五分違いの双生児 〜身代わりでも好きな人は渡せない〜(旧題:皆既日食 -影は光を侵食する-)

怜美

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13.秘め事

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 展望台を出て、町まで戻ってくると、すっかり暗くなっていた。

「約束通り、着替えを買ってやる。どこの店がいい?」

 繁華街を流すように走りながらジェフリーが聞いてくる。着替えたいといったのは、アデレイドと入れ替わるための口実だとも言えず、ハイジは困ってしまった。笑顔でごまかそうとしたが、ふと名案に気が付く。

「あ、あの、着替えではなく、携帯電話を買っていただけませんか?」

「携帯電話?」

「召使いやおばあ様たちを通さず、直接ジェフリー様と連絡が取れるようにしたいのです」

 彼は、目を見開くようにしてハイジを見つめた。
 携帯電話を持てば、ハイジがアデレイドのふりをしてジェフリーと会うことが可能だと思って言ってみたのだが、ずうずうしかっただろうか。ソーンダーズ学院で持っている貴族はそれほどいないから、軽蔑されたかもしれないとハイジは心配になる。

「あの……」

 やっぱりいいです。
 そういおうと思った時、ジェフリーが満面の笑顔を浮かべる。

「最新機種を買ってやる!」

 上機嫌になった彼は、携帯電話の販売店へ向かった。
 販売店に入ると、ハイジはジェフリーと並んでカウンター席に座る。一通りの説明を受けて、ハイジは、携帯電話に月々の使用料がかかることを知った。そのため、学生や未成年が携帯電話を持つには、信用のおける社会人が名義人でないと契約できないといわれて頭をかかる。

(どうしよう。ジェフリー様の名義で契約してもらうように頼めても、月々の支払いを私にすれば、すぐにばれてしまう)

 ジェフリーの前でハイジの口座からの引き落とし手続きはできないし、郵便物のチェックはウルリヒやギーゼラがしているから、請求書を送ってもらうこともできない。

「名義は俺にして、こちらの口座から料金の引き落としをしてくれ」

 ジェフリーが、店員にクレジットカードを渡す。彼にそこまで負担させるつもりがなかったハイジはびっくりした。

「俺がアデレイドに携帯電話を持たせたいのだから、俺が全部支払うよ」

 ハイジにウインクをして、ジェフリーは契約書にさっさとサインをする。手続きを終えたあと、彼は、彼女に携帯電話を手渡してくれた。

「ありがとうございます。ジェフリー様」

 彼に感謝しながら、ハイジはそれを胸に抱きしめた。

 販売店を出て、ジェフリーが腕時計で時間を確認する。

「ちょうどいいくらいの時間だな。夕食はどこで食べたい?」

 そう聞かれても、ハイジは貴族が行くようなレストランを知らない。

「お店のことはよく知りませんので、ジェフリー様にお任せします」

「うーん、でも俺が知っている店は、質より量の大衆食堂だからなあ……」

 しばらく考えていた彼が、「そうだ、あのホテルへ行こう!」という。
 ハイジは、ホテルと聞いて、性的な想像をしていまい、顔が熱くなった。尻込みしているハイジに気が付いて、ジェフリーは焦ったように言う。

「あ、いや、変な意味じゃなくて、そこのレストランへ行こうってことなんだ! 騎士仲間から、あのホテルの最上階にあるレストランに彼女を連れて行ったら喜んでもらったって、聞いたことがあって、それで……」

 食事に行くだけだというので、彼女はほっとした。
 彼が連れてきてくれたホテルは、王都でも最高級と言われる一流ホテルで、そこに入っているレストランだから高級店だ。
 個室が完備されていて、小人数のテーブル席では、大きな窓から宝石箱のような夜景が見えた。
 ジェフリーが料理のオーダーをしてくれたが、彼はハイジの倍以上の量を注文する。

「そんなに食べられるのですか?」

「ああ。上品な店だと、俺にとっては一人前の量が少ないんだ」

 普段から量を多く出す大衆食堂で、大盛りを頼んでいるという。男性だから、騎士だから、ともいえるが、もともと大食漢のようだった。
 順番に運ばれる料理の速度はジェフリーに合わされて、彼が二、三人前の食事をぺろりと平らげても、ハイジはまだ一人分のメインを食べていた。

「アデレイド、さっき渡した携帯電話を貸してくれるか?」

「はい」

 デザートを待つ間に言われ、ハイジは鞄から携帯電話を取り出してジェフリーに手渡す。彼は自分の携帯電話をポケットから出して、何かの操作をする。彼も携帯電話を持っていたことに、ハイジは安心した。

「俺の携帯番号を登録したから、これでいつでも連絡を取り合うことができるぞ」

 ジェフリーは、ほほ笑みながら携帯電話をハイジに返した。

「あの、ジェフリー様。この携帯電話のことは、誰にも内緒にしていただけますか?」

 ハイジが頼むと、彼はけげんな顔をする。彼に不信感を抱かせないように、彼女は考えていた言い訳を言う。

「あの、おじい様とおばあ様はとても厳しくて、携帯電話を持っていることが知られると、取り上げられてしまいます」

「ああ、確かに。”高位の貴族は携帯電話を持たない”ってよく聞くから、由緒正しいフォールコン侯爵家なら、ありうるな」

 取り上げられたら、直接ジェフリーと連絡を取り合うことができなくなるから困ると訴えると、彼も納得してくれた。

 食事を終えてジェフリーにフォールコン侯爵家に送ってもらうと、もう夜分になっていた。
 正門にかぎがかかっていたので、ハイジはインターフォンを押す。応答したウルリヒに帰宅を告げると、彼が出てきて門を開けてくれる。

「おかえりなさいませ、お嬢様。ジェフリー様は、ご足労いただきありがとうございました」

 ハイジを中に入れて、ウルリヒはジェフリーに頭を下げると門を閉めようとした。

「フォールコン侯爵ご夫妻に、一言ご挨拶をしようと思うのだが」

 ジェフリーが言うと、ウルリヒは首を振る。

「いいえ。そのようなお気遣いは無用だと伺っております。失礼いたします」

 そういって、ウルリヒは門を閉めて鍵をかけた。門の柵越しに、ジェフリーは仕方なさそうに肩をすくめている。

「あの、今日はありがとうございました」

 ハイジがお礼を言って頭を下げると、彼はほほ笑む。

「こっちこそ、ありがとう。じゃあ、アデレイド。またな」

 ジェフリーは手を振って、門前に止めていた車に乗った。彼の車を見えなくなるまで見送っていると、ウルリヒが声をかける。

「お嬢様。大旦那様が執務室でお待ちです」

「執務室?」

「ジェフリー様と今日あったことを詳しくお聞きしたいとおっしゃっておられます」

 ジェフリーと出かけることは彼が事前に許可を取ったはずだし、帰りがそれほど遅いわけでもない。
 挨拶をするというジェフリーを追い返しておいて、デートの詳細を聞こうとする侯爵に、ハイジは不快感を感じる。

「先に離れに寄るわ。学院で明日使うものを置いているの。おじい様には、あとでお伺いすると伝えておいて」

 そういうと、ウルリヒの返事を待たずにさっさと離れへ向かった。
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