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外伝2
外伝『ある夏の日の 会話』
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外ではセミが鳴き、窓越しでもその音が耳に入ってくるような季節。
ガラガラッ、と部室のドアが勢いよく開く。
外から入ってきた人物は開口一番、やかましいくらいの元気で挨拶をした。
「ういーっス!! さ、今日もゲームゲームっス!ティラクエの新作も出たことだし3人協力プレイっスよー!」
長谷川悠希が放課後を待っていたというテンションで部屋に入ってくる。
しかし、部室にいるのは俺、名雲真1人だけだ。
既にスマホを弄ってる俺を横目に、悠希は部室をキョロキョロと見回し敬一郎の姿を探してみる。
「あれ?デブセンパイはどうしたんスか?」
「熱出して帰ったとさ。夏風邪ってヤツだな」
「えー。デブセンパイでも風邪引くんスね。あんなに栄養詰まってそうな身体してるのに」
言いながら悠希はカバンを机の上に下ろし、隠し持っていたスマホを取り出してアプリを起動した。
「じゃあ今日の部活は私とマコトセンパイの2人だけっスね!いやー、なんか緊張しちゃうなー。オナゴとうら若きオトコ、2人きりの部室なんて~」
「緊張する姿勢じゃないぞソレ。スカートの中身見えてるからな」
悠希は椅子に座って、机の上に足を預けるという大変にお行儀のよくない姿勢をしている。
「へへへー、残念。スパッツでしたー。期待してました?センパイ」
「するかバカ。いつもお前下に履いてるだろ。知っとるわ」
「あらー、もうそんなところまでご存知でー。なんスか?私のどこまでを知ってるんスか?ん?ん?」
「ウザいから早くアプリ立ち上げて部屋入ってくれよ…」
「へいへいー」
悠希がスマホを弄ってアプリを起動している間に、俺はその姿を横目で見てみる。
相変らず男子に間違われそうなショートヘアに、健康的な褐色の肌。陸上部にもちょくちょく顔を出しているので、大分焼けている。
…一応、女子なんだよなコイツ。なんか俺に対する遠慮というものがどんどんなくなっている気がするが… 俺としてもそれに対してドギマギする事はないので、いいんだけどさ。
「今日は陸上部でなくていいのか?」
「猛暑日っスよ猛暑日。健康的な人間はクーラーの効いた部屋でスマホに限るっス」
「いいのかよ。グラウンドで毎日やってるんだろ?サボって大丈夫なのか?」
「私、天才なので!むしろ練習のしすぎは成績に対して逆効果が出てしまうというデータも出てるっス!私の中で!」
「… 大丈夫なのかよ本当に…」
あとで陸上部の顧問やら部長やらがこの部室に怒鳴り込んでこないかだけが心配だった。うちのエースになにを吹き込んだ、と。…既に練習をサボってこの部室にいる悠希を訪ねて数十回は陸上部関係者が来た事があるというのに。
――― …
机の上に出した購買部のパンとジュースをつまみながら、俺と悠希は一時間ほどティラクエに興じた。
「あー、疲れたー。やっぱソシャゲ化するとボス倒すのもめんどくさいよなー。HP高いばっかだもん」
「まぁ大人のジジョーってヤツっスね。それでもやめられぬ、ソシャゲ。あなおそろしや」
俺は冷えた缶ジュースを閉じた目の上に乗せて疲れた瞳を休ませる。悠希も椅子にもたれかかって、ウチワでパタパタ扇いだ。
窓の外はオレンジ色。夕焼けが妙に美しい日だった。
校門の方を見ると帰路につく生徒達ももうまばらになってきていた。学校に残っているのは部活従事者か、俺達みたいな暇人だけらしい。
セミの鳴き声。生徒達の楽しそうな笑い声。グラウンドから響く野球部の掛け声。
夏の夕暮れはどことなく寂しさを感じさせられる。
それは漠然とした不安だったり、もっと幼かった頃の記憶だったり、家への郷愁だったり… 色々な感情が混ざり合っている。
妙に悲しいような、懐かしいような… 複雑な気分が胸をキュンと締め付ける。
そんな感情を、悠希も感じているのだろうか。
ふと悠希が俺に声をかけてきた。
「ねえ、センパイ」
「… ん?」
「センパイ、卒業したら… どうするんスか?」
「どうするってなにがだよ」
「その、進路とか。進学とか。どうするつもりなのかなー、って」
… そうか。
今の時期、高校に入ってから…丁度半分が過ぎるくらいの時期になるんだな。そろそろそんな話題が出始める頃か。
… 未来。
妄想ではよく考えることはある。しかし、現実感をもった考えをした事は… 多分、ない。
「わかんないな。まだ大学とか調べてもないし。進学する理由も…特にないかもしれないし。でもしないと親も五月蠅いし」
「あはは、つまり何も決まってないんスね」
「そういうことだな」
早いヤツはもう今頃受験勉強に明け暮れているのだろうな。…いや、今時の高校生はそんなもんか。学校終わったら進学塾にまっしぐらなんて同級生も何人もいるし。
…立派なものだ。 俺は心からそう思う。
目的もない。目標もない。自分がどうなりたいのかという希望さえ…ひょっとしたらなくなってしまっているのかもしれない。
そんな俺に比べて受験に、就職に希望のある人々は… 立派だ。
…希望。…夢。…思い。
俺は一体、大人になって何がしたいのだろう。窓の外の夕日に、そんな思いを投影させてみる。
「センパイ、進路決まったらすぐに私に教えてくださいね」
悠希が俺の背中にそんな声を投げかけてくる。その言葉に俺は振り向いて疑問を投げかけた。
「え?なんで?」
「だって… 一緒のトコ、行きたいですし」
「一緒のトコって… 悠希ならスポーツ進学とか実業団とか入れるだろ。なんでわざわざ俺と同じ進路目指すんだよ。もったいないじゃないか」
俺の言葉に悠希はブンブンと首を振った。
「陸上が私の目指す将来のワケじゃないっス。…私も、将来どうしたいかっていう希望は、正直あんまりないですけど… でもそれなら、センパイと一緒のトコがいいなー、って」
「やめとけよ。俺多分ロクなトコ入れないぞ。泥沼に一緒に入る事になるって」
「むー。 とにかく、進路が決まったらすぐに私に教えてくださいっ!」
悠希はそう言って、何故か頬を膨らませた。
「なあ、悠希はなんでこの部活に入ったんだ?」
俺は既に悠希に何度もしている質問をもう一度してみた。
それはいつも返ってくる返答が同じ質問だったが… このタイミングで、もう一度悠希に聞いてみたかった。
「言ってるじゃないっスか。ゲームが好きだから入ったって」
「でもなんか違う理由がある気がするんだよなー。なんか俺のコト、前から知ってないか?悠希。追いかけられてきた感じがするんだけど」
「あはは、それじゃあ私ストーカーみたいじゃないっスか。残念、違うっスよー」
…まぁ、気にしすぎか。
悠希はスポーツ万能で、明るくて… 容姿だって、俺から見ても可愛らしいと思う。ファンの男子も何人も知っている。
そんなヤツが学校で影のように暮らしている俺を追いかけてくるわけないのだから。
そんなコトを考えていると… 悠希はボソッ、と呟いた。
「… 半分は、ホントっスけどね …」
「ん?なんか言ったか?」
「な、なんでもないっス。ささ、休憩終わり!ティラクエ続きやるっスよー!」
「なんだよ、気になるじゃん。聞かせろよ」
「やかましーっス!早くやるっス!さもないとセンパイのスマホ奪って9800円課金してやるっス!」
「なんでそういう嫌がらせを考え付くんだよお前は…」
俺達は…
お互いに笑いあって、またスマホのアプリを起動した。
ある、夏の日。
このころはまだ、考えてもいなかった。
俺達の未来が、文字通り『ムゲン』に広がっていることになるなんて。
――― …
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