上 下
11 / 31
第一章

第三話 アル -2-

しおりを挟む
 その日も俺はアルに紅茶を教えてもらっていた。この頃にはアブゾルフは文字を学ぶ必要がなくなっていたこともあり、この頃には専ら2人で話すことが目的となっている時間である。
 紅茶の淹れ方についてもアルから及第点を貰ってしまったから、そろそろこの関係も終わりに近づいているのかもしれない。
 そう思うと一抹の寂しさがある。


「そういえば私はね、本当は紅茶よりもブランデーが好きなの」
 俺が淹れた紅茶が入っているカップを僅かに傾けながらアルがふと呟いた。
 酒は飲めず、紅茶が好きではなかったのだろうか。記憶に関しては自信があったし、歳をとって耄碌したというには俺はあまりに若い、はずである。
 だからこそ彼女の発言に思わず呆気にとられた。

「私が復讐のために冒険者になった、っていうのは前に話したわよね。アイツが死んだということを耳にするまでは、私はお酒を飲まないことにしてるの」
「なるほどな」
 何かを目標に掲げ、それを達成するまで自分に一定の制約を課す人間はは少なくない。だからこそ、アルの話を聞いて納得した。

「でも勿論紅茶も好きよ。貴方の淹れてくれる紅茶は特に、ね」
 向かいに座るアルが微笑みながら手を重ねてくる。
「そりゃありがたい。これもアル教官の指導の賜物でございます」
 気恥ずかしさを顔に出さないよう、彼女ではなく彼女の綺麗な銀髪を見て礼を言う。
「いつになるのかはわからないけど、私が復讐を終えた時はブランデーを頼むわ。紅茶と一緒に用意しておいてね」
「ああ、任せておけ。ところで、その2つを用意するってことは紅茶のブランデー割が好きなのか」
「いえ、ブランデーの紅茶割りよ」

 基本的に冒険者で大成する人間は大飯食らいか、大酒飲みだ。ここで働いていてつくづくそう感じていた。だからこそ彼女のその発言を嬉しいと感じてしまうし、不安でもある。


「そういえばカウンターの隅にある銀の薔薇細工は貴方の趣味なのかしら」
 隅に置かれている、少しだけくすんだ銀細工の薔薇へとアルの視線が注がれる。
「まあ、そうだといえばそうだな」
 痛いところを突かれた、というのは顔には出さない。
「とても綺麗な銀細工ね。でもちゃんと手入れをしてあげてね。可哀想に、少しくすんでるわよ」
「銀ってね、きちんと手入れをしないとすぐ輝きを失っちゃうの」
「ああ、銀は手がかかるってことは嫌でも知っているさ」
 その時の俺の顔を見たアルは何かを察したらしい。少しだけ後悔の念が顔に出ていた。

 どうやら顔に出してしまったらしい。これでも顔色を変えないことには自身があったつもりであり、アルへの申し訳なさが沸き起こる。

「今日は長居してごめんなさいね。それじゃ、失礼するわ。今日は一人でも大丈夫よ、また明日」
 ただ、俺が謝る前に彼女は足早に扉から出ていってしまった。


 謝ろうとした言葉は行き場もなく、やがてため息となって消えた。
しおりを挟む

処理中です...