【完結】古き魔術師、ナンパな調香師に森の住処を嗅ぎつけられて食べられる

秋良

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古き魔術師、ナンパな調香師に森の住処を嗅ぎつけられて食べられる

01. あんたが噂の魔術師さん?

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「あんたが噂の魔術師さん? へぇー、思ってたよりずっと若くて可愛いや」

 そう訊ねられたのは、森の奥にある泉の近くに自生する朝露草あさつゆそうを採取しているときだった。

「え、っと……たしかに僕は魔術師ではあるけど、そういうキミは?」

 オリヴェルは急に声をかけられた驚きで、せっかく採った朝露草をぽとりと足元に落としてしまった。
 朝露草は一度土から切り離したあとは、土につけずに管理しないとオリヴェルが求めている効能を得られないのに。土の上に落ちた朝露草を見て「もったいないことをした」と思いながら、ひとまず投げられた質問に答えつつ、正体不明の相手へ質問を投げ返した。

 『噂の』かはわからないが、オリヴェルが魔術師なのは間違いない。
 ただ『若く』もなく『可愛く』もないだろうと思うのだ。

 たしかに風貌だけを見ると、オリヴェルは二十代前半の若者だ。
 だが、オリヴェルはこれでも二百年は生きている『古き民』である。『古き民』は寿命が五百年くらいあるいにしえの種族で、魔力が豊富だ。ただし戦争や人狩りなどで年々数を減らしている。オリヴェルは自分と今は亡き師匠、それからその師匠の友人の数名ほどしか古き民を見たことがないから、実際どのくらいの人数がこの世に残っているのかはわからないが。
 まあ、オリヴェルが実は二百年は生きている爺さんだとしても、見た目は若者なので「若い」と言われるのは仕方がない。

 ただし『可愛い』についてだが、こちらは大いに疑問だ。
 オリヴェルの顔のつくりは平凡だ。生まれつきの真っ白な髪を腰のあたりまで伸ばして緩く編み、瞳の色は琥珀。ぱっと見の色合いとしては珍しさが際立つが、それだけだ。醜男ではないが、美しかったり何だりというのはない。平均的な顔立ちで、あえて言うのなら害のなさそうな平穏な顔をしている。
 そんな色彩は珍しくも平凡な男に向かって「可愛い」はないだろう。だから驚いてしまった。

(若い……のは、まだしも可愛いはないな。というか、そうではなくて……)

 だがなによりも、オリヴェルとしては自分が魔術師かどうかと訊ねられたことや、若くて可愛いと言われたことよりも、そもそもということに一番驚いていた。
 だって、こんな森の奥まで誰か来るなんて、ほとんど有り得ないのだ。

 だが現実として、オリヴェルの目の前には、自分より見た目の年齢としては年上の男性が立っている。瑠璃色の瞳は好奇心を滲ませていて、栗色の髪はさらりとしていた。うなじが見えるかどうかくらいの長さに整えられている髪の毛は癖がなく、長めの前髪は左右に分けて耳にかけている。垂れ目気味で、唇は綺麗な淡い鴇色ではあるが薄めで少し弧を描いていて、なんというか……美男には違いないが、軟派で軽薄な印象を受ける青年だ。
 そして、ふんわりと柑橘類のような匂いがした。

「俺? 俺はニイロ。『ニイロ』でも『ニィ』でも好きに呼んでいいよ。それで魔術師さんはなんて呼べばいい?」
「え……?」
「名前だよ、名前。『魔術師さん』じゃなくて、ちゃんと名前で呼びたいでしょ? あーもしかして魔術師って他人に名前教えちゃいけないとか、そういう制約あったりする? 俺、魔術師なんてお伽話みたいな存在の人と会ったことなくてさー。変な質問してたらごめんね」

 オリヴェルがまだ何も把握できてないうちに、ニイロと名乗った青年はどんどん話を進めていく。
 他人に名前を教えてはいけないなんて制約は魔術師にはないのだが、魔術の使えない非魔術師からすれば、魔術師はなんだか不思議なルールで生きている奇妙な生き物に見えるのだろう。実際、この世界で魔術師は稀有な存在——それこそ青年の言うようにお伽話くらいしか出てこないくらい珍しい存在で、数は少なくなっている。なぜなら魔力を豊富に持つ古き民自体、数を少なくしているからだ。

 古き民ではない普通の人間でも魔力を持つ者はいて、そういう者は修業をすれば魔術師になることもできるのだが、いまどき『魔術』を使って生活をする人間はほぼいない。ここ百年くらいで世界の先端技術と文化は魔術から機械へと移り変わり、特にオリヴェルが住んでいるバルラシア王国は機械を使った産業に力を入れている。ゆえに、魔術師は減退の一途を辿っている。
 まあ、オリヴェルはその魔術師なのだが。

(僕が魔術師だって言っても、そう驚かない人は珍しいな。変なやつ)

 オリヴェルが魔術師だと答えても「そうなんだ」くらいの反応で、特に気にも留めずに新たな質問を投げ返したニイロに、オリヴェルは驚いていた。

「僕の名前はオリヴェルだけど……」
「へぇー。いい名前だね。よろしくね、オリヴェル」
「あー、うん……」

 よろしくと言われても、何をどうしろと?
 いやいや、相手のペースに巻き込まれっぱなしでいる必要なんてない。一方的に質問され続けて答えるだけでは、こちらの手のうちを明かすだけではないか。……どうにも調子が狂う。
 ニイロは口を開けば、ぽんぽんと言葉が出てくる性格のようで、森の奥で一人ひっそりと暮らすオリヴェルはたじたじだ。

「ええと、僕も質問していいか?」
「もちろん、どうぞ」

 ついニイロの言葉を待ってしまいそうなところで、オリヴェルは口を挟んだ。とにかく、ニイロがなぜを訊ねなければならない。

「キミは……ニイロは、どうやってここまで来たんだ? 途中で何かに阻まれはしなかったか? 森を歩いてると見えない壁に当たったとか、歩いても歩いても同じ場所に戻ってしまったとか、そういうのはなかったか?」

 互いの名前よりも魔術師かそうでないかよりも、まずはそこだ。
 若くないだとか可愛くないだとかも置いておいて、なによりも「ニイロがなぜ森の奥まで来ることができたのか」を訊かなければ。

「壁? 同じ場所? いいや、そういうのは無かったなぁ。普通に歩いてたらここに着いたけど」
「本当に?」
「うん、本当に。普通に歩いてきただけ。オリヴェルの話からすると、もしかして森には魔術が仕掛けられていて、人が入れないようになってたってこと? へぇー、やっぱ魔術師ってすごいんだなぁ……あっ! それじゃあ魔術を潜り抜けてきた俺ってすごかったりする? 魔力はないはずなんだけど、実は魔術師の素質があったりして。隠れた才能が突如発揮! 的な?」

 俺が魔術師なんてどうしよう? と、勝手な想像を始めてしまったニイロを余所に、オリヴェルはニイロの話を聞いて急に頭が痛くなってきた。

 それというのも、先ほどニイロの言ったとおりで、この森の奥には魔術によって結界が張られている。その結界を張ったのは五十年前に天寿を全うしたオリヴェルの師匠なのだが、これまたニイロの想像通りで「一部の者を除いて魔術師以外は結界の中に入れない」のだ。
 師匠が張った結界を通れる者というのは、魔術師である者と、非魔術師であってもまったくの邪心がない者——十歳にも満たない子供くらい——で、間違ってもニイロのような大人の非魔術師が通れる代物ではない。だがニイロが通れたとなると、結界に綻びが生じているか、あるいは『ある例外』にニイロが当てはまるかなのだが……ひとまず、その例外を考えるのは今はやめておきたい。
 ある例外——オリヴェルの『つがい』に相応しい相手なら結界内に入ることができるのだが、それが『ニイロ』だなんて目眩がしそうだからだ。

「残念ながら、結界を通れたからといって非魔術師の人間が魔術師になれるわけではないな」
「そうなの? ちょっと残念。まーいいけどね。俺、魔術が使えなくても魔術みたいなことはできるし」

 にこっと笑顔を向けられて、オリヴェルは思わずドキリとした。
 街の女性たちが見たら十人中九人は頬を染めてしまうような魅力的な笑顔に、なぜかオリヴェルは目が泳いでしまったのだ。なんというか、ついつい魅入ってしまった。……同性なのにもかかわらず。
 その反応が疑問を浮かべているように見えたのか、ニイロは補足するようにして言葉を続けた。

「俺、『調香の魔術師』って呼ばれてんの。魔術師って言っても本物の魔術が使えるわけじゃなくて、なんてーの? こう、魔術師みたいにすごい的な!」

 なんとも自慢げな様子にぼんやりとしてしまったオリヴェルだが、またニイロのペースに巻き込まれていることに気づいて慌てて言葉を返した。

「知ってる。『調香の魔術師ニイロ』といえば、街でもかなりの有名人だ。ニイロが作った新しい香水やポプリは飛ぶように売れて、貴族も庶民もこぞってニイロが作ったものを買いたがる、とかなんとか。その流行を作る腕の良い調香師というのがキミなんだろう? まあ、有名な理由は他にもイロイロあるようだけど……」

 そう、彼が有名なのは調香師としての腕が良いからだ。
 ここ五、六年くらい前に近くの街にやってきた若者で、彼が来てからというもの街では様々な香水や香油が飛ぶように売れているらしい。王都の貴族も彼の商品を求めに来るらしいから腕はたしかなのだろう。
 と同時に、調香師とは別の意味でも有名であることもオリヴェルは知っている。そのくらいニイロは良くも悪くも有名人だ。先ほどから香る柑橘類のような匂いも、きっと彼が自分用に調香した香水か何かだろう。

(これが、あのニイロか……)

 オリヴェルは森の中でひっそりと一人で暮らしているのだが、二ヶ月に一度は街へと降りる。コツコツと作った魔術仕掛けの雑貨や玩具を街にある馴染みの店に売って得た金で、食糧や日用品を買って帰ってくるのだ。
 街に降りるたびにニイロの噂はよく聞いていた。

 大変に腕の良い調香師であること。
 彼の作るものはこぞって売れるような流行の作り手であること。
 そして——節操無しの女たらしであること。

 それを言外に匂わせてみると、言わんとしたことが伝わったのか調香師はへらへらと笑っていた。どうやら自覚はあるらしい。が、特に咎められたとしても——別にオリヴェルは咎めてはいないが——お構いなしといった様子だ。

「本物の魔術師のオリヴェルにも知ってもらえてたなんて嬉しいや。そそ、その有名な調香師が俺」
「で、その調香の魔術師ニイロが何か用か?」

 調香師というのは文字通り、香りを調合することを生業にしている者をさす。
 香水や香油を作るのが主な仕事のようだが、ポプリやハーブティーの調合なんかも行う者もいるらしい。香りに関することなら何でも商売にできるのだろう。そういう仕事をしている者がこれだけ見目が良ければ、中身はさておき女性が放っておかないというのも頷ける。
 だからこそ、その人気の調香師が、もはや存在すら疑われるような古い魔術師に用があるとは思えない。

(まさか、本当に僕の番なわけじゃないだろうな……?)

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