五分違いの双生児 〜身代わりでも好きな人は渡せない〜(旧題:皆既日食 -影は光を侵食する-)

怜美

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12.ドライブ

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 ヒルト子爵家へ行ってから一か月が過ぎたころ、交代で学院に通うハイジが放課後に出てくると、正門の前に止まっていた車がクラクションを鳴らす。

「おーい!」

 運転席の窓からジェフリーが顔を出して手を振っていた。
 驚くハイジに、隣にいるデニスが声をかける。

「どなたかご存じですか?」

 ジェフリーを見るデニスの目が厳しい。迷惑な相手なら追い払ってやるとでもいうように、にらみつけていた。

「ヒルト子爵家のジェフリー様。許婚者よ」

 ハイジが言うと、デニスは「え?」というように目を丸くする。アデレイドに許婚者がいることを知らなかったようだ。
 ハイジはデニスから離れてジェフリーのそばへ行く。

「どうなさったのですか? ジェフリー様」

「これからドライブに行こうぜ!」

 笑顔で誘うジェフリーに、ハイジは困惑する。アデレイドの身代わりで彼とドライブへ行く気はない。だが、ここで断れば侯爵夫妻が怒るだろう。そして、その怒りがアデレイドを通して、ハイジにとって面倒なことになるかもしれない。

「それは……あの、制服ですし、一度家へ帰って、着替えてからでもよろしいですか?」

 着替えを口実にアデレイドと入れ替わろうと思ったのだが、ジェフリーは車から降りてくると、ハイジの肩を抱きながら助手席に回る。

「着替えならあとで俺が買ってやる。時間がないんだ、早くいこう!」

 助手席に座らされたハイジは、抵抗する暇もなくシートベルトを装着された。運転席に戻ったジェフリーは、茫然としているデニスの前を横切るように車を発進させる。

「一緒にいた彼は、アデレイドのボーイフレンドか?」

 ジェフリーに尋ねられて、どきっとした。

「え? ええ、そうですね。お友達です」

 アデレイドの恋人だというわけにもいかず、ハイジは誤魔化す。

「そ、それより、何も言わずに寄り道をするとおばあ様たちが心配します。ちょっとだけでいいですから、家へ寄ってください」

「ああ、大丈夫だ。侯爵家の許可は、もうもらっている。侯爵夫人には、夕食も一緒に食べるから遅くなると伝えてもらっている」

 ここへ来る前に、ジェフリーはフォールコン侯爵家に電話をして、アデレイドを連れ出すと召使い伝いに侯爵夫人に連絡したそうだ。夕食も一緒にとなると長時間だが、ジェフリーに誘われればどこへでもついて行けと、侯爵夫妻はアデレイドを彼に差し出している。彼女の身代わりをしているのだから、ハイジは逃げ出すわけにいかない。

(もう……。仕方がないなあ)

 ハイジはアデレイドと交代することをあきらめて、ジェフリーとドライブすることにした。
 着替えを買ってくれるという約束だったのに、彼の車は繁華街を通り過ぎていく。

「どちらへ行かれるのですか?」

「それは、着いてからのお楽しみ」

 信号で止まったジェフリーが無邪気に笑った。再び信号が変わったので、彼が車を発進させようとした時、歩道から子供が飛び出す。

「危ない!」

 進みかけたのにブレーキを掛けられ、その反動でハイジの体が前のめりになった。だが、それを止めるように、ジェフリーの腕が彼女の目の前に伸ばされる。

「悪い、大丈夫か?」

「は、はい」

 とっさにハイジは彼の腕にしがみつく。がっしりとしたたくましい腕が、彼女を支えた。
 飛び出した子供は、母親が飛んできて抱え上げていた。申し訳なさそうに頭を下げながら歩道へ戻っていく母親に、ジェフリーは笑顔で頷いている。
 ハイジは彼の腕をつかんでいることに気が付くと、恥ずかしくなって、ぱっと手を離した。
 ジェフリーは、まったく気にしていないようで、ちらりと車の時計を見る。

「おっと、ぐずぐずしていられない」

 そういって車を走らせた。やがて彼の車は、町を抜けて山のほうへ向かう。
 山の頂上に差し掛かると、木々の間から水面がちらちらと見える。

「おー! 海が見えてきたぞ!」

 ジェフリーがはしゃいだように言う。テレビや写真で見たことはあるが、ハイジは海を見るのは初めてだ。太陽の光がきらきらと反射する海は壮大で、水平線を見ると胸が高鳴った。

「もう少ししたら展望台につく。どうやら間に合ったようだ」

 安堵するジェフリーに、ハイジは展望台の入場時間が決まっているのかと思った。だが、駐車場は無料で誘導する警備員もおらず、吹きさらしの展望台にも自動販売機があるだけだ。
 見物客は結構いるが、管理人らしき人は見当たらない。
 車から降りたハイジは、ジェフリーと一緒に展望台の上階に上がる。見物人が等間隔で並んでいて、空いている場所に二人で立った。

「ほら、アデレイド。見ていてご覧」

 ジェフリーが海のほうを指す。そこには徐々に夕日として赤く染まり沈んでいく太陽が見える。そして水平線に近づいた瞬間、水面に映っていた太陽と夕日がくっついた。
 二つの夕日は、まるで赤い雪だるまのように見える。

「えっ!」

 アデレイドが驚いていると、周囲からも「おおっ」という感嘆の声が聞こえた。

「”だるま夕日”っていうんだ。この季節に、時々現れるんだけど、見られて幸運だ!」

 ハイジの後ろに立っていたジェフリーが、彼女の肩を抱いていう。水面に蜃気楼ができたときにおこる自然現象で、気温に左右されるからたまにしか見られないらしい。
 きれいなだるまの形だったのはわずかな時間で、やがて蜃気楼も見えなくなり太陽は通常の夕日になった。
 太陽が沈むと、あっという間にあたりは暗くなっていき、見物人たちは展望台から駐車場へ向かう。

「さあ、夕日も沈んだし、そろそろ戻ろうか」

 ジェフリーが後ろから覗き込んできた。だが、ハイジの顔を見た途端、彼は急におろおろと慌てだす。

「え! え? どうしたんだ? アデレイド!」

 両手でハイジの頬を包んだジェフリーが、指で目元をぬぐったとき、彼女は自分が涙を流していることに気が付いた。

「どこか痛いのか?」

 心配そうに見つめるジェフリーを見て、ハイジは「いいえ」と首を振る。

「……感動してしまって……」

 すると、彼はほっと安どした。

「よかった。泣くほど感動してくれるなんて、ここに連れてきたかいがあったよ」

 ハイジの涙をぬぐった後、ジェフリーは照れくさそうに微笑む。

「本当に、あんたは可愛いな」

 頬に手を添えたまま彼がぽつりと言う。

「アデレイドが許婚者でよかった。話をまとめてくれた両親と侯爵夫妻には、感謝しているよ!」

「え?」

 ジェフリーは、恋愛結婚がしたいのだと思っていたのに、アデレイドとの政略結婚を受け入れているようで驚いた。

「あんたのことをもっと知りたいし、あんたにも俺のことを知ってもらいたい。アデレイド、これからも、こうやって俺と会ってくれるか?」

 まっすぐ見つめてくる彼の瞳が熱く感じて、ハイジの胸がどきどきと高鳴ってくる。

「あ、あの、私……」

 ジェフリーの本当の許婚者はアデレイドだ。ハイジは、ただの身代わりでしかなく、今日のことを話して、次はアデレイドが彼と会うようにしなければいけない。
 けれど、ハイジは自分がジェフリーに会いたいと望んでしまう。

「いや……か?」

 ジェフリーが不安そうな顔をするので、ハイジは思わず首を振る。

「いいえ! 私も、ジェフリー様とお会いしたいです」

 そういうと、彼は「やった!」と嬉しそうに笑った。
 言ってしまってから、ハイジはどうやってジェフリーと会おうかと頭を悩ませた。
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