オタク君に優しくなったギャルさん

たかしモドキ

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【18】二つ尻尾の小猫

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◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


私のお腹の中には、今、新しい命がある。

もちろん、たけるさんとの子供だ。
前回の人生では、出産の経験はなかったから、
この初めての経験には、ドキドキや、恐怖があった。

でも、不安はない。

三年前に亡くなった、たけるさんのおばあちゃんが、
私によく言ってくれた言葉を思い出すと、勇気が出るから。

『大丈夫。きっと良い事になるわぁ』

おばあちゃんは、死に際、私にたけるさんを任せてくれた。
その責任に、心が温かくなったのを今でも覚えている。

窓際に置いたアンティークの机に、日光が降り注ぐ。
その上に置いた金魚鉢の中で、大きくなった金魚が、
くるりと体を返して、踊った。

ああ。今日も暑くなりそう。
駅前のアイスが食べたいなぁ。

そんな事を考えていると、たけるさんが散歩に誘ってくれた。

たけるさんは、私が妊娠してから、熱心に出産の本を読み始めた。
机の上に置いてある、付箋がたっぷりと貼られて、虫みたいになった本を見ると、
私は、この人と結婚して本当に良かった。と、しみじみ思った。

突然、散歩に誘った理由も、きっと出産の本に
『妊婦には、適度な散歩が効果的』とでも書いていたのだろう。

私達は、あの頃、二人でよく歩いた川沿いの通学路を歩いた。

この先を真っ直ぐ行けば、駅前にでる。
遠目に、あの頃よりも大きな階段に改良された神社と、
二人でアイスを食べた、繁華街の公園が見えた。

こうやって、二人で歩いていると
あの頃に戻ったみたいで、新鮮な気持ちになった。

「ねぇ。たけるさん。どうしてこの道を選んだの?」

「ん~?だって、かなた。アイス食べたそうな顔してたし」

「えっ?……へへ…そっか」

くっそ~。私への理解が深い。
こういう不意打ちは、卑怯だと思う。

「あれ?……見て、かなた。子猫が寝てるよ
 可愛いなぁ……」

「へぇ~どこ?……本当だ。可愛い」

「そうだ。そういえば、昔、猫を飼っていたんだけど、
 とても不思議な猫だったんだ。名前は『チョキ』っていうんだ。
 僕が小学校の頃に拾ってきたんだけど……なんと、その猫、尻尾が二つもあったんだよ」

「尻尾が……二つ?」

私の頭の中に、ダンボールの中で丸くなる、白い老猫の姿が思い浮かぶ。

「あ~!嘘だと思ったでしょ?本当だよ?」

「あっ……いや、そうじゃなくて」

その時、デジャブが起きた。

私は、前に、この状況を見た事がある。
確か……私は、あの時……

「かなたッ!!危ないッ!!!」

たけるさんの大きな声で、我に返った。
右側から、小さなスクーターが迫ってきていた。

次の瞬間。

子猫がスクーターの前に飛び出し、
そのまま轢かれてしまった。

でも、そのおかげで、バイクの進行方向が大きくズレて、
私達は、無事だった。

バイクは、一度、こちらを見つめたけど
何事も無かったように、アクセルを回して去っていく。

ナンバープレートは覚えた。
今度は、逃がさない。

「あぁ…なんて事だ…かわいそうに……僕たちを助けてくれたのかい?」

たけるさんは、轢かれた猫を見て涙を流した。
私は、その場に座り込んで、猫の様子を見る。

完全に、体が潰れている。
もう、助ける事はできそうにない。

死に際の子猫は、つぶらな瞳で私を見て、
掠れた声で『ニヤァ』と鳴いた。

私は、この子猫が何て言ったのかを知っている。

「ありがとう……頑張ってね」

自然と、言葉が出た。

そっか。そういう事なんだねピース。

ふと、子猫が飛び出してきた生垣の下を見ると、
もう一匹、子猫を見つけた。

尻尾が二本もある子猫だ。

私は、その子猫を抱き上げてお腹に乗せるように抱いた。
子猫は、私のお腹をペロリと舐めて、ゴロゴロと喉を鳴らした。

Tシャツ越しに、懐かしい温かさが伝わってくる。

「飼おうよ」

たけるさんは、息を引き取った猫を抱きしめてそう言った。
細い優しい目元で微笑んでいる。私の大好きな表情だ。

そうか、あの時感じた温かさは、たけるさんの体温だったんだ。
なんだ。前の私も、最後は大事にされたんだ。

「この子と同じくらい、大事にしようね」

たけるさんは、首が取れるくらい頭を縦に振っている。


昔、どこかで聞いた事がある。

猫の命は九つもあるらしい。
でも、この子猫の命は、八つしかないと思う。

この子猫には、見せないといけない気がした。

猫、一つ分の命で授かった。私達の子供と。
その先に繋がる、幸せな人生を。
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