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第四章: 「破壊の果てに」
第五十六話: 「再び背負うもの」
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龍華帝国の港に軍船が入ると、王家の使者たちが迎えに現れた。リンは星華とともに馬車に乗り込み、宮城へと向かう。
玉座の間では王と重臣たちが待ち受けていた。リンは深く頭を下げ、これまで烈陽国に滞在していたことを詫びる。
「創世の武神リンよ。そなたの不在の間、この国は病に苦しみ、民は恐れに怯えておる」
王の声には深い憂いがあった。
星華も一歩前に進み、深々と礼をする。
「私は烈陽国より参りました、天翔の妻・星華にございます。異国の者ながら、この度リン様と同行し、僭越ながらお力添えできればと存じます」
王は目を細め、重臣たちと視線を交わした後、頷いた。
「烈陽の賢婦人よ。その言葉、ありがたく受け入れよう」
やがて王は病の現状を語った。農村では次々と人が倒れ、城下でも葬列が絶えない。祈祷も薬も効かず、人々はもはや悪霊の祟りではないかと恐れている、と。
星華は静かに首を振った。
「この病は霊によるものではありません。烈陽でも似た病を見ました。水や食を通じて広がるのです。井戸を清め、患う者を隔離し、接触を慎むこと――それが被害を抑える第一歩となります」
重臣たちはざわめく。今までの考えを覆す言葉に半信半疑の表情もある。しかし王は沈黙を保ち、リンへと視線を向けた。
リンは静かに前に進む。
「星華様の言は真実に近い。私は創世の武神として精霊の声を聴き、この病の背後に異なる力が潜んでいないかを確かめましょう」
玉座の間に緊張が走る。星華は「人の理」を、リンは「精霊と神の理」を担い、二つの視座が国難に立ち向かう体制を整える。
王は立ち上がり、力強く宣言した。
「リンよ、そして烈陽の賢婦人よ。どうか我らと共にこの国を救ってほしい」
リンは深く頭を下げた。
「私はこの大地に生まれし者。民を守ることこそ我が務め。必ずや病を鎮め、再び平穏を取り戻してみせましょう」
その言葉は王家のみならず、玉座の間に集ったすべての者の心を震わせた。創世の武神が、再び国を背負う。龍華帝国に新たな希望が灯った瞬間だった。
王への謁見を終えたリンは、城下を静かに後にした。民の苦しみに目を向け、伝染病の収束に尽力することを誓いながら、彼は黄震の墓へ向かう。王家への礼と報告を済ませた今、かつての兄弟子への敬意と、創世の武神としての決意を胸に刻む場が必要だった。
古びた石碑と苔むした墓標が林間の小径にひっそりと並ぶ。リンは足を止め、深く息をついた。朝の光が静かに差し込み、墓を覆う樹々の葉を揺らす風が、まるで黄震の声を運ぶかのようだった。
「黄震……あなたに見守られてきた日々に恥じぬよう、私はこの国と民を護ります」
リンは膝をつき、墓前に頭を垂れる。かつて破壊の武神として世界に混乱をもたらした景嵐の存在も、今の自分が果たすべき役割の一部だ。大勢の人々から見れば、景嵐の行動もまた、この世界の運命の一端だった。
リンは静かに報告を続ける。
「創世の武神として、私は秩序を守り、民の声に耳を傾けます。過去の破壊も、未来を紡ぐための土台の一つに過ぎません。全てを受け止め、この大地の命と向き合います」
星華は隣で静かにその言葉を聞く。肩に手を置き、決意の重さを共に分かち合う。声はかけずとも、存在だけで支えとなる彼女の態度に、リンは少し安心を覚えた。
墓前の風が一瞬静まる。枝葉の隙間から差す光が、リンの胸に新たな覚悟を照らす。立ち上がった彼は黄震の墓を振り返らず、再び王都へと向かう道を歩き出した。
⸻
黄震の墓を後にしたリンは、城下の静かな道を抜け、かつて創世の武神を自覚した石碑の場所へ足を運ぶ。石碑の周囲には柔らかな光が差し込み、草木が揺れるたびにささやくような風の音が響く。
「……ここに来ると、いつも心が落ち着く」
リンは静かに石碑に手を触れる。刻まれた古代文字は、過去の武神たちの意思と精霊の導きを伝えていた。
その瞬間、空気が微かに震え、澄んだ声が耳に届く。
「リン様、再びここへ……」
精霊璃音が白銀の光とともに姿を現した。透明な羽を持ち、穏やかに微笑むその姿は、かつてリンを導いた日々と変わらない。
「璃音……あなたがいるのですね」
リンは穏やかな声で返し、目を細めて石碑の文字を見つめる。
「初代の武神の姿を、今こそ見届けなさい」
璃音の言葉に従い、空間に淡い光が集まり、初代武神の姿が現れる。威厳に満ち、しかし柔らかな眼差しをたたえたその姿は、リンが思い描く“守護者”そのものだった。
「私が何を守るべきかを示すため、この世界に降り立った」
初代武神の声は石碑を通じ、そしてリンの胸に直接響くようだった。
リンは深く息をつき、問いかける。
「初代武神様は、何を守り、何を大切にしたのですか?」
光の中で初代武神は静かに答える。
「世界の秩序と命――人も精霊も、すべての存在の均衡を守ることが我が役目だった。破壊も創造も、すべては大地の調和のため。お前もまた、その意思を継ぐ者。自身の力だけでなく、精霊や民の声に耳を傾け、運命に抗うのではなく共に歩むのだ」
璃音がそっとリンの肩に触れ、微笑む。
「リン様、あなたは選ばれた者ではなく、この大地の秩序に従い、命を護るべく生まれた。初代武神の理は、あなたの心にも刻まれています」
リンは瞳を閉じ、胸中で決意を新たにする。
「……私は創世の武神。力を誇るのではなく、世界を守るためにある。精霊、民、大地の声に応え、私の道を歩みます」
石碑の光が柔らかく揺れ、璃音の姿は次第に透明になり、やがて風に溶けていった。リンは静かに立ち上がり、初代武神の理念を胸に刻む。
遠く城下から民の声が微かに聞こえた。伝染病と戦う者たち、そして守護者としての自らの役割――すべてがリンの足元で現実として重なる。
「さあ、行くのです。民のもとへ、そして龍華帝国の未来へ向けて」
リンは石碑の前を後にし、静かに伴う星華の存在を感じつつ、創世の武神としての責務を胸に抱き、王都へと歩みを進めた。
玉座の間では王と重臣たちが待ち受けていた。リンは深く頭を下げ、これまで烈陽国に滞在していたことを詫びる。
「創世の武神リンよ。そなたの不在の間、この国は病に苦しみ、民は恐れに怯えておる」
王の声には深い憂いがあった。
星華も一歩前に進み、深々と礼をする。
「私は烈陽国より参りました、天翔の妻・星華にございます。異国の者ながら、この度リン様と同行し、僭越ながらお力添えできればと存じます」
王は目を細め、重臣たちと視線を交わした後、頷いた。
「烈陽の賢婦人よ。その言葉、ありがたく受け入れよう」
やがて王は病の現状を語った。農村では次々と人が倒れ、城下でも葬列が絶えない。祈祷も薬も効かず、人々はもはや悪霊の祟りではないかと恐れている、と。
星華は静かに首を振った。
「この病は霊によるものではありません。烈陽でも似た病を見ました。水や食を通じて広がるのです。井戸を清め、患う者を隔離し、接触を慎むこと――それが被害を抑える第一歩となります」
重臣たちはざわめく。今までの考えを覆す言葉に半信半疑の表情もある。しかし王は沈黙を保ち、リンへと視線を向けた。
リンは静かに前に進む。
「星華様の言は真実に近い。私は創世の武神として精霊の声を聴き、この病の背後に異なる力が潜んでいないかを確かめましょう」
玉座の間に緊張が走る。星華は「人の理」を、リンは「精霊と神の理」を担い、二つの視座が国難に立ち向かう体制を整える。
王は立ち上がり、力強く宣言した。
「リンよ、そして烈陽の賢婦人よ。どうか我らと共にこの国を救ってほしい」
リンは深く頭を下げた。
「私はこの大地に生まれし者。民を守ることこそ我が務め。必ずや病を鎮め、再び平穏を取り戻してみせましょう」
その言葉は王家のみならず、玉座の間に集ったすべての者の心を震わせた。創世の武神が、再び国を背負う。龍華帝国に新たな希望が灯った瞬間だった。
王への謁見を終えたリンは、城下を静かに後にした。民の苦しみに目を向け、伝染病の収束に尽力することを誓いながら、彼は黄震の墓へ向かう。王家への礼と報告を済ませた今、かつての兄弟子への敬意と、創世の武神としての決意を胸に刻む場が必要だった。
古びた石碑と苔むした墓標が林間の小径にひっそりと並ぶ。リンは足を止め、深く息をついた。朝の光が静かに差し込み、墓を覆う樹々の葉を揺らす風が、まるで黄震の声を運ぶかのようだった。
「黄震……あなたに見守られてきた日々に恥じぬよう、私はこの国と民を護ります」
リンは膝をつき、墓前に頭を垂れる。かつて破壊の武神として世界に混乱をもたらした景嵐の存在も、今の自分が果たすべき役割の一部だ。大勢の人々から見れば、景嵐の行動もまた、この世界の運命の一端だった。
リンは静かに報告を続ける。
「創世の武神として、私は秩序を守り、民の声に耳を傾けます。過去の破壊も、未来を紡ぐための土台の一つに過ぎません。全てを受け止め、この大地の命と向き合います」
星華は隣で静かにその言葉を聞く。肩に手を置き、決意の重さを共に分かち合う。声はかけずとも、存在だけで支えとなる彼女の態度に、リンは少し安心を覚えた。
墓前の風が一瞬静まる。枝葉の隙間から差す光が、リンの胸に新たな覚悟を照らす。立ち上がった彼は黄震の墓を振り返らず、再び王都へと向かう道を歩き出した。
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黄震の墓を後にしたリンは、城下の静かな道を抜け、かつて創世の武神を自覚した石碑の場所へ足を運ぶ。石碑の周囲には柔らかな光が差し込み、草木が揺れるたびにささやくような風の音が響く。
「……ここに来ると、いつも心が落ち着く」
リンは静かに石碑に手を触れる。刻まれた古代文字は、過去の武神たちの意思と精霊の導きを伝えていた。
その瞬間、空気が微かに震え、澄んだ声が耳に届く。
「リン様、再びここへ……」
精霊璃音が白銀の光とともに姿を現した。透明な羽を持ち、穏やかに微笑むその姿は、かつてリンを導いた日々と変わらない。
「璃音……あなたがいるのですね」
リンは穏やかな声で返し、目を細めて石碑の文字を見つめる。
「初代の武神の姿を、今こそ見届けなさい」
璃音の言葉に従い、空間に淡い光が集まり、初代武神の姿が現れる。威厳に満ち、しかし柔らかな眼差しをたたえたその姿は、リンが思い描く“守護者”そのものだった。
「私が何を守るべきかを示すため、この世界に降り立った」
初代武神の声は石碑を通じ、そしてリンの胸に直接響くようだった。
リンは深く息をつき、問いかける。
「初代武神様は、何を守り、何を大切にしたのですか?」
光の中で初代武神は静かに答える。
「世界の秩序と命――人も精霊も、すべての存在の均衡を守ることが我が役目だった。破壊も創造も、すべては大地の調和のため。お前もまた、その意思を継ぐ者。自身の力だけでなく、精霊や民の声に耳を傾け、運命に抗うのではなく共に歩むのだ」
璃音がそっとリンの肩に触れ、微笑む。
「リン様、あなたは選ばれた者ではなく、この大地の秩序に従い、命を護るべく生まれた。初代武神の理は、あなたの心にも刻まれています」
リンは瞳を閉じ、胸中で決意を新たにする。
「……私は創世の武神。力を誇るのではなく、世界を守るためにある。精霊、民、大地の声に応え、私の道を歩みます」
石碑の光が柔らかく揺れ、璃音の姿は次第に透明になり、やがて風に溶けていった。リンは静かに立ち上がり、初代武神の理念を胸に刻む。
遠く城下から民の声が微かに聞こえた。伝染病と戦う者たち、そして守護者としての自らの役割――すべてがリンの足元で現実として重なる。
「さあ、行くのです。民のもとへ、そして龍華帝国の未来へ向けて」
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