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第23話:小さな嘘と、月曜のブーケ
しおりを挟む「うわぁ、かわいい……! これください」
月曜の午前。非番の霧島まどかは、近所の花屋で白いガーベラと淡いピンクのスイートピーを組み合わせたブーケを選んでいた。
警察の制服ではなく、シンプルなブラウスにワイドパンツ。勤務時より少しだけラフな装い。
「ご友人のご結婚祝いですか?」
「はい。大学時代の親友が今週末に入籍するんです。びっくりですよね、月曜にお花買ってる自分……現場じゃないのにこんなに緊張するのって久しぶりかも」
まどかは照れくさそうに笑いながら、受け取ったブーケを抱えて店を出た。
天気は快晴。少しだけ春の気配が残る風が頬をくすぐる。
──そんなときだった。
駅前のベンチで、ランドセルを背負った小さな女の子が、ぽろぽろと泣いているのが目に留まった。
「……あれ、どうしたんだろう」
まどかは足を止め、ブーケを片腕に抱え直して、しゃがみ込む。
「ねえ、大丈夫? どうかしたの?」
女の子は顔を上げ、涙で濡れた目をこすりながら、小さな声で言った。
「おかあさん……いなくなっちゃったの……」
⸻
◇午前10時半・駅前ロータリー
泣きじゃくる女の子と並んでベンチに座りながら、まどかはスマホで交番の位置を確認していた。
「もしかして迷子かな。でも変だな……」
──制服も、ランドセルも、きちんとしている。どこかの小学校の下校時間には早すぎる。
女の子は「ゆい」と名乗ったが、詳しい住所は答えられなかった。
(交番に連れて行くのが一番か……)
そう思い始めた矢先――
「ゆいっ!」
息を切らしたように、ひとりの女性が駆け寄ってきた。年の頃は20代後半。
カジュアルなワンピース姿で、ハンドバッグを手にしている。
「よかった、見つかって……この子、うちの娘なんです。すみません、迷惑かけて……」
女の子も一瞬驚いた顔をしたが、その後、女性に近づいていった。
「まって……」
まどかは、ほんの少しだけ違和感を覚えた。
女の子の顔が、「安心」ではなく「諦めたような表情」に見えたからだ。
しかしその場では何も言えず、まどかは花束を抱えなおして帰路についた。
⸻
◇午後2時・再び駅前にて
午後、ショッピングを終えて駅前に戻ってきたまどかは、ベンチに腰掛ける見覚えのある後ろ姿を見つけて、立ち止まった。
「……あれ、また……?」
そこにいたのは、**午前中に助けた“ゆいちゃん”**だった。ひとりで、うつむいていた。
「ゆいちゃん?」
呼びかけると、女の子はびくっとして振り返った。
しかし、その口から出た名前は――
「……みほ、です」
「……え?」
まどかは息を呑んだ。
「さっき、“ゆい”って……」
「しりません……」
そのとき、別の女性が現れた。
「みほ! 探したじゃない、行くよ」
今度は、スーツ姿でキャリーケースを引いた30代女性。
こちらも、母親を名乗った。
「すみません、この子、私の娘で……」
「おかしいでしょ……!」
まどかは即座に警察へ通報した。
⸻
◇午後3時・交番にて
「母親を名乗った人物が、午前と午後で異なるんです。女の子の名前も変わっていました」
通報を受けた所轄署が駆けつけ、女の子は保護された。
複数の“母親役”を名乗る人物が入れ替わり立ち替わり引き取りに来ているという事実が判明。
その背後には――
「この子、ネットの個人シッターに預けられてたみたいですね。名前は“あすか”ちゃん、本当の親御さんには連絡済みです」
(個人シッター……そんなこと、親は知らなかったのか)
やがて明らかになったのは、“母親役”たちは実は仲間同士で、
子どもを複数の家庭に“レンタル”する違法シッターグループの存在だった。
⸻
◇午後6時・現場に橘到着
「非番のくせに、ずいぶんしっかり動いてるな」
まどかが事情聴取の場にいると、遅れて橘が現れる。
「……たまたま通りかかっただけです」
「たまたま通りかかるには、よくできすぎてる」
「子どもが泣いてたら、誰でも声かけますよ」
橘は黙ってあすかちゃんの方を見る。
泣き疲れたのか、ベンチで眠るように座っていた。
「……まあ、お前はそうだな」
橘は、それ以上は言わずに立ち去ろうとした。
「橘さん」
「ん?」
「私、やっぱり警察やっててよかったなって、今日ちょっと思いました」
橘はふと足を止めて、振り返らずに答えた。
「……ああ。そう思えるうちは、辞めんなよ」
⸻
◇ラスト・夕暮れの駅前
まどかは、ブーケの中から、小さな一輪のガーベラを抜き取ってそっと差し出す。
「これ、あなたに。
きれいなものって、ちゃんと見てくれる人がどこかにいるから、大丈夫」
あすかは小さくうなずき、ギュッと花を握りしめた。
春風が駅前を吹き抜け、どこか遠くで風鈴のような音が鳴った。
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