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◆義妹の怪しいバイト

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 高校三年の春。
 半月経って、そいつは俺のアパートに引っ越してきた。

「――とも ともです」

 サラサラの短い黒髪が春の風でなびいていた。

 パチリとした大きな瞳。
 長いまつ

 特徴的な泣きボクロを見て、俺は察した。

「知花って、従妹の……」
「はい。佐藤さんのアパートで暮らせと言われました」

「俺のアパートで? それってつまり、古神子家のことだよな」
「そうです。なので、これからよろしくお願いしますね」

 知花が入って来ようとしたので、俺は止めた。

「待ってくれ。本気か?」
「本気です。……大丈夫です。お料理はできますから」
「そういう問題じゃないだろ。知花はまだ学生だろ」

「佐藤さんと同じ高校で、二年生です」


 ……そうだったのか。
 知らなかったぞ。


「なら、尚更だ。間違いとか起きたら大変だろ」
「間違いとは?」

「……ぐっ。その、男女でいろいろあるヤツだ」
「う~ん……? お風呂ですかね、裸を見せ合うのはとても恥ずかしいです。でも、がんばります……」

 ちょっと違うが、大体そんなところだ。


「悪いけど、一緒に暮らすのは無理だ」
「…………うぅ」


 なんか急に泣き出すし!
 おいおい、これでは俺が知花をイジメているみたいじゃないか。ご近所さんに見られたら、確実に誤解され――あッ!!


「……佐藤さん、女の子をいじめているのかしら!?」「えっ……本当ね。警察に通報した方がいいんじゃ……」


 立ち話をしている奥様方にジロジロ見られていた!

 まずい、まずすぎる。

 ええい、仕方ない。
 女子を部屋に招き入れるなんて前代未聞だが、知花は知らない仲ではない。とりあえず、中に入れるのは問題ないと判断した。


「よろしくお願いします、佐藤さん」
「あ、ああ……」

 俺の部屋に制服の女子がいる。
 従妹とはいえ、信じられん光景だ。

 一緒に生活かぁ……。
 でも、なにかあったら俺は責任を取れない。
 そもそも、古神子家の勝手な押し付け。

 なんで俺が知花の面倒を見なければならないんだ……。

 そんなに仲良くもなかったはずだ。
 なのに。

「そ……その」
「すまん、知花。好きにしてくれていいよ。ただし、お互いに干渉しないこと。それが条件だ」

「……分かりました。今はそれでいいです」

 知花は不思議なことを言う。
 だけど、これでいい。

 変に懐かれても俺は困るのだから……。


 * * *


【一ヶ月後】


 あれから春が過ぎ、少し暑い季節になってきた。
 知花との生活も順調で、ただ生活しているだけの関係が続いていた。

 けれど、ここ二週間ほど知花の帰りが遅かった。

 “同居人”という薄い関係ではあるけど、何をしているのか気にはなった。


 五月も終わろうとしていた時期、俺は台所に立っていた知花に思い切って聞いた。


「――知花」


 彼女は不思議そうに振り向く。
 普段、まともに話なんてしないし、俺から話しかけるなんて珍しいから……少し驚いていた。


「はい……なんでしょう」
「知花って、最近夜遅いよな。二十二時とかじゃん。女子高生がウロついていて良い時間じゃないぞ。補導されるって」

「そ、それは……内緒です」
「なにをしているか教えてくれてもいいだろ?」

「干渉しないって約束です。それは、佐藤さんからの提案だったはずですよ」


 ……っ。

 そうだった俺がチキンなばかりに、知花を遠ざけてしまっていた。でも、こうして生活するようになってから気になり始めていた。

 こんなにも近くで生活しているのに、まるで生活感を感じない。

 食事くらいは一緒だが、それ以外はほとんどお互いを知らない。


 知花は普段を何をして、高校でどう生活しているんだろう……?


 俺は段々と気になり始めていた。
 ……あぁ、俺の馬鹿。

 こんなことなら、最初から仲良くしておけば良かったんだ。


 だけど、知花は深くお辞儀をして部屋へ戻っていく。


 こうなったら、今夜尾行してやる。



 知花は学校から帰ってから、どこかへ行っている。

 十八時……部屋を出た。

 俺はこっそり後をつけていく。


 静内しずないの街並みを歩いていく。
 段々と辺りが暗くなって――闇染まっていった。

 あれ……こっちは静内駅の方向だ。

 駅前にある小さなビルに入っていく姿が見えた。


「な、なんだか怪しいビルだな。って、まさか……怪しいバイトでもしているのか!?」

 ……知花って、まさか……そういうお店で働いているのか。

 だとすれば止めないと!

 女子高生がやっちゃいけないだろ、そんなバイト!

 辞めさせないと……。
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