『天翔(あまかけ)る龍』

キユサピ

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第七章:「帝国の影」

第八十九話:「属国の決断」

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龍華帝国の議会は、正式に魏志国を10番目の属国と認定する決議を下した。その知らせは瞬く間に魏支国の各地に伝わり、民衆や有力者たちの間には不満の声が渦巻いた。

「まさか、われわれの意思をまったく無視するとは……」
町の広場で、年老いた商人が仲間たちに愚痴をこぼす。

「これから税も増えるだろうし、役人の監視も厳しくなるに違いない」
若い兵士たちは拳を握りしめながら、未来への不安を隠せなかった。

一方、魏支国の貴族層は、表向きには従順を装うものの、内心では抗議の機会をうかがっている者も少なくなかった。帝国に対する忠誠心と、自国の独立性への誇り――その狭間で、人々の胸中は複雑に揺れていた。

ひときわ複雑な感情が渦巻いていたのは、魏志国の王を慕う民衆たちだった。

王は外界からは「暗君」と揶揄され、先日の黄楊の件でも命乞いをしたと報じられていた。それだけ聞けば、弱腰で無能な統治者のように思える。しかし、実際に王に仕え、あるいは国民として触れ合った者たちは皆、口をそろえて王の人柄を称えた。

「王さまは、私たちの暮らしを誰よりも案じてくれる」
「私たちの声を、ちゃんと聞いてくれるんだ」

貧しい農民も、町の商人も、そして兵士も――王の真摯さを知る者にとって、外界の評価など問題ではなかった。属国化の知らせは、彼らにとって帝国の圧力を目の当たりにする屈辱であり、王を守りたいという思いが強まる契機でもあった。

そのため、国民の間には不満と同時に、王を慕う熱い信頼が混ざり合い、表情や言葉の端々に複雑な感情が滲んでいた。


魏志国の王は、第74代の君主にあたり、長い歴史を誇る王制国家の伝統を受け継いでいた。だが、民衆の間には王政そのものに疑問を抱く声も少なくなかった。特に若者や貧困層の間では、王政が時代遅れであり、国民の生活改善に結びついていないという批判が散見された。

先の黄楊の一件以降、国政は事実上停滞しており、王の権威も揺らぎつつあった。王個人は国民に愛されているものの、政治の現場では課題が山積している状況だった。

魏支国内の議会では、龍華帝国との関係強化を支持する議員もいれば、今回の属国化の決定に強く反発し、独立性の維持や帝国への強硬策を訴える者も存在した。民衆の不満と議会内の意見対立が交錯する中、魏志国はかつてないほど不安定な時期を迎えていた。

魏支国内の議会は、長く続く伝統的な王制の象徴として荘厳な議場を備えていた。高い天井と重厚な木製の机が並ぶ中、議員たちは帝国との関係や属国化の決定について熱い議論を交わしていた。

「我が国の独立性を、あのように軽々しく手放すことなど断じて許されぬ!」
若手議員の一人が拳を机に打ちつけ、声を張り上げた。目の奥には強い決意が宿っている。

「しかし、帝国との友好関係を無視すれば、経済も安全保障も危うくなる。現状、王を支持する民衆の声を軽視してはならない」
対する年配議員は落ち着いた口調で応じ、王が国民に愛されている事実を引き合いに出した。

「王は確かに愛されている。しかし、黄楊の件以来、国政は停滞している。我々は国を守るため、時には強硬策も必要ではないか」
議場の一角からは、硬い表情の議員が慎重ながらも鋭く意見を述べた。

討論は一向に収まらず、賛成派と反対派の議員が次々と声を上げる。経済的利益や民心の安定、帝国との外交的圧力、王の愛され方……さまざまな観点から議論は続いた。

「我々は王のために、国民のために、この決定にどう向き合うべきか真剣に考えねばならない!」
最終的に議長が静かに議場を見渡すと、一瞬の沈黙が訪れた。議員たちの胸中には、魏志国の未来を思う複雑な思いが渦巻いていた。

さらに、外交的な緊張も議題に上った。魏志国は、友好国として壯国や晋平国と同盟関係を結んでいた。もし強硬な姿勢を取るなら、これら同盟国の協力を得て、龍華帝国との衝突も辞さない可能性がある。議員たちはそのリスクと効果を天秤にかけ、戦略的判断に頭を悩ませた。

「同盟国の支援を見込めるとはいえ、戦いは我々の国民に大きな犠牲をもたらす」
「だが、従属を受け入れれば、未来の世代が苦しむのは明らかだ」

議論は尽きることなく続き、経済的利益、民心の安定、帝国の圧力、そして同盟国との協力体制――あらゆる要素が複雑に絡み合った。議場の空気は重く、魏志国の未来を左右する決断の重みが、議員たち一人ひとりの胸にのしかかっていた。


議会の討論は夜の帳が下りるまで続いた。熱気でこもった議場の空気に、窓の外から冷たい風が吹き込む。

「もし我々が龍華帝国に逆らうなら、同盟国の壯国、晋平国は本当に動いてくれるのか?」
中堅議員が眉をひそめながら問いかける。議場のざわめきが一瞬止まった。

「壯国は我々と古くから交易関係を築き、晋平国も魏志国の独立を支持してきた。しかし、どちらも自国の利益を最優先する。軽率な決断は危険だ」
外交担当議員の声には、冷静な分析と同時に危機感が滲んでいた。

一方で、若手の急進派は身を乗り出し、拳を握り締める。
「それでも、今動かねば我が国の尊厳は踏みにじられる! 王の愛される国民のためにも、強硬策を選ぶべきだ!」

議長が重々しく口を開いた。
「皆の意見は理解した。しかし、この国の未来は容易に決められるものではない。属国化を受け入れるか、同盟国と連携して反発するか、そのどちらにもリスクがある。ここでの判断が、民の生活と王の命運を左右するのだ」

議場の隅に座る議員たちの顔は険しい。誰もが、自らの意見が国の命運に直結することを痛感していた。紙と羽ペンを手に、書記たちは討論の要点を必死で書き留める。

窓の外、夜空には一筋の月光が差し込み、議場に沈む議員たちの影を長く伸ばした。その影のように、魏志国の未来もまた、光と影が入り混じる不透明なものだった。

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