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第四章: 「破壊の果てに」
第五十九話:「魏支国」
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王宮の政庁での会議が終わり、役人たちが退いた後。
広間に残ったのはリンと星華だけだった。
星華は机に置かれた報告書を閉じ、周囲を確かめるように視線を巡らせた。
そして、そっとリンの袖を引き寄せ、低く囁いた。
「……リン様、この疫病、自然の巡りだけではないかもしれません」
リンは眉をひそめる。
「どういうことですか、星華様」
星華は声をさらに落とした。
「噂ですが――魏支国では、病原を培養して研究していると聞きました。周辺諸国を衰退させるために、人為的に病を広めているのではないかと」
リンの瞳に険しい光が宿る。
「病を、兵と同じように使うというのか……」
星華は頷いた。
「真実かどうかは分かりません。ですが、もし人の手で操られているのだとすれば、この先も同じ災いが繰り返されるでしょう」
リンは静かに拳を握りしめる。
「精霊の声も、何かを警告している気がします。……星華様、私は必ず確かめます。魏支国の影があるのなら、見過ごすわけにはいきません」
星華は深く頷き、瞳に決意を宿した。
「民を守るためにも、真実を掴まねばなりませんね」
二人の間に重苦しい沈黙が流れる。だがその沈黙は、次なる戦いの幕開けを告げるものでもあった。
政庁での会議を終え、リンと星華が魏支国の噂について話した後。
陰から二人の様子を見守る藍峯は、静かに決意を固めていた。
藍峯はかつて黒鷹派に所属し、諜報活動や暗殺を生業としてきた。その技能と経験は、疫病の背後に人為的な影があるかもしれない魏支国の調査に最も適していた。
リンは街の平穏を取り戻しつつある龍華帝国を離れるわけにはいかない。星華も同じだ。民の命と安全を守る責務が、二人を王都に縛っていた。
藍峯は深く息をつき、静かに二人に近づく。
「リン様、星華様。私の正体を明かす時が来たようです」
リンは驚きと共に藍峯を見る。
「……藍峯、あなたは――」
「初めて、あなたに会ったのは四門の合流試合の時だったな。隣で試合を眺めながら……玄武門から託された赤子が、いま目の前に立つあなたなのだと悟った。あの時の感覚は、今も忘れてはいない」
リンの胸に、その時の光景が蘇る。あの静かな眼差しの奥に、ただならぬ重みがあったことを。
藍峯はさらに続ける。
「その後、私は商人に身をやつし、烈陽国に渡って景嵐の様子をあなたに伝えた。だが、あなたは気づかなかった。無理もない、あの時は影で生きることが私の務めだったからな」
リンは目を見開き、息を呑む。
「……やはり、あれは……あなた、だったのですね」
藍峯は小さく頷く。
「そうだ。そして今、因果は再び交わった。魏支国の影を暴く役目は、他でもない私にこそ相応しい。黒鷹として生きてきた過去も、今この時のためにあったのかもしれぬ」
星華は静かに藍峯を見つめ、理解の色を示す。
「……やはり、そうでしたか。烈陽国でのあなたの気配も、私には分かっていました。リンには伏せましたが、あなたがただの旅商ではないことも」
リンは驚きに目を見開く。
「星華様……知っていたのですか?」
星華は頷き、落ち着いた声で続ける。
「私は影を担う武神。光の背後で働く者を見過ごすことはありません。藍峯――あなたは、ずっとずっとこの国の影として動いてきたのでしょう」
藍峯は微かに微笑み、決意を込めて言った。
「リン様、星華様――私は魏支国へ渡り、疫病の背後にある影を探ります。どうか、国内の民を見守り続けてください」
リンは拳を胸に当て、力強く頷く。
「分かった、藍峯殿。気をつけて――真実を、必ず掴んでほしい」
藍峯は静かに背を伸ばし、王宮の庭を抜けて、魏支国へ向かう旅支度を整える。影から支え、そして秘密を背負いながら――龍華帝国の民を守るため、彼は一歩を踏み出した。
藍峯が己の正体を明かした後、広間に沈黙が落ちた。
リンはなおも言葉を探しあぐねていたが、その隣で星華が口を開いた。
「……リン。あなたは気づかなかったかもしれませんが、藍峯はずっとあなたを見守ってきました」
リンは驚いて星華を振り向く。
「星華様……?」
藍峯は苦笑を浮かべ、うつむく。
「……私にできたのは、ただ遠くから見守ることだけでしたが」
星華はその言葉を遮るように、凛とした声で続けた。
「いいえ。光は影によって形を得ます。藍峯、あなたの存在があったからこそ、リンはまっすぐに歩めたのです」
リンはその言葉に胸を突かれ、藍峯を見つめた。
「……藍峯。あなたが……そんなにも……」
星華は二人を見渡し、穏やかに微笑んだ。
「だから今こそ、その縁が真に結ばれる時。藍峯、あなたの行いは無駄ではなかった。リン、あなたもそれを忘れてはなりません」
藍峯は深く息を吐き、静かに顔を上げた。
「……星華様のお言葉、心に染み入りました。ならば私は、影の務めを果たしましょう。魏支国の闇を探り、その正体を突き止めて参ります」
リンは反射的に一歩踏み出す。
「待ってください、藍峯殿、危険すぎます。やはり私が――」
だが藍峯は首を横に振った。
「いいえ、リン。あなたが今すべきは、この国を守ることだ。龍華帝国はようやく息を吹き返しつつある。あなたが離れれば、民は再び不安に沈むだろう」
その言葉に、リンは言い返せず唇を噛む。
藍峯は少しだけ柔らかな眼差しを向けた。
「私は黒鷹派の人間。諜報も潜入も、この身には染みついている。魏支国に忍ぶのは、私の役目です」
そのとき、背後から重い足音が響いた。
赤狼が姿を現し、無骨な表情で二人を見やった。
藍峯は彼に歩み寄り、短く言葉を交わす。
「……赤狼。リンを頼む。もし私が戻らなければ、残された道を示してやってくれ」
赤狼は眉をひそめ、しかし深くうなずいた。
「お前らしい決断だな。だが死ぬなよ、藍峯。影がなければ光も揺らぐ」
藍峯はわずかに笑みを浮かべ、再びリンへと向き直る。
「リン。あなたが創世の武神として歩む姿を、影から見守り続けられたこと……それは私にとって何よりの誇りだった。今度は、その誇りを胸に魏支国の影を暴いてみせる」
リンは強い感情に喉を詰まらせながらも、真っ直ぐに答えた。
「……必ず、生きて戻ってください。あなたが影であるなら、私は光として待ち続けます」
藍峯は深く頷き、音もなく広間を去っていった。
その背は影のように静かだったが、確かに国と仲間を繋ぐ強い決意を宿していた。
広間に残ったのはリンと星華だけだった。
星華は机に置かれた報告書を閉じ、周囲を確かめるように視線を巡らせた。
そして、そっとリンの袖を引き寄せ、低く囁いた。
「……リン様、この疫病、自然の巡りだけではないかもしれません」
リンは眉をひそめる。
「どういうことですか、星華様」
星華は声をさらに落とした。
「噂ですが――魏支国では、病原を培養して研究していると聞きました。周辺諸国を衰退させるために、人為的に病を広めているのではないかと」
リンの瞳に険しい光が宿る。
「病を、兵と同じように使うというのか……」
星華は頷いた。
「真実かどうかは分かりません。ですが、もし人の手で操られているのだとすれば、この先も同じ災いが繰り返されるでしょう」
リンは静かに拳を握りしめる。
「精霊の声も、何かを警告している気がします。……星華様、私は必ず確かめます。魏支国の影があるのなら、見過ごすわけにはいきません」
星華は深く頷き、瞳に決意を宿した。
「民を守るためにも、真実を掴まねばなりませんね」
二人の間に重苦しい沈黙が流れる。だがその沈黙は、次なる戦いの幕開けを告げるものでもあった。
政庁での会議を終え、リンと星華が魏支国の噂について話した後。
陰から二人の様子を見守る藍峯は、静かに決意を固めていた。
藍峯はかつて黒鷹派に所属し、諜報活動や暗殺を生業としてきた。その技能と経験は、疫病の背後に人為的な影があるかもしれない魏支国の調査に最も適していた。
リンは街の平穏を取り戻しつつある龍華帝国を離れるわけにはいかない。星華も同じだ。民の命と安全を守る責務が、二人を王都に縛っていた。
藍峯は深く息をつき、静かに二人に近づく。
「リン様、星華様。私の正体を明かす時が来たようです」
リンは驚きと共に藍峯を見る。
「……藍峯、あなたは――」
「初めて、あなたに会ったのは四門の合流試合の時だったな。隣で試合を眺めながら……玄武門から託された赤子が、いま目の前に立つあなたなのだと悟った。あの時の感覚は、今も忘れてはいない」
リンの胸に、その時の光景が蘇る。あの静かな眼差しの奥に、ただならぬ重みがあったことを。
藍峯はさらに続ける。
「その後、私は商人に身をやつし、烈陽国に渡って景嵐の様子をあなたに伝えた。だが、あなたは気づかなかった。無理もない、あの時は影で生きることが私の務めだったからな」
リンは目を見開き、息を呑む。
「……やはり、あれは……あなた、だったのですね」
藍峯は小さく頷く。
「そうだ。そして今、因果は再び交わった。魏支国の影を暴く役目は、他でもない私にこそ相応しい。黒鷹として生きてきた過去も、今この時のためにあったのかもしれぬ」
星華は静かに藍峯を見つめ、理解の色を示す。
「……やはり、そうでしたか。烈陽国でのあなたの気配も、私には分かっていました。リンには伏せましたが、あなたがただの旅商ではないことも」
リンは驚きに目を見開く。
「星華様……知っていたのですか?」
星華は頷き、落ち着いた声で続ける。
「私は影を担う武神。光の背後で働く者を見過ごすことはありません。藍峯――あなたは、ずっとずっとこの国の影として動いてきたのでしょう」
藍峯は微かに微笑み、決意を込めて言った。
「リン様、星華様――私は魏支国へ渡り、疫病の背後にある影を探ります。どうか、国内の民を見守り続けてください」
リンは拳を胸に当て、力強く頷く。
「分かった、藍峯殿。気をつけて――真実を、必ず掴んでほしい」
藍峯は静かに背を伸ばし、王宮の庭を抜けて、魏支国へ向かう旅支度を整える。影から支え、そして秘密を背負いながら――龍華帝国の民を守るため、彼は一歩を踏み出した。
藍峯が己の正体を明かした後、広間に沈黙が落ちた。
リンはなおも言葉を探しあぐねていたが、その隣で星華が口を開いた。
「……リン。あなたは気づかなかったかもしれませんが、藍峯はずっとあなたを見守ってきました」
リンは驚いて星華を振り向く。
「星華様……?」
藍峯は苦笑を浮かべ、うつむく。
「……私にできたのは、ただ遠くから見守ることだけでしたが」
星華はその言葉を遮るように、凛とした声で続けた。
「いいえ。光は影によって形を得ます。藍峯、あなたの存在があったからこそ、リンはまっすぐに歩めたのです」
リンはその言葉に胸を突かれ、藍峯を見つめた。
「……藍峯。あなたが……そんなにも……」
星華は二人を見渡し、穏やかに微笑んだ。
「だから今こそ、その縁が真に結ばれる時。藍峯、あなたの行いは無駄ではなかった。リン、あなたもそれを忘れてはなりません」
藍峯は深く息を吐き、静かに顔を上げた。
「……星華様のお言葉、心に染み入りました。ならば私は、影の務めを果たしましょう。魏支国の闇を探り、その正体を突き止めて参ります」
リンは反射的に一歩踏み出す。
「待ってください、藍峯殿、危険すぎます。やはり私が――」
だが藍峯は首を横に振った。
「いいえ、リン。あなたが今すべきは、この国を守ることだ。龍華帝国はようやく息を吹き返しつつある。あなたが離れれば、民は再び不安に沈むだろう」
その言葉に、リンは言い返せず唇を噛む。
藍峯は少しだけ柔らかな眼差しを向けた。
「私は黒鷹派の人間。諜報も潜入も、この身には染みついている。魏支国に忍ぶのは、私の役目です」
そのとき、背後から重い足音が響いた。
赤狼が姿を現し、無骨な表情で二人を見やった。
藍峯は彼に歩み寄り、短く言葉を交わす。
「……赤狼。リンを頼む。もし私が戻らなければ、残された道を示してやってくれ」
赤狼は眉をひそめ、しかし深くうなずいた。
「お前らしい決断だな。だが死ぬなよ、藍峯。影がなければ光も揺らぐ」
藍峯はわずかに笑みを浮かべ、再びリンへと向き直る。
「リン。あなたが創世の武神として歩む姿を、影から見守り続けられたこと……それは私にとって何よりの誇りだった。今度は、その誇りを胸に魏支国の影を暴いてみせる」
リンは強い感情に喉を詰まらせながらも、真っ直ぐに答えた。
「……必ず、生きて戻ってください。あなたが影であるなら、私は光として待ち続けます」
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