP0=現実世界での死という情報も知らなかった。今朝の朝礼は寝坊をして遅刻をしていたらしく…学校で何が起きていたかは全く知らないというのだ。
それだけこの夢現世界にログインしようとしていたらしく、途中で起きようものなら意地でも寝直して再プレイしていたようだ。
学校が終わってすぐに帰宅をしていたのもそのためらしい。すぐにでもログインしてプレイをしていたということ。
しかし、やっていたことはただただスライミー狩りのみ。必要な情報はほとんど知らなかったようだ。
プレイヤー。モブ。ムゲンモブ。この世界のキャラクターの種類。
プレイヤーの死は現実世界での死。そしてその死はほとんど認識されない。
PvPが行われている場所があるが、絶対に参加してはいけない。
どうやら自分のプレイスタート位置にいたキャラのおつかいクエストをすればレベルが上がりやすいということ。
そして…二日後に迫った、【 魔王軍から街を守れ! 】のクエストのこと。これに対する詳細情報がまだ語られていないということ。
それらを悠希に伝えた。

「はー…私、ホントに何も知らなかったんスねー。危ない危ない」

…と、いうわりにはなんか楽観しているような感じだが。

「お前…下手したら魔物にやられて死んでたかもしれないんだぞ。よくそんな余裕があるな」

「いや、所詮一番弱い魔物ですし。私のジョブならダメージを受けずにバンバン狩れるから、戦うことに怖さとかは全然なかったっスよ!えっへん」

「えっへん、じゃないよまったく…。」

黒装束を上下に身にまとっていて、下は七分丈、タイツのようなものを履いて足は足袋。頭巾はかぶっておらず、頭はそのままのショートカットの髪型。
見ようによっては少しセクシーな衣装なのだろうが…まあ、着ているのが悠希だからな。
両手にもっている二本のクナイ…これを整理すると、悠希のジョブは…

「えーと、悠希ちゃんは、忍者?」

「はい!ニンジャっス!私にぴったりでしょ!」

敬一郎が当てた。

和洋中が入り混じりすぎだろ…世界観がぐちゃぐちゃだぞ。俺が僧侶で、敬一郎が武闘家で、悠希が忍者って。どんなパーティだよ…。

「忍者か…まあ、悠希ちゃんには確かにぴったりかもしれないな。多分このゲーム、元の世界の身体能力もそのまま引き継がれて、ステータスにプラスされる形になってるからな」

敬一郎の言葉に俺も頷く。スライミーと戦った時、身体は俺の普段の動かし方そのままに動いた。しかし現にレベルがあがってステータスが上昇しているということは、プラスになっているという風に考えていいだろう。

「陸上やってる悠希は忍者で正解ってことか。自分の身体能力を考えれば、素早さが活かせるジョブに就いたほうがいいもんな」

「えっへん。これでも私、ハードルと走り幅跳びの選手っスから」
「そういうセンパイたちは…えーと、デブセンパイはアレっスか?フードファイターっスか?」

「どうやって戦えってんだよそれで。武闘家だ、武闘家」

悠希は敬一郎のことを『デブセンパイ』という。別に敬一郎を嫌っているとかそういうワケではなく、むしろよくなついている。が、『けいいちろうせんぱい』とか『あさおかせんぱい』という名前が長くていちいち言うのが嫌らしく『デブセンパイ』。
…本人もそれを全く気にしていないのがどうかと思うが。

「で、マコトセンパイが…えーと…僧侶?」

「ああ」

「なんでまた?」

「…まあ、ゲームではサポート役も大切だからな。あえて俺は後方支援に回ってみんなのアシスト役に徹する道を選んだというわけさ」

「なるほど。地味で変にクソ真面目だけど意味もなく人に優しい。でもなかなか内気でコミュ障だから人に声がかけられないセンパイにぴったりっスね!」

「ぶん殴るぞキサマ」

「きゃー。家庭内暴力ー」

「どこが家庭内だ」

…はあ。

でもまあ、悠希がいてくれて助かる部分はある。明るさだ。
俺も敬一郎も、ことゲームとなるとマジになってしまう部分が強く、どうしてもシリアスになって考え込んでしまう。
しかし悠希は楽天家で、明るい後輩。コイツがいれば苦境も明るく迎えられる気が…少しだけ、ある。

「センパイたちは、レベルいくつなんスか?ステータスも確認しておきたいっス」

「ああ、そうだな」

「えー。俺だってレベル2のままだし…なんか恥ずかしいなー」

「いいじゃないっスか、減るもんじゃないし…。ぐへへ、デブセンパイの恥ずかしいところ見てやるっスー」

「いやーん」

「…気持ち悪いやりとりしてないでさっさとステータス画面開く!」

「「はーい」」

…保護者か、俺は。

俺達三人はステータス画面を開いて、お互いに見合う。

【マコト 職業:僧侶(ランクC) 
 レベル:9(次のレベルまで経験値172) 
 HP :55
 MP :34
 攻撃力:18
 防御力:30 
 素早さ:19 
 魔力 :36

 スキル:3つ】

【ケーイチロー 職業:武闘家(ランクC)
 レベル2(次のレベルまで経験値14)
 HP:34
 MP:0
 攻撃力:11
 防御力:11
 素早さ;5
 魔力 :0

 スキル:0】

【ユウキ 職業;忍者(ランクC)
 レベル5(次のレベルまで経験値98)
 HP:23
 MP:15
 攻撃力:17
 防御力:13
 素早さ:38
 魔力 :10

 スキル:2つ】


「ふえー。マコトセンパイすごいっス。レベル9だとやっぱステータスすごいっスねー」

「そうでもないよ。逆にレベル9でコレだからな。ユウキの素早さにダブルスコアつけられてるし…ジョブのせいもあるだろうけど、元の身体能力の差も大きいんだろうな」

「っていうか悠希ちゃん、どんだけスライミー狩ったんだよ…レベル5って。ううう、やっぱり俺のレベルが恥ずかしい…」

「あはは、このゲームやりはじめてスライミー狩りしかしてないっスからね。もう後半はよそ見しながらやってたっス。流石に飽きて街に戻ってきたんスけど…」

悠希のこの素早さだ、あのスライミーのスローな動きなら欠伸してでも避けられるのだろう。
敬一郎は…しかし、レベル2にしてはステータスがやはり高い。本人は恥ずかしがっているが、俺の初期のステータスから見るとやはり差がある。伸びしろは広いということだな、スキルもまだ覚えてないし。

続いて俺と敬一郎は、悠希のスキルを確認する。


クナイ精製:使用MP0

自分の両手に武器であるクナイを出現させる。一度精製をしたら次の精製まで60秒のクールタイムが必要。レベルに応じてクールタイムは短くなる。
尚、戦闘中しかこのスキルは使用できない。

爆裂クナイ:使用MP5

投げつけたクナイが爆発し、周囲の敵にダメージを与える。タイミングは『爆裂クナイ』と唱えたときに発動。爆発の威力はレベルに応じて上昇する。


… … … なんて羨ましい。
つまりコイツは武器を自分でほぼ無限に作りだせるということだ。忍者というジョブの一つの特色らしい。
加えてこの技なら敵と距離をとって攻撃ができる。距離がとれるということは、戦うことの恐怖がやわらぐ。近距離で戦うしかない戦士よりよほどこのゲーム向きなジョブと言えるだろう。

「デブセンパイはスキルまだないんスね」

「言うなって、恥ずかしい」

「まあ、これから身に着けていけないい話だからな。悠希、さっきの俺のレベル上げの話、聞いていたな?」

「ういっス。自分の師匠ポジションの人に、強くなるための方法を聞いて、おつかいクエストをすればいいんスよね?自分はなんか白鬚のニンジャマスターっぽいおじいさんっス」

容易に想像ができるな。ベタだ。

「それじゃ、それを確認したうえでお前に聞くぞ」

「…は、はい」

俺の真面目な表情に悠希も姿勢を改める。
…生死がかかったゲームだ。しっかりと、聞いておかなければならない。

「俺と敬一郎は、イベントの最前線に立つつもりだ。それはこのゲームにおいて…いや、現実問題、かなり危険度の高い行為だ。分かるな」

「…はい。HPが0になると…死ぬ、んスよね」

「だが、誰かが行動しなければイベントの犠牲は増える。下手をすれば全滅することだって…。だから俺達は、前に出ることにしたんだ」
「レベル上げの方法は…多分だけど、分かったからな。この方法さえ使えば、イベントに対するレベルの問題は突破できる」
「だけど…決して安全とは言えない。だから俺は、なるべくなら悠希に、このイベントに参加をしてほしくない。出来るだけ街中に隠れるんだ」

敬一郎は少し驚いた顔をしたが…女の子を危険に晒したくないという意見は俺と同じのようだ。目をつぶり、ウンウンと頷く。

そしてそれを言われた悠希は…怒ったような表情をする。

「…なんでっスか」

「お前が俺達の、大切な後輩だからだ」
「悠希は俺みたいな奴とゲームをしてくれた。センパイ、と慕ってくれた。いつも笑って話をしてくれた。…大切な、かけがえのない後輩だ」
「だから、危険なことはさせたくない。俺の意見は…街中に隠れて、イベントが終わるまで、待っていてほしい」

しかし悠希はその言葉を聞いて俺の方に一歩詰め寄る。

「嫌です」

その言葉は、今までに聞いたことのないほど鬼気迫るものだった。いつもニコニコしている可愛らしい妹のような存在ではない、一人の、戦う者の表情をしていた。

「さっきの言葉、そっくりそのまま返すっス」
「センパイは、私と一緒にゲームをしてくれました。私のことを、可愛がってくれました。…そして」
「私の命を、救ってくれました」

「…え?」

今、悠希、変なこと言わなかったか?しかし悠希は構わずに続けた。

「そのセンパイが、命を賭けてこの街を…学校の生徒を守ろうとしている」
「センパイが私のことを大切に思ってくれているのと一緒に…私も、センパイ達のことが、大切です」
「手伝わせてください。センパイたちが止めても、私は一人で参加するっス。私だって…このゲームの、プレイヤーなんです」

… … …。

「そう言うと思ったよ」

目を閉じていた敬一郎が瞳を開け、にこやかな表情で俺と悠希の間に入ってくる。

「安心しな。このデブセンパイが、悠希ちゃんと真を助けてやる。大船にのったつもりでいな」

そして俺と悠希に向かって、右の拳を突き出した。

「…レベル2の人のセリフじゃないっスね」

「そうだな。出直してきてほしいな」

「やめて。せっかくカッコつけたんだから。これから僕、伸びてくタイプだから」

俺と悠希の言葉に敬一郎が笑いながら泣きそうになる。
その様子に悠希も表情を緩めて、敬一郎と拳を合わせた。

「…一緒に頑張るっス!ゲームなら、ティラクエで散々一緒にやってるっス。今度はちょっとハードなだけで…やってることはいつもと変わらないっス!」
「三人でやれば、どんなことでもできるっス。私達、ゲーム得意なんスから!」

力強くそう言って、敬一郎と目を見合わせて頷いたあと…二人で、俺の方を見た。

…いい親友を。いや、かけがえのない『仲間』を。俺はもっている。それを確信して、安心した。

敬一郎と、悠希と一緒なら…どんなことでも乗り越えていける。…きっと、そうだ。

このゲームからだって、生き抜くことが、できるんだ!

「…頼むぜ。イベントまであと二日。…俺達が、文芸同好会が… この街を守るんだ!」
「やるぞッ!!」

俺も二人に向かって拳を突き出し…勢いよく、手を合わせた。

そして俺達は、声を揃える。

ありきたりだが、その言葉は俺達の結束を示し合わせた。

「「「 えい えい おー ッ !!! 」」」

――― …
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