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嬉しい知らせと精霊との契約

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「いいかい、ヴァイオレット。出かけてもいいけど
森や、危ないところへは行かないようにするんだよ」

お父様が心配そうに振り返る。

「アルフレッド様、そろそろ出発なさいませんと」
ローレンが呆れたように言う。

「そうですよ、もう十分以上もそうしてるじゃないですか。早く行かないとみんな待ってますよ。」

玄関でずっとこのやり取りを繰り返してる。
お父様は今日、領地の視察に行く予定なのだ。

「絶対に危ないところには行かないように。
分かったね」

「分かりましたから、早く出発してください!」

わたしはお父様の腰を押す。

〈親バカにも程があるな〉
ボスが呟く。

「ふふっ、娘が可愛いのも分かるけどお仕事頑張ってきてね」
お母様が可愛らしく笑う。

「もちろん、君も可愛いよ、イザベル」

お父様がお母様の頰にキスをする。

「もう、やだわアルフレッドったらっ」

お母様が赤くなる。

イチャイチャはそこまでにしてください。

「じゃあ、行ってくるよ、明日には戻れると思う」

「「いってらっしゃい」」

お父様は手を振りかえして馬車に乗り込んだ。

「うっ……」

突然、お母様が口元を押さえ、えずいた。

「お母様?!」

「奥様、大丈夫ですか?? 
わたしにつかまってください。」

お母様はローレンの腕を掴み寝室に連れられる。

ローレンがお母様をベッドに寝かし、
わたしは布団をかけた。

「ごめんなさいね、二人とも……うっ」

「ローレン、桶を持ってきてください!」

「かしこまりました」
ローレンはすぐさま桶を持ってきてくれた。

お母様はその桶に顔を突っ込み嘔吐する。

いきなり、どうしたんだろう。

「治療師を呼んで参ります」

「お願いします」

ローレンが駆け足で部屋を出ていくのを見届けると
わたしはお母様の背中をさする。

「大丈夫ですか?もうすぐ
治療師の方が来ますからね」

お母様は桶から顔を上げ
口元を指で拭った。

「ふふふ、二人とも大袈裟ね、大丈夫よ。
すぐに良くなるわ」

「奥様、マリアでございます」
茶髪に同じ色の瞳。
五十代くらいだろうか。
シワのある優しい顔の女性がお辞儀をした。

わたしは初めて会う人だけど
わたしが生まれたときも
マリアさんが立ち会ったらしい。

後ろからローレンも入ってきた。

「マリア、久しぶりね」

「さっそく診させていただきます」

マリアさんはベッドの前に座る。

「癒しの精霊、セレニテよ 
奥様の病の名を教えてください」

〈ふふっ、病ではないわ〉

可愛らしい声が聞こえてきた。

「えっ?」

なに、今の。

〈彼女は妊娠しているのよ〉

その声と共に長い白桃色のポニーテールに
若葉色の瞳の幼女が空中に現れた。

も、もしかして
ユーレイ?

見て見ぬ振りをしよう。

「奥様、おめでとうございます」

「え?」

「奥様は妊娠しているそうです」

「「「えーーーーーーーっ!!」」」
三人の声が被る。

ユーレイの言ったことが当たった!

お母様が妊娠してたなんて!

温かい気持ちになる。

「お母様、妊娠してたんですね!
おめでとうございます!ということは、
わたしがお姉ちゃんに?!」

「おめでとうございます、イザベル様」

滅多に感情を表に出さない
ローレンが嬉しそうにしている。

幼女と目が合う。

〈あら、あなたアタシのことが
視えているのね、面白いわ〉

「ヴァイオレットお嬢様、
まさかセレニテが見えるのですか?」

「え、ま、まぁ」

「あら」

「え、このユーレイ、セレニテって言うんですか?」

シーン。

「ふふっふふふ!!」

お母様が吹き出した。

ローレンも笑うのを我慢しているのか、
プルプルしている。

「お嬢様、あなたが視ているのはね、癒しの精霊
セレニテよ。ユーレイではないわ。精霊が視える人はごくわずか。そのうちの一人があなたってことよ」

え。

「まったく、レティは規格外だわ」
お母様が涙を拭い、笑っている。

「え、みんなはセレニテが視えないんですか?」
マリアさんに聞く。

「ええ、精霊が視えるのは特別な人間なの。
例えば、神の血筋だとか、生まれ変わりとか、
そういう人よ。私は残念ながら
声しか聞こえないけれど。
気に入られれば契約をして
精霊使いになることができるわ。」

「えぇっ!! わたし、
そんな特別な人じゃないですよ?」

〈特別だろう〉
ボスがツッコミを入れる。

〈面白いわ。あなたからは神の魔力を感じるの〉

神の魔力という言葉にドキリとする。
わたしは闇の神オプスキュリテ様の力の象徴
闇の力を持っているからだ。

「お嬢様は特別なのですね」

マリアさんが微笑んだ。

〈アタシと契約したら、あなたと家族を守護してあげることができるわよ〉

セレニテと契約すれば
家族を守れる?

「まぁ、早くも気に入られたのね!」

マリアさんが嬉しそうに手を合わせる。

「分かったわ!お父様とお母様、弟か妹のために
わたし、あなたと契約する!」

「レティ……」
お母様は嬉しそうに微笑んだ。

〈ふふふっ 契約成立よ〉

わたしの体が白桃色の光に包まれる。

「何これっ」

「大丈夫。それは契約が成立した証。これから
セレニテはあなたを主人とみなし仕えるわ、
おめでとう」

やがて、光が消えた。

「これからよろしく、セレニテ」
私が手を差し出すと彼女はわたしと握手を交わした。

〈よろしく、ヴァイオレット〉
















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