【完結】番じゃなくても愛してる

秋良

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08. 小さく鳴く呼び声



 ぽつぽつと街灯の照らす通りを歩いていく。
 シニリントゥから俺が住んでいるシェアハウスまでは、徒歩でだいたい三十分くらい。急ぎ足で歩けば、二十五分を切るくらいには家に到着できる。

 店を出ると、外はもうすっかり暗くなっていて、空には星が煌めいていた。
 今夜は新月らしく、星はあるけれどそう明るい夜ではない。けれど、メロイアは街の整備がされているほうだから、大きな通りには魔導師が考案した照明具——魔石で動く街灯があるし、中流家庭でもランタンの灯りや、魔石で灯りがともる室内照明も普及してる。要するに、街のあちこちに光があるから、家々が連なる道を歩けば、足元が暗くて転ぶなんてことはないはずだ。

 シニリントゥは、比較的しっかりとした道沿いに建っている路面店だ。
 店の前に伸びる通りは石畳で、その両端には街灯もしっかりと整備されている。普段は美しい景色が広がっている街の一角。そのはずだったんだけれど——。

(物騒なことさえなければ、ほんとは雰囲気ある景色なんだけどなぁ)

 今日はどことなく寂しげというか……緊張した雰囲気を帯びている。

 あんまり遅い時間はどうかと思うけれど、本来ならばメロイアは、夕暮れから陽が沈んで少しの時間なら、散歩をするような人だっている平和な街なんだ。でも、今は例の事件を恐れてか、人はまばらだった。
 歩いている人は俺みたいに仕事帰りらしき人がほとんどで、遊びに出掛ける人の姿なんて見当たらない。食事ができるお店もすでに閉まっているところが何軒かあって、店から漏れる灯りが少ない。

 いつもの街の雰囲気とは、かなり印象が違っていた。

「……俺も早く帰ろう」

 いつもならまだ開いているはずの店も閉まっているからか、思っていた以上に道の灯りは心許ない。街灯はしっかりとついているから、真っ暗なんてことはないけれど。でも、普段より活気のない街は、なんだかとても暗く見えた。

(ランタンでも借りればよかったかな)

 でも大見得を切ったこともあって、今さら店に戻るってのも気まずいし。それに、エイラ一家の団欒を邪魔したくもない。
 今頃は二階に上がったエイラとご主人で、子どもたちの寝かしつけを始めているところかもしれない。それとも、寝る前にお伽話をせがまれて聞かせているのかもしれない。なんにせよ、お邪魔虫にはなりたくなかった。

 急ぎ足だった足取りをさらに少しだけ速めて、俺は家までの帰路を急いだ。

 十五分ほど歩いたところだろうか。
 店から家までの帰り道は、しばらくは大きめの通りを歩いていけるんだけど、家まであと半分を過ぎたあたりで二度ほど小さな通りへと曲がらないといけないところがあるんだよね。そこは灯りも乏しくなるだろうから、用心しないとなって思っていると……差し掛かったときに、何やらか細い声が聞こえてきた。

 ——みー……みぃー……。

 助けを求めるような、小さな声。
 あまりにも弱々しく、小さな声だから、いつもみたいにもう少し人通りがあれば気づかなかったかもしれない。そのくらいか細い「みぃみぃ」という声に、俺は首を傾げた。

「……猫?」

 たぶん、この声は猫。それもきっと、子猫だ。
 親猫とはぐれてしまったのか、それとも何か困った事態に陥っているのか、とにかく懸命に鳴いている声がする。

(まさか怪我してるんじゃないよね……?)

 不意に、脳裏にぐったりした子猫の姿が浮かぶ。
 もうそうなってしまうと、居ても立っても居られなくなって、俺は声のするほうへと足を進めた。……だから、いつの間にか路地裏の暗がりに入ってしまっていたことなんて、まったく気づかなかった。

 子猫の声を聞き逃しちゃいけないから、なるべく足音を立てないように静かに進む。石畳の道はともすれば、硬い音が響くから慎重に。それに、大きな物音を立てて、子猫をびっくりさせないように。

「どこだろ……」

 みぃみぃという声を頼りに、慎重に足を運ぶ。
 そのことばかりに気を取られていて……俺は、気づかなかったんだ。——暗がりの向こう、高く積まれた木箱の後ろに潜む人影に。

「どこだー? 出ておいでー」
「みぃー……みゃうー……」

 子猫の鳴き声はもう近い。
 木箱と壁の間に挟まっているんだろうかと、しゃがみこむと、薄汚れた毛布がくしゃくしゃに丸められて置かれている。よく見れば、毛布がもこっと盛り上がっていた。

「みゃー……」

 声はその毛布の中から聞こえた。どうやら、この毛布の下に子猫がいるらしい。
 俺は慎重に、なるべくゆっくりとした動作で毛布を剥いでいく。怪我をしていたら、毛布を剥ぐときに傷つけないだろうかとか、驚いた子猫が慌てて逃げて危ない目に遭わなきゃいいなと祈りつつ。

 ……けれど、毛布をめくって現れたのは予想だにしないものだった。

「…………丸い、ブリキ缶?」

 子猫だと思った膨らみは、ブリキでできた丸い入れ物。でももしかして、この中に子猫がいるんじゃ? と思って蓋を開けてみたけれど、そこには何かの道具らしきものが詰めこまれているだけだった。中央には、薄黄色に輝く石が一つ嵌めこまれている。たぶん魔石だ。

「なんだ、これ……もしかして、ただの悪戯?」

 はぁーっと肩の力が抜けた。
 どうやら、このブリキ缶は、子猫に似た音を発する魔導具のようだ。

 子どもが喜ぶような、玩具になる魔導具はいくつかあるけれど、それと似たようなものなんだろう。ただ、見た目は猫でも何でもないし、よくよく聞けば鳴き声だって一定の間隔でみぃみぃ鳴いているだけの単純なもので、とても子どもが喜ぶような代物じゃあないけど。
 どこの誰が、何の目的で置いたのかはわからないけれど、タチの悪い悪戯に引っかかってしまったらしい。

 ついてないなぁ、と思いつつ、踵を返そうとしたところ——。

「っ……!」

 突如、何者かに羽交い締めにされた。慌てて叫ぼうにも、大きく分厚い手によって口元を覆われてしまう。
 誰に襲われているのか、どういう状況に陥っているのかもわからないまま、俺は両手を後ろ手に縛られて、ついには口と目を布か何かで覆われてしまった。

「んんーっ! んぅっ!」

 がむしゃらに暴れて抗ってみるも、荒っぽい手が俺の体をいとも簡単に押さえ込んで逃げようがない。そのうちに、俺をがっしりと押さえ込んでくるやつの肩か何かに担がれたらしく、足が宙に上がり、代わりに腹部に圧力がかかった。

 たしかに俺は雄々しいタイプじゃないけれど、ひ弱ではないし、力がないわけでもない。オメガであっても男だ。けれど、目も見えず両手を縛られた状態じゃ、さすがに上手く動けない。
 せめてもの抵抗に縛られていない両足をばたつかせてみるが、俺を担いでいる男は相当屈強な人物なのか、動じた様子はなかった。

(こいつ、悪戯の犯人? なんだよ、もう……っ)

 この間、まったく喋らない相手に、俺は徐々に薄気味悪さを感じ始めていた。
 なにも気にも留めずに大暴れをすれば、担いでいるところから抜け出せるかもしれない。けれど、今の周りがどんな状態なのかわからないし、そんな状態で目も手も不自由なままに怪我をせずに、逃げ果せるかもわからない。俺は決して運動音痴ではないけれど、特段身のこなしに長けているわけじゃないし。
 
 なによりも、そんなことを悠長に考えられないほど、俺はパニックに陥っていた。動けと思ってみても、体が硬直して動かない。
 結局のところ、何もできないまま、俺はどこかへと連れてかれているようだった。

 ——ドサッ。

 乱暴な音とともに、俺はどこかへ投げ下ろされた。
 受け身も何もあったもんじゃなかったから、体の側面を強く打って、すごく痛い。

 頬に触れた地面は、それほど冷たくはなかった。石材ではないようだから、たぶん木材。それから、がさごそと物音がした。と思った次の瞬間、突然その地面だか何だかが揺れ始めた。

(……もしかして、馬車?)

 ものすごく乱暴に投げ下ろされたあとからは、近くに人の気配がなくなったことで、俺はほんの少しだけ気持ちに余裕が出てきた。いや、余裕ってほど余裕じゃないし、今もめちゃくちゃ怖いし、パニックが収まっているわけでもないけど。
 でも、自分に何か害をなすかもしれない暴漢が、少なくとも今は近くにいないってのは、いる状況よりもずっとマシだった。

 だから、頬や手に触れる地面——というか床の感触とか、その床が揺れていることとかに、ようやくまともに意識を向けることができた。
 体を投げ下ろされたのは、たぶん木製の床だ。そして、その床がガタゴトと揺れているのは馬車が走っているからだと思う。確証はないけれど、たぶんスピードはそんなに出ていないっぽい。王侯貴族や資産家が乗るような箱馬車じゃなくて、乗合馬車か、それかもしかしたら荷馬車かもしれない。そんな気がした。

 でも、それって……。

(え、嘘だろ……。やばいやばい……街から出られたら、ほんとまずい……よね……? とにかく、どうにかして逃げ出さないと!)

 頭なんて大して働いてないけれど、馬車らしきものに乗せられていることと、それが動か始めていることで、一気に危機感が跳ね上がる。

 後ろ手に縛られて、目隠しをされて口まで覆われている青年が誰かに担がれていたら、それはどう見ても不審でしかない。
 その時点で騎士団なり警邏隊なりの人が見つけてくれれば良かったのだけど、残念ながらその機会を得られないまま馬車の中だ。大きさも形状もわからないけど、たぶん外から中が見えないように幌が付いているはず。だから、助けを待っていても誰も気づいてくれない気がした。

(手の縄が外せたら……! それか、せめて目隠しがズレれば、何かできることがないか確認できるのに……っ)

 周りに人はいないようだけれど、それでも盛大にがさごそと音を立てるほどに動くのには勇気がいる。だから、慎重に。なるべく音を立てないように。
 そう思って、あまり大きな動きもできず、もぞもぞと手や足を動かしていると、床に擦れた腰あたりに触れた硬い感触を感じて、俺はハッとした。

 ——そうだっ。アンリさんから貰った石!

 薄手のロングジャケットのポケットには、アンリから貰った魔導具の一種——あの石が入っていることを思い出した。

(いや、でもどうやって……)

 手が縛られているので、ポケットの中の石を取り出すことはできない。
 それで、どうやって石を使おうというのか。

(落ち着け、リスト……焦っても仕方ない。まずは落ち着かなきゃ)

 こういうときこそ冷静になろうと、もぞもぞ動かしていた手足をいったん止める。
 それから、口を布で覆われながらも気持ちが変わるだろう……と、深呼吸をする。布が纏わりつくのが少し邪魔でも構わなかった。

 おそらく、まだそんなに時間は経っていない。馬車はまだ街の中か、そうでなくても街のすぐ近くなはず。騎士団も警邏隊も、昼夜問わず巡回の人を増やすって言っていたし、夜間はいっそう警邏を強めるとも聞いている。
 なら、俺が頑張ってここから脱出できなくても、何か不審なことがこの場で起きれば、誰かに助けにきてもらえるかもしれない。

 ——誰か気づいて、助けてくれますように……!

 そう強く願って、俺はどうにか石を使おうと、もがいた。なるべく騒々しくないように。連れ去られている被害者が諦められずに、じたばたしているくらいに思われるように。決して、不審に思われてはいけない。
 そうして、どうにかポケットの中の石の位置を調整できた気がして、俺は痛みなんか気にせずに、自分の体と床の間でその石を潰すようにして、思いっきり腰骨あたりを床に打ちつけた。


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