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五話 悠久の大地《ピクニック》

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―――


微かに響く、水音。水滴が水面に落ちる音は一定のリズムを刻み、それが辺りに反射し、響く。
堀には川のように水が流れていて、静かな音が絶えず坑内に漂っている。

暗闇を、進む。
灯りは松明と魔力を光源としたランタンの弱い灯りのみ。
まるでダンジョンのように入り組んだ細く長い暗闇の中を、二つの灯りだけが薄く照らす。
3m先は既に暗闇の中。何かが接近していても灯りのある場所まで来ないと気付くことは出来ない。一瞬の油断が、生死を分ける。


ここは、王国地下水路。
城と城下町の地面の下は、巨大な水路が建築されており、生活用水や溢れた川の水を排出している。
下水というと汚く、酷い悪臭をイメージするがこの王国の下水は勝手が違う。
街や城から出る汚水は、巨大な魔法陣のあるフロアへとまず流れる。古代から続くその魔法陣は浄化の作用があり汚染物質や毒素をフィルターのようにとらえ、水を綺麗にする。
元通りの自然に近い状態となった水はこの地下水路を通って城下町の外の川から海へと渡り、あるべき場所へと帰る。
自然環境をなるべく壊さぬように、という昔から続いている王国の用水システムは今なお現役として活躍している。

城下町と城全域から集められ流れるこの地下水路は、それ相応に巨大なものとなる。
数万からなる住民の排出する水は莫大で、街の地面の下はほぼこの地下水路になっていると言っても過言ではない。


その水路を灯りを持って進む、女騎士が二人。
ルーティア・フォエル。そして、マグナ・マシュハート。この二名であった。

「……別動隊は、無事ですかね……?」

マグナは落ち着きなく辺りをキョロキョロとランタンで照らしながら心配そうに言う。
前を進むルーティアは、水路の先を警戒しながらも落ち着いた様子だ。

「必ず二人以上のチームで行動するようになっている。今回の任務は腕に覚えのある者の選抜隊だ。心配ないだろう」

「……で、ですよねっ。リーシャ様に危険が及ぶなんて、そんなコト、ないですよねっ!ルーティア様」

「…………」

王国地下水路に巨大な魔物が巣食っているという報告が出たのは、三日前の事だった。
城下町に危険が及ぶ前に、王はただちに討伐隊を選抜。狭く暗いダンジョンでの調査・討伐任務という事でかなりの数の騎士団員が派遣されている。
しかし地下水路という特殊な戦場においてはそれ相応の腕を持った者が任務に求められる。
騎士団・戦士団・魔術団の精鋭を、およそ百人。しかしそれでも巨大な地下水路を探索するのにはとても数が足りない。
通路は進むたびに枝のように分岐していき、地図無しでは自分が何処にいるのか一瞬で見失う。
作戦では、必ず二人以上の小隊を作り、片方は必ずマップで位置を把握。もう片方は危険がないか絶えず警戒しつつ前衛を担当する。このようなものとなっていた。

入り口では全員集合していた選抜隊も、どんどんと分岐路で数を減らしていき、今はほとんどが2~5名のチームで任務にあたっている事であろう。
リーシャ・アーレインもこの作戦には参加しているが、違う小隊に組まれており今頃は地下水路の何処か違う場所で行動をしている。
騎士団ではトップの実力を誇るルーティアのチームは当然少なく、最終的には新人のマグナ・マシュハートと二人だけのチームとなった。

「リーシャの事が心配なのだな」

「し、心配なんて……ボクなんかがしちゃ、ナマイキですよね……。でも、もし何かがあったら……」

「大丈夫だろう。リーシャの実力なら万が一にも危険などない。天才だからな、アイツは」

「……ルーティア様にそう言っていただけると、ホッとします。ありがとうございます」

ルーティアは暗闇の先を見据えながら微笑んだ。

「リーシャも随分慕われているようだ。マグナは、アイツの直属の部下だったな」

「あ、はいっ。新人のボクをいつも優しく指導してくれています」

「私には色々物騒な言葉を吐く小娘だが、部下には信頼されているようで安心した。リーシャの事をよろしく頼むぞ、マグナ」

「え、ええっ!?ボクの方がよろしく頼んでる状態なんですけれど……」

「マグナは、18歳と言っていたな。リーシャは実力があるから騎士団でもかなり上の立場にいるが、それでもまだ14歳の子どもだ。精神面ではまだまだ幼い。マグナの方がリーシャを支えている面もある」

「そ……そう、なんですかね……?」

「ああ。だから、しっかり見守ってやってくれ、アイツの事を」

「……あははは……。ルーティア様も、リーシャ様のコト、よろしくお願いしますね」

マグナは少し照れて頭を掻きながら笑う。

「前から言おうとしていたが、様なんかつけなくていいぞ。普通に呼んでくれて問題ない」

「え……。でも、騎士団トップのルーティア様ですし、そんなフランクになんて……」

「私が鬱陶しくてかなわん。騎士団の仲間だと思って気軽に呼んでくれ」

「……う、ううーん……。じゃあ、なんて呼べばいいですかね……?」

マグナの質問に、ルーティアは少し考える。

「ルーちゃ……。……いや、さすがにそれは、アイツだけにしておくか。ルーティア、だけでいいぞ」

自嘲気味にそう笑って、ルーティアは先へと進んでいった。


―――


「この二つの分岐路で最後です。二つとも少し進めば行き止まりですけれど……どうしますか?ルーティアさん」

ルーティアとマグナは分岐路にさしかかる。マグナはランタンで地図を確認し、二つの道を指さしてルーティアに告げた。

「念のため確認しておこう。……地上はもう夜だ。既に水路に入って八時間……。今日の任務は一旦切り上げだな」

「よ、よかったぁ……魔物と出会わないで」

実力に自信のないマグナはホッと胸をなでおろした。
しかし何もない事に、ルーティアは疑問を抱いて絶えず辺りを見回して警戒をしていた。

「別動隊は何か発見出来たのだろうか。魔物の痕跡は特に見当たらなかったが……」

「きっとデマだったんですよ。水音を何かと勘違いしたとか」

「そうだといいんだが……。……む」

ルーティアは松明で足元を照らす。

石造りの地面に、白い物体が数個。
それは……骨であった。骨の周りにはその骨の持ち主であろう肉片や血が散らばっていた。

「……!ひっ……そ、それ……!?」

「……動物の骨だな。ついている肉や血の感じからすると……」

ルーティアは松明を石の壁にたてかけ、膝をついてその骨を観察する。

「……まずいぞ。比較的新しい。……おそらくは、私達の足音に気付いて何処かに逃げたという感じだろうか」

「じ、じゃあ……まだこれを食べていたヤツは、この近くに……?」

「ああ。……いや、ひょっとすると、私達を監視して―――」

ルーティアが立ち上がり、腰のロングソードに手をかけた、その瞬間。

先にあった分岐路二つから、何か黒い物体が勢いよく飛び出してくる!

「ッ!! ルーティアさん、前ッ!!」


「!!!」


腰の鞘から、一瞬で抜刀。その勢いで自分の前に出てきた物体を斬りつける。だが、浅い。
鮮血が噴き出て、その物体は大きな音を出して倒れたが…… またすぐに動き出し、ルーティアとの距離をとる。
捕食から、戦闘へと移行する、その魔物。

「……ジャイアントラット。こんなヤツが水路に巣食っていたのか」

体長およそ1mの、巨大な鼠のモンスター。
巨体でありながら動きは素早く、鋭い前歯と鉤爪で獲物を捕食する獰猛で危険なモンスター。

……しかも、それは、一体だけではなかった。

斬撃をくわえたジャイアントラットの後ろの分岐路から……もう二体のジャイアントラットが、姿を現した。

「あ、あわわわわ……」

「……三体か。少し、骨が折れるな」

ルーティアは剣を構え、戦闘の体勢を作った。


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