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第一話『鬼に金棒』
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『鬼に金棒』
ただでさえ強い鬼が、さらに強力な武器である金棒を持つことで、向かうところ敵なしの状態になることを表すことわざ。
もともと持っている才能や能力に、強力な道具や協力者が加わって、さらに強くなること。
――政略の鬼、再起の章。
かつて、「飛鳥宗一」の名を知らぬ政界人はいなかった。
肩書は持たない。議席もなければ、党にも属さない。
だが、彼が一枚噛んだ案件は、必ず通る。
法案、議席配分、公共事業、外交交渉……
彼の囁きひとつで、政局が変わる。
誰もが密かに彼をこう呼んだ。
――“政略の鬼”。
一切の情を持たず、冷徹にして的確。
「情は、制度を腐らせる」
それが彼の信条だった。
だが、そんな鬼も、ある日突然姿を消した。
最後に姿を見たのは、総理の特別顧問としての密談席。
その後、彼の名前は政界のどこにも現れなくなった。
陰ではこう噂された。
「あれほどの男も、時代についていけなくなったのさ」
「忖度と仲良しで回る今の政界じゃ、あの冷血漢は浮くだけだった」
そして数年。
東京の一角、再開発で磨かれたガラス張りのビルの一室に、
一つの小さな政党の事務所が設けられた。
その名は、「黎明党」。
登記されたばかりの泡沫政党。
だが、立候補予定者の顔ぶれを見た政治部の記者たちは目を疑った。
――元日銀の経済分析官
――医師会の広報を務めていた女性
――農林水産省の地方官僚上がり
――大手ゼネコンの人事部長の娘
いずれも業界内では名の知れた「つなぎ役」たち。
実務と現場、裏と表を橋渡しできる人間ばかりだ。
それも、新人として無所属から出馬してくる。
「……こんな人材を、どうやって集めた?」
「いや、待て。名前の裏に、“あの男”が見え隠れしている――」
記者たちの間にざわめきが広がる。
「飛鳥宗一……あの鬼が、帰ってきたのか」
誰にも知られず、誰からも見られず。
飛鳥宗一は、表舞台から退いていた。
ひとり、旧い日本家屋を買い取り、執務室とし、静かに暮らしていた。
新聞もテレビも見ない。誰とも会わない。
ただ、机の上には膨大な資料とデータ。
国会会議録、各省庁の予算書、政党別支持率の微細な推移。
すべてが頭に入っている。
何も変わらぬ日々。
それでも、ある夜、彼はふと手を止めた。
画面の中で、若き議員が、満面の笑みで語っていた。
「みんなの想いを、一つにする政治を!」
中身はなかった。言葉も軽く、政策も空虚。
だが支持率は跳ね上がっている。
SNSのバズ、テレビ局の取り上げ、インフルエンサーの協力。
「時代は“善人のフリ”を求めている。策も構想もいらない。
ただの心地よい言葉と、集団の熱狂だ」
飛鳥はひとつ息を吐き、独りごちた。
「……愚かだな。だが、愚かさを利用する力は、俺にはない」
彼は気づいていた。
策では限界がある。
完全に計算された駒では、国は動かせない。
人の感情、繋がり、誤解と愛情。
それらを含めて、世界は作られている。
かつての自分は、あまりに孤高だった。
「最善の選択肢」だけを示す鬼。
だが、それに従う者がいなければ、絵に描いた餅だ。
「……金棒がいる。俺に足りなかったもの。
それは、“俺の言葉を担う人間”だ」
金棒とは、力ではない。
自らの信条と理論を、地上に下ろす“伝達者”。
人の中で、動き、血を通わせる“媒介”だ。
彼は一つ、古い名刺を取り出した。
――元医師会広報・千歳瑛里のものだった。
昔、一度だけすれ違った女。
真面目すぎて政治に染まれず、組織を去った。
だが、その眼差しは覚えている。
「言葉よりも、人の命を信じている人間」だった。
その名刺をじっと見つめ、静かに呟く。
「俺の策を通せるのは、お前のような人間だ。
……俺は、鬼でいい。だが、お前は人でいてくれ」
それが、始まりだった。
千歳瑛里は、東京郊外のクリニックに勤めていた。
都心から離れた閑静な住宅街、看板すら目立たない個人医院。
それでも患者の列は絶えなかった。
彼女は医師ではない。
医療広報と現場調整を担うマネージャーだった。
――だが、その立ち回りこそ、飛鳥の記憶に焼きついていた。
「あの人は、命を“政策”ではなく、“人”で考えていた」
飛鳥は医院の扉を開く。
「……お久しぶりです。千歳さん」
受付で顔を上げた瑛里の瞳が、わずかに揺れた。
「……飛鳥さん? どうして……」
「あなたの“善人らしさ”が、今、必要なんです」
それだけ言って、名刺を一枚、差し出す。
それは“黎明党”のロゴが入った新しい名刺だった。
「私は党首ではありません。ただの構成設計者です。
だが、あなたにしか務まらない“役”がある」
千歳は数秒黙し、そして低く訊いた。
「……なぜ今さら? あなたが“人”を頼るなんて」
「私は鬼です。孤独で、冷たく、正しいことしか言わない鬼だ。
だが、鬼に金棒があれば、物語は変わる。
あなたは、その“金棒”に値する。
あとは、あなたが“それを持つ勇気”を持てるかどうかです」
言葉は少なかったが、震えるような意志があった。
千歳は、名刺を見つめたまま、静かに言った。
「……昔、あなたに“情”は不要だって言われました。
でも私は、情にしか動かされない人間です」
「だからこそ、お願いしている。
私は“国”を組み上げたい。あんたは“人”を守れ。
理屈と情が、それぞれの役を持てば、勝てる」
しばらくの沈黙のあと、千歳は小さく笑った。
「……なんて勝手な鬼だこと」
そして彼女は、名刺を受け取った。
その夜、飛鳥はもう一つの連絡を取る。
相手は、元財務省の特別調整官――朝霧 鷹真(あさぎり たかまさ)。
過去、飛鳥と政策設計をめぐって袂を分かち、彼を「道徳を失った戦略屋」と批判していた男。
通話がつながる。
「……俺に頼みとは、地獄でも凍るな」
飛鳥は静かに言う。
「俺は、かつてあんたを切った。
でも、あのときと違う。今回は“勝つため”じゃない。“残すため”だ」
「何を残す?」
「政治を、未来に」
朝霧は数秒沈黙したあと、言った。
「条件がある。俺の言葉を、無理にねじ曲げるな。
それさえ守るなら、――乗る」
鬼が動いた。
そして、鬼が“金棒”を選び始めた。
黎明党は、静かに、しかし確実に“形”になっていった。
医療の瑛里、財務の朝霧、農政の元官僚・野瀬茂義、
若年層の票をつかむために引き入れた元SNSクリエイター・明神カヲル。
一見、脈絡も統一性もない布陣。
だが、その配置には一貫した意図があった。
――互いに交わらず、独立していて、共存可能な者たち。
飛鳥宗一が望んだのは、「同質な結束」ではない。
むしろ“異なるまま”で支え合える構造だった。
「思想を揃える必要はない。ただ、進む方向だけは合わせろ。
誰もが違うまま、ひとつの輪郭を描け」
これが、黎明党の設計思想だった。
かつての政党が持っていた“硬直した一体感”を、飛鳥は否定した。
それはやがて腐敗し、崩れる。
だが多様な自我がそれぞれの正義を持っていれば、
その軋轢こそが“健全な摩擦熱”となる。
組織は、機能し始めた。
選挙区の割り振り、PR戦略、討論会への出方、SNS上の空中戦。
そのすべてを、飛鳥は一歩後ろから操っていた。
何度も、千歳瑛里に言われた。
「あなたはなぜ前に出ないの? 党首に立てば支持は集まる。
“飛鳥宗一が帰ってきた”というだけで、投票する人だって――」
「私は鬼だ」
飛鳥は言い切った。
「鬼が人前に立てば、信頼ではなく畏怖を生む。
この国に必要なのは“怖い政治”ではない。“使える政治”だ」
千歳は、少しだけ寂しそうに笑った。
「……そんなことを言うから、あなたは孤独なんですよ」
その夜。
飛鳥は一人で、書斎にこもっていた。
机の上には、かつて共に国を変えようと語り合った男たちの顔写真。
死んだ者、裏切った者、金に流れた者、夢を捨てた者。
そして──今、再び彼の元に集まり始めた“金棒”たちの名前。
彼は、ただ一人でその名を並べる。
声に出すたびに、少しずつ温度が宿る。
だが、それを表には出さない。
それが、“鬼の宿命”だった。
「……俺は、最初から一人で戦うために生まれてきた。
ならばこの道は、孤独でいい。
たとえ袖に露が降りても、それは誰にも見せない」
⸻
◼ そして、選挙戦。
黎明党は、どこのテレビ局にも積極的に露出せず、
ネットでも特定の方向に偏らない情報発信を徹底した。
「わかりやすくはないが、理屈に筋が通っている」
「派手ではないが、どこか“骨”を感じる」
その印象がジワジワと広まり、
誰も注目していなかった新人たちが、
地元で少しずつ票を拾い始めた。
だが──それを、黙って見ている者もいなかった。
旧与党、影の実力者。
かつて飛鳥を追いやった男が言う。
「……あいつは、“鬼”のままだ。
だが今度は“人”を手に入れた。
つまり――“倒すべき敵”になった、ということだ」
鬼に、金棒が渡った。
強さは、鋭さを越え、重さを持った。
あとはただ、その一撃が――
誰を救い、誰を砕くかだけの話だ。
黎明党は、当初の小さな集団から急速に規模を拡大していった。
飛鳥宗一の巧みな指揮のもと、地方の支持を次々と獲得し、党勢はうなぎのぼりとなる。
戦略は緻密で柔軟だった。
対立を煽るだけの旧態依然とした野党とは違い、黎明党は現実的な政策提案と、現場の声を拾う姿勢を見せた。
メディア戦略も成功を収め、SNS上では若者からの支持が拡大。
「新しい風を起こす鬼の党」として、党のブランドイメージは確固たるものとなった。
選挙戦の結果、黎明党は議席を大幅に伸ばし、野党第二党にまで成長。
政治の舞台に新たな勢力として確固たる地位を築く。
しかし、躍進の影には、旧勢力の反撃の狼煙も上がっていた。
飛鳥は冷静に、それらの動きを注視する。
「金棒は手に入れた。だが、戦いはこれからだ」
その瞳に、さらに深い覚悟が宿る。
黎明党はまだ野党第二党の立場に過ぎなかったが、飛鳥宗一の指揮のもと、既存の外交ルートに依存しない独自の交渉戦略を展開していた。
公式の会議場の外で、飛鳥の側近である敏腕外交官・山口は、密かに各国の駐日大使や経済界のキーマンと非公式な会合を重ねていた。
そこでは、政権の圧力が及ばない“裏ルート”を駆使し、直接的かつ柔軟な条件交渉が行われていた。
「彼らの本音はここにある。表の顔は別だが、私たちの提案には耳を傾けている」
山口は静かな自信を湛えながら言った。
黎明党のこうした独自の外交活動は、やがて国内外のメディアで密かな話題となり、次第に支持者を増やしていく。
ネット上では「政界の黒幕」「影の交渉人たち」として注目を浴びるようになった。
その成果はやがて形となり、環太平洋経済協定の主要な条項で、黎明党の意向が反映される局面も生まれた。
公式の場では与党が調整役を担う中、黎明党は独自の地歩を築き、国際舞台における存在感を増していく。
飛鳥は党内でこう宣言した。
「私たちは与党ではない。だが、私たちのやり方で国を動かす。金棒を持つ鬼として、誰にも媚びずに、誰にも屈せずに。」
その言葉通り、黎明党は公式ルートに縛られない交渉術で、政治の新たな潮流を作り出していった。
飛鳥宗一が手にした金棒は、ただの武器ではない。
それは彼の信念の象徴であり、重く、鋭く、確かな力を宿していた。
野党第二党として挑み続けた黎明党は、内政と外交の両輪で存在感を増し、
多くの壁を打ち破ってきた。
だが、力は目的ではなく手段に過ぎない。
「強さとは、誰かを砕くことだけではない。誰かを救うこともまた、強さだ」
飛鳥はそう胸に刻み、次の決断を下す。
――今、金棒の一撃が照らすのは、対立を越えた新たな未来。
己の力を恐れる者もいれば、渇望する者もいる。
その間を飛鳥は慎重に、しかし力強く歩む。
最後の一撃は、ただひとつの正義のために。
誰かを砕き、誰かを救う、その選択の物語。
鬼に金棒。
それは、最強の力を持つ者の責任を示す言葉。
物語の終わりに響くその言葉は、永遠に続く戦いの始まりでもある。
ただでさえ強い鬼が、さらに強力な武器である金棒を持つことで、向かうところ敵なしの状態になることを表すことわざ。
もともと持っている才能や能力に、強力な道具や協力者が加わって、さらに強くなること。
――政略の鬼、再起の章。
かつて、「飛鳥宗一」の名を知らぬ政界人はいなかった。
肩書は持たない。議席もなければ、党にも属さない。
だが、彼が一枚噛んだ案件は、必ず通る。
法案、議席配分、公共事業、外交交渉……
彼の囁きひとつで、政局が変わる。
誰もが密かに彼をこう呼んだ。
――“政略の鬼”。
一切の情を持たず、冷徹にして的確。
「情は、制度を腐らせる」
それが彼の信条だった。
だが、そんな鬼も、ある日突然姿を消した。
最後に姿を見たのは、総理の特別顧問としての密談席。
その後、彼の名前は政界のどこにも現れなくなった。
陰ではこう噂された。
「あれほどの男も、時代についていけなくなったのさ」
「忖度と仲良しで回る今の政界じゃ、あの冷血漢は浮くだけだった」
そして数年。
東京の一角、再開発で磨かれたガラス張りのビルの一室に、
一つの小さな政党の事務所が設けられた。
その名は、「黎明党」。
登記されたばかりの泡沫政党。
だが、立候補予定者の顔ぶれを見た政治部の記者たちは目を疑った。
――元日銀の経済分析官
――医師会の広報を務めていた女性
――農林水産省の地方官僚上がり
――大手ゼネコンの人事部長の娘
いずれも業界内では名の知れた「つなぎ役」たち。
実務と現場、裏と表を橋渡しできる人間ばかりだ。
それも、新人として無所属から出馬してくる。
「……こんな人材を、どうやって集めた?」
「いや、待て。名前の裏に、“あの男”が見え隠れしている――」
記者たちの間にざわめきが広がる。
「飛鳥宗一……あの鬼が、帰ってきたのか」
誰にも知られず、誰からも見られず。
飛鳥宗一は、表舞台から退いていた。
ひとり、旧い日本家屋を買い取り、執務室とし、静かに暮らしていた。
新聞もテレビも見ない。誰とも会わない。
ただ、机の上には膨大な資料とデータ。
国会会議録、各省庁の予算書、政党別支持率の微細な推移。
すべてが頭に入っている。
何も変わらぬ日々。
それでも、ある夜、彼はふと手を止めた。
画面の中で、若き議員が、満面の笑みで語っていた。
「みんなの想いを、一つにする政治を!」
中身はなかった。言葉も軽く、政策も空虚。
だが支持率は跳ね上がっている。
SNSのバズ、テレビ局の取り上げ、インフルエンサーの協力。
「時代は“善人のフリ”を求めている。策も構想もいらない。
ただの心地よい言葉と、集団の熱狂だ」
飛鳥はひとつ息を吐き、独りごちた。
「……愚かだな。だが、愚かさを利用する力は、俺にはない」
彼は気づいていた。
策では限界がある。
完全に計算された駒では、国は動かせない。
人の感情、繋がり、誤解と愛情。
それらを含めて、世界は作られている。
かつての自分は、あまりに孤高だった。
「最善の選択肢」だけを示す鬼。
だが、それに従う者がいなければ、絵に描いた餅だ。
「……金棒がいる。俺に足りなかったもの。
それは、“俺の言葉を担う人間”だ」
金棒とは、力ではない。
自らの信条と理論を、地上に下ろす“伝達者”。
人の中で、動き、血を通わせる“媒介”だ。
彼は一つ、古い名刺を取り出した。
――元医師会広報・千歳瑛里のものだった。
昔、一度だけすれ違った女。
真面目すぎて政治に染まれず、組織を去った。
だが、その眼差しは覚えている。
「言葉よりも、人の命を信じている人間」だった。
その名刺をじっと見つめ、静かに呟く。
「俺の策を通せるのは、お前のような人間だ。
……俺は、鬼でいい。だが、お前は人でいてくれ」
それが、始まりだった。
千歳瑛里は、東京郊外のクリニックに勤めていた。
都心から離れた閑静な住宅街、看板すら目立たない個人医院。
それでも患者の列は絶えなかった。
彼女は医師ではない。
医療広報と現場調整を担うマネージャーだった。
――だが、その立ち回りこそ、飛鳥の記憶に焼きついていた。
「あの人は、命を“政策”ではなく、“人”で考えていた」
飛鳥は医院の扉を開く。
「……お久しぶりです。千歳さん」
受付で顔を上げた瑛里の瞳が、わずかに揺れた。
「……飛鳥さん? どうして……」
「あなたの“善人らしさ”が、今、必要なんです」
それだけ言って、名刺を一枚、差し出す。
それは“黎明党”のロゴが入った新しい名刺だった。
「私は党首ではありません。ただの構成設計者です。
だが、あなたにしか務まらない“役”がある」
千歳は数秒黙し、そして低く訊いた。
「……なぜ今さら? あなたが“人”を頼るなんて」
「私は鬼です。孤独で、冷たく、正しいことしか言わない鬼だ。
だが、鬼に金棒があれば、物語は変わる。
あなたは、その“金棒”に値する。
あとは、あなたが“それを持つ勇気”を持てるかどうかです」
言葉は少なかったが、震えるような意志があった。
千歳は、名刺を見つめたまま、静かに言った。
「……昔、あなたに“情”は不要だって言われました。
でも私は、情にしか動かされない人間です」
「だからこそ、お願いしている。
私は“国”を組み上げたい。あんたは“人”を守れ。
理屈と情が、それぞれの役を持てば、勝てる」
しばらくの沈黙のあと、千歳は小さく笑った。
「……なんて勝手な鬼だこと」
そして彼女は、名刺を受け取った。
その夜、飛鳥はもう一つの連絡を取る。
相手は、元財務省の特別調整官――朝霧 鷹真(あさぎり たかまさ)。
過去、飛鳥と政策設計をめぐって袂を分かち、彼を「道徳を失った戦略屋」と批判していた男。
通話がつながる。
「……俺に頼みとは、地獄でも凍るな」
飛鳥は静かに言う。
「俺は、かつてあんたを切った。
でも、あのときと違う。今回は“勝つため”じゃない。“残すため”だ」
「何を残す?」
「政治を、未来に」
朝霧は数秒沈黙したあと、言った。
「条件がある。俺の言葉を、無理にねじ曲げるな。
それさえ守るなら、――乗る」
鬼が動いた。
そして、鬼が“金棒”を選び始めた。
黎明党は、静かに、しかし確実に“形”になっていった。
医療の瑛里、財務の朝霧、農政の元官僚・野瀬茂義、
若年層の票をつかむために引き入れた元SNSクリエイター・明神カヲル。
一見、脈絡も統一性もない布陣。
だが、その配置には一貫した意図があった。
――互いに交わらず、独立していて、共存可能な者たち。
飛鳥宗一が望んだのは、「同質な結束」ではない。
むしろ“異なるまま”で支え合える構造だった。
「思想を揃える必要はない。ただ、進む方向だけは合わせろ。
誰もが違うまま、ひとつの輪郭を描け」
これが、黎明党の設計思想だった。
かつての政党が持っていた“硬直した一体感”を、飛鳥は否定した。
それはやがて腐敗し、崩れる。
だが多様な自我がそれぞれの正義を持っていれば、
その軋轢こそが“健全な摩擦熱”となる。
組織は、機能し始めた。
選挙区の割り振り、PR戦略、討論会への出方、SNS上の空中戦。
そのすべてを、飛鳥は一歩後ろから操っていた。
何度も、千歳瑛里に言われた。
「あなたはなぜ前に出ないの? 党首に立てば支持は集まる。
“飛鳥宗一が帰ってきた”というだけで、投票する人だって――」
「私は鬼だ」
飛鳥は言い切った。
「鬼が人前に立てば、信頼ではなく畏怖を生む。
この国に必要なのは“怖い政治”ではない。“使える政治”だ」
千歳は、少しだけ寂しそうに笑った。
「……そんなことを言うから、あなたは孤独なんですよ」
その夜。
飛鳥は一人で、書斎にこもっていた。
机の上には、かつて共に国を変えようと語り合った男たちの顔写真。
死んだ者、裏切った者、金に流れた者、夢を捨てた者。
そして──今、再び彼の元に集まり始めた“金棒”たちの名前。
彼は、ただ一人でその名を並べる。
声に出すたびに、少しずつ温度が宿る。
だが、それを表には出さない。
それが、“鬼の宿命”だった。
「……俺は、最初から一人で戦うために生まれてきた。
ならばこの道は、孤独でいい。
たとえ袖に露が降りても、それは誰にも見せない」
⸻
◼ そして、選挙戦。
黎明党は、どこのテレビ局にも積極的に露出せず、
ネットでも特定の方向に偏らない情報発信を徹底した。
「わかりやすくはないが、理屈に筋が通っている」
「派手ではないが、どこか“骨”を感じる」
その印象がジワジワと広まり、
誰も注目していなかった新人たちが、
地元で少しずつ票を拾い始めた。
だが──それを、黙って見ている者もいなかった。
旧与党、影の実力者。
かつて飛鳥を追いやった男が言う。
「……あいつは、“鬼”のままだ。
だが今度は“人”を手に入れた。
つまり――“倒すべき敵”になった、ということだ」
鬼に、金棒が渡った。
強さは、鋭さを越え、重さを持った。
あとはただ、その一撃が――
誰を救い、誰を砕くかだけの話だ。
黎明党は、当初の小さな集団から急速に規模を拡大していった。
飛鳥宗一の巧みな指揮のもと、地方の支持を次々と獲得し、党勢はうなぎのぼりとなる。
戦略は緻密で柔軟だった。
対立を煽るだけの旧態依然とした野党とは違い、黎明党は現実的な政策提案と、現場の声を拾う姿勢を見せた。
メディア戦略も成功を収め、SNS上では若者からの支持が拡大。
「新しい風を起こす鬼の党」として、党のブランドイメージは確固たるものとなった。
選挙戦の結果、黎明党は議席を大幅に伸ばし、野党第二党にまで成長。
政治の舞台に新たな勢力として確固たる地位を築く。
しかし、躍進の影には、旧勢力の反撃の狼煙も上がっていた。
飛鳥は冷静に、それらの動きを注視する。
「金棒は手に入れた。だが、戦いはこれからだ」
その瞳に、さらに深い覚悟が宿る。
黎明党はまだ野党第二党の立場に過ぎなかったが、飛鳥宗一の指揮のもと、既存の外交ルートに依存しない独自の交渉戦略を展開していた。
公式の会議場の外で、飛鳥の側近である敏腕外交官・山口は、密かに各国の駐日大使や経済界のキーマンと非公式な会合を重ねていた。
そこでは、政権の圧力が及ばない“裏ルート”を駆使し、直接的かつ柔軟な条件交渉が行われていた。
「彼らの本音はここにある。表の顔は別だが、私たちの提案には耳を傾けている」
山口は静かな自信を湛えながら言った。
黎明党のこうした独自の外交活動は、やがて国内外のメディアで密かな話題となり、次第に支持者を増やしていく。
ネット上では「政界の黒幕」「影の交渉人たち」として注目を浴びるようになった。
その成果はやがて形となり、環太平洋経済協定の主要な条項で、黎明党の意向が反映される局面も生まれた。
公式の場では与党が調整役を担う中、黎明党は独自の地歩を築き、国際舞台における存在感を増していく。
飛鳥は党内でこう宣言した。
「私たちは与党ではない。だが、私たちのやり方で国を動かす。金棒を持つ鬼として、誰にも媚びずに、誰にも屈せずに。」
その言葉通り、黎明党は公式ルートに縛られない交渉術で、政治の新たな潮流を作り出していった。
飛鳥宗一が手にした金棒は、ただの武器ではない。
それは彼の信念の象徴であり、重く、鋭く、確かな力を宿していた。
野党第二党として挑み続けた黎明党は、内政と外交の両輪で存在感を増し、
多くの壁を打ち破ってきた。
だが、力は目的ではなく手段に過ぎない。
「強さとは、誰かを砕くことだけではない。誰かを救うこともまた、強さだ」
飛鳥はそう胸に刻み、次の決断を下す。
――今、金棒の一撃が照らすのは、対立を越えた新たな未来。
己の力を恐れる者もいれば、渇望する者もいる。
その間を飛鳥は慎重に、しかし力強く歩む。
最後の一撃は、ただひとつの正義のために。
誰かを砕き、誰かを救う、その選択の物語。
鬼に金棒。
それは、最強の力を持つ者の責任を示す言葉。
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