『天翔(あまかけ)る龍』

キユサピ

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第二章: 「龍の試練」

第二十一話:「揺らぐ心、燃える誓い」

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交流試合は熱気を帯びて続いていた。
蒼龍門の弟子たちも次々に出場し、強豪との戦いを繰り広げる。だが、リンの胸は未だざわついていた。

烈兄――楊烈の輝かしい姿。
そして、血を分けた兄・景嵐の圧倒的な冷酷さ。

対照的な二人の姿が、リンの心に突き刺さっていた。

「私は……どっちにもなれない」

自らの未熟さに唇を噛みしめるリン。
そんな彼に、背後から声がかかる。

「リン、顔が暗いぞ」
振り返れば、黄震が腕を組んで立っていた。
かつて試合で拳を交えた兄弟子の眼差しは、厳しいながらもどこか温かい。

「強い相手を見て怯えるのは当然だ。だがな……それで歩みを止めるようなら、蒼龍の名を背負う資格はない」

リンは黙って拳を握る。
黄震の言葉は、痛烈でありながらも胸の奥に深く響いた。

そのやり取りを見ていた彩琳が一歩進み出た。
「リン。お前が抱えている迷いは理解している。だが――道は人に示されるものではなく、自ら切り開くものだ」

彩琳の眼差しは真剣そのものだった。
「次は蒼龍門の代表として、試合の場に立つ。その時、お前が何を見せるのか……雷玄首長も老師方も注視しているはずだ」

リンは深く息を吐き、視線を前へ向けた。
恐怖も迷いも消えはしない。
だが、逃げずに拳を掲げること――それが今の自分にできる唯一の答えだ。

「……はい。私は私の道を、必ず見つけます」

拳を胸に当て、強く頷いたその姿に、彩琳も黄震も小さく笑みを浮かべた。

そして、鐘が再び鳴り響いた。
次なる戦いの幕開けが迫っていた。


リンは交流試合を観戦していた。
烈兄・楊烈の輝かしい戦い、景嵐の冷酷な強さを目の当たりにし、胸中に焦りを覚える。

「……私に足りないものは、何だ」
そう呟いた時、隣に誰かが腰を下ろした。

「随分と真剣な目をするな」

振り向くと、そこには漆黒の衣を纏った男――黒鷹派の藍鋒(らんほう)の姿があった。
初めて見る顔、初めて聞く声。だがリンの胸に、奇妙なざわめきが走る。

「……あなたは?」
「黒鷹派の藍鋒。武門の祭典とあらば、俺たちも目を凝らす必要がある。お前がリンか――名前だけは聞いている」

初対面のはずなのに、なぜか懐かしさにも似た感覚が心に刺さる。
藍鋒の眼差しもまた、リンをじっと見据えて離さなかった。

「不思議なことだな。俺はお前と会うのは初めてだが……どこかで会ったような気がしてならない」
「……!」

それは敵意ではなく、言いようのない縁を示す言葉だった。
リンは胸の奥に、黒鷹派との不可思議なつながりを感じ始める。

藍鋒はしばしリンを見据えていた。
その目は敵を測るものではなく、どこか記憶の奥底を探るような色を帯びていた。

「……妙だな」
彼は低く呟いた。

「何がですか?」と、リン。

藍鋒は一瞬ためらい、目を細める。
「いや……ただ、お前の面影が――あるものに重なった」

「……?」

「昔のことだ。俺がまだ若かった頃、玄武門から一つの依頼を受けた。生まれたばかりの赤子を、ある農村に託せとな。……その子の顔を、今も忘れられん」

藍鋒はわずかに口角を歪めた。
「……まさかとは思ったが。どうやら、俺の目は間違っていなかったらしい」

リンは息を呑んだ。
胸の奥で何かが弾けるような感覚。自分の過去に繋がる糸が、目の前の男によって突然引き寄せられたのだ。


藍鋒の言葉に、リンの胸は激しく波立った。
「私が……その赤子だと、いうんですか」

自らの声が、震えていた。

藍鋒はすぐには答えず、ただじっとリンを見つめていた。
やがて低く、しかし確信を帯びた声で告げる。
「名も無き農村……清渓(せいけい)の地に、お前は託されたはずだ。俺の目が確かなら、お前は――」

「――藍鋒!」

鋭い声が割り込んだ。振り返ると、蒼龍門の弟子が二人、険しい顔で立っていた。
「黒鷹派の者が、蒼龍門の門弟に何を吹き込もうとしている!」

場の空気が一気に張り詰める。
藍鋒は両手を軽く上げ、敵意はないと示すように笑みを浮かべた。
「勘違いするな。俺はただ、昔の話をしていただけだ」

「戯言を!」弟子の一人が声を荒げた。だが、リンが咄嗟に前に出て両手を広げる。
「待ってください!……彼は、私に大切なことを教えてくれようとしていたんです」

弟子たちは一瞬言葉を詰まらせたが、それでも疑いの色を消そうとはしなかった。
藍鋒はそんな彼らを見据え、静かに告げる。
「いいか、リン。己の出自を知ることは、時に枷ともなる。だが……真実から目を背ければ、武の道は決して開かれぬ」

その一言を残し、藍鋒は立ち上がった。
「今はここまでにしておこう。……また会うことになるだろう」

黒衣の背が観客席の雑踏に紛れて消えていく。
リンは呼吸を忘れたように立ち尽くした。
胸の中で、血のように赤く熱い疑問が渦を巻く。

――私は、いったい何者なんだ。

拳を握り締めたその時、場内に再び試合開始の鐘が鳴り響いた。
現実がリンを呼び戻す。
まだ考える暇はない。だが、確かに心に刻まれた「清渓村」という名は、今後彼の歩みを揺るがすことになるだろう。

リンは深く息を吸い、視線を闘技場へ戻した。
己の出自と武の道、その二つの運命が交わる気配を感じながら――。
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