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23. 心の伝え方 *
魔法を受けた夜は、そのまま塔内の宿泊室に泊まることになった。
番解消の魔法を受けると決めてから、日程の確定とあわせて、もともと塔に一泊することも、施術スケジュールとしてあらかじめ決められていたんだよね。今回、俺が受けた魔法は副作用のない新しいものだけれど、念のために経過を観察したいって言うのが大きな理由らしい。研究を重ねに重ねて、有志による実験も何度も行った末の魔法だから、副作用が出ないっていうのはほとんど間違いないんだけど、やっぱり個人差っていうのは付きものらしくて。
あてがわれた部屋は、ゆったりと寝られるサイズの寝台に、食事もできる大きさのテーブルと椅子が二つ。塔の中層階にあるようで、窓からの眺めもいい。
窓から見える外は、ゆっくりと陽が傾いてきていて、夕刻を迎えていた。
「リスト、夕食を持ってきた。お腹が空いただろう」
窓際に椅子を寄せて、ぼんやりとしていたところに来訪したのはアンリだ。
彼は、俺に魔法をかけてくれたあと、しばらくはあのカウチのある部屋で俺の話し相手になってくれた。いくつか言葉を交わして、そのあとは本来、抱えている自分の仕事へと戻っていった。
急ぎの仕事があるかと言うよりは、どちらかと言えば俺に気を遣ってくれたのだと思う。番関係を解消したヴィヒトリと、心の中で向き合って、話をする時間をアンリは用意してくれたのだ。
その優しさに甘えて、しばらくはあの部屋でゆっくりと過ごして、それから今いる宿泊室へとやってきた。この部屋でも今の今まで、俺はヴィヒトリとの思い出を一つ一つ思い出しては、楽しい気持ちと寂しい気持ちを綯い交ぜにしながら外を眺めていた。アンリの掛け声に、こんな時間かと思ったほどだ。
「言われてみれば、空いたかも」
「昼はなにも食べられなかったからな」
そう、今日のお昼は食べていない。
ちょうど昼過ぎから魔法を受ける予定なのもあって、昼食は抜いてくるように言われていたからだ。不測の事態——たとえば、気持ちが悪くなって吐いてしまったときになんかに、胃の内容物が少ないほうが処置の都合もいいのが理由らしい。
まあ俺自身、緊張してあまり食欲がなかったから、ちょうど良かったんだけど、さすがに体のほうも空腹を感じてきていた。……じつは、昨日の夜からほとんど何も食べてなかったんだよね。
「リストさーん、お加減いかがですかー?」
「ありがとう、イルメリさん。特に変わりないよ」
続いて、ひょこりと顔を出したのは、イルメリだ。
彼女はアンリの後ろからついてきて、アンリと運んでくれた二人分の食事が載ったトレイをテーブルの上に置いてくれる。
「それはなによりです」
そう言って、彼女は「何か必要なものがあったら呼んでくださいね」と告げてから、にこやかに部屋を辞していった。
彼女がてきぱきと用意してくれたのは、ミートローフに温野菜、じゃがいものポタージュだ。どれも作りたてなのか湯気を立てていて、美味しそうな匂いがする。それから、見覚えのあるパンもあった。
「もしかしてシニリントゥに行ってきたの?」
「ああ、私ではなくイルメリがな。馴染みのある味だと心も落ち着くだろうからと言って。エイラや子どもたちも、きみもことが心配なようだったから、少し話もしたようだ」
ほら、と指をさされた先。パンが入ったラタン編みのバスケットには、メッセージカードが三つ。
窓際に寄せていた椅子を戻しつつ、そのカードを取ってみれば、それぞれカロリーナとライノ、それからエイラからのメッセージがしたためられていた。
「どれどれ……ふふふ。見てよ、アンリさん。ライノくんのカード、これ、俺かな?」
つまみ上げたカードの一枚目は、ライノが書いたもののようで、子どもらしいタッチで描かれた人のイラストが三人分。たぶん、ライノ自身と姉のカロリーナ、そして俺の似顔絵だ。よくよく見れば、パンらしきものも描かれている。
「ふむ。上手に描けているな」
「だね。ああ、カロリーナちゃんもすっかりお姉さんだ。『リストがいないぶんは、わたしがしっかりはたらくから、だいじょうぶよ!』だって。まいったなー、俺が帰ったときには、すっかり仕事を奪われちゃってるかも」
くすくす笑えば、アンリも「それは困るな」と苦笑する。
ライノの絵も、カロリーナからのメッセージも、二人が一生懸命書いてくれたものだって伝わってきて、すごく嬉しかった。
二人には、ちょっと用事があって、二日ほど休みをもらうって話をしていただけなんだけどな。
子どもというのは敏感だ。具体的なことはわからずとも、俺が何か大切で、緊張や不安のあることをしようとしているってことを薄らと察していたんだろう。
もう一枚のカードには、エイラからの「二人が早く会いたいってさ」という気楽なメッセージが書かれていて、それが心をほっとさせた。
エイラには、シニリントゥに出勤したときにきちんとお礼を言って、それから魔法を恙なく施術し終えたことを報告しないとなぁ。彼女は、番を亡くして一人で生きるために働き口を用意してくれて、オメガの俺のことを何くれとなく気にかけてくれた、大切な恩人の一人なのだから。
「たくさん話はできたか?」
アンリと二人、テーブルを挟んで向かい合わせで座って、和やかな夕食が始まる。
じゃがいものポタージュが優しく胃に沁みていった。
「うん。話すことが無くなっちゃうんじゃないかって思ったけど、意外にも話題って尽きないものだよね。まあ、俺がお喋りなだけかもだけど」
「きみとヴィヒトリ殿のことだから、どんなことでも盛り上がってしまいそうだ」
他の男の——俺の番の話を、嫉妬の欠片も滲ませずに、それどころか嬉しそうな顔で聞いてくれる。まるで、俺がヴィヒトリの話を気兼ねなくすることが、アンリの幸せであるかのように。
用意された食事とともに、ささやかな時間を過ごす。
シニリントゥのパンを口にしたら、いつもと変わらない味がして、あたたかい気持ちがいっぱいに広がった。ミートローフはスパイスとハーブが効いていて美味しく、温野菜に添えられたドレッシングも良い味がする。どれも幸福の味がした。
空の彼方で、今も見守ってくれているヴィヒトリとどんな話をしたのか、俺はアンリに話し聞かせた。
穏やかな時間が流れて、食後にはアンリが魔法で沸かしたお湯で温かなコーヒーが供された。魔石も使わず、魔導具も使わず、顔色一つ変えずに指先一つで水をお湯へと変えてしまうんだから、筆頭魔導師っていうのはやっぱりすごいんだ。
食後のコーヒーもすむと、俺とアンリは二人で肩を並べてテーブル上を片づけ始める。といっても、食器をトレイにまとめて、テーブルを布巾で拭くだけだけど。それでも、アンリと一緒に何かをするってのは楽しい。
「アンリさん、本当にありがとう」
すでに彼には何度も感謝を伝えているけれど。
魔法を施してくれたことも。優しく見守ってくれたことも。こうして、ヴィヒトリのことを自然と受け入れてくれていることも。ヴィヒトリが俺の中でまだ生きていることをアンリが思い出させてくれることも。
ほかにも感謝することはたくさんあって、一つ一つを挙げるとキリがない。何度だって伝えたい。伝えていい。伝えなくちゃ。
言葉を紡ぎ、想いを募らせ、手紙をしたためて、食事をともにする。
心の伝え方はたくさんあるけれど……今、一番に伝える方法を考えて、俺は背伸びをして、横に並び立つアンリの唇に自分のそれを重ねた。
——親愛よりもずっと深く、強い愛情をこめたキスだ。
どのくらいの時間、唇を重ねていたのか。そんなに長くはない時間ののち、俺は瞑った目を開けて、僅かに唇を離す。目の前いっぱいに映るアンリは、目を丸くしていた。純粋な驚きの表情に「してやったり」な気分になって、心が高揚する。
(……ちゃんと、できた)
唇を重ねるだけの軽い口づけだけれど、そこにはしっかりと恋人へ向けた気持ちをこめた。挨拶代わりの口づけじゃない、ほんの少しだけ情欲をこめた、恋人とするための口づけ。
番のいるオメガは、番ではない者から肉欲を向けられると体に様々な不調が出るという。セックスだけじゃなく、キスだってそう。だから、アンリとはずっとプラトニックな関係を続けてきた。
触れ合いは抱擁がせいぜいで、それだって色恋を滲ませないものに限られる。それでも嫌いになんてならなかったし、ゆっくりなりに、二人なりに、俺たちらしく愛を大きく育ててこられたと思う。
そして今日、俺は……俺たちは、プラトニックではない行為をした。別に肉体関係だけがすべてではないけれど、それでも前へ——未来へ進めた喜びがあった。
気持ち悪さも、恐怖も、得体の知れないマイナスな感情も湧いてこないし、体の変化だって見られない。ヴィヒトリと番になってから、他者に性的な行為をされたことがないから比べることはできないけれど……でも、たしかに俺はヴィヒトリとの番という関係を解消したのだなぁと、しみじみと実感が湧いてくる。
寂しさはある。悲しみと、痛みも。心に冷たい風が吹く。
最愛を喪った心の穴は決して消えない。それでも、アンリとキスができたことが嬉しかった。ずっと待たせてしまっていたと思うから。
だからきっと、アンリも同じように嬉しいと思ってくれたはずだ。
それに……『この先』を望んだとしても、きっと同じ。許されるってことも、許したいって気持ちもちゃんと通じて、つながった気がした。
「もう一回、していい?」
自然について出た言葉は、アンリの唇の中へと溶けた。
柔らかく触れるキスは、俺がほんの少し唇を開いたのをきっかけに、深いものへと変わる。侵入してきた舌が歯列を舐めながら、さらに奥へと進んで、熱い舌と触れ合った。それがさらに合図になって、二つの舌を絡ませて合いながら互いを確かめていく。
角度を変えて、何度も。
触れ方や深さを変えて、幾度も。
夢中になってキスをした。
それでも、その晩は深い口づけだけをして、それ以上先には進まなかった。
それでいい。それが心地いい。
俺もアンリも、焦ってなんかいない。二人が納得できるスピードで歩んでいきたいから、今日は飽きるほどに初めてのキスを堪能して、それからは抱き締めあって、手を繋いで、たくさん話をする。
言葉や口づけ、視線や表情。触れ合った体温と、夜空に馳せる想いのすべて。まっさらになったうなじ。消えた噛み痕と、消えない想い。
いろんな形で、今の俺の心が、彼らに伝わってくれたら嬉しいと思う。
そばにはアンリがいて、そしてヴィヒトリがいた。
夜はゆっくりと、穏やかに、更けていく。
アンリはその後も仕事へ戻ることはなかった。交替で浴室に入って、それぞれ身を清めてから、同じ寝台で、俺たちは手をつないで眠りについた。
◇◇◇
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