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六話 遥かなる街《商店街散歩》
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「ふいー、食べた食べたー」
時刻は昼を少し過ぎるくらいの時間。
朝食と昼食を兼ねた、商店街の『食べ歩き』は一旦閉幕を迎える。
二人は十分すぎるほどの満腹感を得て、今はお茶屋さんの軒下で煎茶をいただいていた。
比較的綺麗で新しい様子のお茶屋さん。店の外にはベンチが置いてあり、脚を休められるようになっている。
各国の特徴的な緑茶や、海の向こうの大陸の紅茶まで幅広く扱うこのお茶屋さんでは、茶葉の販売だけではなくその場でお茶を飲む事も出来た。
一杯10ガルンという格安の値段で、二人が今飲んでいるのは茶の産地として有名なカオシズ国の緑茶である。
薄緑の茶は透き通るように美しく、熱いお茶を啜って飲めば苦味の奥に仄かな甘みを感じする銘品。
揚げ物、焼き鳥、蒟蒻、メロンパンに続き様々な食べ歩きをした二人のお腹を優しく包むような落ち着く茶の味だ。
「うまいな、このお茶。しかも一杯10ガルンとは」
ほっこりと、優しい笑顔になるような暖かい煎茶。ルーティアはその味と価格に「採算がとれるのか?」と何故か心配になり店の中を覗き込む。
マリルが、その懸念に答えを出す。
「試飲も兼ねてのこの値段なんだろうね。にしたって安すぎる気がするけど」
「そうなのだな。だとしたら買わねば」
「あ、いいんじゃない?王様とかお茶好きだし、騎士団の方で皆で飲んでもいいんだしさ。アタシも魔術団に買っていこうかなー」
「うむ。こんな美味いお茶ならば、きっと喜ばれるであろう」
二人は出発する時にはお土産に茶葉を買っていこうと決めた。
しかし、随分とお土産も増えた。
二人が座るベンチの両脇にはリーシャの土産に買ったメロンパンにも、自宅用に煎餅や揚餅、唐揚げや鳥の照り焼きや八百屋で買った格安の野菜など各々の買いたいものが詰まったビニール袋が鎮座している。
マリルは今宵の夕飯用。ルーティアは単純に食べたいものといったラインナップである。
「恐ろしいな、商店街。歩くたびに買い物がどんどん増えていくぞ」
マリルはその言葉に同意して笑う。
「確かに。ショッピングモールもそうだけど、歩きながらお店を見ていくとふと「ああ、これ必要だったかも」「これ食べたかった」って思い出しちゃうんだよね。それでどんどん買うものが増えていく感じ」
「一旦財布の紐を開けると危険だな。……しかし、充実した買い物だったぞ。まさか買い物しながら昼食をとるとは思わなかったがな」
この商店街の惣菜屋は、数十にも及ぶ。
各店舗、自宅に持ち帰る以外にも食べ歩き用の食品を必ず一つ以上置くようにしているらしく、後でマリルに聞いた話だと観光客にも人気の商店街だそうだ。
地元の民は惣菜以外にも書店、薬局、喫茶店など商店街内の様々な売りもの目当てで来るのだから、昼間のこの時間でも賑わいは衰えを見せない。
しかし、ルーティアには一つの疑問が浮かんでいた。
「少し離れたところに以前行ったショッピングモールがあるだろう?どうしてこの商店街にいる人々はそちらに行かないんだ?」
商店街とショッピングモールの形態は似ている。
多種多様な店が並び、客はその店前の通路を通る事で必要な物を買い足していく、というスタイルだ。
食べ歩きができる。室外と室内。若者向けと大人向け。なんとなくの違いはあるものの、商店街とショッピングモール、どちらかに行けば生活をしていくのに必要な物は買い揃えられる。
それでは、客はどちらかに偏ってしまうように思える。
しかしこの城下町の商店街とショッピングモールは、まるで均等に分けたように賑わいを見せていた。客層はやや違うものの、どちらも連日沢山の人が買い物に出かけている。
何故なのだろう。
ルーティアがふと疑問に思った事に、マリルもうーんと首を傾げた。
「そうねぇ。アタシもよく調べた事はないけど……なんとなくその答えは分かるかな」
「ほう。聞かせてくれるか?」
マリルは眼鏡を指で上げ、質問に答える。
「ショッピングモールに行くのは『賑わいを求めるから』。商店街に行くのは『賑わいに参加するから』ってところなんじゃないかな」
「……???」
その答えの言葉にピンと来ないルーティアは、疑問符を頭に浮かべる。マリルは解説を続けた。
「まず大前提として、必要な物を買いにいくのであれば、目当ての店一店舗だけに足を運べばいいだけなのよ。わざわざ大きな商業施設や商店街に行く必要なんてないの」
「まあ、そうだな」
「でもそれだけだと、目的を達成したら用事が終わっちゃうじゃない?時間にしたら一時間もかからないのよ。んで、あとは家に帰るだけ。……どう?寂しかったり、つまんなかったりしない?」
「うむ。こんな風に食べ歩きをしてのんびりする時間も楽しいものだしな。…………む?」
先ほどのマリルの言葉の真意が分かったようで、ルーティアは頭に感嘆符を浮かべた。
「成程。買い物をするのが前提だが、その買い物自体を行楽にしたいという気持ちがあるのだな」
その答えに、教師であるマリルは満足そうに頷いた。
「そういうわけ。必要な物だけを買いにいくんじゃなくて「これ買ったら美味しいかも」「これあったら楽しいかも」「これ飾ったら素敵かも」なんていう自問自答をしていくのがお買い物の楽しみ。つまりは、これも一つのレジャーなのよね」
「ふむ。確かに、物を買うだけで楽しいなんて思っていなかったぞ」
装備品と必要最低限の生活必需品しか買っていなかったルーティアには、その感覚がよく理解できていた。
「んで、最初のルーちゃんの疑問に戻るとね。お買い物は、楽しい。その気持ちがある人って、賑やかな場所が好きな人が多いんじゃないかな。だからこういう場所に来るの」
「商店街やショッピングモールだな」
「うん。ま、たまには誰もいない静かなお店でじっくりお買い物するのもいいけれど……お買い物自体を行楽と考えるのであれば、やっぱり人が多くて賑やかな場所がいい。静かなお祭りより、ワイワイガヤガヤしたお祭りの方が楽しいし」
「祭り、か。この人出は確かに連日祭りを開いているかのようだな」
「そう思うでしょ?……んで、結論。商店街とショッピングモール、確かにここに来る目的は似ているけれど、人の気持ちとしてはすこーしだけ違うと思うのよねぇ、アタシは」
「少し?」
「ショッピングモール。あの巨大な商業要塞は常に室内が明るく賑わっていて、綺麗。お店もしっかり整った綺麗な場所が多いからこそ、若年層に人気がある。つまり若い子の友達同士のお出かけや家族のレジャーにぴったりってわけよ」
「ああ……確かに。買い物以外にも遊ぶ場所や見る場所も多いしな」
「対して、商店街。こっちにくるお客さんは、地元のお客さんが1人で来る事が多いのね。でも古くから存在するこの下町商店街は、昔から通っているお店もあれば知り合いに出くわす確率も高いと思うのよ。何故なら、そういう習慣になっている人が多いわけだからね」
「うむ。近所にこういう商店街があれば、夕飯の買い物は迷わずこういう場所に来る」
ルーティアは、少しだけ主婦の感覚を理解できたように思えた。
「つまりは、お買い物にくるお客さんもこの賑わいの一部なのよ。寂れて、お店がどんどん閉まっていく商店街も各国には多いって噂は聞くけれど……賑わいがある商店街っていうのは、地元の人にしっかりと根付いて、かつ新しい観光客の人も参加した、老若男女、多種多様な国みたいになってるのよね」
「その場所自体が、一つの国のように存在しているわけだな。買い物をする人、される人、どちらも共存しているからこそ賑わう」
「そうそう。あくまでアタシの持論だけど、そういう住み分けができてるんじゃないかなー、と思うの」
「合っているか分からないがな。ただ、私もなんとなく、そう思うよ」
人が住む街。
だからこそ、商業が栄える。
そして商業をする者は、物を売る以上の価値を何か生み出さなくては、賑わいを出せない。
例えば、美味しい食べ歩き。例えば、綺麗な店舗での快適な買い物の時間。例えば、店主と客の、明るい会話。
そういった一つ一つの価値が、賑わいを生み出す。
国の中に、民がいる。
この民の賑わいを、騎士団として支えている。
ルーティアは、行き交う人々の笑顔を見送りながら、そんな実感を湧かせているのであった。
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