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最終章 明日へ

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――

その軍勢は、朝日と共に、オキト城前へと進軍する。

 数にして、およそ百。
 皆、軽鎧を身に纏い、剣や槍で武装をしている者もいるが……丸腰の者に関しては、恐らくは魔皇拳の使い手であろう。
 人を凌駕する能力を秘めた、魔族。少数ながらも、その軍勢が悠然と城に近づく様は、まるで何万もの巨大な軍が進軍してくるような錯覚を覚える。

 そしてその最前線には―― ドラク・ヴァイスレインの姿があった。

 オキト城へかかる、橋へその軍勢は歩んでくる。
 決して急ぐことも、雄叫びを上げることもない。魔族達……『紅蓮の骸』の面々、一人一人の表情は、自身に満ちあふれている。
 この世界を蹂躙するのは、魔族である。その志は全員が高く掲げ、誇りとして、自信として存在している。だからこそ彼らは、恐怖することはないのだ。

 オキト城正門の、巨大な鉄の扉が開く。
 門を閉じていても、彼らの魔法によってあっという間に破壊をされるであろう。
 その判断から、城から数十の騎士団員、魔術団員が姿を見せる。
 盾を前方に構えて進軍する騎士団員達に、それを傘のようにしながら杖に魔力を宿す魔術団員達。
 
 そしてその最前線には―― リーシャ・アーレインの姿があった。


 両軍は、橋の上で対峙をした。
 そして最前線の二人が、一歩前に歩み出て―― 先に言葉を発したのは、ドラクであった。

「……くくく、リーシャ・アーレイン。やはり貴様が前線に立つか」

「……おかげさまでね」

「ルーティア・フォエルは元気かね?そろそろ呪毒手の効果もピークを迎える頃だが……どの程度我が魔皇拳の効力があるか、是非見舞いに行きたいのだがな。通してはくれまいか?」

「さあ。わたし達が邪魔なら、腕ずくで通ってみなさい」

 ……今ここで、ルーティアの容態をドラクに伝えるのは得策ではない。ルーティアが瀕死の重傷だと思い込ませて・・・・・・相手の勝ち誇った隙を狙う方が戦術としては良いだろう、という判断だった。

 軽鎧を身に纏い、ショートソードを鞘から抜くリーシャ。右手には青の魔装具を身につけた、完璧な戦闘態勢を見せるリーシャ。言葉はなくとも、自分がドラクと対峙をするという意志を相手に見せつけていた。

 一方のドラクは、顎を引いてくぐもった笑い声をあげている。両手は未だ、後ろに構えたままだった。

「今回の戦では、奇襲などという姑息な手段は我々紅蓮の骸は使わない。我々魔族の力を大陸全土に広めるのが目的であるからだ。お分かりかね、リーシャ・アーレイン」

「有り難い、とでも思って欲しいわけ?冗談じゃないわよ」

「……くくく。しかし……これはどういうワケかね。オキト城にはまだ数百、兵達がいるわけであろう。この場に進軍してきたのは僅か数十…… この場で決戦をしようという気は、そちらにはないと?」

「こんな狭い場所で、おしくらまんじゅうで決着なんかつけないわよ。当然、城にはオキト軍が待機しているわ。でもアンタ達にそれは関係ないでしょう?」

 奇襲ではなく、正面から。
 現在の状況ではそうなっているが、それを鵜呑みにすることは出来ない。
 最終防衛ラインはこの橋の上ではなく、オキト城の城壁なのだ。

 オキト城は長方形の巨大な城壁によって囲まれている。鉱石によって造られた大きく頑丈な城壁は外部からの攻撃を遮断し、侵入を許さないように高くそびえ立つ。
 しかし、仮にその城壁が破壊されれば……内部は中庭を挟んですぐに城内となってしまう。国王も、ルーティアもその内部に存在するのだ。
 正門の防御より、城壁の防御を優先させる。それが今回の防衛戦の作戦だった。
 城壁には東西南北に騎士団、魔術団で編成されたチームが散開しており奇襲に対応できるように配備されている。正門からの直接城内に入るルートにはリーシャ、マグナ、クルシュなど実力を持った兵士達が配備されており、突破をより困難なものとすることで城内への侵入を防ぐ…… これが今、出来る限りの防衛策だった。
 無論城壁には、設置型ボウガンや大型弩砲バリスタなども配備されているが、これはあくまで国同士の兵器を使用した戦争向けであり、魔法で攻めてくる軍勢に対応したものではない。今回、城壁を破られないためには城壁外で戦闘を展開するのを第一と考えた作戦である。

 しかし……紅蓮の骸にとって、これらの防衛策は想定済みのことであった。

 そのうえで―― ドラクは右拳を天に突き出し、空が震えるほどの大声で自分の後ろにいる百の魔族達に伝えた。


 「各員ッ!! 散開せよッ!!」


 「「「 うおおおおおおーーーーーッ!!! 」」」


 (―― やはり、そうきたか!)


 押し寄せる、百の魔族。
 彼らはリーシャの方向へ攻めてくるのではなく―― 左右へ。
 広くオキト城を囲む城壁の周りを取り囲むために、散開をして走り出した。つまりそれは、正面突破ではなく城壁を破壊しての侵入を試みるための作戦だということが、この瞬間に確定したのである。

 そしてそれは、オキト城側も予期していた事であった。作戦部隊長のリーシャ・アーレインはドラクと同じように、大声で指示を出す。


 「騎士団、魔術団員は全員、城壁の防御にあたれッ!!一匹たりともネズミを通すんじゃないわよッ!!正門は…… わたしが、守る!!」

 「「「 おおおおおおおーーーーッ!!! 」」」

 それは、その場にいる兵士達だけではない。
 城に張り巡らされた魔方式拡声器がリーシャの声を拾い、城外・城内の隅々までその声を伝えた。そしてそれに呼応した全ての騎士団員・魔術団員がその作戦を遂行するために動き出した証拠を、リーシャに伝え返す。

 地鳴りのように、兵士達が動き出す音があちこちから聞こえてくる。
 城に残った兵士はおよそ、三百。魔族側より数としては多いものの、防衛戦ともなれば城のあちこちに分散をしなくてはいけない。城外で魔族と対峙するものと、城内に侵入された場合の警備の人数……城壁で防衛にあたれる者は、全体数の三分の二程度しかいないのだ。
 
「……リーシャ様ッ!」

 クルシュ・マシュハートもマグナ・マシュハートも例外ではない。既に作戦で伝えられている防衛ポイントに合流するために走り出したところで…… マグナは振り返り、リーシャに声をかける。

「絶対に……絶対に、無事でいてください!ボク……信じていますッ!!」

 泣きそうな、震える声であったがその声は力強かった。
 それを聞いたリーシャはフッ、と笑って剣を前に構える。

「当たり前でしょ!アンタこそ、無茶するんじゃないわよ!!」

「はいッ!!」

 上司と、部下。
 リーシャとマグナはお互いの信頼と強さを確かめ合い……分かれた。



「……くくくく…… 一人だけかね、リーシャ」

「アンタこそ。普通リーダーってのは、護衛くらいつけるものよ」

「弱き者はな。俺の場合、護衛が邪魔になるからだ。……君もそうであろう?リーシャ・アーレイン」

 東西南北。城のあちこちから、既に戦闘が開始された音が聞こえる。金属が衝突しあう音、爆発音、誰かの叫び声…… そして、悲鳴。

 しかし、この二人にはその音を気にする余裕はない。

 オキト城へ続く、正面からの門。
 攻め込む魔族、ドラク・ヴァイスレイン。
 守る騎士、リーシャ・アーレイン。
 その二人だけが、橋の上に存在していた。

 紅蓮の骸側からすれば、絶対的な強さを誇るリーダーを一人にしてもなんら問題はない。むしろ他の場所への人員を増やすほうが、侵入経路が増える可能性が高くなる。
 防衛するオキト国からしても、それは同じだった。侵入を避けるため、一人でも多くの人員を城壁の防衛に回さなくてはいけない。そのためには…… リーシャ一人で、この場を守る。そう判断しての作戦であった。


「……さて、それでは…… 始めようか」

「……」

 ドラクは後ろに回していた両腕を前に出し……右拳をやや前に、左拳を胸に近づける。脚は前後に開き、格闘の構えを見せた。
 そしてその両方の拳が、僅かに光り始める。魔皇拳の淡く美しい光に包まれた手を確認すると―― 彼はにやり、と口元を歪ませた。

「……昨日は、ルーティア・フォエルに対して不覚をとった。今日はそうはいかんぞ……くくく」

「ほざくんじゃないわよ。昨日の戦闘で、アンタの動きは大体分かったわ。アレならわたしでも…… 十分に、勝てる!」

 リーシャは脚を前後に少し開き、剣の柄を持ち直す。刃が太陽の光に煌めき、その輝きに目を少し細め…… 歯を食い縛る。

 ドラクは…… 口元を歪めたまま、告げた。

「くくく、そうかね。俺の動きは見切った……と。だが…… 残念だよ、リーシャ・アーレイン」

「……!」

「呪毒手は最高位の魔皇拳奥義……アレを繰り出すためには、その前にも、その後にも膨大な魔力の準備と消費が必要だ。――つまり」

 そしてドラクは、口を大きく開き、嬉々とした雄叫びをあげた。


 「 今日の俺は、全ての魔力をこの戦闘で発揮できるということだッ!! 」


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