五分違いの双生児 〜身代わりでも好きな人は渡せない〜(旧題:皆既日食 -影は光を侵食する-)

怜美

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15.惹かれあう二人

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 翌日から、ハイジは、アデレイドのふりをしてジェフリーと連絡をとりあった。
 騎士として働いている彼は、学生と同じ日が休みではない。勤務時間もばらばらだから、電話はほとんどできず、もっぱらメールばかりだ。

「来週の休日に休みが取れたから、会わないか?」

 ジェフリーからお誘いの電話をもらったのは、夕日を見に行ってから一か月後のことだった。

「ええ、ぜひ。私も会いたいです」

 ハイジは即答した後、「あの、ジェフリー様とお会いすることは、誰にも内緒にしていただけますか?」と、お願いする。

「え? どうして?」

 彼が驚いて尋ねるので、この前のデートで、帰ってきてから侯爵夫妻に詳細を報告させられたことを話した。

「どこへ行ったとか、何をしたとか、おじい様たちにすごく干渉されてしまうんです」

 婚約者と一緒に出掛けただけなのにと困ったようにいうと、彼も納得してくれる。

「――わかった。じゃあ、侯爵家から少し離れたところで待ち合わせしよう」

 ジェフリーの提案で、フォールコン侯爵家の屋敷から一番近い駅のロータリーで待ち合わせすることにした。
 当日、ジェフリーの車を見かけて手を振ると、彼は微妙な表情をする。

「どうかされましたか?」

 助手席に乗り込んだハイジは、首を傾げた。

「いや……」

 ロータリーでは、長く駐車しているわけにいかないので、ジェフリーはすぐに車を発進させる。しばらく無言だった彼が、やがて口を開く。

「今日は、アデレイドの好きなドレスを買ってやる。どこのブランドがいい?」

 どこへ行くとも決めていなかったが、突然服を買うといわれてハイジは驚いた。

「いいえ。そんなことをしていただかなくても大丈夫です」

 断ると、彼は言いにくそうに言う。

「でも、今日、俺が贈った服を着てこなかったってことは、ゼクレスのドレスはアデレイドの好みじゃなかったってことだろう?」

「え?」

 どうやらジェフリーは、夕日を見に行くときに言っていた、”服を買ってやる”という約束を守ろうとしてくれたようで、貴婦人たちの間で評判がいい海外ブランドのドレスを、後日に贈ってくれたらしい。
 アデレイドからのお礼状で、”機会があれば着る”と書かれていたので、今日のデートできて来てくれると思い込んでいたという。

(ゼクレスのドレスを贈ってくれていたの? そんなことアデレイドはちっとも教えてくれなかったわ)

 だが、アデレイドがジェフリーから何をもらったか、どういうやりとりをしているかをハイジに伝える必要はない。

「ご、ごめんなさい。あの、気に入らないわけではなくて、あまりにも高価なドレスで、気おくれがして……」

 ゼクレスは、世界的に有名な高級ブランドの一つで、王都の一等地に大きな店舗がある。噂でしか聞いたことがなく、見たこともないハイジは懸命にごまかす。

「あの、ジェフリー様から頂いたものだから、大事にしたくて……。あの、特別な日に着ようと思っていたんです」

「そうか」

 前を向いたままジェフリーが短く答える。ハイジは、が、久しぶりに会える”今日”を指していないことに気が付いて、次の言葉が出てこない。
 気まずい沈黙が流れている間に、車が信号で止まる。

「じゃあ、今から、普段でも着られる服を買おう。アデレイドには、気兼ねなく、いつでも俺の贈った服を着てほしい」

 そういってジェフリーはハイジに笑顔を向けた。彼女は、ほっとすると同時に、やさしい彼に感謝する。そして、デパートに入っている店で、カジュアルなブランドのワンピースを買ってもらった。
 夕食までに帰らないと侯爵夫妻に会っていることがばれてしまうというと、夕方にはジェフリーが屋敷の近くまで送ってくれる。

「今日はありがとうございました」

 ハイジがお礼を言って車から降りると、「また連絡するよ」と言って、彼は帰っていった。
 ジェフリーの車が見えなくなるまで見送ってから、ハイジは侯爵家に戻る。ボンネットを被って、裏門から入って裏口へ行くと、厨房にいたピエールが気がついたように声をかける。

「おや? ハイジ、新しい服を買ってきたのかい?」

 彼は、ブランドの紙袋を見ていった。

「え? ええ。お給料をためていたの」

 本当のことなどとても言えない。ハイジは内心焦りながらも平然と答えると、紙袋を隠すようにして自室へ戻った。
 自分のクローゼットへワンピースを片付けると、ハイジは携帯電話を取り出す。

 ”来週の休日にも会っていただけませんか?”

 ジェフリーへメールをすると、すぐに返信が来る。

 ”悪い。来週は、午後から仕事が入っている”

 彼の休みは平日で、ハイジと都合が合わない。

 ”それなら、午前中に少しでもいいからお時間を取っていただけますか?”

 彼女は、無理を言ってが学院の休みの日に約束を取り付け、近くの公園で会う約束をした。そして、会った時にジェフリーから贈られたワンピースを着ていくと、彼はすごく喜んだ。

 それからもハイジは、自分の休みのたびにジェフリーに仕事の都合をつけてもらって、少しでも会うようにする。時間があるときは、彼がショッピングに連れて行ってくれて、ハイジにアデレイドの普段着より高価なワンピースをプレゼントしてもらっていた。



 ある日の休日、いつものようにジェフリーと会って、公園を二人で歩いていると、彼が聞いてくる。

「なあ、アデレイド。もうすぐ卒業式だろう。お祝いに何か買ってやりたいけれど、俺の休みが休日と合わないし、時間もあまりとれない。学校帰りに店によるほうがゆっくり選んでもらえるから、侯爵夫妻にも許可をもらおうと思う。いいか?」

 お互いの都合に合わせて会っていても、ハイジは、アデレイドや侯爵夫妻に内緒にするため、必ず夕食までに帰るようにしていた。きちんと許可を取って、学校の帰りなら時間が多くとれるというのだ。

「わかりました。じゃあ、明後日にしていただけますか?」

 明日はアデレイドで、明後日がハイジが学校に行く日だ。間違ってアデレイドを連れていかないように、明日は用事があるから無理だと言っておいた。
 ジェフリーは、何の疑いもなく「わかった」と了承する。

「今日は君を侯爵家に送っていって、そのまま話をさせてもらうよ」

 アデレイドに干渉する侯爵夫妻を気遣って、ジェフリーから詳細を説明しようといってくれるのだが、今日に夫妻に話せば、アデレイドの耳にも入るかもしれない。そうなれば、まだ一度もジェフリーに会っていないアデレイドは、”機会があれば会ってみたい”と言っていたから、ハイジとの入れ替わりをやめて、彼とデートしようとするだろう。

「お、おじい様もおばあ様も今日はお出かけされていて、帰りが遅いの。私から言っておきますので、大丈夫です」

「そうか? でも、俺からも言っておいたほうがいいだろう。じゃあ、明日にでも電話するよ」

 ジェフリーの紳士的な優しさが、今回に限りあだになる。彼がアデレイドとデートするのを、どうしても阻止したくて、ハイジは彼の腕を両手で掴んで縋り付く。

「お願いします、ジェフリー様。お電話をくださるのなら、当日、出かける直前にしてください。前もって連絡をいただくと、”家に一度帰ってからにしろ”とか”支度があるから何時に迎えに来てもらえ”とか言われて、会う時間が少なくなってしまいます。私、少しでも長くジェフリー様と一緒にいたいです」

 すると、彼がハイジを凝視した。変なお願いをしてしまったと思ったが、彼女は引くわけにいかない。
 懇願するようにじっとジェフリーを見つめていると、彼の喉が小さくなる。

「――わかったよ」

 ジェフリーがぱっと目をそらすのが気になったが、希望を聞いてもらえてハイジは安どの笑みがこぼれる。

「ありがとうございます、ジェフリー様」

 ハイジが手を離すと、ジェフリーの腕が動く。気が付いた時、彼女は彼の胸にすっぽりと抱きしめられていた。

「悪い、アデレイド。ずっと思っていたんだけど、やっぱり俺は、侯爵家の望む付き合い方はできそうにない」

「え?」

 いきなりのことにハイジはびくっとする。
 わがままばかり言うから、嫌われてしまったのだろうか。婚約を解消されるのだろうかと、混乱する彼女の顔を、彼がのぞき込む。

「あんたのことを大事にしたい。だけど、節度ある付き合いなんて無理だ。俺は今すぐにでもキスしたい」

 熱情をはらんだ目で見つめられても、意味を理解するまで少し時間がかかった。キスを求められているのだと気づくと、ハイジは茫然として言葉を失う。
 目を見開いてが黙っている彼女に、ジェフリーが恐る恐る尋ねる。

「キスしてもいいか?」

 ハイジの頬が熱くなり、しばらく躊躇するように目を泳がす。けれど、嫌だという気持ちはみじんもなく、やがて彼女は目をつぶって顔を上げた。

「アデレイド……」

 意図が分かったのか、ジェフリーがほっとした吐息を漏らす。彼のキスを受け止めて、ハイジはどきどきとしていた。

「俺は、あんたが許してくれるなら、いつでも手を出したいと思っている」

 耳元で甘くささやかれ、そこまでは気持ちが追い付いていない彼女はしどろもどろになる。

「あ、あの、私は……」

「わかっている。いきなり今日に全部が欲しいなんて言わないよ。でも、それだけ俺はあんたのことを愛おしく思っているんだ」

 彼はそういうと、彼女を抱きしめて髪にキスをした。
 ジェフリーに愛されて大切にされているとわかっても、アデレイドの身代わりだと思うと悲しくなる。
 涙をこらえるようにして、ハイジは彼の胸にしがみついた。
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