『天翔(あまかけ)る龍』

キユサピ

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第四章: 「破壊の果てに」

第五十四話:「婚礼とそれぞれの旅立ち」

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大陸街道を進む行列は、遠目からでも一目で王族のものとわかるほど荘厳だった。
絢爛な馬車に並ぶ旗印、煌びやかな甲冑を纏った近衛兵、宝飾品や絹、香料を積み込んだ荷車の列。

「……目立ちすぎておりますな」
景嵐は行列の端から全体を見回し、眉をひそめる。護衛の兵は数多い。しかしこれほどの財宝を前にすれば、必ず牙を剥く者がいると直感していた。

その予感はすぐに現実となる。

山影から響く鬨の声。
「かかれええッ!」
黒装束の山賊たちが一斉に雪崩れ込み、馬車列を襲った。矢が雨のように降り注ぎ、兵たちは盾を掲げ応戦する。姫の輿の前に立ち塞がり、景嵐は低く呟いた。

「……やはり、来たか」

次の瞬間、彼の全身から迸るのは圧倒的な闘気。
兵も賊も息を呑み、ただその場に立つだけで大気が震える。「武神」――そう呼ばれる所以が、ついに露わとなった。景嵐の目が鋭く光り、拳を握る。山賊たちは次の瞬間、己の命を賭けて攻撃を仕掛けるしかないと理解する。しかし景嵐は動じない。風のように動き、振るう腕の一振りごとに、山賊たちは盾を弾き飛ばされ地面に転がる。

「姫様、どうか奥へ!」
低く、確実な声に従い、ルシア姫は輿の中で身を縮める。景嵐は輿の前に立ち、馬車列を守る兵たちを指示しながら、身一つで敵の前に立つ。

山賊たちは数で押し切ろうとするが、景嵐の動きは圧倒的だ。槍や剣が振り下ろされるたび、避け、弾き、受け流す。攻撃を寸分の狂いもなくかわすその強さに、賊たちは恐怖の色を浮かべる。

「……ぐ……なんだ、この男は……!」
山賊の一人が呻き、次々に仲間も足を止める。景嵐の気迫があまりに強烈で、接近すらできない。宝を奪うことを諦めた山賊たちは、一目散に山影へ逃げ去った。

鎮まった山道に、荒い呼吸と馬の蹄の音だけが残る。景嵐は輿の前で立ち尽くし、胸の内で静かに力を収めた。刹那の間、彼の周囲に漂った「武神」と呼ばれる威光は、完全に消え去った。

ルシア姫は震える手で輿の縁を握り、景嵐を見上げた。
「……景嵐様、あなた……」
言葉は続かない。恐怖と驚き、そして守られた安堵が入り混じった複雑な表情。景嵐は穏やかに頭を下げ、敬語で応える。

「姫様、どうかご安心ください。今後も護衛は私の責務でございます」

姫の瞳がわずかに揺れる。勇ましく戦う姿に、胸の奥で芽生えた小さな感情に、まだ気づかないふりをしているようだった。

馬車列は再び整い、護衛兵たちの警戒の中、ゆっくりとヴェルリカ国へと進み始める。景嵐は後ろから列を見守りつつ、胸の奥で微かに疼く感情を自覚した。

やがて遠くにヴェルリカの城壁が見える位置に差し掛かる。王国の旗が風に揺れ、守衛の兵が城門に整列して待ち構えている。その光景にルシア姫の胸は高鳴る。

「景嵐様、見えます……ヴェルリカ国の城壁が」
「はい、姫様。ここまで無事に参りました」

城門に近づくにつれ、ヴェルリカ国の兵たちが警戒の目を光らせる。馬車列を囲むように整列する兵士の姿は威厳に満ち、護衛の兵たちも息を引き締める。

輿の中でルシア姫は窓越しに城門を見つめ、わずかに息をついた。
「……景嵐様、これで無事に迎え入れられるのでしょうか」
「はい、姫様。すべて順調です。ご安心ください」

馬車列はゆっくりと城門を潜り、王宮の中庭へと入る。外部の兵士や廷臣たちの視線が集まり、広場は一瞬、静まり返る。景嵐は姫の輿の前に立ち、護衛としての姿勢を崩さず、まるで城内の全てを守るかのように視線を巡らせた。

ルシア姫は小さく肩を緩め、景嵐の背中に目をやる。護衛としての冷静さと圧倒的な強さを持つ彼の存在に、改めて心の奥で尊敬と安心感が芽生えるのを感じた。

その後、景嵐の元に一通の伝令が届く。巻物には藍峯たちの動向が簡潔に記されていた。

「……藍峯たちは無事に国境を越え、山を越え、海を渡ってリンの元へ向かっているとのことです」

景嵐は巻物を握り、額にわずかに皺を寄せる。護衛としての任務とは別に、仲間たちの無事も気になる。

「順調に進んでいる……か」

巻物を静かに置き、窓の外を見やる。忠義として姫を守る任務と、仲間の動向に心を寄せる感情が、胸の奥で微かに交錯する。

「……安心した。だが、気を抜くわけにはいかぬ」

ルシア姫の輿を守る役目は依然続く。景嵐は巻物を胸に抱えつつ、改めて姫の側に立ち、その存在がどれほど大切かを心に刻んだ。

同じ頃、烈陽国。
そこでもまた、新たな道を歩み始める者がいた。

烈陽国を発つその朝、リンはどうしても会っておかねばならぬ人がいた。
烈陽四天王の最後の一人――守武財。
景嵐と同じ顔を持つ、一卵性双生児の兄であり、リンにとってはもう一人の、いや――紛れもない兄だった。

「……兄上」
静かに呼びかける声は、深い情を滲ませていた。

守武財は腕を組み、柔らかい笑みを浮かべて振り返る。
「リン。お前も随分と逞しくなったな。龍華へ帰る決意は固いか?」

「はい。けれど……兄上と離れるのは、やはり寂しい」

その言葉に守武財は豪快に笑い、肩を叩いた。
「案ずるな。烈陽は私が必ず守る。景嵐の兄であると同時に、お前の兄でもあるこの守武財がな」

リンの胸に熱が広がった。景嵐とは離れ離れだが、この地に兄がいる。それだけで心強さを覚える。

烈陽国を発つその朝。
リンは守武財と最後の別れを交わした後、隣に立つ女性へと目を向けた。

それは星華――烈陽の四武神の一角にして、天翔の妻。
その眼差しは厳しさの中に深い慈しみを湛え、リンにとっては血の繋がりを越えた「母のような存在」だった。

「リン様。私はあなたと共に帰ります」
星華の声は穏やかでありながら、揺るぎない決意を帯びていた。

「星華様……本当に良いのですか?」
リンは思わず問い返す。

星華は静かに微笑み、首を振る。
「烈陽には夫も仲間もおります。ですが、あなたは私にとってわが子も同じ。母が子の行く先を見届けるのは、自然なことです」

守武財が目を細め、二人を見つめる。
「……なるほどな。リンよ、お前には実の兄として私がいる。そして星華様は母のようにお前を導いてくださる。これ以上心強いことはあるまい」

リンは胸が熱くなり、深く一礼した。
「兄上、……必ず龍華で己の役目を果たします。どうか烈陽を……景嵐の故郷を、託しました」

「任せよ」守武財は力強く頷いた。
「そしてリン。お前がどれほど大きくなっても、私にとっては弟だ。困ったときは迷わず頼れ」

星華もまた、母のように優しく微笑む。
「私もそばにおります。どうか、心を曇らせず歩みなさい」

リンは二人の温もりを胸に抱き、龍華への帰路に就いた。
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