【完結】番じゃなくても愛してる

秋良

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19. 空の彼方への言葉



 昼間に吹きつける寒風が少しずつ穏やかになってきた頃。
 朝晩はまだ冷えこむ日が多く、春と言うにはまだ早い晴れた日に、俺はメロイア郊外にある小高い丘へと来ていた。丘のすぐそばには、石造りの教会が建っている。俺が最愛と伴侶になった思い出の地だ。

「今日も、よく晴れてるなぁ」

 上を見上げれば、晩冬の高く澄んだ青空が広がっていた。
 丘には大きなミズナラの木が立っていて、そこを訪れる人と、そこに眠る人を静かに見守っている。辺りに他の人はいなくて、時折吹くそよ風が草木を揺らす音だけが聞こえた。

「ヴィヒトリ、来たよ。ちょっと時間が空いちゃってごめん」

 俺は、ある一つの石碑——墓石の前に花を手向けた。
 教会から少し離れているけれど、見晴らしのいい場所にある墓だ。その石に綴られている文字は、ヴィヒトリ・ヒルトネン。そう、ここにはヴィヒトリが眠っている。

 ヴィヒトリが亡くなってから、俺は何度となく、ここに足を運んできた。
 亡くなった最愛はいつも俺の心の中にいるから、わざわざ墓まで来る必要もないんだけれどね。でも、この場所は景色も綺麗だし、ヴィヒトリの顔を最後に見たところだから。

 彼のことを強く思い出したいときや、たくさん話を聞いてほしいときに、俺はこの場所を訪れる。ここに来たら、ヴィヒトリをより近くに感じられるような気がするんだ。今日みたいに晴れた日なんかは、特に。

「今日はさ、たくさん聞いてほしいことがあるよ」

 ヴィヒトリが好きだったワインのコルクを開けて、俺は生前二人で買ったペアのグラスに注いだ。二つのグラスに深い紫みを帯びた赤い液体が満ちていく。
 乾杯、と小さく呟いて、俺は片方のグラスからワインを口にする。程よい渋みと芳醇な香りが口いっぱいに広がって、懐かしさを覚える。

「あのさ、ヴィヒトリ」

 さぁさぁと、風が吹いていく。
 まだ春とは言えない冷たさを含んだ風だけれど、凍えるほどじゃない。むしろ、静かな丘を撫でていく風に心も静かになっていく。優しさすら感じた。

 しんと、静かな時間。
 どのくらい無言でヴィヒトリを見つめていただろう。長い時間、ワインを片手に彼の墓石を見つめていた気もするし、意外にも一瞬のような気もするし。

 心がすっと定まった頃、俺はゆっくりと口を開いた。

「俺ね、好きな人ができたよ。ヴィヒトリと同じくらい、大切に思える人が……俺の心の中にできちゃった」

 さっきまで肌を撫でていた風が止む。
 まるでヴィヒトリが、俺の話をしっかりと聞きたいって言ってくれているようで、無性に嬉しくなったし、同じくらい切なくもなった。

 俺は、うんと一つ頷いて、ヴィヒトリに好きになったと伝えた人——アンリのことを紹介していく。

「アンリさんって言ってね、魔導師なんだ。あの塔のだよ、すごいよね? 見た目は、ヴィヒトリとは全然似てなくてさ。なんか、いかにも魔導師ぃーって感じなの。一言でいうなら、闇の魔導師! 本の中の人みたいだよね。あーでも、パッと見は近づきにくいのは似てるかなぁ。ほら、ヴィヒトリも無愛想だからさぁ、よくヘルマンさんに言われてたじゃん? もっとにこやかにーって。理由は違うけど、なんか近づきがたいのは似てるかもね」

 ヴィヒトリは騎士だから体格も良くて、表情もあんまり変わらないやつだった。俺の前ではそんなこともなかったけれど、初対面だと、戦う者特有の油断ならない佇まいに臆する人も多かった。
 一方のアンリは、表情や風貌で言えばヴィヒトリよりもずっと穏やかではある。でも、知恵者特有の趣きが強いから、それはそれでやっぱり近寄りにくさがある。しかもパッと見は闇色だしね。

 理由と雰囲気は違えど、どちらも、ある意味ではアルファらしい風体と気高さを持っている男なんだろう。そして、そういうアルファに俺は惹かれてしまうのかもなぁ、なんて。

「あーあと、優しいところも一緒かな。って言うかさ、ほんと、二人とも俺に甘すぎるよね。俺、ダメ人間になっちゃうよ」

 あはは、と笑えば、墓石に添えた花が小さく揺れた。
 ヴィヒトリも笑ってくれているみたいだ。それとも、嫉妬してくれているのかな。このダメ人間めーって、叱ってくれてるのかもしれない。俺はなんだかんだで、ヴィヒトリに甘えてばっかりだったからなぁ。

 それからも、ヴィヒトリにはアンリのことをたくさん教える。
 彼とどうやって出逢ったのか。どうして心を傾けるようになったのか。いつ頃から好きという気持ちを抱くようになったのか。どういう想いを向けられて、俺がどんな想いを返しているのか。

 明確に答えがあるものもあれば、なんとなくで今の形になったものもあるから、時には曖昧な表現になってしまったけれど。それでも一つ一つ、ヴィヒトリに話をしていく。
 もしかしたら、ヴィヒトリは聞きたくないこともあったかもしれない。でもきっと、ヴィヒトリは眉を寄せながらも、きちんと俺の話を聞いてくれているって思った。

 だって俺の最愛は、どうしようもないほどに俺を愛してくれているから。

「あのね、ヴィヒトリ。勘違いしないでね。俺は今までも、これからも、ずっとずっと……ずーっと、ヴィヒトリを愛してるよ。この先、ヴィヒトリがつけてくれた……俺のうなじの噛み痕が消えても、俺の番はヴィヒトリだけなんだから。そこは絶対に変わらないから、信じていてよ」

 そう話せば、また花が揺れた。
 今度はそうだな……きっと「わかっているさ」と頷いてくれている。

 ふと空を見上げれば、それは青く青く、どこまでも広がっていた。
 ヴィヒトリの瞳はもっと深い青色だったけれど、彼みたいに真っ直ぐな青をした、きれいな空だ。その色になんだか晴れやかな気持ちにも、胸が締めつけられるような気持ちにもなる。

「だから、許してほしい。ヴィヒトリ以外の人と笑顔で生きることを選んだ俺を……どうか許して。俺はさ、俺は、いつかヴィヒトリと再会したときに、胸を張って言いたいからさ。——ヴィヒトリに会うために、俺はちゃんと幸せに生きたよって」

 だから、俺のそばで見ててよ、ヴィヒトリ。
 俺はあなたへの愛もちゃんと抱えて、笑顔で生きてみせるからさ。

 ぐいっとワインを煽ると、思い出に溢れた味がした。

「ありがとね。大好きだよ、これからも」

 ずっとずっと。ずっと愛してる。
 想いをこめて墓をそっと撫でる。

 冬の終わりに建つ墓石は冷たくも、陽光を受けたところがほんのりと温かい。
 ここに来て、話ができて、良かった。
 大好きなヴィヒトリと、心ごと触れ合えた気がしたから。


 + + +


 手向けた花とワインボトルはそのままに、思い出のグラスとともに引き上げてきた俺は、教会近くで佇む人へと手を振った。その人は俺に気がつくと、控えめに手を振り返してくれる。

「話はできたか?」
「うん。ちょっと盛り上がりすぎたかな」

 俺を待ってくれていたのはアンリだ。
 今日、ヴィヒトリのお墓に行きたいって話をしたら、彼も近くまで付き合ってくれたのだ。

 これまでも一人でここに来たことはあるんだけれど、アンリがひどく心配してくれたのだ。なんというか、そういうところがアルファっぽいというか、恋人らしいというか。
 彼の申し出はとても嬉しかったから、近くまで一緒に来てもらうことにした。

 でも、ヴィヒトリとは二人きりで話したかったから、彼はここで待ってくれていた。アンリは俺の気持ちを汲んでくれたんだよね。ほんと、できた人だと思う。

「一つ、心にわだかまっていたものがすっきりしたかな。ヴィヒトリには、ちゃんと俺の想いを伝えたかったから、話ができてよかったよ」

 見上げれば、すっきりとした青空に一つだけ雲が浮かんでいる。
 その雲の近くで輝く太陽は、ここに来たときよりも角度を変えて、時間がすっかりと経っていることを告げていた。

「ヴィヒトリがさ。『幸せになれよ』って言ってくれた気がする。まあ、俺がそう思いたいだけかもしれないんだけどね」
「きっと、そう思ってくれているさ」

 まあこれも、私がそう思いたいだけかもしれないがな、とアンリが笑う。
 俺がこうだったらいいなって言うと、同じようにそうだと思うって言ってくれて。そういうことを考えちゃうのは、おかしなことじゃないんだって微笑んでくれる。さり気ないフォローで俺の小さな不安をさらっと消してくれるんだから、やっぱりアンリはどうしようもないほど優しいよね。

「魔法はさ……もう少し。でも、ちゃんと考えるよ」

 あの魔法を受ける云々の前に、まずはヴィヒトリに話をしたかった。
 俺の気持ちを伝えて、ヴィヒトリをずっとずっと愛していると告げて。それからヴィヒトリではない男を好きになってしまったことを、ありったけの誠意をもって報告したかった。

 その人がどんな人なのか。
 俺を大切にしてくれる人なのか。
 ヴィヒトリが安心して、俺を託していいと思える人なのか。

 誠心誠意、話ができたから、きっとヴィヒトリは認めてくれたと思う。俺がヴィヒトリではない別の誰かと、残りの人生を真っ直ぐに歩いていくことを。
 だからあとは、俺の心をしっかりと定めるだけ。

 今日は、その一歩を踏み出せたんじゃないかな。

「ゆっくりで、ごめんね」
「いいや。何も謝ることはない。きみがヴィヒトリ殿とたくさん話せたのなら、今日はとても良い日だった。そうだろう?」
「ん。……そうだね。良い日だよ、とっても」

 今日一日、憂うことなどただの一つなかったのだと。
 言外にそう伝えてくれるアンリに僅かに目が潤む。

 けれど、今日はとても良い日だったのだから。
 俺は明るい笑顔を浮かべてみせた。それにアンリも満足げに微笑む。

「私はそれだけで十分に嬉しいよ」

 歩き始めたアンリの背中を追う。ゆっくりとした歩調は、ヴィヒトリ同様に背丈に差のある俺に合わせてくれる。彼らしい思いやりの表れ。そんな彼に胸があたたかくなった。

 こういうところもね、ヴィヒトリが安心できるんじゃないかなって。ヴィヒトリと同じくらい、アンリも俺にはかなり大切にしてくれるから。まあきっと、少しの嫉妬も含みつつ、この青空の向こうから見守ってくれていると思うんだ。

「これからもたくさん話をしたらいい。それに、私ともたくさん話をしよう。リストが楽しかったこと、嬉しかったこと、不安や焦り、哀しいことも。私はきみをもっと知りたいし、私のことも知ってほしい」

 その言葉に、俺はアンリの手を後ろからそっと取ることで答えた。


 ◇◇◇

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