『天翔(あまかけ)る龍』

キユサピ

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第十一章:「異星からの来訪者」

第百四十五話:「初代武神の記憶」

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天空の光が石碑と呼応し、視界が白く塗り潰された。
次の瞬間、四人の前に広がったのは、あまりに生々しい光景だった。

焦げた土の匂い、黒煙を噴き上げる村落。
耳をつんざく悲鳴と、剣戟の音。
無数の兵が倒れ、血で大地は川のように赤く染まっている。

その中央に、一人の戦士が立っていた。
背に奇異な装具を負い、異様な輝きを宿したその姿は、伝承に語られる「初代武神」そのものだった。
だが、英雄譚で語られるような威風堂々たる存在ではない。
全身に血を浴び、顔は苦悩と疲弊に歪んでいた。

『護りきれぬ……また、失った……』

声が、胸の奥に響いた。
それは四武神の誰にではなく、記憶そのものが語りかける呻きのようだった。

『異邦の者である私が、この地を護ると誓った。
だが、その代償は……屍と、孤独……』

初代は敵を薙ぎ払い、次々と迫る軍を撃退する。
だが振り返るたび、守るべきはずの者たちが倒れ伏している。
民衆からは歓喜とともに恐怖の声も浴びせられる。

「神よ!」「異形め、災厄を呼ぶ者!」

讃えと呪詛が同時に投げかけられ、戦士の眼差しは深い孤独に沈んでいく。

——その瞬間、四武神の胸に同じ重みが流れ込んだ。

星華は震える声を漏らした。
「これが……真実の正義……犠牲の上にしか成り立たないのか……」

天翔は歯を食いしばり、拳を握る。
「我らも、同じ道を歩むことになるのか……」

景嵐は低く呟いた。
「理想だけでは誰も救えぬ。だからこそ、初代は……苦しみ続けたのだ」

そしてリン。
彼の心に、ひときわ鮮明な声が響いた。

『お前は……我が記憶を継ぐ者か。
ならば、力だけでなく、この苦悩も受け継げ』

リンは胸を押さえ、呼吸を荒げた。
だがその瞳は、光を失わなかった。

——伝説の裏側にあったのは、血と涙と孤独にまみれた現実。
四人は悟った。
この真実を、公にはできぬ。
民が信じる「武神の神話」を壊せば、希望そのものを失わせてしまうからだ。

だから、これは四武神だけの秘密として胸に刻まれることになった。
各国代表が集まる大議場は、これまでにないほどの緊張に包まれていた。
天上に現れた無数の飛行物体。その正体も目的も掴めぬまま、各国は揃って防衛と外交の選択を迫られていた。

烈陽国の議長が立ち上がる。
「我らは事実を見た。あの物体は確かに地上の技術を超えている。正体不明のまま迎え入れるのは危険だ。だが同時に、敵と断じるには情報が不足している」

これに蒼嶺国の代表が食ってかかる。
「悠長なことを言っている場合か!あれは侵略の前触れかもしれん!我らは即刻、迎撃態勢に入るべきだ!」

議場がざわつく。
だが別の国の代表が、冷静に声を投げかけた。
「迎撃すれば、相手を敵と決めつけることになる。それこそ破滅を招く。今必要なのは——交渉の糸口だ」

二つの意見が激しくぶつかり合う。
強硬派は「まず撃て」、穏健派は「まず知れ」と。

烈陽国の代表は両者の狭間で苦渋の決断を迫られる。
「……我らは、まず防衛の構えを固めつつ、同時に目的を探らねばならぬ。無謀も、無知も許されぬのだ」

場は一旦収束したかに見えた。
だが、ドレイヴァの新政権代表が口を開くと、再び空気は凍りついた。

「忘れてはならぬ。かつてこの地に飛来した“初代武神”もまた、異邦の存在であった。もし彼らが同じ血脈であるならば……この星の秩序を揺るがすのは必定だ。ならば——排除しかあるまい」

その言葉に、各国の議員たちは一瞬、息を呑む。
「武神」を尊ぶ民衆が多い中で、異邦の存在と結びつけられることの危うさ。
議場のざわめきは、恐怖と動揺に満ちていった。

——だが四武神だけが、その言葉の裏にある真実を知っていた。
「初代武神は確かに異邦の者だった」
だが、その真実を明かせば、世界に混乱を招く。

四人は互いに目を交わし、沈黙を守るしかなかった。
議場での議論は決着を見ないまま、強硬派の国々が独断で行動に移った。
その報は、夜明けと共に全世界を駆け巡る。

蒼嶺国の南端に築かれた巨大な対空砲台から、轟音と共に光弾が天を裂いた。
狙いは、雲間に浮かぶ巨大な飛行物体の一隻。
「正体不明の侵略者を許すな!」
兵士たちの怒号と共に、空を覆う閃光が炸裂した。

——だが。
次の瞬間、飛行物体を包むように淡い光の膜が展開し、砲撃はまるで霧に吸い込まれるように掻き消えた。
「な、なんだと……!」
砲兵たちが声を失う間もなく、飛行物体から一条の光が走った。

光は地上を焼き尽くすこともなく、ただ砲台の制御装置だけを正確に破壊していた。
その無慈悲とも寛容ともつかぬ力に、兵士たちは戦慄した。

一方、烈陽国の議場に緊急報が飛び込む。
「蒼嶺軍、開戦行為に踏み切りました!飛行物体は応戦……しかし被害は限定的。彼らは本気を出していない模様です!」

場内は騒然となる。
「やはり侵略だ!」
「いや、むしろ慈悲深い……」
強硬派と穏健派の亀裂は、いっそう深まっていった。

その頃、四武神は石碑の地で空を見上げていた。
巨大な光の影が静かに漂い、まるで試すかのように、沈黙を守っている。

リンが低く呟いた。
「……これは、警告だ。奴らはわざと殺さなかった。試されているのは——我らの方だ」

四人の間に重苦しい沈黙が落ちる。
次にどう動くか、それがこの星の未来を左右するのは明白だった。
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