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第34話「なぜ、祖父は急に笑わなくなったのか」
しおりを挟む「祖父が……笑わなくなったんです」
その女性は、探偵事務所のドアを開けるなり、そう口にした。
名を桐島柚菜(きりしまゆな)、二十代半ば。
あどけなさと不安の混じった表情だった。
「ここ、ほんとは浮気調査とか専門ですよね。でも……私、他に頼れる場所が思いつかなくて」
誠は軽く首を振った。
「いや、うちは“誰かの困りごと”なら何でも引き受けてる。……なあ、ユリカさん?」
「はい。もちろんです」
ユリカは小さく微笑み、柚菜に正面から向き合った。
—
柚菜の話はこうだった。
• 祖父・桐島重雄(しげお)、78歳。
• 二週間ほど前から、急に無表情になった。
• 冗談にも笑わず、好きだった番組にも反応しない。
• 家族に話しても「年齢のせい」「気にしすぎ」と言われ、病院の検査も「異常なし」。
• それでも柚菜だけが、「何かが明らかに違う」と感じていた。
—
「祖父は、私が保育園のときから、ずっと笑ってくれる人だったんです。くだらないダジャレとか、動物動画とか、なんでも笑ってくれて……」
言葉の端々に滲む、愛情と不安。
その“違和感”に気づいたこと自体が、立派な直感だった。
—
「では、一度ご自宅を訪問してもよろしいですか?」
「……はい。お願いします」
—
翌日。
ユリカと誠は、静かな住宅街の一角にある桐島家を訪れた。
祖父・重雄は、きちんとした服装で迎えてくれたが、確かに表情に乏しい。
「こんにちは、はじめまして」
「……ああ、どうも」
受け答えは丁寧だが、目に力がない。
ユリカは挨拶のあと、まずリビングの様子に目を走らせた。
—
壁の一角には、薬袋が3種類。
ラベルには「高血圧」「不眠」「前立腺肥大」など、よくある処方名が並んでいる。
冷蔵庫の前に、茶色く変色したバナナ。
テーブルには、飲みかけの牛乳。
そしてTVは電源が入ったまま、消音のまま放置されていた。
—
誠が話しかける。
「昔の趣味とか、今も続けてるんですか?」
「……いや、最近はあんまり。足腰がね」
「お孫さんとはお話しされてますか?」
「……柚菜は……うん。いい子だよ。かわいい子だ」
そう言いながら、重雄の目はどこか曇っていた。
—
別室でユリカが柚菜と話す。
「お祖父さま、今の薬をいつから服用されていますか?」
「たしか……ここ1ヶ月で、ひとつ増えたって言ってました。夜にトイレが近いってことで、医者が出したって」
ユリカはその場で薬を一つひとつ確認し、説明を加えた。
「この中の抗コリン薬が要注意です。高齢者では副作用として“情緒の平坦化”や“認知機能の低下”が出ることがあります」
「……え? じゃあ、おじいちゃんの変化って……」
「薬の影響である可能性が高いです」
—
さらにユリカは気づいていた。
• 味覚に関する発言が乏しく、牛乳を飲みきれていない
→ 亜鉛不足・味覚障害の兆候
• 会話にわずかな“応答の遅れ”がある
→ 血流か中枢神経の反応の低下
—
「医療において、“老化”という言葉は時に誤魔化しになります。
ただの“年のせい”ではありません。これは、身体が何かを訴えているサインです」
柚菜の目に、少し涙が滲んだ。
「じゃあ……お医者さん、間違えてたんですか?」
「いえ、間違いではありません。ただ、“限られた時間と情報の中で判断された結果”です。
けれど、家族だからこそ気づける変化もあるんです。それを伝えるのは、立派な“声”です」
—
その日の夕方、ユリカは簡単なチェックシートと一枚のメモを柚菜に手渡した。
• 主治医に持参するべき症状の記録
• 服薬内容の再評価についての質問案
• 栄養バランスと味覚チェックの補助資料
—
数日後。
「昨日、おじいちゃん、笑ったんです」
事務所で、柚菜が泣きそうな顔で言った。
「“この梅干し、しょっぺぇな!”って。……変なタイミングでしたけど、でもちゃんと笑ってて……」
誠はそっと笑った。
「そのひと言のために、ずっとがんばってたんだな」
—
ユリカは、少し遠くを見るように言った。
「人間は、“笑わなくなったこと”を、病気の兆候とは気づかない。
でも私は思います。感情の変化は、もっとも早く出るサインです」
—
祖父は、少しずつ回復していった。
医師が薬の内容を見直し、食事にほんの少し工夫が加わっただけで。
柚菜の「違和感」は、間違いなく祖父の命を守った。
—
探偵とは、事件を解決するものじゃない。
人の“声にならない違和感”に、ちゃんと耳を澄ませる仕事でもある。
今日もまた、銀河の片隅で。
誰かの小さな気づきが、誰かの笑顔を取り戻している。
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