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10 高橋視点①
しおりを挟む生まれた時から魔王になることは決まっていた。
桁違いの魔力を持っているのは、生まれた時から分かっていたから。
幼い頃は母親の元で育てられたが、母親や乳母は俺に対して、いつも戦々恐々とした態度を取っていた。
魔力の強い俺の機嫌を損ねたら、どんな酷い目に遭わされるか分からない。下手をしたら殺されるかもしれない。
自分の産んだ子どもだが、恐怖の対象以外の何ものでもなかったのだろう。
物事が理解できるようになり、母親達の態度も理解した。
しかしそれは10歳になり、父親の元に引き取られた後のこと。
それまでは、母親に抱きしめられたかったし、頭を撫でられたかった。笑顔を向けてほしかった。
俺が近づくことさえ拒否されていたが。
1歳下の弟に母親は、優しく微笑みかけ抱きしめていた。
俺は母親に恋い焦がれていたのだと思う。
父親の元に引き取られた後は、すぐに魔王となるための教育を受けさせられた。
魔王である父親は、俺に対して親として接したことは1度も無い。
自分の後継者。
次の魔王としてしか関わらなかった。
あまりにも強い魔力を持つ俺に、周りの者達も親しく接することはなかった。
侍従や小姓たちも、いつもビクビクとこちらを伺い、俺の不興を買わないように、それだけしか頭にないようだった。
俺が20歳をいくつか超えた時、父親が病に倒れた。
魔族特有の遺伝病。
この病が発症すると、ほぼ助かる者はいない。
父親はあっという間に息を引き取り、俺は魔王になった。
俺の意志など関係無い。俺は、ただ魔王になっただけだ。
魔王の座に就いた後、ポツポツと記憶が蘇ってきた。
前世の記憶。
日本に住むただの高校生だった自分。親に愛され、友人と笑い、何の憂いも無く、それが当たり前だと笑う自分。
幸せな自分――。
前世の記憶は徐々に鮮明になっていく。
それとともに、過去への思いが募っていく。過去への執着が強くなっていく。
過去の幸せな記憶がある分、今が辛い。辛くてたまらない。
この世界では、誰一人俺を見てはくれない。
誰も俺を愛してはくれない。
俺の地位に近づき、それでいて俺の力に恐怖して遠ざかる。
表情には何一つ出すことはなくても、周りの者達へは空しさしかない。
誰かに縋りたい。そんな思いが心の奥底で汚泥のように蓄積していく。
俺を見て欲しい。
俺を愛してほしい――。
「え……。高橋」
庭にいた下男が俺の名前を呼んだ。前世の大切な名前を。
それも日本語で。
魔王でも国王でもない、ただの高校生だった俺の名前。
俺自身の名前を呼んでくれた。
華奢なミルを抱き上げると、俺は部屋へと急いだ。
このミルを離してはいけない。
このミルをどうにかして逃げ出さないように縛り付けなければ。
俺の前世を知っているミル。
本当の俺を知っているミル。
俺の――。
「高橋っ。お前どういう了見だよ。なんなの。いったい何なの。人をお婿に行けない身体にしやがって」
怒りで顔を赤くしたミルに、ビシリと指を突きつけられた。
魔王に跪くでもなく、国王に畏怖するでもなく、俺を怒るミル。
ただの俺に理不尽を訴えるミル。
ミルへ何かを言いたいのに、言葉がでない。
嬉しくて、本当にうれしくて。ミルの手を包み込む。
本当の名前を呼ばれた時からミルを好きになった。
それは依存だと自分でも分かっていた。
同じ前世の記憶を持ち、俺を理解してくれる、この世の中のたった一人のミル。
でも、触れて、話をして、ミルの笑顔を見て。好きが深くなっていく。
口が悪くて、すぐに怒る。口よりも先に殴ってくるくせに、力を加減している。コロコロと表情が変わって、素直な笑顔を俺に向けてくる。
好きの種類が変わってくる。
ハッキリとした恋愛感情の好きになっていくのに、時間はそうかからなかった。
この手の中から離したくない。大切にしたい。閉じ込めていたい。
でも、笑っていて欲しい。幸せでいて欲しい。
魔王の執務があるため、ミルを俺が直接守ることができない。
ミルの周りには、手練れの従者を配した。勿論腕の立つ騎士も何人も付けた。
俺の結界を張った部屋から出したくはないが、一歩でも出るときは万全の体制を取るように、周りの者達には徹底させた。
家に帰さない代わりに、ミルの希望は全て叶えてやりたかった。ミルの願いは全て聞くようにとアルバンには伝えている。
何を買ってもいい。何を望んでもいい。
それなのに、ミルが欲しがったのは紙とペンだけ。
謎の呪文を紙に大量に書きなぐっていると、侍従達を怖がらせているらしい。
大量な執務があるため、ミルに会いに行くのは、ほぼ深夜だ。
いつもミルは眠っている。
家に帰さない俺に怒っているから起きている時には会わない方がいいのかもしれない。
初めて紙とペンを受け取った時に、ミルは嬉しすぎて落書きをしながら寝てしまっていた。
机に突っ伏したまま寝ているミルが愛らしい。
手元を覗き込むと、様々な日本語が書かれていた。紙の一番端に小さく『高橋のばか』と書かれている。
心が温かくなる。思わず笑ってしまう。
可愛い、可愛い、可愛い。
ミルを手放すことなんかできない。
自分の腕の中に包み込んでいないと、気が狂ってしまいそうだ。
「高橋。賭けをしようか」
好きだと告げた時、ミルは泣きそうな顔をして俺に告げた。
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