五分違いの双生児 〜身代わりでも好きな人は渡せない〜(旧題:皆既日食 -影は光を侵食する-)

怜美

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19.蝕の始まり

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 ベッドに腰を掛け、メイドキャップを外す。ハイジの肩に、長い金髪が零れ落ちる。アデレイドと入れ替わるようになって、ハイジはかつらやメイドキャップで隠しながら髪を伸ばしていた。
 机の上に置いてある鏡に目をやると、アデレイドと同じ顔で同じ髪型をしている自分の姿が映っている。

 ハイジにとって、さっき見た光景は衝撃的だった。恋人同士が付き合っている段階でセックスする話は聞いたことがあるが、まさかアデレイドがデニスとそういう関係になっているとは思ってもみなかったのだ。
 恋愛関係にある恋人と別れて許婚者のジェフリーと結婚すると言っていたくせに、軽々しくデニスに肌を許しているアデレイドが汚らわしく思えた。

(あんな女に、いつまでもジェフリー様の婚約者の立場でいてほしくない!)

 いてもたってもいられなくなったハイジは、携帯電話を取り出すとジェフリーに”今すぐ会いたい”と、思わずメールをしてしまった。だがすぐに、仕事が忙しい彼に迷惑なことをしてしまったと後悔する。
 どうしようかとしばらく悩んでいると、ジェフリーから電話がかかってくる。

「どうかしたのか?」

 心配そうに尋ねてくれるジェフリーに、ハイジは申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

「お忙しいのにごめんなさい。お仕事は終わりましたか?」

「ああ、これから帰るだけだ」

 それならと、つい彼女は甘えてしまう。

「お願いです、これから会っていただけないでしょうか?」

「何かあったのか?」

「いいえ、なにも。――ただジェフリー様にお会いしたいのです」

「じゃあ、いったん切って、侯爵家に許可をもらう電話をするよ」

 もう夕方なので、そのほうが出やすいだろうと、配慮してくれたようだ。けれど、そんなことをすれば本物のアデレイドに連絡が行く。そして彼女は何食わぬ顔をしてジェフリーに会うだろう。二度と、ジェフリーとアデレイドを会わせたくないと思ったハイジは懸命に止める。

「今からでは、おじい様たちも簡単には許してくださらないわ。後から私が電話しますから、何も言わずに会ってください」

「――わかった。じゃあ、これから侯爵家に一番近い公園まで迎えに行くよ」

 考えるような間があって不安になったが、ジェフリーが了承して待ち合わせ場所を決めてくれて、ハイジはほっとした。
 クローゼットを開けて、以前ジェフリーに買ってもらった高価なワンピースに着替える。
 アデレイドから借りているバッグに携帯電話を入れて部屋から出ると、ドアの前で深呼吸をした。気持ちを落ち着かせて、出かけようとした時、厨房からピエールが出てくる。

「おや、お嬢様。ハイジは体調が悪くて休んでいますよ」

 ハイジの部屋の前にいるのに、髪を隠していないから、彼は彼女をアデレイドだと思ったようだ。ちょうどいいと思って、ハイジはアデレイドのふりをする。

「そうなの。私はちょっと出かけてくるわ」

「え? ですが、もうすぐアフタヌーンティーの時間ですよ」

 ピエールは、ハイジが頼んだアフタヌーンティーのことを気にした。

「それまでに戻るようにするわ」

 ハイジはそういうと、さっさと玄関へ向かう。アフタヌーンティーは、本物のアデレイドに任せればいい。
 ハイジが正面玄関から出ると、前庭でウルリヒが車を洗っていた。

「お嬢様、これからお出かけですか?」

 ウルリヒが声をかけ、掃除道具を片付けだす。

「どちらへいかれるのですか? お送りいたします」

 こんな時間から、一人で出かけさせられないと思ったのだろう。だが、召使いを連れてなんていけない。

「近くだからいいわ」

 ハイジはウルリヒから逃げるようにして、門から出ていった。

 公園につくと、駐車場にジェフリーの車は見当たらない。彼はまだ来ていないようだ。
 ハイジは、駐車場が見える近くのベンチに座って待つ間、これからどうやって入れ替わろうかと懸命に考えた。
 しばらくすると、見慣れた車が止まる。

「アデレイド!」

 車から降りたジェフリーが、声をかけた。ハイジは、彼が近づいてくるのを待って、ベンチから立ち上がる。

「ジェフリー様!」

 彼女は、駆け寄るようにして彼の胸に飛び込んだ。

「私を、ジェフリー様のものにしてください」

「え?」

 彼は、ハイジを受けとめながらも驚いたようだ。彼女の肩を抱いて顔をのぞき込む。

「なにか、あったのか?」

 ジェフリーがいぶかしく思うのも無理はない。けれど、アデレイドとデニスのことを言うわけにはいかず、ハイジは首を振って目を伏せる。

「……いいえ、なにも」

 彼は、考えるように少し沈黙してから言う。

「――俺も、あんたが欲しい。けれど、まだ結納が済んでいないのに、それはできないだろう」

 フォールコン侯爵家に義理立ているようで、彼女はがっかりした。
 入れ替わるための具体的なことはまだ考えていないのだが、目をつぶれば、脳裏にアデレイドとデニスが裸で抱き合う姿が浮かんでくる。一卵性双生児であるが故、同じ顔をしたハイジには、それが自分のことのように思えてしまって気分が悪い。その錯覚を早く払しょくしたくて、ハイジは、ジェフリーに抱かれたいと思ったのだ。

「結納がまだでも、結婚の日取りは決まっていますよね?」

 顔を上げたハイジは、彼の服をぎゅっと握りしめる。

「私、順番なんか気にしません。ジェフリー様のことが好きなんです! あなたに愛されていると、私に実感させてくださいませんか?」

 真剣なまなざしで縋り付くと、彼は目を見開いて茫然とした。やがてジェフリーが、やさしくハイジを抱きしめる。

「ごめん、アデレイド。俺は、あんたを不安がらせていたんだな」

 彼女の様子がおかしいのは、仕事でしばらく連絡していなかったせいだと、彼は思ったようだ。ハイジは黙って彼にしがみついた。

「アデレイド、あんたが俺のものになってくれるのなら、これを受け取ってほしい」

 ジェフリーが、ポケットから小さな箱を取り出す。

「これは……」

 ハイジが受け取って箱を開くと、ミューエで見たピンクダイヤモンドの指輪が入っていた。彼は、彼女の手を取って指に指輪をはめる。

「前にミューエに行った時、本当は婚約指輪を贈りたくて、サイズを測ってもらっていたんだ」

 ミューエの店員に事前に協力してくれるように頼んでいたので、指輪はハイジのサイズに直されていた。
  彼女は、指輪を見てうっとりと頬を染める。

「こんな素敵な指輪を頂けるなんて、うれしいわ」

「気に入ってくれた?」

「ええ。私の一生の宝物だわ」

 ハイジが答えると、彼は「よかった」と安どする。
 ミューエに行ったときは、ハイジがあまり指輪を欲しそうに見えなかったから心配だったらしい。

 ジェフリーは、携帯電話を取り出して電話をかける。

「あ、親父? 今、アデレイドにプロポーズをした。これからすぐにフォールコン侯爵家と結納を交わせないか?」

 通話口のヒルト子爵の驚いている様子が聞こえてきたが、ジェフリーはてきぱきと段取りを決めていく。

「じゃあ、それで。よろしく頼むよ」

 子爵と結納の打ち合わせをしたあと、ジェフリーは電話を切ってハイジに微笑みかける。

「あんたを今すぐ俺のものにするために、最短で手順を踏むことにした。二時間後に両親が侯爵家へ結納金を届けてくれるそうだ」

 彼は、今夜から”花嫁修業”としてハイジを子爵へ連れていくと言う。結納金に関しては、もともと準備ができていたそうだ。
 そこまで話が一気に進むと思っていなくて、ハイジは唖然とした。

「それまでに食事を済ませておこう」

 ジェフリーに差し出された手を見つめ、彼女は考える。
 出かけるときも、召使いたちにアデレイドと勘違いされていた。

(今が、チャンスかもしれない)

「はい。ジェフリー様」

 ハイジは、今夜アデレイドと入れ替わる決意をして、ジェフリーの手を取った。
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