偏食の吸血鬼は人狼の血を好む

琥狗ハヤテ

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偏食の吸血鬼は人狼の血を好む・40

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 いつの時代でも年末というのは慌ただしい。
 レオニスの行動が目まぐるしい。分刻みで移動してはあっちこっちのイベントに赴き、合間には会合だとメテオラのを駆けずり回っている。
 だから俺も自ずと走り回ることになる。セキュリティを常に先行させては、レオニスを安全に会場入させ、終われば慌ただしく次の場所。もちろんスケジュールはしっかり管理されているから、イレギュラーなことはあまりないが…1日が飛ぶように過ぎてゆく。
 もう夕方になろうとしているのに、レオニスにはまだスピーチの仕事が待っている。奴はリムジンの車内で、タブレットに目を落として、原稿を読んでいた。
「よく働くな」
「年末はな。何かと忙しい」
 顔を上げずに言う。ちゃんとこっちにも意識を向けてることに目を剥く。
「お前は退屈か。移動ばかりだし」
 タブレットから顔を上げてレオニスが言う。
 確かに暇だ。今はアレッシとの抗争もあるからそもそもセキュリティレベルが硬い。移動は多いが、大体は通用口を通る。レオニスが青空のもとに露出することすらあまりないのだ。
「そうだな」
 何となく同意して、奴を見つめる。
 俺はそれほど希望があるわけでもない。レオニスのそばにいられるだけで十分だった。有事の時はこっちが選べるわけじゃない。「その時」そばにいるために片時も離れないのが鉄則だ。
「落ち着いたら、クレーターにでも登りに行くか」
「あれ登れるのか」
「ああ、ルートはかなり厳しい登山ではあるが。クレーターの縁から見るメテオラも美しいぞ」
 想像してみる。
 それならば、狼の姿で登ってみたい。切り立った岩を飛び移りながら。だがそれではレオニスがついてこれない。俺の背に乗せてもいいんだが…コイツは喜ぶだろうか。
「なあ、お前。動物は好きか?」
「ん? 嫌いではない。保護にも力を入れているし」
「そうじゃなくて…狼は好きか?」
「……」
 レオニスがキョトンとした顔をする。だがクスリと笑うと、タブレットを座席に置いて俺の隣へと移動してくる。運転席への仕切りは閉じられていた。
「大好きだよ、特に黒い狼が」
 白い指が俺のスラックスの太ももを撫でる。美しい顔が鼻先にあった。二つの青い瞳が俺の隻眼を見つめる。
「なら、黒い狼の背に乗って登山はどうだ」
「背に…乗って?」
「そうだ。楽しいぞ」
「大変だぞ? そんなことできるのか?」
「問題ない。ただ…麓で素っ裸になった俺の変身ショーを見なきゃならんがな」
 レオニスが吹き出す。楽しそうに声を出して笑う顔を見たのは初めてだった。思わず自分の顔も綻ぶのがわかった。もしかするとデレついていたかもしれない。
「頂まで連れて行ってくれるか?」
 未だにくすくす笑いながらレオニスが言う。
「ああ」
 応じれば、レオニスの唇が微笑んだ形のまま重なる。腰を引き寄せると、金木犀の香りごと身体がしなだれた。
 小さくリップ音をさせながら、ひととき楽しむ。俺のネクタイの結び目を弄ぶ指を捕まえ、指を絡めた。舌までは入れない。止まらなくなる、お互い。
「続きは帰ってからだ、総帥」
「…つれないガードだな」
「スピーチをできなくしてやろうか?」
「それは…困るな」
 眉を八の字にして、俺の胸をポンと叩いた。それからまた席を移る。絡めていた指も解放した。名残惜しいくらいがちょうどいいことを学んだ。
 ほどなくして会場に到着し、レオニスを抱くように通用口から入れる。先入りしていたガードも加わり、黒い壁ができた。食卓テーブルが並ぶホテルの迎賓室。この街に住む人間の金持ちたちがおこなうチャリティパーティだと聞いた。
 晴れやかなライトアップがされた壇上に上がる時には、緊張する。どこかに殺気がないか神経を張り詰めた。シャンデリアの揺れる光や、クリスタルのグラスが光るたびに目を動かす。レオニスのスピーチに聞き入る客たちの顔を見る。
「!」
 そこに思いがけない顔を見つけて、俺は凝視した。
(ドン・アレッシ…)
 あの鼻髭、垂れた涙袋、無駄な肉を派手なスーツとベストに押し込んでいるような体型。見間違いなどない。
 何故奴がここに。
 インカムを押さえて小声で言う。
「アレッシが来ているとは聞いていないぞ」
 姿は見えないがリリィが言う。
「表向き奴は資産家だと言ったでしょう、人狼。さすがにここで暴挙に出ることはないはずよ」
「はず と言う言葉は好かん」
 俺はレオニスの背後からアレッシの周囲をチェックした。流石にデミはいない。派手な女をひとり連れているだけだ。会場内にセキュリティはいるが、アレッシのお付きも入ってはいないようだった。
「レオニスは知ってるのか」
「ご承知よ。去年までは招待があってもこのパーティの出席を避けていらしたけど…今年は出ると自ら仰られたの」
 リリィの声は平坦だったが、不服を匂わせた。
 ライトを浴びてスピーチするレオニスを見る。その姿は瑞々しい削りたての宝石のようだった。出会った頃の弱々しさはまるでなかった。
 アピールのためか。
 レオニスは街を蝕む諸悪に立ち向かう力を取り戻した。真っ向から喧嘩を買う準備があると態度で示した。かつての及び腰の吸血鬼はいないと。
 スピーチを終え、拍手を受けながら壇上を降りるレオニスの耳に囁く。
「後で詳しく聞かせてもらうからな」
「わかってる」
 短く答え、付け加えて「すまない」と言った。俺に事前に言えば止められるとわかっていたんだろう。
 レオニスはフロアを巡りながら街の有志に挨拶をして回る。席に着く予定はない。俺は奴の背後にピッタリついて移動する。いよいよアレッシの席側に来ると、緊張というより嫌悪で首筋の毛がチリチリした。
「これはどうも、総帥。ここでお会いできるとは思っていませんでしたよ」
 アレッシが立ち上がり、ぼってりとした手がレオニスの手を取る。意外に背は高く、レオニスと並ぶくらいだった。ひと瓶ふりかけたのかと思うほど強く香水が香った。
「ミスター・アレッシ。日々街への貢献いたみいる」
「いやいや、私など末端を担うばかりで。…ご健勝そうで何よりですな」
「おかげで。…最近食事を見直したもので、すこぶる体調がいいのだ」
 レオニスが微笑むと、アレッシの連れの女が腰を揺らして見惚れるのがわかった。当のアレッシは口では笑って見せたが、濁った瞳には畏怖と反発がないまぜになった気配が見えた。
 だが瞬いた後、アレッシの視線が俺を向く。好奇な目だ。
 不躾にジロジロと身体を這い回る。
 気味が悪い。
「ところで、よいガードをお持ちですな…昨今あなたの背後にはいつも彼がいるようだ」
 熱心な口ぶりにレオニスも一瞬虚をつかれたようで、俺を振り返った。
「彼はとても優秀だ。片時も手放せない」
「いいですな。屈強で…さぞ忠誠心の高いガードなのでしょう」
 俺の二の腕をアレッシがさすった。
 思わず避けそうになったが何とか耐える。だがそれを見ていたレオニスの方が著しく機嫌を損ねたのがわかった。
「ではミスター・アレッシ。またいずれ」
 一方的に話を切り上げると、レオニスは踵を返す。俺も習いそれに従った。背後にアレッシの視線を感じつつも二の腕を払った。実際、ひどく汚れたような気分だ。
 そのままレオニスは通用口に入り、帰路に着く。廊下を進むほど、足音に怒りが滲んでいた。
 エドが待つ車に乗り込んだ時にはすっかり不機嫌で、少し目が座っている。
 車が走り出すと、俺は言った。
「自業自得だな」
「わかっている」
 食い気味にレオニスは言い、頬杖をついて軽く指を噛む。
「だからって、お前にあんなーー」
 言いかけて、それが私憤だと気づきまた黙り込んだ。
「俺は女の気持ちを存分に味わった」
「どういうことだ」
「気持ち悪い視線を向けられる不快感てやつだ」
「……」
 さらにレオニスがムッスリとする。
 俺は再度アレッシの目を思い出していた。レオニスに対する態度には想像どおり敵愾心があった。だが俺に対するあの目…あれは強欲な目だった。
 俺が欲しいと。
 奴め、やはり俺が人狼だと知っている。
 暴力を生業とするマフィアだ。力を欲する気持ちは理解できる。俺、というよりは人狼の血か。奴にとって人狼は武器や武力そのものなのだろう。昔裏社会を牛耳ったマフィアにも優秀な人狼が仕えていたと聞く。その再来を奴は望んでいるのかもしれない。
 ありえないが。
 奴に寝返るなど永劫ない。
「早くお前を風呂に入れたい」
 レオニスが言う。
「手ずから洗ってくれるのか?」
 問うと、ムッスリとしたままのレオニスだったが、少し頬を赤らめた。
 
 俺の主人はひとりだ。
 後にも先にもレオニスだけ。





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