【完結】番じゃなくても愛してる

秋良

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04. 堅物で実直な騎士



 俺の番、ヴィヒトリ・ヒルトネンは騎士だった。
 勤め先は、街の近くにある王国南部メロイア駐屯地。イーゼスト王国各地にある駐屯地の一つで、メロイアとメロイア周辺の治安維持や有事の際の対処などを担っている騎士や兵士が詰めている軍事基地だ。ヴィヒトリはそこで、王国騎士団所属の騎士として働いていた。

 年齢は、俺の六つ上。
 彼との出会いは、とあるお茶会の席だった。

 ヒルトネンというのは、ここらへんではまあまあ名前が知られた貴族の家名だ。
 伯爵という爵位を賜っていて、輸出入に関する事業をしている。ヴィヒトリはそこの次男。爵位を継ぐのは三つ上の実兄だからと、彼は憧れだった騎士の道へと進んだ。実のところ、あまり父親と折り合いが良くなかったのも、騎士を目指した理由なんだろうと思う。折り合いが悪いと言っても、なんというか性格があまり合わないって感じで険悪なわけではなかったんだけどね。

 対して俺は、もとはイソラという子爵家の四男。ちなみに兄が三人、姉が一人、妹が一人というまあまあ大所帯な構成だ。
 俺の家は、父がベータで母がオメガっていう珍しい組み合わせの夫婦だったけれど、かなり相性が良かったのか四男二女という子どもに恵まれて、賑やかな家だった。明るくて賑やかで、それでいて仲の良い家族。それが俺の生家だ。もちろん嫁いで家を出た今も、親兄弟とはちゃんと交流があるから、そこは安心してほしい。

 そんな伯爵家の次男ヴィヒトリと、子爵家の四男の俺が出会ったお茶会は、たしか近隣の貴族たちの交流会の一つで、当時十四歳だった俺の社交の練習にもなるからといって五つ上の兄が連れていってくれたのだ。

 そこで俺は、ヴィヒトリに恋をした。

 濃い茶髪に、濃い青色の瞳をした男。がっしりとした体格に、無愛想とも取れる表情をした精悍な顔のそいつが、やたらと気になって……気づけば心を奪われていた。つまり、俺の一目惚れってやつ。
 当時から俺は人見知りもせず、愛想のいいタイプだったから、すぐにその彼とお近づきになりたくて。それで、連れてきてくれた兄に「あの男の人を紹介してほしい」と頼んで、挨拶することになった。

「ヴィヒトリ様、うちの弟を紹介させていただけませんか?」
「ああ、イソラ子爵のところの。もちろん、構わない」
「ありがとうございます。——ほら、リスト。ご挨拶しなさい」

 兄が「ヴィヒトリ様」と声をかけると、ヴィヒトリと呼ばれた美丈夫から落ち着いてた声が返ってきた。深みのある低音で、とても心地がいい。まだ名乗ってもいない段階で、俺はすっかりヴィヒトリを好きになっていた。そして——。

「ご挨拶させていただけて光栄です。イソラ子爵家が四男、リストと申します。ヴィヒトリ様、とお呼びしてよろしいでしょうか?」

 兄弟からも「お前は本当に見目がいいからなぁ」と絶賛される笑顔を浮かべながら挨拶をして。自分よりも年上で、体格のいい男としっかりと目が合ったとき、俺は思った。——この人も、俺にきっと恋してくれたって。
 これが、俺とヴィヒトリの最初の出会い。

 それからは、もうあっという間。
 時にお茶会、時に夜会などでヴィヒトリとの交流を深めて。いつしか手紙のやりとりもして。俺が十六になる前には、どちらともなく想いを告げて交際に発展。

 俺もヴィヒトリも貴族とはいえ、互いに爵位を継がない気楽な立ち場だったから、互いの家も俺たちの交際に反対することもなく。さらに言えば、俺はオメガで、ヴィヒトリはアルファだったから性別としての相性も好ましいってことで、なんの文句も言われなかった。両家とも公認の交際だった。

 その交際もまた、順調そのもの。
 六歳年上のヴィヒトリは本格的に俺との交際が始まったとき、もう成人していて——この国の成人年齢は十八歳だ——騎士としての人生を始めていた。
 一方の俺は、十八歳までは貴族たちの子息子女が行く学校に通う必要があった。

 だから、十六歳から二年の日々は、試験や勉強だと忙しい俺と、騎士としての任務があるヴィヒトリとで都合をつけるのは大変だった。それでも、ゆっくりと着実に愛を育んだ。あの頃は、互いに忙しくしていたけど充実した毎日だったっけ。

 そのうちに将来の約束もして。
 俺が学校を卒業した十八のときに、晴れて籍を入れた。

 子爵家の俺からすれば、嫡男ではないとはいえ名家の伯爵家の人に嫁ぐってのは玉の輿だ。まあでも、さっき言ったとおり、ヴィヒトリは実父と折り合いが良くなかったから、騎士になって早々に家を出ちゃってたんだよね。だから、俺からしても「伯爵家に嫁いだ」っていうよりは、「騎士ヴィヒトリと結婚した」ってほうが断然しっくりはきたんだけれど。
 とはいえ、俺の親兄弟は喜んでたから、親孝行、兄弟孝行ができたんじゃないかなとは思う。

 そんなこんなで、ヴィヒトリが二十四歳、俺が十八歳のときに結婚。
 俺たちは公式の伴侶になったってわけ。

 ヴィヒトリは、見た目のとおりに真面目なやつで、悪く言えば堅物、良く言えば実直で芯の通った男だった。どちらかと言えば、ふわふわしてて軽い性格の俺とは真逆すぎて、周囲からは「お前ら、よく気が合うな」と不思議がられることもあったほど。
 でも、俺は真面目なヴィヒトリが大好きだったし、ヴィヒトリだって俺のことを愛してくれていた。仲はすっごく良かったと思う。

 俺たちは、ヴィヒトリが騎士として勤める駐屯地からそう遠く離れていない場所で、二人なら十分に暮らせる家を借りて、そこで使用人も雇わずに暮らしてた。要は、俺もヴィヒトリも貴族の家で生まれ育った人間だけど、ほとんど市井に降りて生活をしていた。貴族社会とは少し離れつつも、仲睦まじい生活だった。

 実はこの頃——いや、もっと前からかな——俺の生家は、まあそんなに事業が上手くいってるわけじゃなくてさ。わかりやすく言えば、没落寸前。
 だから、俺もヴィヒトリも理由は違えど、家で世話になるって選択肢はなかったんだ。ただでさえ兄弟が多かった俺が、成人早々に他家に嫁げたのは親としては有り難かっただろうし、ヴィヒトリも貴族としてではなくて、騎士として職務を全うできるのは嬉しいみたいだった。

 二人暮らしはすこぶる順調。愛するパートナーと、小さいけれど過ごしやすい家。
 ヴィヒトリの同僚たちが時々遊びに来て、俺とヴィヒトリが作ったご飯やお酒を楽しんで帰っていく。使用人なんかいなくても、二人の性格が真逆でも、貴族らしい生活をしていなくても、俺たちはとっても幸せだった。

 だから、籍を入れてから一年ほどしたときの発情期で番になるのは、俺たちからしてみればなんら不思議なことじゃなくて、至極当たり前の流れだった。
 十五歳のときに初めて発情期が訪れてからというもの、抑制剤でやり過ごしつつ、ヴィヒトリと恋仲になってからは都合がつけば彼に付き合ってもらいつつ。そうやって俺は発情期を乗り越えてきたんだけど、体質なのか、歳を重ねていくごとに発情期の症状が重くなってきてたんだ。

 結婚する頃には、自分のフェロモンに悩んだことさえあった。せっかく愛する人と結ばれたのに、もし違う誰かを誘惑してしまったらどうしようって焦りや不安もないわけじゃなかった。
 番になれば、誰彼構わずに誘引しないし、発情期だって多少は欲情も抑えられて、ヴィヒトリだけを感じていられる。ヴィヒトリも、真面目で堅物なわりにアルファらしく独占欲はあるやつだったから、俺を番にするのは嬉しかったんだろう。

 彼の、俺に対する想いは本当に実直で、真摯で、真っ直ぐで。
 番として大切にしたいって気持ちがちゃんと伝わってきたから、お互い合意の上で番になったんだ。

 そう——ヴィヒトリは、本当に真面目だった。騎士としても、伴侶としても。そんな彼が誇らしかったし、愛おしかった。大好きだった。
 こんな人が俺のパートナーで、番だってことが、幸せでたまらなかった。

 あの日も、ヴィヒトリは騎士として誠実だったんだ。

「そん、な…………うそだろ……」

 ヴィヒトリが任務中に亡くなった、と報せを受けたのは、秋が深まり始めた時期の、とある夕方のこと。

 その日は夜から雨が降るかもって近所の人たちが話していて、きっと寒くなるだろうねなんて挨拶を交わして。そんなあとだったから、俺は「今夜は煮込み料理を用意しよう」って思って、夕食の準備を進めていたときだった。
 その頃の俺は、家のことをしながら、週に半分ほどをヴィヒトリの生家でやっている事業をちょっとばかしお手伝いするって生活を送っていた。日々、騎士としての勤めを果たして帰ってくるヴィヒトリをあたたかく迎える。そんな何気ない毎日だった。

 変わらない毎日。いつも通りの一日。
 そう思っていたから、届いた報せはまさに青天の霹靂だった。

「リスト。とりあえず、一緒に駐屯地まで行こう」

 迎えに来てくれたのはヴィヒトリの上司、サムエルだった。
 俺はそのときのことを、あんまりきちんと憶えていない。

 真っ青な顔をしたサムエルがやってきて、ヴィヒトリが亡くなったという話をしてくれて、それから彼の馬に二人で跨って駐屯地にたどり着いた。途中からは、ぽつぽつと小雨が降り始めてきて、駐屯地に着く頃には、俺もサムエルも体を少し濡らしてしまっていた。
 でも、濡れっぱなしじゃ体が冷えるだとか、風邪をひくかもしれないとか、そういうことを考える余裕なんてまったくなくて。案内された部屋の中で横たわるヴィヒトリの姿を見たときに、それまでに感じたことのないほどに苦しくて、痛くて、真っ黒などん底に突き落とされた気持ちになったことは憶えている。

「ヴィヒ、トリ…………? なんで……うそ、だよね……?」

 そうは呟いたけれど、嘘じゃないことくらいわかってた。
 ヴィヒトリの顔はびっくりするくらい真っ白で、正気の欠片もない色をしていた。目蓋は閉じられていて、唇は僅かにでも動いていない。明らかに息をしていなくて、眠っているのかなとか、そんな雰囲気でもなかった。

 それから、胸元から膝の上まで掛けられた大きな布。
 その下が不自然にへこんでいたのを見て、俺は察したくもないことを自然と察してしまった。

 サムエルの説明では、この日は街から少し離れた森で魔獣騒ぎが起きて、ヴィヒトリを含めて何人かの騎士で退治に向かったのだという。
 魔獣退治は騎士の仕事の一つだから、そう珍しいものでもない。これまでもヴィヒトリはさまざまな魔獣を退治して、人々の生活を守ってきた。

 だから、俺も少しだけ、頭から抜け落ちていたんだ。
 騎士の仕事っていうのは、危険なことも起きるんだってことを。

「森の奥で、クリムゾンウルフが出てな……。いつものヴィヒトリなら、負けるような相手ではなかったんだが……」

 その日、森に現れた魔獣は、狼型のものから熊型のものまで複数。
 それなりの数の魔獣が街方面に向かっているってことで、退治に向かった騎士たちは多少の怪我をしつつも、確実に魔獣を退治していったそうだ。

 けれど、順調に任務を完了できると思った矢先、一匹の魔獣が飛び出してきて、一人の騎士に襲いかかった。その騎士が大怪我を負おうかってときに、すかさず反撃に出たのがヴィヒトリだった。——相打ちだったらしい。

 真面目で堅物で実直なヴィヒトリは、同僚を庇って命を落としたのだ。


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