輝くは七色の橋

あず

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第20話 最高のステージ

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第20話 最高のステージ
第20話 最高のステージ
 翌日になり、私とマレーが支度をして遅めの朝ごはんを食べに飲食店街をウロウロしていると、サーシャさんとアメリアの背中を見つけた。
「2人ともー!おはようございますー!」
 私が駆け寄って2人に手を振ると私たちに気付いたアメリアがパァッと表情を明るくして私とマレーを出迎えてくれた。
「おはようございます、アイリスさん!」
「アメリアは元気そうね。サーシャさんは…。」
 私はアメリアの頭を撫で撫でしていると、隣にいたサーシャさんの方を見た。すると、彼女は昨日の夜、泣いたのであろう、目が腫れぼったくなっていて浮腫んでいた。踊り子として見た目には気をつけているはずの彼女のこんな姿を見たのは初めてだったので、私はびっくりしてしまった。
「(明らかに昨日の話で落ち込んだのが分かる…!)」
 私はそんなサーシャさんの顔を見て元気付けたいと思った。それはマレーもアメリアも一緒だったようで、一旦カレー専門の飲食店に入って遅くなった朝ごはんを食べるために席に着いた。
 そして、元気がないサーシャさんの代わりに私とマレーがサーシャさんの好きなスパイシーカレーを注文し、私はピリ辛カレー、マレーは激辛カレー、アメリアは甘口カレーを選んでいた。注文した料理が届き、美味しそうな匂いが4人の前に現れると、さっきまで腫れぼったい目でどんよりとした雰囲気を醸し出していたサーシャさんの表情に変化があった。
 好物であるスパイシーカレーの食欲をそそる香りに負けて、サーシャさんはスプーンを取るとポロポロと泣きながらカレーを食べ始めた。泣くのか食べるのかどっちかにすればいいのに、彼女は忙しくカレーを頬張っていた。そんな彼女の食べっぷりを見て、私たち3人は少しだけホッとしてのだった。
 そして皆カレーを食べ終わった後、お茶を飲みながら、今後のことについて話すことにした。
「サーシャさん、昨日は大丈夫じゃなかったですよね…?音楽祭、出たいって言ってたのに…。」
「私も淡い期待に縋り付きすぎたのがいけないのよ。例年通りであれば、国王様の推薦状が必要なのも知っていたはずなのに…。」
「サーシャさん!ここは音楽祭の実行委員会に直訴に行きましょう!」
「えっ…、で、でも、私だけが特例だなんて…。」
「音楽祭はこの国レディカの宝です。自国民から推薦するのはアリだとは思いますが、出たい人が出る音楽祭の方が国民の皆さんも楽しめると思うんです!」
 落ち込むサーシャに珍しくアメリアがサーシャを説得していた。彼女が熱弁するのはサーシャに助けて貰った恩もあるし、彼女の踊りを見るのが大好きなファンだからこそ、だろう。
「アメリアの話に一理あると思う。国王様の好みだけで集められた催しはそりゃあ初めて見れば新鮮なもので感動するかもしれないけど、2,3回目になってくると"またこれか"って言われるのがオチです。だったら、サーシャさんが伝統を守りつつ新しい風を吹かせるんですよ!」
「アイリス、いいこと言うじゃん!サーシャさん、まだ夢を諦めちゃいけないと思います!」
 私たち3人からの説得を聞くと、サーシャさんの気持ちは揺れ動いているようだった。
「で、でも、クラレットの出身じゃない私が出てもいいのかしら…?」
「クラレットの出身とか別の街出身だから、とかじゃなくて、音楽を愛して、楽しんで表現出来る人、が音楽祭に出るのがいいと思いますよ!」
「音楽を愛して、楽しんで表現出来る人…。」
 私の言葉にサーシャさんは腫れぼったくなった目が奥底の方がキラキラと輝き始めた。
「私、クラレットの音楽祭に出られるなら今まで培って来た踊りの楽しさを皆んなに見てもらいたい!直訴でもなんでもして、クラレットの街だけじゃなくて、よその人でも参加できるように頼んでみる!」
「!!サーシャさん、その意気です!」
 私やマレー、アメリアの力強い視線を感じ取り、サーシャさんは拳を握って再び音楽祭に出たいという思いをたぎらせた。
「朝ごはんの後は作戦会議よ!何も丸腰で実行委員会に行っても追い返されるだけだわ。何か自分たちの思いを込めたものを一緒に持っていきたいんだけど…。」
「署名とかが1番無難だと思いますが…。」
 食事を終え飲食店を出てから私たち4人は宿屋まで歩きながら話し合った。とてもじゃないけど、宿屋までの道のりだけでは決めきれないので、サーシャさんとアメリアが私とマレーが泊まっている部屋にやって来て作戦会議の続きを行うことになった。
「署名を集めるのならレディカの玄関口であるラケナリアとか大きな街のカリステモンとかで声を掛けるのが1番だと思うわ。クラレットでも路上ライブしてる人たちの中には音楽祭に出てみたいって人が多いと思うし…。」
「じゃあ、ラケナリアとカリステモンとクラレットで署名活動をするってことでいいですか?」
「「「うん!」」」
 私が作戦会議で決まった項目をまとめると、他の3人からは意義なしだったので、私たちはまず署名集めから始めた。昼間は署名活動を行い、サーシャさんはドレスのデザインを作成することにした。ドレスのデザインは1週間ほどで完成し、私とマレーとアメリアがドレス作りをすることに。そんな生活を音楽祭がある日の2週間前に完成させた。
 踊り子として彼女の手足が長く見えるようなデザインにして後はサーシャさんの好きなレディカの国の色、赤をふんだんに使った大人っぽいお腹も出すデザインのドレスになった。
「うん!これなら私も音楽祭のステージに立っても目立つことが出来るはずです!」
「みんな、作ってくれてありがとう!」
「サーシャさんが喜んでくれてよかったです!署名の方も今マレーさんが実行委員会に届けに行ってくれてるので…。」
「何から何まで頼ってしまって…、なんだか、申し訳ないわね。」
「サーシャさん、違いますよ。申し訳ないと思うよりも、彼女たちは友達として晴れの舞台に立っているの見たいだけなんですから。」
 そう言ってにっこひ笑うアメリアにサーシャさんは首をすくめながらも出来上がったドレスをギュッと握りしめて、この音楽祭を全力で楽しもうと思ったのであった。
 ――――――
 それから音楽祭当日。音楽祭に参加する人を国王様の推薦制度ではなく国全体から出場者を集める制度はどうかと言う署名が1000人分書かれたものを私とマレーが実行委員会に持っていくと、担当してくれた人もびっくりしていた。そして、その署名活動のおかげがあってか、実行委員会の方で参加資格をこの国の国民限定にすると、若干の資格の緩和がされ、私たちは喜んで飛び跳ねた。
 ドレスの準備もサーシャさんの髪型のセットも終わり、いつも酒場で思っている時よりももっと大人っぽく、妖艶な踊り子を意識して作り上げた私たち渾身の作りのドレスを存分にお客様に見せてもらおうと私たちはサーシャさんの友達ということでステージ脇から彼女の踊りを見ることにした。
 今年の音楽祭はクラレットが数年ぶりに街の色が解放されてから開催されるとだけあって、お客さんは想像よりも遥かに超えて見物に来ていた。私たちはサーシャさんの順番が来るまで、袖から他の出演者の方の音楽を楽しんでいた。
「音楽祭ってこんなに楽しいんですね!」
「いろんな人の音楽が表現されてて、これは感動するわね!」
「私もレディカの国民だったのに、クラレットの音楽祭を見るのは初めてで…。こんなにすごいんですね!」
 私たち3人は興奮した様子で、他の出演者の演目を楽しんでいたが、これから順番が回ってくる、サーシャさんは袖の端っこで深呼吸をしていた。
「サーシャさん…。」
「アイリス。今は邪魔しちゃだめ。」
「でも、私たちから声を掛けるべきじゃ…。」
「それでも、今はサーシャさんが集中力を高めているのよ。自分の中で折り合いをつけてるんだと思う。そっとしてあげましょ。」
「うん…。」
 私が袖の端っこにいるサーシャさんに声をかけようとすると、マレーがそれを止めたので、私は少し反論をした。だが、私より年上でお姉さんのマレーはサーシャさんのことを気遣って声をかけるのを止めた。サーシャさんが一人で集中力を高めることをしているのなら、邪魔はしないほうがいいだろうと思い、私は後ろ髪が引かれる思いで袖から他の出演者を見て、興奮しているアメリアの隣に戻ったのだった。
 そして。順調に音楽祭が進み、終盤に差し掛かったところで、サーシャさんの名前が呼ばれた。袖の端っこにいたサーシャさんの肩がビクッと跳ねたのを私は見逃さなかった。未だに緊張している表情のサーシャさんに私は駆け寄り、手を握った。私の手の温かさから、サーシャさんは少しずつ緊張がほぐれたようだった。
「アイリス、ありがとう。私、頑張ってくる!」
「その意気ですよ、サーシャさん!」
 私が言葉を掛けずとも、サーシャさんには私たちの想いが伝わっていたようで、サーシャさんは最高に笑顔で、ステージに向かった。“わぁああ!!“と盛り上がる、観客席を見て、私たちは最後にサーシャさんの力になれるように、小声で“サーシャさん、がんばれー!“と声を上げた。それが聞こえていたのかは定かではないが、サーシャさんは音楽が流れるまでのほんの数秒の間に袖にいる私たちの方を見て、ニッと笑った。その笑顔を見て、私たちはサーシャさんなら大丈夫だ!と確信した。
 音楽が流れ始めると、ステージから観客席まで、音楽祭の会場一体がサーシャさんの魅力に包まれた。誰もがサーシャさんの踊りに釘付けになり、指の先から足の先まで、洗練された彼女の舞に袖にいる私たちや控えの出演者たち、観客席で見ている来場者、全てがサーシャさんの世界に引き込まれた。そしてあっという間に彼女の踊りは終わった。音楽が鳴り止んでも、数秒間拍手が起こらなかった。その空気にサーシャさんは不安そうに顔を上げた。だが、その顔を上げた瞬間。“わぁああ!!“といきなり歓声が沸き起こった。先程までの出演者の比じゃないほどの大歓声をサーシャさんはステージ上で受けた。最後に頭を大きく下げてから、袖に戻って来たサーシャさんを私たちは抱き止めた。
「サーシャさん、お疲れ様です!」
「踊り、最高でしたよ!」
「今まで酒場で見ていたのよりも今日のが一番よかった!」
 私たちがそれぞれの感想を伝えると、サーシャさんの目からは涙がポロポロと溢れていた。感極まって泣いてしまった彼女に私たちはそっと抱きしめて、彼女の夢が叶った瞬間を皆んなで味わったのだった。
 ――――――
 その後も音楽祭はつつがなく進み、大トリの出演者が最後に楽器での演奏を披露してから、音楽祭は締め括られたのであった。音楽祭の会場の出演者専用出入り口から出ると、外は暗闇に包まれ、星空が瞬いていた。そんな綺麗な星空を見上げて、サーシャさんはポツリと呟いた。
「私死ぬなら、今死んでもいいわ。」
「えっ!?死んじゃだめですよ、サーシャさん!」
「ふふ、冗談よ、アメリア。でも、それくらい今の私は幸せだわ。次なる夢を見つけるのに時間はかかるかもしれないけど…。でも、私は生きている間に二つも夢を叶えることができた。それだけで、この人生に悔いは無いと言い切れるわ。」
 ぽろっと口にした言葉にが物騒だったので、思わずアメリアが顔を青ざめてサーシャさんに詰め寄ったが、当の本人はケラケラと笑った後に真剣な表情になった。星空を見つめて語る彼女に私たちは黙り込んだ。彼女が言う夢とは去年からすれば絶望に近い、夢だったに違い無い。でも、私とマレーがやってきて、少しずつでも状況を変化させた。そして夢を叶えることができた。夢を見つけることができていない私たちでも、きっと夢に向かって突き進むことができるだろう。みんなが一緒なら。絶望だって必ず叶う。その力を私はサーシャさんを見ていて、感じた。
「(私もあんな風に…!)よーし!次なる街の解放もがんばろー!」 
 
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