記憶屋の魔女の名前はまだない

藤川みはな

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記憶屋『セレーネの思い出』

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静寂が森の中を包み込み、
月が世界を見守っているように輝いている。

月明かりに照らされた美しい少女は
前方から飛んでくるものに目を留めた。

虹色に輝くそれは梟だ。

少女は一歩前へ踏み出した。

梟は少女の華奢な腕に止まり、咥えている手紙を差し出す。少女は手紙を受け取り暗い森の中に佇む屋敷に戻った。

「どうか、私の息子の記憶を
元に戻してくださいですって?」

手紙の内容を読んだ少女は顔を顰めた。

「馬鹿にするのも大概になさいっ
私は、あんたの息子の記憶なんか知らないっつーの!
記憶屋をしているからって、記憶を盗めるとでも
思ってるの? あーっもう。
最近こんな手紙ばっかり」

梟が大きな声に驚いたのかびくっとなる。
かまどの薪がパチッと音を立てた。

「あ、ごめんね、セレネ」

少女はセレネの羽毛を優しく撫でた。
セレネは気持ち良さそうに大きな瞳を細めた。
それを慈愛に満ちた瞳で見る少女の名前はない。

いや、正確には記憶を売り、
名前を忘れたという方が正しい。

少女は魔女であった。
昔から、人の記憶を読むことができたのだ。

そのせいで、両親からは疎まれ
9歳のときに家を追い出された。

この森に迷い込み、うずくまって途方に暮れていたところひとりの老人に助けられた。
老人に家に住まわせてやるから私の店を手伝ってほしいと言われノコノコついていったのが間違いだった。

魔女はいつのまにか背後に立っていた男
を睨みつける。

「どうした、サクラ」

魔女に魔法の使い方を教えた師匠でもあるロイドがしわくちゃの顔でおどけて見せる。ロイドは魔女の髪が桜色だからという理由で魔女をサクラと呼んでいた。

「いい加減、わたしの
記憶を返しなさいよクソジジイっ」

とんでもなく口が悪い。

「はははっ、まだあの時のことを怒っているのか?」

「怒っているに決まってるでしょっ!まだ小さい子供を騙して、家賃がわりに記憶を奪うなんてっ」

セレネが魔女の顔を不思議そうに見上げ、
それからロイドの顔を見た。

「いいじゃないか。時が来ればちゃんと返すさ」

ロイドは快活に笑い、自分より頭一つ小さい魔女の頭をクシャリと撫でた。

「お前がこの『セレーネの思い出』で
他人の記憶を100個売ることができたらな」

「だから、そんなの無理に決まってるってばっ!!」

ここはセレーネの思い出という記憶屋だ。
記憶屋とは、他人が忘れた記憶を売る仕事である。
珍しく買い取りにくる客もいるが稀なことだ。

忘れた記憶を鮮明に思い出すのは難しい。

魔女は記憶を勝手に奪われ嫌々ながらもロイドの記憶屋を手伝っている。
先ほどの手紙はそんな魔女が息子の記憶を奪ったのではないか、それならば返して欲しい、といった内容だった。

いくら魔女とはいえ彼女は中級程度の魔法しか使えない。
できるとすればロイドくらいだ。
なのに、なぜ私にそれを言うのだ。

魔女は深いため息をつきセレネが窓から
飛び込んだ月を見つめた。
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