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偏食の吸血鬼は人狼の血を好む・28
しおりを挟む「遅いっ!」
雪の中でリリィの赤毛はよく目立った。防寒のイヤーマフをつけて、ネックウォーマーで鼻まで覆っていてもすぐわかる。すでに数人のセキュリティ達は車両ゲートの前から雪を撤去していた。白と灰色の世界に黒い防寒着の奴らが動き回っている。
「レオニス様からも先ほどお許しの連絡を頂いた。今日1日しっかり働いてもらうわよ、人狼」
リリィが大きなシャベルを寄越す。受け取ったが俺は無言でいた。…いい加減、名前で呼んで欲しいものだ。とはいえ「スラッシュ」もあだ名でしかないが。
「他の出入り口に手は回っている。いそいで雪をどかしなさい。除雪車が必要よ」
「了解」
俺は言い、シャベルを担いでゲートに向かう。リリィが目を丸くする。背後から「今日はやけに従順ね。いつもそうでいなさい」と辛辣な言葉が飛んできた。
ゲートはそれほど埋まっているわけではなかったが、風が吹き込んだせいだろう、かなり硬くなっているようだ。てっぺんからブロック状に切り崩すしかない。単調な作業を黙々とこなす。
空は灰色で、まだ雪が降りそうだった。ニュースでは例年より早い大雪と言っていた。対応も後手に回っていたのだろう。
車道には既に大型の除雪車がゆっくりと往来している。どこの建物でも住人達が出入り口に道をこさえていた。子供が雪遊びをしているのも見える。
俺も無心に掘り進む。
心は妙に穏やかだった。
凪いだ海のように静かだった。
こんな心持ちになったのは、初めてだった。
理由はわかっている。
ゲートが姿をあらわして開かれると、待ってましたとばかりに除雪車が出てゆく。これでステラの周りは開拓できるだろう。後から融雪剤を撒く車両もついてゆく。だが、細かな出入り口はやはり人海戦術だ。融雪剤の大きな袋を抱え、運び、撒いては道を形成するのを繰り返す。
今のところライフラインの問題はニュースに流れていない。街の者はある程度雪慣れしているのだろう。昼になると道路に車も走り始めた。交通規制も解かれたのだろう。雪に埋もれながらも店先だけ開いて商売をしているところもある。防寒着に身を包んだ住人達がよちよち道を歩いている様は、不思議と和む。
「スラッシュ」
呼ばれて振り返ると、ブルーのダウンを着た…多分エドが立っていた。帽子とマフラーのせいでアーモンドの目しか見えていない。
「エド」
「さすがですね、力持ちだ」
融雪剤の袋を地面に下ろしながら言う。俺は肩に3つ担いでひとつを脇に抱えていた。
「さっさと片付けたい」
「もうとっくにお昼を過ぎましたからね。一度食事を摂りに帰るといいのでは?」
「リリィは俺を一日中こき使うと言ってたぞ」
「彼女もそこまで無茶は言いませんよ。現にセキュリティの方達は順番に食事を摂りに行っていますし」
「俺は聞いてない」
「モバイルは?」
言われて、暫く見ていなかったことに気づく。脇の袋を落として、ポケットからモバイルを出すとメッセージがいくつか入っていた。セキュリティからの食事時間の連絡と…レオニスからだった。セキュリティルームにいるから戻ってくれとの連絡だった。
「ほら、来てるでしょ。…ふふ、余程お腹が空いてたんですね。ご飯にありつけて何よりです」
エドは俺の顔を見て笑う。意味が解らなくて首をかしげた。
「何でそう思った?」
「だって、笑ったでしょう?」
笑ってたか? 俺は。
モバイルをポケットに戻し、肩の融雪剤を下ろす。
「ここは僕が。もう塩を巻くだけですし」
「いいのか」
「もちろん。どうぞ行ってください」
俺は頷いて、目の前のドアを潜った。
通用口からスタッフ専用の通路を上がってゆく。いつもならスタッフが行き交う場所も今日は閑散としていた。店はほぼ臨時休業だ。内部に入れば入るほど空調が効き始め、暖かくなってゆく。帽子を取り、コートの前を開く。
セキュリティルームに着く頃にはもうコートを着ていられなかった。
エレベーターから降りると、黒い服の集団の中に、唯一真っ白のハイネックを着たレオニスの背中が見えた。クリーム色のスキニーのパンツに膝まであるブーツ、脇の机には白のダウンジャケットが置かれていたから、奴も表の状況は見に行ったのだろうか、それともこれから表に出るのか…わからなかったが、俺はそのしなやかな足と小さな尻を眺めた。
不意に昨夜のことを思い出した。
一晩中抱いた極上の身体。柔軟に俺を受け止め続けた。発情自体が随分久しぶりだったのもあるが、あれだけシたのは俺も初めてだ。人間相手でああはできない。それでも朝目覚めるとレオニスはケロッとしていたし、今もケロッとしている。
そいつが俺に気づいて振り返る。
「……」
たまらないな、あんな顔をされたら。
それまでは冷静な顔だったのに、目を少し開いて、目尻の血色がよくなり、ふわっといい匂いがする。ほんの少しの変化だが俺には充分だ。持っていたタブレットをスタッフに預け何事かを言った後、エレベーターから降りた俺に早足で近づいてくる。
「お疲れ様。随分前にメッセージを送ったんだが、食事に来ないから心配していた」
「俺が気づいてなかっただけだ、あっちこっち行かされたからな」
「そうか、なら食事を。ケータリングですまないが」
脇に設けられた机に容器に入ったサンドイッチが積んで置かれていた。横には小さなプラスチック製のシリンジのような容器が並んでいる。
「何だこれは」
「凝固血だ。緊急時の食糧だ。…お前には必要ないな」
なるほど、吸血鬼の栄養剤みたいなものか。俺はサンドイッチのパックを3つほど取り、空いているデスクの椅子に座った。
「そうだ、これを」
「何だ」
レオニスが自分のダウンジャケットの脇にあったタンブラーを取る。
「コーヒー。冷えてるだろうから熱いのを淹れてきた」
ここにもコーヒーメーカーはあると思うが。ペントハウスからわざわざ持って来たのか?…と聞こうとしてやめた。ほんのりと居心地が悪そうにしているレオニス。
「ああ」
とだけ言って受け取った。開いて飲むと、俺の好きなほんの少しだけミルクを足した濃いコーヒーだった。
(俺まで尻の居心地が悪くなるな)
それなりな味のサンドイッチを食いつつ、聞く。
「他は大丈夫なのか」
「ああ、ライフラインの異常はない。ただ流雪溝をまだ開いていなかったもんだから雪の処分が追いついていない」
「流雪溝?」
「雪を捨てる場所だ。冬場しか使用しないから普段はただの道路になっている。冬になると、一部の道を封鎖して雪を捨てる通路にする。雪は地下排水に流れてゆく仕様だ。だから冬季はメテオラの交通事情が少し変わる」
この街を知った気になっていたが、まだまだ知らないようだ。地面をくり抜いたような海抜の低い道路が所々にあったのはそのせいか。
「暫く街は雪で難儀するだろう」
レオニスが立ったまま腕を組み思案げに顎に拳をついた。ムシャムシャサンドイッチを食いつつ俺が見ていたのは、悩ましい小上がりな尻がついてる奴の腰つきだったが。目の前にあるのだからしょうがない。
食い終えて、コーヒーを啜って堪能していると、スタッフだまりの方からリリィが出てくるのが見えた。ほんの少しレオニスを盾にして身を隠す。
「人狼。ゆっくりしている暇はないぞ」
「……」
隠れられるわけがなかった。
「リリィ、食事くらい許してやれ。彼は私達のように手軽に栄養が摂れるわけではないんだ」
リリィは小さな容器から口に凝固血を放り込み、飲み込んで食事を終えた。
「いいえ、薄汚いスケベな目でレオニス様を見ている暇があるなら、流雪溝の雪かきに駆り出します」
それまでバレていた。レオニスが驚いて俺を振り返ったが、目を逸らした。
小言が出てくる前に、コーヒーを飲み干し立ち上がる。防寒着を一掴みにして「次は何でしょうか」と平坦に言った。
「ブライト通りの流雪溝よ。雪で埋まって側溝の蓋が開けられないらしいから掘るのよ。得意でしょ」
そう言われた。
「力仕事が」や「狼だから」という揶揄の形容が浮かんだが、今の俺には別のことも浮かんでいた。
目の前のレオニスも目を泳がせながら口の端に苦笑いを浮かべていた。
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