20 / 146
第二章: 「龍の試練」
第二十一話:「揺らぐ心、燃える誓い」
しおりを挟む
交流試合は熱気を帯びて続いていた。
蒼龍門の弟子たちも次々に出場し、強豪との戦いを繰り広げる。だが、リンの胸は未だざわついていた。
烈兄――楊烈の輝かしい姿。
そして、血を分けた兄・景嵐の圧倒的な冷酷さ。
対照的な二人の姿が、リンの心に突き刺さっていた。
「私は……どっちにもなれない」
自らの未熟さに唇を噛みしめるリン。
そんな彼に、背後から声がかかる。
「リン、顔が暗いぞ」
振り返れば、黄震が腕を組んで立っていた。
かつて試合で拳を交えた兄弟子の眼差しは、厳しいながらもどこか温かい。
「強い相手を見て怯えるのは当然だ。だがな……それで歩みを止めるようなら、蒼龍の名を背負う資格はない」
リンは黙って拳を握る。
黄震の言葉は、痛烈でありながらも胸の奥に深く響いた。
そのやり取りを見ていた彩琳が一歩進み出た。
「リン。お前が抱えている迷いは理解している。だが――道は人に示されるものではなく、自ら切り開くものだ」
彩琳の眼差しは真剣そのものだった。
「次は蒼龍門の代表として、試合の場に立つ。その時、お前が何を見せるのか……雷玄首長も老師方も注視しているはずだ」
リンは深く息を吐き、視線を前へ向けた。
恐怖も迷いも消えはしない。
だが、逃げずに拳を掲げること――それが今の自分にできる唯一の答えだ。
「……はい。私は私の道を、必ず見つけます」
拳を胸に当て、強く頷いたその姿に、彩琳も黄震も小さく笑みを浮かべた。
そして、鐘が再び鳴り響いた。
次なる戦いの幕開けが迫っていた。
リンは交流試合を観戦していた。
烈兄・楊烈の輝かしい戦い、景嵐の冷酷な強さを目の当たりにし、胸中に焦りを覚える。
「……私に足りないものは、何だ」
そう呟いた時、隣に誰かが腰を下ろした。
「随分と真剣な目をするな」
振り向くと、そこには漆黒の衣を纏った男――黒鷹派の藍鋒(らんほう)の姿があった。
初めて見る顔、初めて聞く声。だがリンの胸に、奇妙なざわめきが走る。
「……あなたは?」
「黒鷹派の藍鋒。武門の祭典とあらば、俺たちも目を凝らす必要がある。お前がリンか――名前だけは聞いている」
初対面のはずなのに、なぜか懐かしさにも似た感覚が心に刺さる。
藍鋒の眼差しもまた、リンをじっと見据えて離さなかった。
「不思議なことだな。俺はお前と会うのは初めてだが……どこかで会ったような気がしてならない」
「……!」
それは敵意ではなく、言いようのない縁を示す言葉だった。
リンは胸の奥に、黒鷹派との不可思議なつながりを感じ始める。
藍鋒はしばしリンを見据えていた。
その目は敵を測るものではなく、どこか記憶の奥底を探るような色を帯びていた。
「……妙だな」
彼は低く呟いた。
「何がですか?」と、リン。
藍鋒は一瞬ためらい、目を細める。
「いや……ただ、お前の面影が――あるものに重なった」
「……?」
「昔のことだ。俺がまだ若かった頃、玄武門から一つの依頼を受けた。生まれたばかりの赤子を、ある農村に託せとな。……その子の顔を、今も忘れられん」
藍鋒はわずかに口角を歪めた。
「……まさかとは思ったが。どうやら、俺の目は間違っていなかったらしい」
リンは息を呑んだ。
胸の奥で何かが弾けるような感覚。自分の過去に繋がる糸が、目の前の男によって突然引き寄せられたのだ。
藍鋒の言葉に、リンの胸は激しく波立った。
「私が……その赤子だと、いうんですか」
自らの声が、震えていた。
藍鋒はすぐには答えず、ただじっとリンを見つめていた。
やがて低く、しかし確信を帯びた声で告げる。
「名も無き農村……清渓(せいけい)の地に、お前は託されたはずだ。俺の目が確かなら、お前は――」
「――藍鋒!」
鋭い声が割り込んだ。振り返ると、蒼龍門の弟子が二人、険しい顔で立っていた。
「黒鷹派の者が、蒼龍門の門弟に何を吹き込もうとしている!」
場の空気が一気に張り詰める。
藍鋒は両手を軽く上げ、敵意はないと示すように笑みを浮かべた。
「勘違いするな。俺はただ、昔の話をしていただけだ」
「戯言を!」弟子の一人が声を荒げた。だが、リンが咄嗟に前に出て両手を広げる。
「待ってください!……彼は、私に大切なことを教えてくれようとしていたんです」
弟子たちは一瞬言葉を詰まらせたが、それでも疑いの色を消そうとはしなかった。
藍鋒はそんな彼らを見据え、静かに告げる。
「いいか、リン。己の出自を知ることは、時に枷ともなる。だが……真実から目を背ければ、武の道は決して開かれぬ」
その一言を残し、藍鋒は立ち上がった。
「今はここまでにしておこう。……また会うことになるだろう」
黒衣の背が観客席の雑踏に紛れて消えていく。
リンは呼吸を忘れたように立ち尽くした。
胸の中で、血のように赤く熱い疑問が渦を巻く。
――私は、いったい何者なんだ。
拳を握り締めたその時、場内に再び試合開始の鐘が鳴り響いた。
現実がリンを呼び戻す。
まだ考える暇はない。だが、確かに心に刻まれた「清渓村」という名は、今後彼の歩みを揺るがすことになるだろう。
リンは深く息を吸い、視線を闘技場へ戻した。
己の出自と武の道、その二つの運命が交わる気配を感じながら――。
蒼龍門の弟子たちも次々に出場し、強豪との戦いを繰り広げる。だが、リンの胸は未だざわついていた。
烈兄――楊烈の輝かしい姿。
そして、血を分けた兄・景嵐の圧倒的な冷酷さ。
対照的な二人の姿が、リンの心に突き刺さっていた。
「私は……どっちにもなれない」
自らの未熟さに唇を噛みしめるリン。
そんな彼に、背後から声がかかる。
「リン、顔が暗いぞ」
振り返れば、黄震が腕を組んで立っていた。
かつて試合で拳を交えた兄弟子の眼差しは、厳しいながらもどこか温かい。
「強い相手を見て怯えるのは当然だ。だがな……それで歩みを止めるようなら、蒼龍の名を背負う資格はない」
リンは黙って拳を握る。
黄震の言葉は、痛烈でありながらも胸の奥に深く響いた。
そのやり取りを見ていた彩琳が一歩進み出た。
「リン。お前が抱えている迷いは理解している。だが――道は人に示されるものではなく、自ら切り開くものだ」
彩琳の眼差しは真剣そのものだった。
「次は蒼龍門の代表として、試合の場に立つ。その時、お前が何を見せるのか……雷玄首長も老師方も注視しているはずだ」
リンは深く息を吐き、視線を前へ向けた。
恐怖も迷いも消えはしない。
だが、逃げずに拳を掲げること――それが今の自分にできる唯一の答えだ。
「……はい。私は私の道を、必ず見つけます」
拳を胸に当て、強く頷いたその姿に、彩琳も黄震も小さく笑みを浮かべた。
そして、鐘が再び鳴り響いた。
次なる戦いの幕開けが迫っていた。
リンは交流試合を観戦していた。
烈兄・楊烈の輝かしい戦い、景嵐の冷酷な強さを目の当たりにし、胸中に焦りを覚える。
「……私に足りないものは、何だ」
そう呟いた時、隣に誰かが腰を下ろした。
「随分と真剣な目をするな」
振り向くと、そこには漆黒の衣を纏った男――黒鷹派の藍鋒(らんほう)の姿があった。
初めて見る顔、初めて聞く声。だがリンの胸に、奇妙なざわめきが走る。
「……あなたは?」
「黒鷹派の藍鋒。武門の祭典とあらば、俺たちも目を凝らす必要がある。お前がリンか――名前だけは聞いている」
初対面のはずなのに、なぜか懐かしさにも似た感覚が心に刺さる。
藍鋒の眼差しもまた、リンをじっと見据えて離さなかった。
「不思議なことだな。俺はお前と会うのは初めてだが……どこかで会ったような気がしてならない」
「……!」
それは敵意ではなく、言いようのない縁を示す言葉だった。
リンは胸の奥に、黒鷹派との不可思議なつながりを感じ始める。
藍鋒はしばしリンを見据えていた。
その目は敵を測るものではなく、どこか記憶の奥底を探るような色を帯びていた。
「……妙だな」
彼は低く呟いた。
「何がですか?」と、リン。
藍鋒は一瞬ためらい、目を細める。
「いや……ただ、お前の面影が――あるものに重なった」
「……?」
「昔のことだ。俺がまだ若かった頃、玄武門から一つの依頼を受けた。生まれたばかりの赤子を、ある農村に託せとな。……その子の顔を、今も忘れられん」
藍鋒はわずかに口角を歪めた。
「……まさかとは思ったが。どうやら、俺の目は間違っていなかったらしい」
リンは息を呑んだ。
胸の奥で何かが弾けるような感覚。自分の過去に繋がる糸が、目の前の男によって突然引き寄せられたのだ。
藍鋒の言葉に、リンの胸は激しく波立った。
「私が……その赤子だと、いうんですか」
自らの声が、震えていた。
藍鋒はすぐには答えず、ただじっとリンを見つめていた。
やがて低く、しかし確信を帯びた声で告げる。
「名も無き農村……清渓(せいけい)の地に、お前は託されたはずだ。俺の目が確かなら、お前は――」
「――藍鋒!」
鋭い声が割り込んだ。振り返ると、蒼龍門の弟子が二人、険しい顔で立っていた。
「黒鷹派の者が、蒼龍門の門弟に何を吹き込もうとしている!」
場の空気が一気に張り詰める。
藍鋒は両手を軽く上げ、敵意はないと示すように笑みを浮かべた。
「勘違いするな。俺はただ、昔の話をしていただけだ」
「戯言を!」弟子の一人が声を荒げた。だが、リンが咄嗟に前に出て両手を広げる。
「待ってください!……彼は、私に大切なことを教えてくれようとしていたんです」
弟子たちは一瞬言葉を詰まらせたが、それでも疑いの色を消そうとはしなかった。
藍鋒はそんな彼らを見据え、静かに告げる。
「いいか、リン。己の出自を知ることは、時に枷ともなる。だが……真実から目を背ければ、武の道は決して開かれぬ」
その一言を残し、藍鋒は立ち上がった。
「今はここまでにしておこう。……また会うことになるだろう」
黒衣の背が観客席の雑踏に紛れて消えていく。
リンは呼吸を忘れたように立ち尽くした。
胸の中で、血のように赤く熱い疑問が渦を巻く。
――私は、いったい何者なんだ。
拳を握り締めたその時、場内に再び試合開始の鐘が鳴り響いた。
現実がリンを呼び戻す。
まだ考える暇はない。だが、確かに心に刻まれた「清渓村」という名は、今後彼の歩みを揺るがすことになるだろう。
リンは深く息を吸い、視線を闘技場へ戻した。
己の出自と武の道、その二つの運命が交わる気配を感じながら――。
10
あなたにおすすめの小説
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
月弥総合病院
僕君☾☾
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。
また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。
(小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
大和型戦艦、異世界に転移する。
焼飯学生
ファンタジー
第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。
※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる