『天翔(あまかけ)る龍』

キユサピ

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第四章: 「破壊の果てに」

第五十七話:「民の声、命の理」

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王都の門をくぐると、街は不安と緊張に包まれていた。屋根の下から咳が漏れ、行き交う人々の表情はどこか曇っている。リンは深く息をつき、星華とともに歩みを進める。

その時、藍峯ら一行もようやく龍華帝国に足を踏み入れた。藍峯は一瞬、リンの姿を探したが、すぐに視線をそらす。
「今は、人々の苦しみを取り除く働きをするのみ――」
自らに言い聞かせるように、足を踏み出す。リンとの接触は、今は控えるべきだと悟ったのだ。

「まずは症状の把握と隔離を急ぎましょう」
星華の声は冷静だが、揺るぎない意志が宿っていた。

リンは街角で倒れた者たちに目を向け、精霊の声を聴く。風のざわめき、水の流れ、木々の葉の揺れ――自然の理を通じて病の広がりを感じ取る。人々の苦しみが、まるで街全体を覆う波のように胸に迫った。

「この区域の水源が汚染されている。井戸を清め、水を運ぶ人手を増やせ」
リンの指示に従い、衛兵や町人が迅速に動く。星華は治療法と栄養管理の知識を活かし、軽症者の世話と病状の記録を指揮する。

ある屋敷の前で、リンは小さな子どもを抱えた母親に声をかける。
「恐れることはない。私たちが治めます。水を清め、隔離と接触の管理を徹底すれば、必ず安全を取り戻せる」

母親の目に涙が浮かぶ。
「でも、もう何日も…誰も助けてくれなくて…」

星華がそっと母親に寄り添い、薬草を渡す。
「小さな命も、絶対に見捨てません。共に頑張りましょう」

藍峯はその光景を少し離れた場所から見つめる。民に手を差し伸べる二人の姿を胸に刻みながら、自らも行動に移す覚悟を固めた。
「今、私がすべきことはこれだ……目の前の命を守る――それだけだ」

日が沈むころ、街には静けさが戻り始めた。倒れた者たちは隔離され、井戸の水は清められ、町人たちも防護のために距離を保っている。リンと星華、そして行動を始めた藍峯の目に、初めて小さな笑顔が映る。

「少しずつ、理は形となって現れますね」
星華が穏やかに呟く。

リンは空を見上げる。夕陽が街を赤く染め、風が静かに葉を揺らす。
「創世の武神として、民の声と共に歩む――この感覚が、力を使う意味なのだ」

その夜、リンと星華は街の高台に立ち、城下の灯りを見下ろした。民の安堵の声が胸に力を与え、藍峯もまた静かにその光景を見守る。龍華帝国の未来は、創世の武神と烈陽の賢婦人、そして動き始めた仲間たち――三者の決意と共に、少しずつ動き出していた。

藍峯は清蘭堂にまわり、薬師たちと共に棚から薬を取り出しては小袋に分け、民衆へ配って歩いた。痛み止めや熱冷まし、吐き下し――症状に合わせた薬を手渡しながら、戸口ごとに声をかけていく。
「無理をせず、水をきちんと煮沸して飲むのだ。薬は焦らず、指示どおりに服せよ」

人々は戸惑いながらも藍峯の落ち着いた態度に励まされ、次第に安堵の色を見せていった。

一方でリンと星華は、街の中心で別の働きを進めていた。星華の指示に従い、衛兵や町人たちが井戸や下水の整備に取りかかる。汚れた水路を遮断し、新しい水桶を設置させると、星華は烈陽国に伝わる秘薬を煎じ、重症患者に一口ずつ飲ませていった。
「苦しいでしょう、けれどこれで熱が下がるはずです」
その言葉に、弱々しい患者の瞳に光が戻る。

リンは精霊の声を頼りに、感染の広がる地区を正確に見極め、隔離の区域を整えさせた。
「ここを越えてはならぬ。病を封じる結界は、人の理と精霊の理が合わさってこそ成る」

こうして、藍峯は薬を携え街路を巡り、リンと星華は人々の生活の基盤を整える。
それぞれの働きが重なり合い、王都に小さな希望の灯がともり始めていた。

藍峯が薬を配って歩くと、戸口からおずおずと顔を出した老人が手を合わせた。
「ありがたい…命を諦めかけておったが、まだ望みがあるのだな」
その声に、周囲の人々も次々と頭を下げる。子どもが母親の手を引きながら「おじちゃん、ありがとう」と小さく言った。藍峯は照れくさそうに微笑み、軽くうなずいた。

一方、リンと星華が重症の患者を看病していると、家族が涙を流しながら彼らの手を握った。
「リン様、星華様…この子を助けてくださり、本当に…」
星華は静かに首を振り、
「私たちだけではありません。皆が心を合わせるからこそ命は守られるのです」
と答える。

広場に集められた人々が、次第に声を揃えて感謝の言葉を述べ始めた。
「武神様、どうかこの街をお守りください」
「烈陽の賢婦人よ、わしらに秘薬を授けてくださり、感謝いたします」

その声は、病に沈んでいた街に新たな力を吹き込むかのようだった。疲れ切った表情の中に、ようやく微笑みが戻り始める。
リンは人々の声を胸に受け止め、静かに呟いた。
「…これこそが、武神としての力の在り処なのだ」


藍峯は清蘭堂の帰り道、ふと足を止めた。
広場の方から、人々の歓声と涙混じりの感謝の声が聞こえてくる。

「武神様、どうかこの街をお守りください!」
「烈陽の賢婦人よ、感謝いたします!」

声の中心に立つのは、リンと星華の姿だった。疲労に覆われながらも、民のために力を尽くす二人。その光景を見つめながら、藍峯は胸の奥に複雑な思いを抱く。

「……あれが、創世の武神としての姿か」

己もまた武をもって世に仕える者だが、民衆に向けられる眼差しと声は、すでにリンを「希望」として仰いでいた。

藍峯はしばし視線を落とし、静かに息をついた。
「今は、顔を合わせるべき時ではない。私にできることは…薬を運び、支えをつなぐことのみだ」

そう呟いて再び歩き出す。影となり、表舞台から一歩退いてでも、民の苦しみを和らげることが己の役目だと信じて。

遠く、夕陽に染まる王都の空の下で、二つの道が交わるその時を待ちながら――。
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