【完結】番じゃなくても愛してる

秋良

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03. 番を失くしたオメガ



 俺、リスト・ヒルトネンは男性にして『オメガ』と呼ばれる性を持っている。

 この世には、男女という性のほかに第二の性というものがあって、それらは三つの性に分かれるのだ。
 第二の性は、大昔にはなかったものらしいけど、俺も、俺の親も、そのまた親も、そのまた親も……という感じで、まあ第二の性がなかった時代ってのは、人の歴史で言えば遥か昔。つまり、男女の二つと第二の性の三つ——掛け合わせると全部で六つの性別がある今の時代が、俺たちにとっては当たり前の世界ってこと。

 じゃあその第二の性だけど、アルファ、ベータ、オメガの三つがある。
 その中でも特筆すべきは、アルファとオメガの二つ。

 アルファって性を持つ人は、頭脳や肉体、容姿に優れていて『支配の性』だなんて言われるほどに優秀な人が多い。実際に、国や街を動かす立ち場にはアルファの人が多いって聞く。
 まあ、すっごく大雑把に言えば「頭が良くて運動神経も抜群な、人々の上に立つべき美男美女」って感じだ。

 そのアルファと対をなすのが、俺の性でもあるオメガ。
 オメガも容姿に優れた人が多いんだけど、その容姿はどちらかっていうと華奢だとか可愛らしいだとか、そういった方面に成長する。かく言う俺も「きれい」と言われるくらいだから、推して知るべしだ。

 そんな見目の良いアルファとオメガが「対」と言われるのは訳がある。
 まず、オメガは男であっても女であっても子どもを産むことができる。アルファとベータの男は子どもは産めないから、オメガの特性の一つだ。で、その子どもを産めるオメガが子をなすにはもちろん、子種を得る必要があるんだけど……その「お相手」を見つけやすくするために、オメガは他性を惹きつけるフェロモンを放つのだ。つまり、そのフェロモンで、他性を——アルファとベータを誘惑するんだけど、これは特にアルファに対して効果を覿面てきめんに発揮する。また反対に、アルファもオメガに対してのみ相手を惹きつけるフェロモンを発しているから、アルファとオメガは言わば本能によって惹かれあいやすい。それゆえの「対」ってこと。

 ちなみに、オメガにはもう一つ特性があって、それはオメガの人なら人生に一度はその特性に悩まされるし、なんだったらアルファとベータも不都合を生じることがある。
 で、俺は今ちょうど、その厄介な特性に悩まされているところなんだけど——。

「や、ばい……今回の、つらすぎ…………吐く……」

 職場のパン屋・シニリントゥから徒歩三十分ほどにある、とある寄宿舎の一室で俺はたらいに顔をうずめながら、ぐったりしていた。
 この寄宿舎は、オメガの男だけが住んでいる、言わばシェアハウス。今は十五人ほどの男性オメガが暮らしている。

 俺がさっきから体調を悪くしているのは、オメガにしかない厄介な体質——『発情期』と呼ばれる期間が訪れているからだ。
 別名『ヒート』とも呼ばれるその期間は、その名の通り、フェロモンをいつもの何倍と放出して他性を誘引するために発情する期間である。「発情」というだけあって、アルファやベータとセックスしたくて仕方がなくなるってわけ。

 一般的に、オメガは思春期のあたり——だいたい十歳から十六歳頃——に初めての発情期を迎えて、それからは三ヶ月に一度くらいの頻度で定期的に発情期が訪れるようになる。一回の発情期間は、だいたい五日から十日。その期間を一人でなんとか乗り切るか、誰かと体を重ねて過ごすかは、まあ人それぞれ。
 一応、一人で乗り切るときは一人でなんとか慰めるか、あるいは「抑制剤」っていう、結構お高めの薬を飲む方法がある。それ以外の方法は、あんまり思いつかない。実に厄介な時期だ。

 ただまあ、発情期の具合なんて、人によって重い軽いがあるし、セックスしたくなるって言ってもその程度はまちまちだ。だから一人で大して苦労をせずに過ごせるオメガがどこかにはいるかもしれない。

 そんな感じで、一人の場合の対処法の一つ、抑制剤なんだけど……抑制剤って言っても、発情やフェロモンを完全に抑え込めるわけじゃない。
 抑制剤を飲めば、それなりにフェロモンを抑えられて、欲情も多少は収まるから、相手のいないオメガなら「飲まないよりは全然いい」し、相手がいるオメガであっても「発情しっぱなしでしんどい」のは軽減されるから、薬の効果はちゃんとあるにはあるんだけどね。そこはあくまで「抑制剤」であって、鎮静剤ではない。だから、お高い薬を飲まない人もいるのだ。

 なんにせよ、誰かと過ごそうが、一人で過ごそうが、抑制剤を飲もうが飲むまいが、五日から十日の間は多かれ少なかれ欲情しっぱなしだから、どう足掻いたって大変には違いない。オメガっていうのは、そういう厄介な特性を持った人たちなのだ。

 でも、俺も二十四歳だから、発情期とはもう十年以上の付き合い。
 だから、さすがに慣れている……と言いたいところなんだけれど、俺が毎度毎度この発情期に悩まされているのは、ある理由がある。

「リストくーん、無事ー?」

 扉一枚を挟んだ向こうから同居人の声がして、俺は「無事ぃ……」と、か細い声で答えた。はっきり言って全然大丈夫じゃない反応に、案の定、鍵のかかってない扉を開いて、同居人が駆け寄ってくる。

「ありゃ……結構やばそうだね。今回は薬の副作用きつそう」
「ミカ……う、ん…………ごめ……っ、ぉえ……」

 駆け寄って、背中をさすってくれたのは、同居人のミカだ。
 俺が顔を突っ込んでる盥には、すでに朝から何度か吐き戻したものが入っていて、見苦しいことこの上ない。だから、謝りたかったんだけど……口を開いた途端に、胃液が迫り上がってきて、それどころじゃなかった。

 発情期を迎えると、俺は抑制剤を飲んでやり過ごすのだけれど……これがまあ、俺の体質に途轍もなく合わない。頭痛、目眩、吐き気、その他諸々の体調不良のオンパレード。セックスしたくてたまらないっていう心身の欲情は抑えられる代わりに、それはもう絶望的に体調が悪くなる。

 それでもこの薬を手放せないのは、俺がもう、からだ。

つがいがいないって、つらいよね……」

 ぽつり、とミカが呟く。

 ——番がいない。その言葉に、俺はそっと苦笑した。

 ミカが言う「番がいない」というのは、番をということではなく、番をことを意味している。そう——俺は、俺のうなじを噛んで番にしてくれた最愛のアルファを亡くした『番と死に別れたオメガ』だ。

 アルファとオメガが対の性と言われる理由の一つ。
 それが『番』という関係性だ。アルファが発情期中のオメガのうなじや首元を噛むことで、互いを『番』にすることができる。これはベータは何であっても番を作ることはできないし、アルファ同士、オメガ同士でも作れない。番になれるのは、アルファとオメガという組み合わせだけ。だからこその「対」の性。

 番になったオメガは、番関係を結んだアルファにしかフェロモンが効かなくなる。強烈なフェロモンを放つ発情期ですらも、番以外には効かなくなるのだ。それはつまり、誰彼構わず発情する心配がなくなるということに等しい。
 それだけ聞けば、発情期や他性を惹きつけるフェロモンに悩まされているオメガは「番を得たい」と思うだろう。けれど、そうは問屋が卸さないのが世の理というもの。さっき言ったようにオメガにしてみればメリットがある番関係を、おいそれ作るのには不都合もあるのだ。

 まず、番を得たオメガは、番以外の人とセックスできなくなる。
 正確に言えば、物理的にできないわけではないのだけれど、番以外と行為に及ぶと極度の恐慌状態に陥ったり、場合によっては肉体にも苦痛が伴うらしい。その結果、心を病んで自死を選ぶ、なんて話も聞いたりする。

 また、アルファは一度に多くのオメガを番にできるのに対して、オメガが番にできるアルファは一度のうちに一人だけ。
 さらに言えば、アルファからは番を解消することはできても、オメガからは解消できない。この関係性の厄介なところは、相手が亡くなったとしても同じということ。たとえば、番関係を結んだままに相手のアルファに先立たれたオメガは、故人となった番との関係を解消することができない。アルファは相手のオメガが生きていようと、故人だろうと、己の意思で解消できるのにもかかわらずだ。

 だから、フェロモンが番以外には効かなくなるというメリットはあれど、オメガからすれば「アルファと番になる」のは、かなりの覚悟が必要だ。
「一生添い遂げるただ一人の相手」なんて言えば聞こえはいいけれど、もし相手のアルファが自分よりも先に死んでしまったら……それでもなお続く発情期を、番無しに、ただひたすらに一人で過ごす必要があるのだから。

 番を喪ったオメガの発情期は、悲惨の一言に尽きる。——というのは、前時代的とまでは言わないけれど、ちょっとばかり前のこと。
 今は、時代の流れとともに技術が発展して、多少は平穏に過ごせる方法ができた。それが、俺が最初に言っていた抑制剤だ。

 抑制剤は、相手の有無にかかわらず欲情やフェロモンを軽減することができる。それは番に先立たれたオメガにも有効だ。だから、番を喪ったオメガは発情期を過ごすときに大抵は抑制剤を使う。——発情が強まっても、ともに過ごせる唯一のアルファがこの世にいないから。
 もちろん、抑制剤無しで一人で乗り切れる人ならそうするだろうけれど……俺はもともと、発情期になると性交欲が強くなるタイプだったから、とてもじゃないけれど抑制剤無しじゃ一人で自身を慰めるのは難しかったりする。

 だから、抑制剤を使うんだけれど……薬の副作用が毎回きつくて、しんどいのだ。こればっかりはどうしようもないとはいえ、発情期のたびに体調不良に悩まされているのは相当に厄介だ。しかも心なしか、年を追うごとに酷くなっている気がしないでもない。
 そりゃ、飲まずにいられたらいいんだとは思う。でも、薬を飲まずに狂いそうなほどの欲情に身を震わせるか、薬を飲んで副作用による体調不良を甘んじて受け入れるか——そのどちらかを選択せざるを得なくて、俺は後者を選んでいる。

「ぅ……っ、うぇ……」

 いよいよ胃液すらも吐けなくなった俺は、体を折って、じっと蹲る。
 胃液を吐いたために、胸のあたりも苦しくて、気持ち悪さはまったく治らない。

「ヴィヒトリ…………早く、会いたいよ……」

 思わず吐いた弱音に、ミカが寂しそうに俺を見つめる。そんなこと言わないで、と言いたいのだろうけれど、それを言わないのがミカの優しさなことを俺は知っている。

 ヴィヒトリっていうのは、三年前に亡くなった『俺の番』の名前なのだ——。




・ーー・ーー・ーー・ーー・


(2024.10.5 後書き)
明日は2話更新予定です。
よろしければ、引き続きお付き合いください。

哀しいお話から始まってますが、最後はリストが幸せになりますので、見守ってくださると嬉しいです。

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