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第二章: 「龍の試練」
第二十話:「交流試合の幕開け」
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交流試合の会場は武門の威信を示すかのように荘厳に設えられ、四方に門旗が掲げられていた。
玄武門の黒、白虎門の白、朱雀流の紅、そして蒼龍門の蒼――各門の弟子たちが視線を交わし合い、張り詰めた空気が広がっていた。
リンは蒼龍門の門弟たちの列の中に身を置いていた。
だがその胸には、微かな痛みが渦巻いていた。
――自分はこの列に「代表」としては立てない。見届けるだけの存在。
そんな中、場内に喝采が沸き起こった。
「朱雀流、楊烈!」
呼び上げられた名に、リンの心が大きく揺れる。
闊歩して入場してきたのは、かつて朱雀流で共に汗を流した同輩、楊烈だった。
長身に鋭い眼差し、堂々とした立ち居振る舞い――その姿は、ただの門弟ではなく「朱雀流の顔」に相応しい風格を備えていた。
「……楊烈」
リンは無意識に名を呟いた。
彼はもともと白虎門の出であった。かつて型にこだわる白虎門首長白威の逆鱗に触れ破門同然で白虎門を去った。だが飛燕老師の推薦もあり朱雀流へ移り、己の道を求め、そこで頭角を現した。
いまや朱雀の代表の一人に選ばれるまでに至っている。
――同じ外から来た身。
だが彼は「代表」にまで登り詰め、自分は……。
胸に焦りが走る。
同時に、拳を交わした日の記憶がよみがえる。
いつも先を行き、己を奮い立たせてくれる存在だった。
試合が始まる。
楊烈は白虎門の猛者を相手に、鋭い突きと確かな足運びで圧倒した。
力で押すのではなく、技と読みで相手の呼吸を奪う――朱雀流の神髄を体現する戦い。
「……すごい」
隣の蒼龍門の弟子が感嘆の声を漏らした。
リンは拳を握りしめながら、ただ見つめていた。
楊烈の姿に、勝利以上のものを感じる。
技と気迫、そして観客を惹きつける存在感。
「代表」とは、ただ強いだけでは務まらぬことを、目の前の舞台が突きつけていた。
(……俺に足りないものは、そこだ)
拳を振るう力だけではなく、内功を練り、外功に生かし、そして「人の心に残る武」を示すこと。
そのすべてを備えてこそ、真の代表。
胸の奥で、悔しさと同時に新たな炎が静かに燃え始めていた。
楊烈の試合が終わり、場内は拍手と歓声に包まれていた。
朱雀流の赤い道衣を纏い、堂々と拳を掲げるその姿は、かつてリンと共に稽古を重ねた友のものだった。
――あの烈兄(れつにい)が、ここまでの高みに……。
眩しさと同時に胸を締めつけるような焦りがこみ上げる。
朱雀流を封じられている自分。蒼龍門の一員として挑む自分。
比べるつもりはないと思いつつも、心は自然と烈の姿を追い求めていた。
「……足りない。まだ俺には、何かが足りない」
拳を握り締めたリンの耳に、次なる対戦の名が告げられる。
「――玄武門代表、景嵐(けいらん)」
空気が一瞬で張り詰めた。
入場口から姿を現した男の影に、観客のざわめきが吸い込まれていく。
黒に近い深緑の衣を纏い、ゆったりと歩を進めるその姿はまるで冷ややかな刃のごとき威圧感を放っていた。
リンの胸が凍りつく。
――兄……!
血を分けた兄、景嵐。
だがその顔に情の色は微塵もない。
対峙する相手を見下ろす瞳は、氷のように冷酷だった。
「始めッ!」
開始の合図と同時に、景嵐はほとんど音もなく踏み込んだ。
相手が構える間もなく、重く鋭い拳が突き上げられる。
鈍い衝撃音とともに相手は宙を舞い、背から畳に叩きつけられた。
「……っ!」
観客の誰もが息を呑む。
まるで巨岩に押し潰されたかのような一撃。
それで終わりではなかった。
倒れた相手に容赦なく追撃を加え、相手が立ち上がろうとするたびに無機質な拳が叩き込まれる。
反撃の隙すら与えず、淡々と痛打を積み重ねる姿は、勝負を楽しむどころか処刑を遂行しているかのようだった。
「……もうやめろ!」
審判が慌てて制止に入った時、相手はすでに意識を失いかけていた。
会場は沈黙に包まれる。
勝者の名が告げられても、歓声は上がらない。
ただ冷たい緊張だけが残った。
――あれが……兄さん……。
リンの背筋に冷たい汗が伝う。
憧れでも、親しみでもない。
目の前に立つのは血を分けた存在でありながら、どこまでも遠く恐ろしい存在だった。
「烈兄は光……兄さんは闇……」
自分が立つべき場所はどこか――その問いが、リンの胸に突き刺さるように芽吹いていた。
観客席からはまばらな拍手が響いた。だがそれは歓喜の音ではなく、恐怖に縛られた者たちがかろうじて絞り出した音にすぎなかった。
勝者の名が告げられる中、景嵐は一瞥すらくれず、背を向けて静かに去っていく。
その背中を見送りながら、リンは立ち尽くしていた。
胸の奥に去来するのは誇りではない。
温もりを求めていた兄の姿はそこにはなく、ただ冷酷で無慈悲な「武の怪物」が佇んでいた。
――あれが俺と同じ血を分けた人間だというのか。
――もしあの拳が自分に向けられたなら……。
思考はそこで途切れた。想像しただけで足が竦む。
烈兄の眩しさに焦りを覚えた直後、今度は兄・景嵐の冷徹さに心を凍りつかされる。
「……俺は、どうすればいいんだ」
震える声が喉から漏れる。
だがその肩に、そっと手が置かれた。
振り返れば、彩琳が静かに立っていた。
厳しい顔でありながらも、その瞳には温かさが宿っている。
「怯えるな、リン。あれはあの人の道。だが――お前にはお前の道がある」
その言葉に、リンは小さく頷いた。
まだ答えは見つからない。だが、立ち止まるわけにはいかない。
蒼龍門の門弟として、自らの拳で未来を切り開かなければならないのだ。
試合場に戻る鐘が鳴り響く。
次なる戦いが始まろうとしていた。
リンの胸の奥には、恐怖と同時にわずかながら新たな決意が芽吹きつつあった。
――俺は、俺の道を探す。
こうして交流試合の熱はさらに高まり、リンの心の試練は深まっていくのだった。
玄武門の黒、白虎門の白、朱雀流の紅、そして蒼龍門の蒼――各門の弟子たちが視線を交わし合い、張り詰めた空気が広がっていた。
リンは蒼龍門の門弟たちの列の中に身を置いていた。
だがその胸には、微かな痛みが渦巻いていた。
――自分はこの列に「代表」としては立てない。見届けるだけの存在。
そんな中、場内に喝采が沸き起こった。
「朱雀流、楊烈!」
呼び上げられた名に、リンの心が大きく揺れる。
闊歩して入場してきたのは、かつて朱雀流で共に汗を流した同輩、楊烈だった。
長身に鋭い眼差し、堂々とした立ち居振る舞い――その姿は、ただの門弟ではなく「朱雀流の顔」に相応しい風格を備えていた。
「……楊烈」
リンは無意識に名を呟いた。
彼はもともと白虎門の出であった。かつて型にこだわる白虎門首長白威の逆鱗に触れ破門同然で白虎門を去った。だが飛燕老師の推薦もあり朱雀流へ移り、己の道を求め、そこで頭角を現した。
いまや朱雀の代表の一人に選ばれるまでに至っている。
――同じ外から来た身。
だが彼は「代表」にまで登り詰め、自分は……。
胸に焦りが走る。
同時に、拳を交わした日の記憶がよみがえる。
いつも先を行き、己を奮い立たせてくれる存在だった。
試合が始まる。
楊烈は白虎門の猛者を相手に、鋭い突きと確かな足運びで圧倒した。
力で押すのではなく、技と読みで相手の呼吸を奪う――朱雀流の神髄を体現する戦い。
「……すごい」
隣の蒼龍門の弟子が感嘆の声を漏らした。
リンは拳を握りしめながら、ただ見つめていた。
楊烈の姿に、勝利以上のものを感じる。
技と気迫、そして観客を惹きつける存在感。
「代表」とは、ただ強いだけでは務まらぬことを、目の前の舞台が突きつけていた。
(……俺に足りないものは、そこだ)
拳を振るう力だけではなく、内功を練り、外功に生かし、そして「人の心に残る武」を示すこと。
そのすべてを備えてこそ、真の代表。
胸の奥で、悔しさと同時に新たな炎が静かに燃え始めていた。
楊烈の試合が終わり、場内は拍手と歓声に包まれていた。
朱雀流の赤い道衣を纏い、堂々と拳を掲げるその姿は、かつてリンと共に稽古を重ねた友のものだった。
――あの烈兄(れつにい)が、ここまでの高みに……。
眩しさと同時に胸を締めつけるような焦りがこみ上げる。
朱雀流を封じられている自分。蒼龍門の一員として挑む自分。
比べるつもりはないと思いつつも、心は自然と烈の姿を追い求めていた。
「……足りない。まだ俺には、何かが足りない」
拳を握り締めたリンの耳に、次なる対戦の名が告げられる。
「――玄武門代表、景嵐(けいらん)」
空気が一瞬で張り詰めた。
入場口から姿を現した男の影に、観客のざわめきが吸い込まれていく。
黒に近い深緑の衣を纏い、ゆったりと歩を進めるその姿はまるで冷ややかな刃のごとき威圧感を放っていた。
リンの胸が凍りつく。
――兄……!
血を分けた兄、景嵐。
だがその顔に情の色は微塵もない。
対峙する相手を見下ろす瞳は、氷のように冷酷だった。
「始めッ!」
開始の合図と同時に、景嵐はほとんど音もなく踏み込んだ。
相手が構える間もなく、重く鋭い拳が突き上げられる。
鈍い衝撃音とともに相手は宙を舞い、背から畳に叩きつけられた。
「……っ!」
観客の誰もが息を呑む。
まるで巨岩に押し潰されたかのような一撃。
それで終わりではなかった。
倒れた相手に容赦なく追撃を加え、相手が立ち上がろうとするたびに無機質な拳が叩き込まれる。
反撃の隙すら与えず、淡々と痛打を積み重ねる姿は、勝負を楽しむどころか処刑を遂行しているかのようだった。
「……もうやめろ!」
審判が慌てて制止に入った時、相手はすでに意識を失いかけていた。
会場は沈黙に包まれる。
勝者の名が告げられても、歓声は上がらない。
ただ冷たい緊張だけが残った。
――あれが……兄さん……。
リンの背筋に冷たい汗が伝う。
憧れでも、親しみでもない。
目の前に立つのは血を分けた存在でありながら、どこまでも遠く恐ろしい存在だった。
「烈兄は光……兄さんは闇……」
自分が立つべき場所はどこか――その問いが、リンの胸に突き刺さるように芽吹いていた。
観客席からはまばらな拍手が響いた。だがそれは歓喜の音ではなく、恐怖に縛られた者たちがかろうじて絞り出した音にすぎなかった。
勝者の名が告げられる中、景嵐は一瞥すらくれず、背を向けて静かに去っていく。
その背中を見送りながら、リンは立ち尽くしていた。
胸の奥に去来するのは誇りではない。
温もりを求めていた兄の姿はそこにはなく、ただ冷酷で無慈悲な「武の怪物」が佇んでいた。
――あれが俺と同じ血を分けた人間だというのか。
――もしあの拳が自分に向けられたなら……。
思考はそこで途切れた。想像しただけで足が竦む。
烈兄の眩しさに焦りを覚えた直後、今度は兄・景嵐の冷徹さに心を凍りつかされる。
「……俺は、どうすればいいんだ」
震える声が喉から漏れる。
だがその肩に、そっと手が置かれた。
振り返れば、彩琳が静かに立っていた。
厳しい顔でありながらも、その瞳には温かさが宿っている。
「怯えるな、リン。あれはあの人の道。だが――お前にはお前の道がある」
その言葉に、リンは小さく頷いた。
まだ答えは見つからない。だが、立ち止まるわけにはいかない。
蒼龍門の門弟として、自らの拳で未来を切り開かなければならないのだ。
試合場に戻る鐘が鳴り響く。
次なる戦いが始まろうとしていた。
リンの胸の奥には、恐怖と同時にわずかながら新たな決意が芽吹きつつあった。
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