輝くは七色の橋

あず

文字の大きさ
上 下
27 / 31

第27話 吸収と結晶化

しおりを挟む
第27話 吸収と結晶化
 数ヶ月ぶりに帰ってきたプルウィウス・アルクス王国は相変わらず活気に満ち溢れていて、馬車で城門をくぐると街ゆく人々は皆楽しそうにしていた。
「久々に帰ってきた感じがするね。」
「うん。今まで時が止まってた街ばかり見てきたし、なんだか懐かしいよ。」
 馬車の窓から街の様子を窺っていると、私の実家であるパティスリー・シュガーツの前で馬車は止まった。
「それじゃあ、今日は一旦実家でゆっくりってことで。またね、マレー。」
「うん、また明日ね。」
 お店の前でマレーと別れると、私は久しぶりに実家に帰ってきた。
「ただいま。」
「お帰りなさい、アイリス。疲れたでしょう?荷物は2階の部屋に置いてゆっくりしなさい。」
「ありがとう、お母さん。」
 私はお母さんの言う通りに2階の自室に荷物を置くと、バフッとベッドにダイブした。
「(はぁ…、久しぶりの実家のベッドだ…)」
 自分の部屋の慣れた香りの枕を嗅ぎ、私は次第に眠気に襲われた。そして、いつのまにか眠りについていたのだった。
 私が目を覚ますと、体は布団の中に入っていた。窓からは月明かりが差し込んでいて部屋は真っ暗だった。
「だいぶ寝ちゃったな…。お腹空いた…。」
 私は起きたことで空腹感がじわじわと感じてきたので、何か食べるものはないかと2階のキッチンに向かおうとした。すると、リビングダイニングからは光が漏れていた。
「(誰かまだ起きてるのかな…)」
 私がそーっと扉を開けて部屋に入るとそこにはパジャマ姿でダイニングテーブルに向かって何かを書いているお母さんがいた。
「お母さん、何してるの?」
「!アイリス、起きたのね。疲れてたんでしょ?身体は痛まない?」
「うん、大丈夫。何か食べるものある?」
「夕飯の料理をあなたの分だけ取り分けてあるわ。今温めるから待ってなさい。」
「ありがとう。」
 私はダイニングテーブルの席について、料理が出来上がるのを待った。その時にお母さんがダイニングテーブルで何を書いていたのかが分かった。
「お母さん、これって新作スイーツ?」
「ええ、そうよ。ムアンダさんが新しくお店開きたいって言ってから新作スイーツのアイディアを練っていてね、彼と一緒に考えてるのよ。」
「へぇ…。見てもいい?」
「ええ、いいわよ。」
 キッチンでグツグツと何かスープを煮立たせている音を聞きながら、私はお母さんのスイーツメモを見た。今回のムアンダさんのレディカへの出店計画を1番後押ししているのはお母さんだと聞いている。だから、彼のために新しいスイーツを作って応援したいのだろうと思った。
 お母さんの綺麗な字と素敵な構想のスイーツに私は胸が高鳴った。本当にこれがムアンダさんのお店で出すことになれば、有名店になることは間違い無いだろう。次のページをめくるとアイディアに行き詰まっているのか、ぐしゃぐしゃに書き殴っているページがあった。
「お母さん、このページどうしたの?」
「あらやだ、見ちゃった?ムアンダさんからも新作スイーツの打診はあるんだけど、私たちからも何かアイディアを出してあげられないかなと思ったんだけど…、いいものが閃かなくて…。」
「そっか…、ムアンダさんのお店はレディカだし、レディカの特産品とか使えばいいんじゃない?」
「特産品ねぇ…。アイリスは旅をしてきて何か気付いたこととかない?アイディアの参考になるかも。」
「そうだなぁ…。レディカといえば辛い料理があったかな。マレーがね、激辛好きで真っ赤なスープを平気で飲むんだよ!?凄いんだよね~!」
「辛い料理か…。」
「あ、スイーツにスパイスとか使うのはどう?」
「いいわね、それ!」
 私がレディカの都市で味わってきた辛さが際立つ料理たちを思い出してお母さんに伝えると、彼女も乗り気のようで、私のために温め直してくれた料理を持ってくると、直ぐにノートにアイディアを書き出し始めた。
 私はお母さんが温め直してくれたポトフと、レモンとハーブが効いたチキンソテーを食べながらその作業を見守った。
「このチキンソテーみたいにハーブとか使って香りも良くしたら女性に人気になるんじゃない?」
「それは盲点だったわね…、アイリスのアイディアのおかげで新しいスイーツが出来そうよ。明日早速ムアンダさんとリーナさんに相談してみるわ!」
「力になれたようでよかった。」
 私はやる気に満ち溢れているお母さんの表情を見て嬉しくなった。こうして我が家のスイーツたちが生まれるのかと思うと私も両親の力になれたのかなと思った。
「ごちそうさまでした。皿洗いは私がしておくから、お母さんは寝ていいよ。」
「ありがとう、明日もお店を開くから早めに寝ないといけないのに、スイーツの構想を練ってると時間が経つのが早いわあ。」
「夜更かししないようにね?おやすみなさい。」
「了解。おやすみ。」
 私は両親の寝室に向かうお母さんに手を振ってから自分が使った食器たちを洗ってよく拭いてから棚に戻した。
 それから私はもう一度眠るためにシャワーを軽く浴びてから自室に戻って髪の毛をよくタオルドライしてから 眠りについたのだった。
 ――――――
 翌日。パティスリー・シュガーツは今日も大盛況であり、久々に私もお店に立ってリーナさんと一緒に接客業に勤しんでいた。するとそこにマレーがお客さんとしてやってきた。
「やっほ、アイリス。」
「マレー!いらっしゃい。今日は何買う?」
「うーん、そうだなぁ。お父さんはここのシュークリームが大好物だから、それを貰おうかな!」
「はーい、シュークリームね。何個?」
「3つ貰える?」
「はーい、かしこまりました。」
 私は手際良くショーケースからシュークリームを3つトレーに乗せるとリーナさんが近付いてきて、梱包をしてくれることになった。
 私はマレーと話しながらお会計を済ませ、梱包待ちのマレーと今後の話をした。幸い、お客さんはマレーだけなので、ゆっくりと話ができる。
「リキリスさんから魔力鳩でレディカの国の全都市を解放出来たから、火山にそれぞれの都市の名前の色素の小瓶を注いで完璧にレディカの国を復活させる儀式があるんだって。セラサイトを解放したら国王様から儀式の話が舞い込んで来たんだって。」
「そうなんだね…、私たちも都市の解放に力を入れてたから儀式には呼ばれるんだろうなぁ…。」
 私がそう言って"はぁ…"と小さくため息をこぼすと丁度良くリーナさんの梱包が終わったようで、心配そうに眉を下げながら私たちを見た。
「アイリスちゃんたちがラケナリアとか他の都市を解放したんでしょ?表彰されるのは当然よ。レディカ出身の私からもお礼を言わせてちょうだい。ありがとう。」
 そう言ってまっすぐな視線で私とマレーを見てくるリーナさんに私たちは自分の中で大したことをしてないと思っていたが、実は想像以上に沢山の人の心を元気づけられたのかもしれないと思った。
 そのあとはマレーがシュークリームを受け取り、夕方待ってるね!と言ってお店を出て行った。丁度そこでお客さんの波も途切れたし、お母さんが作ってくれたお昼ご飯を食べに2階のリビングへ向かい、休憩を取ることにした。
「(レディカの次っていうと、海に面してる海街が近いけど…、マレーと要相談だね。)」
 そんなことを考えながら、私は地図と睨めっこしながら昼食をとり、午後の仕事も頑張ったのだった。
「アイリス~、これからマレーちゃんとこに行くんでしょ?あんまり遅くならないようにね。」
「うん。行ってきます!」
 私は店の手伝いを終えるとポニーテールにしていたゴムを解き、ひとまず低めの位置でツインテールにしてから時間も無いし、そのまま走って武術エリアのマレーの実家の道場に向かった。
「ふぅ…、ごめんくださーい!アイリスです!マレーとガレットさんはいますか?」
「はいはーい!あらっ、あなたがアイリスちゃんね?」
「はい、私がアイリスですが、なぜそれを…」
 とそこまで言いかけて私は目の前に現れたオレンジ色の髪の毛の女性にマレーが似ていることに気がついた。
「もしかして、マレーのお母様?」
「ふふっ、当たりよ!マレーがお世話になったみたいだね!私はこう見えてプラムの魔法使いだから全国を回ってて。道場にいることも本当に少ないんだ。でもマレーから届く手紙に毎回“アイリスちゃん"が登場するもんだから会ってみたくなっちゃって。私はマレーの母のラーフ。」
「初めまして、ラーフさん。アイリス・シュガーツと言います。商業エリアでスイーツショップを営んでいる両親の娘です。」
「あのパティスリー・シュガーツのシュークリームとっても美味しかったよ。夫も喜んでたよ。ありがとうね。」
「い、いえいえ…。」
 昼間にマレーが買って行ったシュークリームを食べたみたいで幸せそうな笑みで私を見てくれた。そんな風にラーフさんと話していると、道場の奥の方の扉からマレーとガレットさんが出てきた。
「アイリス!」
「マレー、ごめんなさい、時間に少し遅れちゃったかも…。」
「ううん、そんなことないよ。またお母さんが足止めしてたんでしょ?」
「あら、そんなことないよ、マレー。人聞き悪いこと言わないで。」
「はぁ…、お父さんからアイリスに話があるって言うから。お母さんはご飯でも作ってて。」
「はいはい。」
 これがグラウド家の日常なのかと思って私は少しくすくすと笑ってしまった。だが、道場の奥で正座して待っているガレットさんをこれ以上待たせないためにも直ぐに笑うのをやめてガレットさんの前に正座した。
「ガレットさん、お久しぶりです。」
「ああ。元気そうで良かった。それで双子を連れ去った人物と邂逅したそうだが。」
「はい。黒づくめのやつの人相はなんとなく覚えています。この世界では珍しい黒髪に闇の中でも光りそうな金色の瞳を持っていました。見た目は中性的ですが、筋肉のつき方や声のトーンからして男性だと断定できます。…と、いうのが視覚的に私たちが黒づくめの男から得られた情報です。」
「それと、レディカにいる間に不可解な言葉を聞いたの。ね、アイリス。」
 私がガレットさんの目を見て報告をしていると、マレーが次の発見を促してくれた。
「それは魔力が吸収されて力が入らなくなる、と言うこと。それと黒づくめの男が魔力の泉から魔力を吸い取りそれを石にして食べた…そしてあのセラサイトの大規模なクレーターが出来上がってしまった。と言うわけです。」
「ふむ…魔力が吸い取られる…。色素6カ国ならまだしも、色を解放した都市での吸い取る事案は発生したか?」
「人伝ですが、聞きました。」
「そうか…、誰かがその魔法について教え回っている可能性があるな。」
 ガレットさんの推測に私もマレーもこくりと頷いた。そこで私は“魔力を吸収すること"について、思い出したことがあった。
「あの…、これ案外重要なことかもしれないんですけど…」
 私が言いにくそうにそんな前置きを置いていると、マレーは首を傾げた。ガレットさんも黙って続きを促してくれた。
「その魔力を吸うと言う魔法…、うちの双子の兄、シダヤの魔法、かもしれません。」
「「!!!」」
 私の言葉にマレーも今まで黙っていたガレットさんも少しピクリと反応をした。
「まさか…黒づくめの男が双子ちゃんの魔法を使って魔力の泉の魔力を全部吸い取れるってこと…?」
「そうなる…。それに、妹ノゼルの方は魔力を結晶化する魔法を持っているの。分類的にはスカイブルーの色の氷属性に当てはまるらしいんだけど。もし、シダヤの魔力を吸い取る魔法で魔力の泉を吸ってノゼルの結晶化の魔法で出来た鉱物を食べてあのクレーターを作ったら…。あの男には世界を壊すだけの力があると言うことになります…!」
「……まだ黒づくめの男の本当の目的が分かっていない。憶測から出られないのであればこれは公表するのはやめておいた方がいいだろう。」
 ガレットさんの言葉に私は力強く頷いた。そして、双子の魔法を思い出したので、それを使って黒づくめの男が世界をどうにかしようとしているのではないかと思うと恐怖で体が震えた。そんな私を隣にいたマレーがそっと抱き締めてくれた。
「お父さん、双子ちゃんの魔法についても詳しく調べる必要があると思うんだけど…。」
「そうだな…。私の知り合いの子供がより複雑な属性の魔法について研究しているという子がいるらしい。その後に会いに行って話を聞いてくるといいだろう。」
「分かった。アイリス、大丈夫?立てる?」
「うん、ありがとう、マレー。」
 私は自分で口にしておきながらも双子が世界を壊滅に導いてしまう魔法を使うことが出来る子供として黒づくめの男に攫われてしまった今、私たちは一刻も早く魔力の泉を守るプラムの魔道士を手配し、世界の安全を守らなければならない。
 私はガレットさんに頭を下げてから道場を後にした。薄暗くなってきてる中、私はマレーに支えられながら帰宅した。ご飯を食べてもお風呂に入っても元気が出ない私に、皆困惑していた。だが、私のお母さんだけはいつも通り接してくれて、そして背中を押してくれた。
しおりを挟む

処理中です...