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第十二話『嫁に小姑 鬼千匹』
しおりを挟む嫁に小姑鬼千匹
嫁いだ女性が、夫の姉妹に囲まれて暮らすときの気苦労をたとえた言葉。
小姑は一人でも厄介なのに、それが大勢いるように感じられる——そんな心境を、
「鬼千匹」という強烈な表現で言い表している。
もっとも、本当の鬼のように恐ろしいだけではなく、時に家や嫁を守る存在にもなることがある。
町外れの仕出し料理店「ひさご」は、朝から戦場のようだった。
嫁いで半年の田村早苗は、今日も三方向から飛んでくる声にさらされている。
「早苗さん、その小鉢、向きが逆よ!」(長姉・美佐子)
「えっ、あ……はい、直します」
「はいじゃないの、もう一度やり直して。器の向きひとつで味まで変わるんだから」
(そこまで変わらないと思うけど……)
「味噌汁、昨日と比べてちょっと薄いわよ」(次姉・佳代)
「え、今朝は計量カップで——」
「計量より、味見。数字に頼らない舌を育てなさい」
(数字も大事なんだけどなあ……)
「盛り付けの高さが足りない」(三姉・理恵)
「高さ……ですか?」
「そう、高さ。料理は山、心は海。わかった?」
(わかんない……)
昼のピークを過ぎ、常連の宮下清一がカウンターに腰を下ろした。
「おう早苗ちゃん、顔がげっそりしてるぞ」
湯呑みを置きながら、早苗は思わず吐き出した。
「……毎日、姉さん方に囲まれて、正直、息が詰まります」
「ははは、そりゃ嫁に小姑鬼千匹だ」
宮下は笑ったが、すぐに真顔になる。
「でもな、その鬼千匹、お前を守ってるんだぞ」
「守ってる……ですか?」
「この間の配達先でのクレーム、理恵さんが全部かぶって、お前には黙ってた」
「え……」
「仕入れの値段交渉だって、佳代さんが朝市で踏ん張ってるし、美佐子さんは帳簿見ながら赤字を塞いでる。口は悪いが、手も足も出してる」
その夜、片付けをしていると、まず美佐子が声をかけてきた。
「早苗さん、今日は注文数の計算、正確だったわね」
「ありがとうございます」
「でも、明日はもっと早くね」
(素直に褒めてくれればいいのに……)
次に佳代が、鍋の蓋を外して味噌汁をよそった。
「飲んでみなさい。今朝より旨いでしょう?」
「……はい、確かに」
「でしょ。明日も味見してから出すこと」
(結局、教えてくれてるんだよな)
最後に理恵が、茶碗蒸しを早苗の前に置いた。
「これ、あんた好きでしょ。食べなさい」
「え、でも私……」
「これからも厳しくするから、覚悟しなさいよ」
そう言いながら、口元はわずかに緩んでいた。
温かい茶碗蒸しを口に運びながら、早苗は思う。
(……鬼千匹も、悪くないのかもしれない)
戸口の外で暖簾が揺れ、宮下の声がした。
「ほらな、言ったろ?」
その瞬間——
「外で何聞き耳立ててんですか!」(三姉同時)
宮下は慌てて暖簾を押し分け、笑いながら逃げていった。
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