『天翔(あまかけ)る龍』

キユサピ

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第五章:「魏支国潜入」

第六十七話:「帝国の決断」

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宰相の声が響き渡った。
「――それでは、帝国としての方針を定めねばならぬ。魏支国は禁苑での実験を繰り返し、死者を操り軍勢と化している。放置すれば、必ずや国境を越えて帝都を脅かす。ここにいる諸君こそ、帝国の矛であり盾である」

重苦しい沈黙を破ったのは、白蓮老師だった。
「まずは情報だ。敵の禁苑には、なお多くの秘匿がある。黒鷹派の力を借り、再度潜入し詳細を探る必要があろう」

藍峯が静かに一礼し、短く言葉を添える。
「承知しております。禁苑の構造、実験の規模、指揮を執る人物の素性……すべて洗い出しましょう」

続いて、蒼威老師が低く唸る。
「だが情報だけでは遅い。奴らが死者を軍とするならば、まず国境を固めねばならぬ。蒼龍門と白虎門が北の砦に常駐し、侵攻を防ぐ」

「南は我ら玄武門が受け持とう。魏支国が陽動を仕掛けぬ保証はない」
玄潤老師が続け、孟厳首長が力強く頷いた。

飛燕老師は椅子を蹴るように立ち上がり、拳を握る。
「だが守っているだけでは、いずれ疲弊する。ならばこちらから刃を突きつけるべきだ。禁苑を焼き払い、根を絶つ。それが一番早い!」

広間にざわめきが走る。だがリンが一歩前に進み出て、落ち着いた声で制した。
「私も、禁苑の破壊は必要だと考えます。しかしそれには、四門が一つにまとまらねばなりません。各門の武人だけでなく、黒鷹派の影、そして藩領を治める諸侯の兵も合わせ、初めて可能となるでしょう」

宰相が深く頷く。
「よかろう。帝国の総力をもって禁苑を討つ。そのために三段階の策を立てる」

場の空気が一層引き締まる。宰相は扇を開き、壇上から広間を見渡した。

「第一。黒鷹派を中心にした密偵を魏支国内に放ち、禁苑の詳細と死者兵の弱点を探る」
「第二。四門がそれぞれ兵を率い、国境の要衝を固める。侵攻を防ぎ、時間を稼ぐのだ」
「第三。討伐軍を編成する。禁苑を直接叩き、魏支国の術そのものを断ち切る」

言葉を区切るごとに、列席した武人たちの表情が険しくなる。だが同時に、胸の奥には熱が宿っていた。

白蓮が扇を閉じ、微笑を浮かべる。
「四門が力を合わせるなど、これまでにあったかしらね。だが良い。これぞ帝国が一つになる好機」

蒼威が頷き、玄潤は静かに拳を組む。飛燕は笑みを浮かべ、彩琳もまた決意に満ちた瞳でリンを見つめた。

リンは深く一礼し、短く言葉を放つ。
「私も、命を懸けて参ります。帝国の未来のために」

その言葉に応えるように、広間に集う武人たちの声が一斉に重なった。
「――応!」

龍華帝国の命運を懸けた作戦が、ここに定まった。


宰相の言葉が広間を静寂に包む中、星華は黙して席に座っていた。しかし、沈黙は長くは続かない。静かに立ち上がり、広間を見渡す。

「……魏支国と言えど、民間人には決して被害を出してはならない」
その声は低くも鋭く、会議の空気を引き締めた。星華は一歩前に進み、言葉を重ねる。

「今回の作戦は、龍華帝国の国益のみに焦点を当ててはならない。いずこの民であれ、同じ人間である以上、犠牲を強いるわけにはいかない。私たちが行うのは、魏支国を遠からず壊滅させるための蜂起ではない。あくまで脅威と禍根を絶つためのもの――それは、龍華帝国と魏支国、双方のこれからの繁栄のためであるべきです」

広間は一瞬、息を呑むような静けさに包まれた。宰相も藍峯も、師たちも、首長たちも、誰一人として言葉を挟まなかった。

星華の言葉が広間の空気を変え、作戦の方向性を柔らかくも厳格に定める。単なる軍事行動ではなく、倫理と国益を両立させる作戦――それが、この場に集った者たちに共通の覚悟をもたらしたのだった。

リンも深く頷く。藍峯は目を細め、影ながらも星華の言葉を胸に刻む。

「……民を守り、国を守り、未来をつなぐ作戦だな」
藍峯の心の声が、静かに響いた。

星華の言葉を受け、広間には再び緊張が漂った。しかしその緊張は、恐怖や混乱のものではなく、全員が同じ方向を向く覚悟の緊張だった。

宰相が軽く頷き、リンを見据える。
「なるほど、星華様の言う通りだ。民間人に被害を出さぬこと――それを最優先に据えた作戦方針で進めよう」

リンも静かに頷く。
「魏支国の禁苑と夜歩く死者……脅威は明確だ。しかし、我らの行動は破壊ではなく封じるためのものである。民を守りつつ、禍根を絶つ」

藍峯も馬上の影のように静かに立ち、短く言葉を添える。
「実行部隊は最小限に留め、戦力の集中と迅速な行動を重視します。被害の拡大は許さない」

首長たちも次々と同意を示し、師たちの顔には覚悟が滲む。
玄潤老師が低く声を響かせる。
「ならば各門は、自門の戦力を封じる範囲と撤退ルートまで考慮し、協力体制を整えることだ」

白蓮も手を合わせ、静かに付け加える。
「戦うだけでなく、民を導く手立ても講じる。これは国の存続に関わること――我々の責務だ」

星華は満足そうに頷き、リンに視線を戻す。
「これで作戦の倫理的指針は決まった。あとは具体的手順を詰めるだけだ」

広間の空気は締まると同時に、一体感を帯びた。戦略だけでなく理念も共有した作戦――その輪郭が、少しずつ形を成し始めていた。

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