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8.アデレイドの秘密
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ソーンダーズ学院が休みの日の朝に離れへ行くと、アデレイドはすでにいて、書斎でゲームをしていた。
「お嬢様、ワンピースをお借りしてもよろしいですか?」
ハイジが尋ねると、アデレイドはゲームから目を離さないで答える。
「いいわよ。どこへ行くの?」
「特に決めていません。町をぶらついてこようと思っています」
「そう。ボンネットはかぶっていきなさいよ」
「どうしてですか?」
「あなたが、何もかぶらずにそのまま出かけたら、私だって間違われるかもしれないわ。フォールコン侯爵家の令嬢が、そんな安っぽいワンピースを着ていると思われたくないじゃない。だから私も、そこの服を着るときは、ボンネットをかぶって顔を隠しているのよ」
万が一にも双子だとばれないためだという。
いちいちアデレイドの言いなりになるのは悔しいが、そうでないと服を貸さないと言われれば仕方がない。流行のワンピースを着たいという誘惑に勝てず、ハイジは腹立たしさを抑える。
「わかりました」
ボンネットを取り出すためにクローゼットをのぞき込んで、顔を見られないようにした。
彼女は、ワンピースや小物類などの一式を持って、洗面所で着替えた。
離れから裏庭を通って、裏門のほうへ向かうと、ちょうど裏口から出てきたピエールと目が合う。彼は、ハイジを見て戸惑っているようだ。
「え……と?」
そこへ、ピエールを追いかけるようにしてギーゼラが出てくる。
「ちょっと、ピエール。これも捨てておいて」
ギーゼラは、ゴミの袋を彼に渡そうとして、ハイジに気が付いたようだ。
「あの、……お嬢様ですか?」
恐る恐る尋ねるギーゼラに、「ハイジよ」と答えると、二人の表情が変わる。
「なんだ。どっちかわからなかったよ」
「なんでそんな恰好をしているの?」
ほっとした顔をするピエールと違って、ギーゼラはまなじりを釣り上げた。
彼女はハイジの腕をぐいっとつかむ。
「勝手にお屋敷に入って、お嬢様の服を着ているの?」
ギーゼラはハイジがアデレイドの部屋から服を持ち出したと勘違いしたようだ。
「この服は離れに置いてあるもので、お嬢様が自由に着ていいとおっしゃいました」
あわててハイジが言うと、ギーゼラは「え?」という顔をする。ピエールと顔を見合わせて、何かの意思疎通ができたかのように微笑みあう。
「まあ。お嬢さまったらなんてお優しいことでしょう」
「本当に。ハイジのためにそういう服を置いてくださっているのだな」
ピエールもうんうんとうなずいていた。
ワンピースは、アデレイドが普段着るには低いブランドだが、ハイジの給料では靴やバッグまで揃えられない。それで不思議に思ったが、古着しか着られないハイジのためにアデレイドが買って、侯爵夫妻にばれないように、こっそり離れに置いているのだろう。
とても信じられないことだが、二人はそう思ったようだ。
(アデレイドって、そんな優しい子かしら?)
ギーゼラとピエールは”さすがお嬢様だ”と感動しているようだが、ハイジは半信半疑だった。
それでも、いつも快くワンピースを貸してくれるし、新しく買ってきたものを先にハイジが使っても怒りもしない。
もしかしたらと思うようになってきたある日、学院から帰ってきたハイジが離れに向かうと、急いで離れから出ていくアデレイドを見かけた。
彼女は、ワンピースを着てボンネットを被っている。
(あんなに慌ててどこへ行くのかしら?)
あとをつけてみると、裏庭へ行く。そこにはゴミ出しをしているピエールがいた。
「ハイジ、これから出かけるのかい?」
ピエールはアデレイドをハイジだと思い込んでいるようだ。
「ええ。お嬢様にお使いをたのまれたの」
アデレイドがハイジのふりをして答えていることに驚いた。アデレイドはそのまま裏門から出ていく。
ハイジは、急いで正門へ戻り、門から出て裏門のほうへまわった。
走って行ってみると、アデレイドがデニスと並んで歩いているのが見える。何か話しているようだが、くすくすという笑い声しか聞こえない。だが、二人の雰囲気から仲睦まじい様子は一目瞭然だ。
(もしかして、あの二人って……!)
まるで恋人同士のようなアデレイドとデニスを見て、ハイジは疑念がわいた。
それから、ハイジは、離れの書斎でアデレイドを注意してみる。押し付けられている宿題をこなしている時に、ふと見ると、アデレイドが携帯電話を眺めていた。
ハイジの周りでは、小学生のころから携帯電話を持つ子が多かったが、ソーンダーズ学院では、持ち込みは許可されていても使用は禁止だ。
作法の授業でも、緊急時以外に社交の場で携帯電話を使用するのは相手に失礼であると習ったし、由緒ある家柄の貴族たちは、みんなシーリングスタンプを使った手紙を送ることがステータスだと思っている。
平民の生徒たちは、社交界にかかわることが少ないので、ほぼ全員が携帯電話を持っていた。規則を守って校内で使用している者はいないが、放課後や休みの日に親しい友人たちと電話やメールをしているとうわさで聞いている。
貴族の中にも持っている生徒は多少いるのだが、アデレイドの取り巻きが”携帯電話は下賤の象徴”と言ってその人たちを見下していたので、彼女が持っているとは思ってもみなかった。
「携帯電話を持つ貴族は、低俗ではないのですか?」
にやにやと画面を見つめているアデレイドに、ハイジが声をかけると、彼女はあわてて携帯電話の電源を切って鞄の中に隠す。
「関係ないでしょう。携帯電話のことは、誰にも言ってはだめよ」
「それで、デニス様とやりとりをされていらっしゃるのですか?」
ハイジが尋ねると、アデレイドはびっくりしたようだが、素直に認める。
「そうよ。ハイジが学校でどういう風に過ごしているか、デニスから聞いているの」
学校に行った日は、ハイジが帰ってきてからアデレイドに何があったかを報告している。それなのに、デニスからも詳細を聞いているという。
一日おきに入れ替わっていて、登下校時はほとんど二人きりだから、そんなことをしなくても翌日に聞けばいいことだろう。
(だいたい、どうしてデニス様は、アデレイドの下僕になんかなっているのかしら?)
ソーンダーズ学院では、アデレイドと取り巻き以外は誰も身分にこだわっていないし、貴族も平民もみんな分け隔てなく仲良くしている。
アデレイドがデニスを脅迫でもしているのかと思ったこともあったが、頭のいい彼がそんなことに屈するとは思えない。それに、人当たりも顔だちもよく、庶民でも裕福な家庭の彼に弱みなど何もなかった。
ふとこの前、ワンピースを着たアデレイドがデニスに会っていた時のことを思い出す。
「お嬢様とデニス様は恋人同士なんですね」
かまをかけてみると、アデレイドが驚いたような顔をして、みるみる頬が真っ赤に染まっていった。
「な……! な……」
とっさのことで反論できないのか、口をぱくぱくとさせているのを見れば図星のようだ。
アデレイドは、取り巻きたちやほかの貴族たちに、平民のデニスと付き合っていることを知られたくないから、下僕と言っているだけなのだ。
「どうりで、入れ替わっていることをデニス様に教えるわけだわ。知らなかったら、ほかのみんなと同じように、デニス様は私とあなたを見分けられないでしょうしね」
ハイジは肩をすくめてため息をつく。
デニスが、ハイジを恋人だと思い込まないためにも、アデレイドは彼にフォールコン家の秘密を話して協力してもらっていたのだろう。
「別にいいでしょう! デニスのことも、誰にも内緒よ!」
そういうと、アデレイドは怒ったように立ち上がって、ぷいっと書斎から出ていった。
アデレイドの下僕としてハイジのそばにいて何かとフォローしてくれる彼には、友人として感謝していた。それが実はアデレイドの恋人だったとわかると、ハイジは、デニスに幻滅する。
(あんな高慢なアデレイドの、どこがいいのかしら)
見る目のない男だと思いながら、ハイジはクローゼットを開けて、アデレイドの買いそろえたワンピースを見つめる。
(これらは、やっぱり私のためのものじゃなったのね)
デニスとデートをするために、アデレイドが買ったものだ。フォールコン侯爵令嬢が平民と付き合っていると、わからないようにするためなのだろう。ハイジはそのおこぼれにあずかっているだけで、アデレイドがハイジのふりをする手助けをしているようなものなのだ。
ギーゼラたちの言うような、”優しいアデレイド”は、どこにもいない幻なのだとハイジは思った。
自由に過ごせるようになった休みの日の翌日に、ハイジが離れに行くと、キッチンのシンクに使われた食器が放置されていた。いままでもティーセットを洗わずに置いておかれたことはあったが、生クリームのついたお皿が二人分あることに首をかしげる。
(取り巻きの誰かが来たのかしら?)
ちょうどそこへアデレイドがやってきた。
「昨日は、どなたとケーキを召し上がられたのですか?」
ハイジが尋ねると、アデレイドは一瞬ひるんだような顔をしたが、すぐに平然と答える。
「デニスよ。昨日は彼の誕生日だったの」
「デニス様のお誕生日? ここでお祝いをされたのですか?」
ハイジが目を丸くすると、彼女は怒ったようにそっぽを向く。
「別にいいじゃない。下僕の誕生日を祝うくらい、普通のことでしょう!」
アデレイドはそういうと、書斎に入っていった。だが、すぐに出てきてノートを鞄に詰めている。休みの前日にハイジがやっておいた宿題を入れ忘れていたのだろう。そのままばたばたと、逃げるように学校へ行った。
アデレイドを見送って、ハイジはそっとため息をつく。ハイジは、一度も誕生日を祝ってもらったことがない。
そもそも、アデレイドと双子だとわかるまで、ハイジは自分の誕生日がいつか知らなかった。
小さな頃、「今日は特別だよ」と言って、ピエールがケーキを出してくれる日があったが、その日がアデレイドの誕生日だとわかったのは、髪を切られた後の十一歳の時だ。
その時に、ハイジに出されるケーキが、アデレイドの誕生日祝いをした後の残り物だということも知った。
毎年、ピエールがアデレイドのバースデーケーキを切り分けるときに、ハイジの分を余分に切って残してくれていたらしい。
デニスに対しては全く興味がないので、アデレイドが誰の誕生日のお祝いをしていようと気にならないが、ハイジには自分の誕生日を一緒に祝ってくれる人が誰もいないのが悲しかった。
「お嬢様、ワンピースをお借りしてもよろしいですか?」
ハイジが尋ねると、アデレイドはゲームから目を離さないで答える。
「いいわよ。どこへ行くの?」
「特に決めていません。町をぶらついてこようと思っています」
「そう。ボンネットはかぶっていきなさいよ」
「どうしてですか?」
「あなたが、何もかぶらずにそのまま出かけたら、私だって間違われるかもしれないわ。フォールコン侯爵家の令嬢が、そんな安っぽいワンピースを着ていると思われたくないじゃない。だから私も、そこの服を着るときは、ボンネットをかぶって顔を隠しているのよ」
万が一にも双子だとばれないためだという。
いちいちアデレイドの言いなりになるのは悔しいが、そうでないと服を貸さないと言われれば仕方がない。流行のワンピースを着たいという誘惑に勝てず、ハイジは腹立たしさを抑える。
「わかりました」
ボンネットを取り出すためにクローゼットをのぞき込んで、顔を見られないようにした。
彼女は、ワンピースや小物類などの一式を持って、洗面所で着替えた。
離れから裏庭を通って、裏門のほうへ向かうと、ちょうど裏口から出てきたピエールと目が合う。彼は、ハイジを見て戸惑っているようだ。
「え……と?」
そこへ、ピエールを追いかけるようにしてギーゼラが出てくる。
「ちょっと、ピエール。これも捨てておいて」
ギーゼラは、ゴミの袋を彼に渡そうとして、ハイジに気が付いたようだ。
「あの、……お嬢様ですか?」
恐る恐る尋ねるギーゼラに、「ハイジよ」と答えると、二人の表情が変わる。
「なんだ。どっちかわからなかったよ」
「なんでそんな恰好をしているの?」
ほっとした顔をするピエールと違って、ギーゼラはまなじりを釣り上げた。
彼女はハイジの腕をぐいっとつかむ。
「勝手にお屋敷に入って、お嬢様の服を着ているの?」
ギーゼラはハイジがアデレイドの部屋から服を持ち出したと勘違いしたようだ。
「この服は離れに置いてあるもので、お嬢様が自由に着ていいとおっしゃいました」
あわててハイジが言うと、ギーゼラは「え?」という顔をする。ピエールと顔を見合わせて、何かの意思疎通ができたかのように微笑みあう。
「まあ。お嬢さまったらなんてお優しいことでしょう」
「本当に。ハイジのためにそういう服を置いてくださっているのだな」
ピエールもうんうんとうなずいていた。
ワンピースは、アデレイドが普段着るには低いブランドだが、ハイジの給料では靴やバッグまで揃えられない。それで不思議に思ったが、古着しか着られないハイジのためにアデレイドが買って、侯爵夫妻にばれないように、こっそり離れに置いているのだろう。
とても信じられないことだが、二人はそう思ったようだ。
(アデレイドって、そんな優しい子かしら?)
ギーゼラとピエールは”さすがお嬢様だ”と感動しているようだが、ハイジは半信半疑だった。
それでも、いつも快くワンピースを貸してくれるし、新しく買ってきたものを先にハイジが使っても怒りもしない。
もしかしたらと思うようになってきたある日、学院から帰ってきたハイジが離れに向かうと、急いで離れから出ていくアデレイドを見かけた。
彼女は、ワンピースを着てボンネットを被っている。
(あんなに慌ててどこへ行くのかしら?)
あとをつけてみると、裏庭へ行く。そこにはゴミ出しをしているピエールがいた。
「ハイジ、これから出かけるのかい?」
ピエールはアデレイドをハイジだと思い込んでいるようだ。
「ええ。お嬢様にお使いをたのまれたの」
アデレイドがハイジのふりをして答えていることに驚いた。アデレイドはそのまま裏門から出ていく。
ハイジは、急いで正門へ戻り、門から出て裏門のほうへまわった。
走って行ってみると、アデレイドがデニスと並んで歩いているのが見える。何か話しているようだが、くすくすという笑い声しか聞こえない。だが、二人の雰囲気から仲睦まじい様子は一目瞭然だ。
(もしかして、あの二人って……!)
まるで恋人同士のようなアデレイドとデニスを見て、ハイジは疑念がわいた。
それから、ハイジは、離れの書斎でアデレイドを注意してみる。押し付けられている宿題をこなしている時に、ふと見ると、アデレイドが携帯電話を眺めていた。
ハイジの周りでは、小学生のころから携帯電話を持つ子が多かったが、ソーンダーズ学院では、持ち込みは許可されていても使用は禁止だ。
作法の授業でも、緊急時以外に社交の場で携帯電話を使用するのは相手に失礼であると習ったし、由緒ある家柄の貴族たちは、みんなシーリングスタンプを使った手紙を送ることがステータスだと思っている。
平民の生徒たちは、社交界にかかわることが少ないので、ほぼ全員が携帯電話を持っていた。規則を守って校内で使用している者はいないが、放課後や休みの日に親しい友人たちと電話やメールをしているとうわさで聞いている。
貴族の中にも持っている生徒は多少いるのだが、アデレイドの取り巻きが”携帯電話は下賤の象徴”と言ってその人たちを見下していたので、彼女が持っているとは思ってもみなかった。
「携帯電話を持つ貴族は、低俗ではないのですか?」
にやにやと画面を見つめているアデレイドに、ハイジが声をかけると、彼女はあわてて携帯電話の電源を切って鞄の中に隠す。
「関係ないでしょう。携帯電話のことは、誰にも言ってはだめよ」
「それで、デニス様とやりとりをされていらっしゃるのですか?」
ハイジが尋ねると、アデレイドはびっくりしたようだが、素直に認める。
「そうよ。ハイジが学校でどういう風に過ごしているか、デニスから聞いているの」
学校に行った日は、ハイジが帰ってきてからアデレイドに何があったかを報告している。それなのに、デニスからも詳細を聞いているという。
一日おきに入れ替わっていて、登下校時はほとんど二人きりだから、そんなことをしなくても翌日に聞けばいいことだろう。
(だいたい、どうしてデニス様は、アデレイドの下僕になんかなっているのかしら?)
ソーンダーズ学院では、アデレイドと取り巻き以外は誰も身分にこだわっていないし、貴族も平民もみんな分け隔てなく仲良くしている。
アデレイドがデニスを脅迫でもしているのかと思ったこともあったが、頭のいい彼がそんなことに屈するとは思えない。それに、人当たりも顔だちもよく、庶民でも裕福な家庭の彼に弱みなど何もなかった。
ふとこの前、ワンピースを着たアデレイドがデニスに会っていた時のことを思い出す。
「お嬢様とデニス様は恋人同士なんですね」
かまをかけてみると、アデレイドが驚いたような顔をして、みるみる頬が真っ赤に染まっていった。
「な……! な……」
とっさのことで反論できないのか、口をぱくぱくとさせているのを見れば図星のようだ。
アデレイドは、取り巻きたちやほかの貴族たちに、平民のデニスと付き合っていることを知られたくないから、下僕と言っているだけなのだ。
「どうりで、入れ替わっていることをデニス様に教えるわけだわ。知らなかったら、ほかのみんなと同じように、デニス様は私とあなたを見分けられないでしょうしね」
ハイジは肩をすくめてため息をつく。
デニスが、ハイジを恋人だと思い込まないためにも、アデレイドは彼にフォールコン家の秘密を話して協力してもらっていたのだろう。
「別にいいでしょう! デニスのことも、誰にも内緒よ!」
そういうと、アデレイドは怒ったように立ち上がって、ぷいっと書斎から出ていった。
アデレイドの下僕としてハイジのそばにいて何かとフォローしてくれる彼には、友人として感謝していた。それが実はアデレイドの恋人だったとわかると、ハイジは、デニスに幻滅する。
(あんな高慢なアデレイドの、どこがいいのかしら)
見る目のない男だと思いながら、ハイジはクローゼットを開けて、アデレイドの買いそろえたワンピースを見つめる。
(これらは、やっぱり私のためのものじゃなったのね)
デニスとデートをするために、アデレイドが買ったものだ。フォールコン侯爵令嬢が平民と付き合っていると、わからないようにするためなのだろう。ハイジはそのおこぼれにあずかっているだけで、アデレイドがハイジのふりをする手助けをしているようなものなのだ。
ギーゼラたちの言うような、”優しいアデレイド”は、どこにもいない幻なのだとハイジは思った。
自由に過ごせるようになった休みの日の翌日に、ハイジが離れに行くと、キッチンのシンクに使われた食器が放置されていた。いままでもティーセットを洗わずに置いておかれたことはあったが、生クリームのついたお皿が二人分あることに首をかしげる。
(取り巻きの誰かが来たのかしら?)
ちょうどそこへアデレイドがやってきた。
「昨日は、どなたとケーキを召し上がられたのですか?」
ハイジが尋ねると、アデレイドは一瞬ひるんだような顔をしたが、すぐに平然と答える。
「デニスよ。昨日は彼の誕生日だったの」
「デニス様のお誕生日? ここでお祝いをされたのですか?」
ハイジが目を丸くすると、彼女は怒ったようにそっぽを向く。
「別にいいじゃない。下僕の誕生日を祝うくらい、普通のことでしょう!」
アデレイドはそういうと、書斎に入っていった。だが、すぐに出てきてノートを鞄に詰めている。休みの前日にハイジがやっておいた宿題を入れ忘れていたのだろう。そのままばたばたと、逃げるように学校へ行った。
アデレイドを見送って、ハイジはそっとため息をつく。ハイジは、一度も誕生日を祝ってもらったことがない。
そもそも、アデレイドと双子だとわかるまで、ハイジは自分の誕生日がいつか知らなかった。
小さな頃、「今日は特別だよ」と言って、ピエールがケーキを出してくれる日があったが、その日がアデレイドの誕生日だとわかったのは、髪を切られた後の十一歳の時だ。
その時に、ハイジに出されるケーキが、アデレイドの誕生日祝いをした後の残り物だということも知った。
毎年、ピエールがアデレイドのバースデーケーキを切り分けるときに、ハイジの分を余分に切って残してくれていたらしい。
デニスに対しては全く興味がないので、アデレイドが誰の誕生日のお祝いをしていようと気にならないが、ハイジには自分の誕生日を一緒に祝ってくれる人が誰もいないのが悲しかった。
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