輝くは七色の橋

あず

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第31話 憧れの

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第31話 憧れの
 海街に向けて出発してから、私たちは街道に沿って進んでいた。
「ずーっと草原が続いてて海は遥か遠く…近付いてるのかな、これ…」
 歩きながらそう言うマレーは草原の景色が飽きてきたようで、ブツクサと言いながらも歩みを止めることはなかった。
 私はそんなマレーに苦笑いをしながら、ふと前方に見える海を見た。とても大きなどこまでも続く海に私は初めてこの光景を見た。ワクワクとした感情とこれから未知なる世界に踏み込む不安に私の心は忙しかった。
 途中でお昼休憩を挟むために草原にシートを敷いて携帯食料である干し肉や出発の際にリーナさんムアンダさんから貰ったジンジャークッキーを食べてお腹を満たすと、地図を広げて今後のルートの会議を始めた。
「次は勿忘草。北に行って杜若(かきつばた)…東に行って桔梗(ききょう)、南に下って青藍(せいらん)、北東に上がって瑠璃、南に下がって紺碧。最後に鹿子草(かのこそう)。っていうルートでって話だったけど、何か不備でもある?」
「いや、無いと思う。まぁ、海街に行ってみてまた考えるとしようか。さ!頑張って勿忘草まで行こう!」
「うん!」
 お昼休憩を終えて、私とマレーはとりあえず国境付近の村までは街道を進むことにしていた。街道近くに村があることはサーシャさんからの情報だ。心優しい人たちばかりだから、きっと泊めてもらえるとその情報を売ってくれた。
「(サーシャさんには感謝しなくちゃな~)あっ、あの村かな?」
 私が見つけた数十メートル先の建物にマレーも目を細めて見つけたようだ。
「あそこがレディカの国境付近の村で間違いなさそうね。泊めてもらえそうな家に行ってみましょ。」
 そういうと私とマレーは村に入って一つの民家の扉をノックした。
「はぁい!」
「すみません、旅の者なんですが、今晩泊めては頂けないでしょうか?」
 私が扉の前でそう言うとギィッと重そうな音を立てながら扉が開いたので私が顔を覗かせると、出てきたのは私たちと同い年くらいの女の子だった。
「もしかして、あなた、先日のレディカ復活の儀式に出てたっていう若い魔法使い!?」
「え、えーっと…。」
「こら!ミア!お客さんが困ってるじゃないか!」
「いたっ!」
 女の子が私に詰め寄るので私はどう対応して良いのか分からず、困っていると奥から彼女の母親であろう優しくも厳しそうな人物が出てきた。私とマレーの頭から足先までじーっと見てからケロッと表情を笑顔に変えて"大変だったでしょ、こんな家でよければゆっくりして行ってちょうだい!"と言ってくれた。
「!ありがとうございます!」
 私とマレーを泊めてくれることになったのは、先ほど質問攻めにしてきたミアちゃんのお家、シーダックさん御一家の家だった。
 私とマレーは泊めて貰うだけではなんだか悪い気がして私たちはミアちゃんのお父さんである、シーダックさんと薪割りのお手伝いをしていた。
 カァンッと清々しい程の音を響かせながらシーダックさんが割っていく薪を家の中に運んで暖炉脇に置いておく、というのが私の割り振られた仕事。マレーは力持ちなので、シーダックさんが割る薪を倉庫から持って来る仕事を頼まれていた。2人で薪割りを効率化すると作業はすぐに終わった。シーダックさんからお礼を言われて私たちは"いえいえ!"と謙遜していた。そして薪割りが終わった頃、夕方になってきていたので、私たちはシーダックさんの妻、ミアちゃんのお母さんに当たるファミルさんからご飯ができたとの声をもらってお腹がぺこぺこの状態で夕ご飯にありつけた。
「いただきます!」
 私とマレーが手を合わせてスープを飲むと干し肉からいい出汁が出ていてとっても美味しいミルクスープだった。
 そんな美味しいご飯を貰った後、私たちはこれから海街へ行くのだとシーダックさんに話すと彼は少し眉を顰めた。
「色素5カ国の海街にはまだまだアンノーンが彷徨いているし、魔力が吸い取られることもあって、ろくに行動が出来ない。君たち2人で海街に行くなんて…。」
「私たち2人だからこそです!ちょっとした秘密があって色素5カ国でも魔法を使ったりなどの行動を起こしても魔力が吸われることは無いんですよ。それに私たち強いんで!」
 シーダックさんの心配をどこ吹く風にマレーが力瘤を使って自信満々の笑みを見せるとファミルさんは感心していた。
「女の子なのにかっこいいわね~、そういえばミアが言っていたけどあなたたち、先日セラサイトの火山の火口で行われた儀式に出てたらしいじゃない!凄いわね~、それだけ凄いのなら海街の解放も夢じゃないわね。」
「はい!絶対海街も解放して見せます!ね、マレー!」
「うん!」
 マレーと一緒なら頑張れる、その気持ちで海街も直ぐに色を集めて解放してみせると、私たちはやる気十分だった。
 そして、翌日。シーダックさん宅でお世話になり、私たちは海街へ続く街道を歩き始めた。出発した時よりかは海に近付いている…はず、と思うことにして私たちは休憩を時折挟みつつ海街に入った。
 海街の玄関口、勿忘草はやはりと言うべきか、廃墟と化していて、この惨状は酷かった。
 そこで私は必要な色素の小瓶の種類の特定が出来る魔法を使って、これからの色素の小瓶集めに必要なものを可視化できるものにした。
「やっぱり青がモチーフの国なだけあって、やっぱり青の色素の小瓶が沢山必要みたいね…。ここら辺のアンノーンを何体か倒して手に入れたい色素の小瓶は色彩鑑定士に頼みましょ。」
「そうだね。必要な色素の小瓶の情報は魔力鳩でサーシャさんに送っとくよ。彼女ならうまいこと宣伝してくれるだろうし。」
 勿忘草の解放のため、私たちは近くの川辺にいたアンノーンを倒して色素の小瓶を集めた。30分ほど狩れば10本ほどの色素の小瓶が集まった。
「さてと、サーシャさんに情報を渡そうかな…ん?魔力鳩の様子がおかしい…。」
 私は色彩鑑定士の到着を待つ間にサーシャさんに勿忘草解放に必要な色素の小瓶の種類を記載した紙を魔力鳩で送ろうと思ったのだが、遠くからやってきた私の魔力鳩はどこか様子がおかしかった。
「くる…っぽー…。」
「なんだか元気無いね?どうしたんだろ。」
 私が魔力鳩を抱えてふわふわの胸を撫でてやっても魔力鳩は喜ぶ様子もなく元気がなかった。
「マレー、魔力鳩の様子がおかしいんだけど、どうしたらいい?」
「ん?魔力鳩の様子がおかしい?どれどれ…、ふむ、確かに元気が無いね。無理に飛ばせない方がいいかも。プルウィウス・アルクス王国の学術エリアに魔力鳩の点検をしてくれる人がいるからその人に任せればいいと思うよ。」
「この間帰ったばかりだけど….また王国に帰った方が良さそうね…マレーはどうする?付いてくる?」
「いや、私はここに残って色彩鑑定士と着彩士が来るのを待つよ。入れ違いになったら申し訳ないし。」
「そうだね。じゃあ、私だけちょっと王国に戻って魔力鳩の点検してもらってくるね。行ってきます!」
「はーい、勿忘草解放しとくね!」
 私は魔力鳩を抱えながら街道を戻り、レディカとプルウィウス・アルクス王国との分れ道を間違えないように曲がり、急いで魔力鳩を学術エリアにいる人に見て貰おうと走った。流石に王国まで走りっぱなしはできないので、時折休憩を挟みながら私はなんとか1日かけて王国に戻ってきた。私はマレーが言っていた学術エリアにいる魔力鳩の点検をしてくれる人を探そうと思ったのだが、学術エリアはあまり行ったことがない区域だったので、私は案の定迷子になってしまった。
「ここどこ…?」
「くるる…」
 私が迷子になって不安になっているのを感じ取ったのか魔力鳩も悲しそうに鳴くので、私たちはウロウロと学術エリアを彷徨った。すると、ぴゅうっ!と強い風が吹いた。その一瞬に私の前には沢山の紙が散らばってきた。
「え!?」
「うわ!外にまで落ちた!?」
 私の目の前に落ちてきた紙にびっくりしていると、私がいる建物の2階から誰かの声がした。私が顔を上げるとそこには水色の髪の毛を伸ばしっぱなしにしていて、目が見えなくなっている少年がいた。私と彼の目があった…気がしていると彼は狼狽えながら私の方に叫んだ。
「す、すみません!今取りに行きます!」
「は、はぁ…。」
 私はその大きな声にびっくりしつつも、地面に落ちて散らばった紙を集めておいた。しばらくすると私が迷子になっていた近くの建物から先ほどの目元が見えていない少年がバタバタとやってきた。
「す、すみません…、拾ってもらって、あ、ありがとうございます。」
「いえいえ…。あの、もしかして学術エリアの研究者さんですか?」
「えっ…!?」
「紙を拾うときに内容が少し目に入って…もしかしてスカイの研究者さんかなって…。」
「いや、あの、えと…。」
「急に失礼ですよね!気にしないでください!あ、あのそれと、この近くに魔力鳩の点検をしてくれる人がいるって聞いて来たんですけど、場所、わかりますか?」
 目の前の彼が困っている様子だったので私は慌てて片手で左右に大きく振った。そしてこの場所まで来た本来の目的を思い出して彼に尋ねてみた。
「あ、そ、それなら…僕が案内します…、資料拾ってもらったし…。」
「!ありがとうございます!」
 私は彼――後で自己紹介してもらってノア・アーシュドと名乗ってくれた――から魔力鳩の点検をしてくれる人の話を聞いた。
「あの、アイリスさん、さっきの資料のことなんだけど…。」
「あっ、えと、見てしまってごめんなさい…。」
「いや!謝って欲しくて言った訳じゃなくて!その感想を聞きたいんです。魔力鳩の点検に出している間、僕の研究室資料を読んで欲しくって…。」
 ノアくんがチラチラと私のことを見ながらお願いをして来るので、私は資料を勝手に見たことは怒ってないんだなと思うと、こくりと頷いた。
「もちろんいいよ、拾ったときに見ちゃったんだけど、新たな魔法属性の可能性について研究してるんだね。私前に友達から勧められて似たようなテーマの本を読んだことがあってね!」
「あ、それ僕が書いた学術本かも。」
「え"っ!?本人!?」
私はまさか愛読書の著者が目の前にいるとは思わず、びっくりしてしまった。私が歩みを止めてプルプルと震えている様子を見てノアくんは首を傾げた。
「アイリスさん?」
「ど、どうしよう…、まさか私のバイブルとも言えるくらい読み込んでる本の著者が目の前に…。」
「そ、そんなに…?」
「だって!書いてる人に会えるだなんて思ってなかったんだもの!」
 私は心の準備が出来ておらず、緊張で震える手をギュッと握ってノアくんを直視することが出来なかった。私の態度の豹変ぶりにノアくんは困惑しているらしく、若干引いていた。そんなことも梅雨知らず、私はリュックから自分のバイブルでもある"新たな魔法属性の可能性について"の本を取り出すとペンも添えてノアくんに差し出した。
「是非サインをください!」
「僕、サインなんて考えたことないけど…。」
「署名だけでも!」
「そこまで僕の本を読み込んでてくれて、その、ありがと…。」
 ノアくんは照れた様子で私の手から本を受け取ると中の著者名の隣に"ノア・アーシュド"とサインではなく只の署名だが、名前を書いてもらった。私がノアくんからそれを返して貰うと署名されたページを見て感動してしまった。
「本当にありがとう、ノアくん!いや、ノア先生!」
「それは流石にやめてほしい。」
 私の言葉にすかさずノア先生…いやノアくんが訂正を求めて来たので私は恐れ多くも“ノアくん"と呼ぶことにした。
 そして、ノアくんの案内で私は本来の目的でもある、魔力鳩の点検をしてくれる人に会いに行った。
「おや、ノアが研究室から出て来るとは珍しい。」
「ビリーさん、僕だって外の空気を吸うよ。」
「そりゃそうだな。んで、隣のお嬢さんは?彼女?」
「ビリーさん!!!」
「ははは!冗談だよ。魔力鳩の点検かな?」
 ノアくんから"ビリーさん"と呼ばれた男性は赤髪をポニーテールにしてメガネをしているが研究者として日々睡眠時間を削っているのであろう、クマが残っている風貌だった。ビリーさんはケラケラと笑いながら私の方へ近づいて来て、私の腕の中にいる魔力鳩を見た。
「ふむ、少し貸してくれるかい?点検してあげるから、君はノアと待っていてくれ。」
「お願いします。」
 私はビリーさんに自己紹介をしてから魔力鳩を渡したところで私は用事を考えついたので、ノアくんとは一旦別れることになった。
「直ぐ戻って来るのでノアくんは学術エリアの西口で待っててもらえる?」
「?いいけど。」
「んじゃ、15分くらいで戻って来るから~!」
「はや。」
 私は走って用事を済ませるために商業エリアへと駆け足で向かったのだった。
 
 
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