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第二章: 「龍の試練」
第二十五話:「堕龍と昇龍」
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景嵐は破門を受けても、何ひとつ悔いることはなかった。
いや、それどころか胸の内には、ますます燃え盛るような誇りと傲慢が渦巻いていた。
「強き者こそ正義。弱き者はただ踏みしめられるのみ」
その信念は揺るがず、むしろ玄武の束縛を離れたことで、遠慮なく暴れられるとばかりに荒んだ日々を送っていた。
市場に現れては商人を脅し、街を歩く娘を力ずくで奪おうとし、喧嘩自慢たちを片端から叩きのめす。
人々は恐怖に怯え、彼の名を口にするだけで背をすくめた。
一門の長など、景嵐にとっては退屈な座にすぎない。
己はもっと高みに立つ男――世界を支配するほどの強さを持つのだ。
だから後継争いで自分を担ごうとする者たちすら「器の小さき愚物」としか見えなかった。
その暴虐はやがて、各門の耳にも届く。
「玄武の名を汚す存在を、このまま放置できぬ」
――評議は再び開かれ、景嵐への対応が議論された。
「追放すべきだ!」
「いや、野に放てば黒鷹派の餌食になる。監視下に置くしかあるまい」
「だが、あれを止める者など……」
やがて一人の師範が、深く息を吐きつつ口を開いた。
「……兄を止められるのは、弟リンしかおらぬだろう」
評議の場に沈痛な沈黙が落ちた。
それは最も酷な選択であり、同時に唯一の道でもあった。
数日後、リンのもとに玄武からの遣いが訪れる。
使者の顔は険しく、言葉は重かった。
「リン殿。そなたにしか頼めぬことがある。
――景嵐殿を、止めていただきたい」
リンはその場で即答できず、拳を強く握りしめる。
脳裏に浮かぶのは、黄震の最期と、兄の冷酷な眼差し。
だが同時に、師や仲間を守りたいという想いが胸を熱くした。
その夜、黄震の墓前に立ち、リンは深く頭を垂れた。
「師兄よ……あなたの無念を晴らすのは私です。
兄上を――必ず止めてみせます」
闇夜に吹きすさぶ風の中、その瞳には確かな光が宿っていた。
堕ちゆく龍と、昇ろうとする龍。
二つの運命は、やがて避けられぬ衝突へと向かっていくのだった。
リンの誓いの翌日――。
街では、再び景嵐が暴れていた。
武門を侮り挑発する不逞者たちを、彼は片腕だけで薙ぎ払う。血にまみれた拳を掲げ、嘲笑を浮かべるその姿は、かつて「守りの玄武」と呼ばれた面影を完全に失っていた。
「強き者こそ正義。
お前たちも、武門も、皆この拳の前にひれ伏すのだ!」
その声は街路に響き、怯える民衆をさらに震え上がらせる。
噂は瞬く間に広がり、「堕龍」の名が市井に定着していった。
一方、玄武本堂では使者から報告を受けた師範たちが重く口を閉ざす。
「……もはや、我らの力では抑えられぬ」
「ならば、リンに託すしかない」
蘭もまたその報せを耳にしていた。
「リンが兄を止める……。それがどれほど辛いことか」
白蓮老師は静かに頷き、答える。
「だが、彼はきっと越える。血に縛られず、真の龍として――」
やがて各門の間でささやかれるようになる。
「昇龍とは、もはやリンのことを指すのではないか」
「堕龍となった景嵐に代わり、新たな世を導く龍は彼だ」
知らぬ間に、リンは期待と重圧のただ中へと押し上げられていた。
そのことを本人はまだ深く理解してはいない。
ただ一つ、「兄を止める」という覚悟だけを胸に抱いていた。
夜更け、黄震の墓前で誓った言葉が、再び彼の心に蘇る。
「私は負けない。……師兄よ、見ていてください」
こうして――堕龍と昇龍の物語は、ついに火蓋を切ろうとしていた。
「リン――」
玄武門本堂に姿を現したのは、四門の老師たちだった。
玄潤、蒼威、白蓮、そして飛燕。
それぞれ一門を背負う重鎮が一堂に会する光景は、かつて誰も見たことがないものだった。
「景嵐を止めたいと望むか」
低く響く玄潤の声に、リンは迷わず頷いた。
「ならば我ら四人の教えを受けよ」
蒼威が静かに剣を抜き、月光のような煌めきを放った。
「お前に今足りぬものを、四門すべてで補う」
稽古は熾烈を極めた。
玄潤は岩の如き拳でリンを押し、守りの堅牢さを叩き込む。
「地に足をつけよ! お前はまだ風に揺れる若木だ!」
蒼威は剣を構え、流れるような斬撃を浴びせる。
「龍の舞を見ろ。力ではなく流れを掴めば、巨岩すら受け流せる」
白蓮は華麗な蹴りで容赦なく打ち込む。
「礼節を忘れるな! 武は命を奪うためでなく、護るために在る!」
そして飛燕は双刀を閃かせ、風のような動きで翻弄する。
「遅ければ死ぬ。速さこそ生の証だ。牙を研げ、リン!」
拳と剣、蹴りと刃。
四老師の武が嵐のように降り注ぐ中、リンは必死に喰らいついた。
全身は打撲と擦り傷で覆われ、息は荒く、視界すら揺らいでいた。
それでも退くことはしなかった。
「……俺は、兄を止める! この四門の力を、この身に刻む!」
その叫びと共に繰り出した拳は、これまでにない重みと鋭さを宿していた。
四老師は動きを止め、互いに頷き合った。
「昇龍の兆し、確かに見た」
玄潤の声に、他の老師も微笑を浮かべる。
「よかろう、リン。お前こそ、四門を繋ぐ龍だ」
汗と血に塗れながらも、リンの眼差しは凛としていた。
堕龍・景嵐を止めるための道が、今、確かに拓かれたのだった。
いや、それどころか胸の内には、ますます燃え盛るような誇りと傲慢が渦巻いていた。
「強き者こそ正義。弱き者はただ踏みしめられるのみ」
その信念は揺るがず、むしろ玄武の束縛を離れたことで、遠慮なく暴れられるとばかりに荒んだ日々を送っていた。
市場に現れては商人を脅し、街を歩く娘を力ずくで奪おうとし、喧嘩自慢たちを片端から叩きのめす。
人々は恐怖に怯え、彼の名を口にするだけで背をすくめた。
一門の長など、景嵐にとっては退屈な座にすぎない。
己はもっと高みに立つ男――世界を支配するほどの強さを持つのだ。
だから後継争いで自分を担ごうとする者たちすら「器の小さき愚物」としか見えなかった。
その暴虐はやがて、各門の耳にも届く。
「玄武の名を汚す存在を、このまま放置できぬ」
――評議は再び開かれ、景嵐への対応が議論された。
「追放すべきだ!」
「いや、野に放てば黒鷹派の餌食になる。監視下に置くしかあるまい」
「だが、あれを止める者など……」
やがて一人の師範が、深く息を吐きつつ口を開いた。
「……兄を止められるのは、弟リンしかおらぬだろう」
評議の場に沈痛な沈黙が落ちた。
それは最も酷な選択であり、同時に唯一の道でもあった。
数日後、リンのもとに玄武からの遣いが訪れる。
使者の顔は険しく、言葉は重かった。
「リン殿。そなたにしか頼めぬことがある。
――景嵐殿を、止めていただきたい」
リンはその場で即答できず、拳を強く握りしめる。
脳裏に浮かぶのは、黄震の最期と、兄の冷酷な眼差し。
だが同時に、師や仲間を守りたいという想いが胸を熱くした。
その夜、黄震の墓前に立ち、リンは深く頭を垂れた。
「師兄よ……あなたの無念を晴らすのは私です。
兄上を――必ず止めてみせます」
闇夜に吹きすさぶ風の中、その瞳には確かな光が宿っていた。
堕ちゆく龍と、昇ろうとする龍。
二つの運命は、やがて避けられぬ衝突へと向かっていくのだった。
リンの誓いの翌日――。
街では、再び景嵐が暴れていた。
武門を侮り挑発する不逞者たちを、彼は片腕だけで薙ぎ払う。血にまみれた拳を掲げ、嘲笑を浮かべるその姿は、かつて「守りの玄武」と呼ばれた面影を完全に失っていた。
「強き者こそ正義。
お前たちも、武門も、皆この拳の前にひれ伏すのだ!」
その声は街路に響き、怯える民衆をさらに震え上がらせる。
噂は瞬く間に広がり、「堕龍」の名が市井に定着していった。
一方、玄武本堂では使者から報告を受けた師範たちが重く口を閉ざす。
「……もはや、我らの力では抑えられぬ」
「ならば、リンに託すしかない」
蘭もまたその報せを耳にしていた。
「リンが兄を止める……。それがどれほど辛いことか」
白蓮老師は静かに頷き、答える。
「だが、彼はきっと越える。血に縛られず、真の龍として――」
やがて各門の間でささやかれるようになる。
「昇龍とは、もはやリンのことを指すのではないか」
「堕龍となった景嵐に代わり、新たな世を導く龍は彼だ」
知らぬ間に、リンは期待と重圧のただ中へと押し上げられていた。
そのことを本人はまだ深く理解してはいない。
ただ一つ、「兄を止める」という覚悟だけを胸に抱いていた。
夜更け、黄震の墓前で誓った言葉が、再び彼の心に蘇る。
「私は負けない。……師兄よ、見ていてください」
こうして――堕龍と昇龍の物語は、ついに火蓋を切ろうとしていた。
「リン――」
玄武門本堂に姿を現したのは、四門の老師たちだった。
玄潤、蒼威、白蓮、そして飛燕。
それぞれ一門を背負う重鎮が一堂に会する光景は、かつて誰も見たことがないものだった。
「景嵐を止めたいと望むか」
低く響く玄潤の声に、リンは迷わず頷いた。
「ならば我ら四人の教えを受けよ」
蒼威が静かに剣を抜き、月光のような煌めきを放った。
「お前に今足りぬものを、四門すべてで補う」
稽古は熾烈を極めた。
玄潤は岩の如き拳でリンを押し、守りの堅牢さを叩き込む。
「地に足をつけよ! お前はまだ風に揺れる若木だ!」
蒼威は剣を構え、流れるような斬撃を浴びせる。
「龍の舞を見ろ。力ではなく流れを掴めば、巨岩すら受け流せる」
白蓮は華麗な蹴りで容赦なく打ち込む。
「礼節を忘れるな! 武は命を奪うためでなく、護るために在る!」
そして飛燕は双刀を閃かせ、風のような動きで翻弄する。
「遅ければ死ぬ。速さこそ生の証だ。牙を研げ、リン!」
拳と剣、蹴りと刃。
四老師の武が嵐のように降り注ぐ中、リンは必死に喰らいついた。
全身は打撲と擦り傷で覆われ、息は荒く、視界すら揺らいでいた。
それでも退くことはしなかった。
「……俺は、兄を止める! この四門の力を、この身に刻む!」
その叫びと共に繰り出した拳は、これまでにない重みと鋭さを宿していた。
四老師は動きを止め、互いに頷き合った。
「昇龍の兆し、確かに見た」
玄潤の声に、他の老師も微笑を浮かべる。
「よかろう、リン。お前こそ、四門を繋ぐ龍だ」
汗と血に塗れながらも、リンの眼差しは凛としていた。
堕龍・景嵐を止めるための道が、今、確かに拓かれたのだった。
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