『天翔(あまかけ)る龍』

キユサピ

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第二章: 「龍の試練」

第十九話:「最後の一枠」

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蒼龍門の道場中央。弟子たちが静かに取り囲み、緊張の視線を注いでいた。
選抜最後の一枠を決める試合。立ち会うのは雷玄首長と蒼威老師、そして彩琳。

「……よし。始めよ」
雷玄首長の低い声が響くと、二人の若者が一歩前へ進み出た。

一人は、朱雀流を経て蒼龍門に身を寄せた少年――リン。
もう一人は、蒼龍門の中でも根を張る実力者の一人、馬崇(ば・すう)。長躯で鋭い眼光を持ち、外功を主体に豪腕を誇る青年だ。

「……外から来た者に負ける気はない」
馬崇は拳を固め、地を踏み鳴らす。その重さだけで床板がきしむ。

リンは深く頭を下げた。
「……どうぞ、よろしくお願いいたします」

両者、構えを取る。
馬崇の拳はまるで岩塊のような堅牢さを放ち、リンの姿勢は蒼龍門の型を踏まえつつも、どこかに朱雀流の鋭さを滲ませていた。

「はあっ!」
先に仕掛けたのは馬崇。踏み込みと同時に繰り出された拳は、重く速い。
外功を磨き上げた拳は、ただ受ければ骨を砕かれる威力だ。

リンは即座に身をひねり、斜めに受け流す。朱雀流で学んだ「力をずらす」感覚を、蒼龍門の型に織り込んだ。

「……!」
馬崇の拳は空を切る。すかさずリンが踏み込み、掌を胸に突き込む。
しかし――。
「甘い!」
馬崇の胸筋が収縮し、まるで鉄壁に弾かれたかのようにリンの掌は押し返される。

「軽いな。外功が足りぬ!」
馬崇は間を与えず、膝蹴りを繰り出す。重い一撃にリンは後方へ跳び退くが、かすめた衝撃だけで肺の奥まで痺れるようだった。

――外功の差。だが、内功で対抗できるはず。
清蘭堂で磨いた身体と、日々の修練で積み重ねた内なる力。それをこの一瞬に重ねる。

リンは低く構え直した。
「……負けません」

次の瞬間、馬崇の拳が雷鳴のように落ちる。
リンは正面からそれを受けず、身体を斜めに滑らせる。内功を全身に巡らせ、拳の衝撃を流し――逆にその勢いを利用して回転。

「はッ!」
放たれた蹴りが馬崇の脇腹を打ち抜いた。
「ぐっ……!」
馬崇の巨体が揺らぎ、膝をつく。

道場が静まり返る。雷玄首長の眼差しが鋭く光り、蒼威老師は無言で頷いた。

「勝者――リン」

その言葉が響いた瞬間、張り詰めた空気が解けた。
リンは深く息をつき、勝ちを告げられてもなお頭を垂れる。

――蒼龍門代表。
ついに、その座を掴んだのだ。

「勝者――リン」

雷玄首長の宣告に、道場は一瞬しんと静まり返った。
だが次の瞬間、ざわつきが広がる。

「おかしいではないか!」
叫び声を上げたのは、馬崇を支持していた年長の門弟たちだった。
「リンは朱雀流の外弟子だ! 蒼龍門の代表を決める場に出る資格があるのか!」
「そうだ、首長! もし他門の技を混ぜているのなら、交流試合では不正と見なされるやもしれん!」

ざわめきは次第に大きくなり、場を二分するような勢いになった。
リンはその声を受けながら、静かに拳を握り締める。

雷玄首長はしばし目を閉じ、やがて重々しく口を開いた。
「……確かに、リンは朱雀流に籍を置いた。だが今は蒼龍門の門弟として修めている」

「しかし!」
なおも異を唱える声が上がる。
「彼は外から来たばかり、血筋も縁も浅い。なぜ我らが積み重ねた年月を凌いで代表に据えられるのか!」

弟子たちの視線がリンに突き刺さる。
重圧を真正面から受けながらも、リンは一歩前に進み出た。

「……私は、確かに朱雀流に外弟子として身を置いてきました。ですが、蒼龍門で学んだ日々もまた、私の力となっています。朱雀の技を捨てることはできません。しかし、それを封じてでも――蒼龍門の弟子として戦う覚悟があります」

静かな声だったが、その言葉には一歩も退かぬ決意が宿っていた。

場が再びざわつく。
だが、その中で彩琳が一歩前に出て、冷ややかに門弟たちを見渡した。

「……資格を問うのなら、拳で示されたはず」
彩琳の鋭い一言に、場のざわめきは一度収束した。
しかし――雷玄首長は深く目を閉じ、静かに息を吐く。

「だが……一理ある」

その言葉が落ちた瞬間、空気が凍り付いた。
リンの瞳が大きく揺らぐ。

「首長……」

雷玄は重々しく続ける。
「蒼龍門代表は、蒼龍門そのものの顔。朱雀流との縁を断ち切れぬままでは、門の内外に疑念を招く。ましてや交流試合は、武門の誇りを賭けた舞台。勝敗以上に、その正統性が問われる」

道場の中で幾人かの弟子が安堵の表情を浮かせ、また幾人かは唇を噛みしめて俯いた。

蒼威老師がゆっくりと歩み出る。
「リン、そなたの力は誰もが見た。だが今のままでは“蒼龍門の代表”とは言えぬ。外の者と見られるなら、勝っても門の名誉は汚されよう」

リンは必死に言葉を探し、口を開いた。
「……私は、蒼龍門で学び、蒼龍門で戦いたいと望んでいます。それでは……足りませんか」

沈黙。
だが、返ってきたのは厳しい現実だった。

雷玄首長は冷ややかに首を振る。
「今はまだ、足りぬ」

リンの胸の奥に、熱いものが込み上げる。
拳では勝った。
覚悟も示した。
だが――血と歴史と名を背負う「壁」は、それすらも押し返した。

「……よって、この一枠は他の門弟に譲る」
雷玄の裁定は揺るがなかった。

道場に重苦しい空気が満ちる中、リンは深く頭を下げた。
「……承知しました」

その声はかすれていたが、不思議と澄んでいた。
俯いた視界の隅で、彩琳が強く拳を握りしめているのが見えた。
彼女の瞳には、悔しさと怒り、そして何よりもリンを思う痛みが宿っていた。
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